Visits

Online: 2
Today: 240
Week: 3180
Overall: 2753374

Flag counter

free counters

今年のノーベル医学・生理学賞 (2)

ノーベル賞授賞式および晩餐会は毎年、アルフレッド・ノーベルの没日である12月10日に行われます。昨年は、授賞式晩餐会に参加しました。

今年のノーベル・ウイークは12月第2週となりましたが、受賞者がストックホルムに到着してから毎日のように様々な行事が行われます。ノーベル医学・生理学賞受賞者のスケジュールなどに関しては、ノーベル審査委員会の事務局長が仕切っており、エスコートはUD(外務省)からのノーベルアタシェが行います。

今回の行事のうち、内外プレス対象の記者会見がカロリンスカ研究所で行われましたが、マラリアでの受賞の中国のTu博士は全く英語を理解しないので、中国語ー英語の通訳が用意されました。大村博士についても、日本語でのやり取りがご希望ということで、日本語ー英語の通訳が必要となり、事務局長の希望として、通訳ができてかつ、研究・臨床の専門家という人選で、私に依頼がありました。とても光栄なことではありますが、何しろ私の英語はスウェーデン語の上達に伴って錆びついており、英語を話し始めるとスウェーデン語の単語が混じってしまうという始末。それでも、本職の通訳よりも医学の専門家という強い希望だったので、お引き受けすることにしました。

通訳をする以上は、業績について知っている必要があるため、学生時代の知識などすっかり忘れ去っている寄生虫学など関連する資料を読み、自分なりに英語と日本語でまとめを作りました。大村先生ご自身が寄生虫学者ではないので、放線菌やその産生物質、その作用機序なども勉強しましたが、確かに、これは素人には理解するのは難しいかもしれません。公衆衛生に関する部分では、億以上の数字が出てくることも多いのですが、どうしても日本人は英語日本語間の大きな数の変換が苦手で、私もその例外ではありませんでした。これについても少し練習しました。また、記者会見の前週に事務局長と打ち合わせをし、当日はご挨拶と打ち合わせをご本人とするということで早めに会場に到着する予定になりましたが、当日は実はオンコールに当たっていたのですが、記者会見の間だけなんとかボスに交替してもらうということで準備を整えました。

 

一時間ほど前に会場である研究所のノーベルフォーラムに到着しましたが、既に、日本と中国のジャーナリストが会場の中央前方の最も良い位置を占領していました。あとからきたスウェーデン人のジャーナリストが「これじゃ良い写真が撮れないよ。」と怒って、秘書さんに文句を言っていましたが、「直接交渉したら。」とあっさり言われてしまっていました。

記者会見は午後2時からですが、15分ほど前に裏手から上階に上がり、受賞者の投票がなされる大会議室にいる受賞者に会うことになりました。

thumb_IMG_1812_1024

向かって左から、大村博士、Tu博士、Campbell博士、そして事務局長のUrban Lendahl教授です。大村先生が最もお若く80歳ですが、3博士ともとてもお元気そうでした。大村先生は、とても気さくな腰の低い方で、通訳役の私にも丁寧にご挨拶をいただき、名刺まで交換させていただきました。

14時直前にジャーナリストで超満員の会場に入り、私は大村先生のすぐ傍に座ることになりました。英語での質問を日本語で先生にお伝えし、先生の日本語の回答を英語に直すという作業は、難しいものではありませんでしたが、共同受賞者の質疑応答を臨機応変に、かつ、タイミング良くお伝えすることが必要と気づき、それを随時状況判断しながら行うのが最も難しかったことでしょうか。先生がCampbell先生の発言を引用しながらお話しになったときには、その努力が報われた気がしてとても嬉しく思いました。

当初の予定では、前半は共同記者会見で、後半は3人別々のぶら下がりということだったのですが、何しろ、Tu先生の質疑応答に時間がかかり、50分を過ぎたところで散会となりました。その後、大村先生だけは、日本人記者のぶら下がり取材があり、記者の要望に応えて、15年前に亡くなった愛妻の写真を披露なさっている光景が印象的でした。

thumb_IMG_1830_1024

thumb_IMG_1819_1024

関係者が受賞者を裏手から退場させ、その間、ジャーナリストは会場に留まるような手はずになっていたのですが、うまくいったのでしょうか。

 

翌日に、ノーベル賞記念講演がカロリンスカ研究所であり、その後にパーテイーがありました。私はそのパーテイーに出席しましたが、そのときに、アタシエの方から、「通訳のお礼をおっしゃりたいそうです。」とお話があり、再び大村先生にお目にかかりました。

「お礼を言えなかったので、名刺をいただいていたので、帰国してからお礼状を書こうと思っていました。」とおっしゃっていただき、感動しました。また、研究に関する話でも盛り上がりました。なぜ、川奈ゴルフ倶楽部なのか、という問いに対しては、大村先生、実はとてもゴルフがお上手で、ゴルフの際に、「あそこの土に惹かれるなあ。」ということで採取なさったということでした。人格者には運命の女神も味方するんですね。

記者会見の翌日、日本ではNHKを始め、多くの民放のニュースで映像が流れたらしく、思った以上に私も大写しになって驚きました。いろいろな方から、「テレビで見たよ。」という連絡をいただき、実に多くの方がニュースをご覧になっているんだなあと改めて思いました。今年のように、既に世界で何億という患者さんの治療に使われている薬の発見という素晴らしいノーベル賞、しかも日本人の受賞という快挙に関わることができたのは、この上ない幸せなことでした。

omura

記者会見で、「ノーベル賞を取れると思ったか。」という質問に対して、「アフリカに行って、多くの患者さんが救われているのを見たときに、人類のために大きなことをしたんだなあという思いはありましたが、それでノーベル賞を取れるとは思いませんでした。」と語っていらっしゃいましたが、この写真を見るとそれが理解できます。

 

記者会見を報道したニュースは以下のリンクから。日本では英訳は必要ないため、もっぱら通訳用のメモを必死にとっている私が写っております。

 

今年のノーベル医学・生理学賞 (1)

今年のノーベル医学・生理学賞は、実に良い賞でした。アフリカなどを中心として、貧しい人々が多く罹患するマラリアと線虫に対する治療薬の発見に対して。

nobel1

ノーベル医学・生理学賞審査委員会からのプレス用の情報はこちら。簡易バージョンはこちら

線虫に対するAvermectinを産生する放線菌を発見した日本の大村博士。河川盲目症(River blindness )は、Onchocera bolvulus(回旋糸状虫)がBlack flyと言われる蝿を介して人間に感染し、幼虫が炎症により角膜に非可逆性の瘢痕形成を来たすため盲目となる疾患です。感染者1億にも上るといわれますが、AvermectinがIvermectinとして商品化され、Ivermectinの年2回投与にて盲目となるのを完全に予防することが可能となるものです。メスの成虫は1日1000匹ほどの幼虫を産みます。成虫にはIvermectinは効かず、成虫は20年近くも生存するので、長期にわたる投与が必要ですが、症状の原因となるのは幼虫であるため、幼虫を殺すことで発症を防ぐことができるという訳です。

Ivermectinはこの他にも、蚊が媒介するフィラリア症(象皮病や巨大陰嚢水腫の原因)にも有効です。沖縄で勤務していたとき、ときどきフィラリア症、乳び尿や陰嚢水腫の患者さんを診ることがありました。フィラリアの診断は、ミクロフィラリアの血中内での確認でした。ミクロフィラリアは昼間は体内奥深くの静脈などに潜んでおり、夜間には末梢血内に出てくるため、夜間に末梢血を採って診断するのがポイントでした。沖縄の離島からやってきた患者さん。さとうきび畑で働く人でした(さとうきび畑で蚊にさされやすい)。巨大な陰嚢水腫を長年隠し持っていて、とうとう我慢できずに家族に伴われてやってきたのですが、応急的に穿刺したところ、穿刺液3リットル以上。

hydrocele

この写真は、教科書にも採用されている有名な挿絵。担ぐほどの巨大な陰嚢水腫です。

Ivermectinはフィラリアの他には、糞線虫の治療に使われます。日本で糞線虫の治療の適応となってから10年にもまだ満たないのですが、現在では、ダニによる疥癬の治療に多く使われているようです。私が専門医取得前に修行していた都内の病院で、疥癬が大量発生したことがありましたが、当時は有効な治療薬がありませんでした。隔離、消毒やガウンテクニックなどで対応していましたが、それほど有効でもなく対応が大変だったことを覚えています。Ivermectinは節足動物に有効なのだそうです。

薬には必ず副作用がありますが、Ivermectinの凄いところは、人間への重篤な副作用がないにもかかわらず、寄生虫を殺すことができ、また、現在のところ耐性もないということです。IvermectinはGABAなどのligant-gated chloride channelをブロックすることが作用機序で、細胞膜の極性が失われ、このchannelが発現している筋肉や神経組織が障害されることで殺寄生虫作用が発生します。このchannelは人間では中枢神経系に発現しているのですが、blood- brain barrierを通過しないため、人間に対する作用はないとのこと。薬としては、too good to be trueといったところでしょうか。

このIvermectinの元であるAvermectinは、大村博士が川奈ゴルフ場近所で採取した土に含まれていた放線菌から産生されたもので、現在までAvermectinを産生する放線菌種は発見されていないということです。これも驚きです。

大村博士がスクリーニングした上で選別したこれら放線菌を培養し、それらが産生するactive substancesを解析しAvermectinを同定したのが、共同受賞者のCampbell博士です。大村博士が1971年に(何とサバテイカルのようなのですが)アメリカを訪問した際に、Merck社などのラボで働いていた研究者たちとのコラボレーションが始まりました。そして、1970年後半に、Avermectinの発見がなされたのです。Avermectinを化学的に合成したものがIvermectinであり、1980年代初頭にすでに人間における治験が始まったのは、驚くべきスピードであったと思われます。2012年までに2億人以上の人々がIvermectinの治療を受けてきました。マラリアと比べて、River blindnessは忘れられていた熱帯病:the neglected tropical diseaseの一つでありましたが、Ivermectinの導入によって治療は急激に進み、WHOによると2025年までに撲滅できるということです。このように急激に治療が進んだことの大きな理由は、Merck社がIvermectinを無償で提供することを決断したことによるものが大きいそうです(余談ですが、動物のフィラリア症治療に関しては薬価は高額であり、Merck社は動物の治療を通して利益を上げているのだそうです。)。

今回のノーベル賞関連の行事にあたり、大村博士とお目にかかる機会がありました。長くなりましたので、そのあたりのことは次回に。

thumb_IMG_1804_1024

ソフィア妃誕生が難渋した訳

今日、マデレーン妃が第二子である長男を出産しました。カロリンスカではなく、ダンデリード病院だったようです。土曜日の結婚式に出席した2日後、何というグッドタイミングでしょう!母子ともに元気とのことで、とても嬉しいニュースでした。

 

この記事は、お待たせ、ソフィア妃のお話。

「ソフィア妃はトップレスのモデルをしていた。」

と意地の悪いジャーナリストは書いていますが、このヘビで胸を隠している写真は有名です。

royalista4

ヘソピアスも。

prinz-carl-philip-freundin-sofia-hellqvist-39928

royalista2右脇の大きなタトウ〜。

03-Prince Carl Philip and Sofia Hellkvist rest in Saint-Tropezこれは蝶のモチーフです。

secondColumn_5

そして、「光」という漢字の入った背中のタトウ〜(余談ですが、スウェーデンでは、このようにブラが見えていても全く気にしません。)。

sofia_tatska_050112PP_503_vi

Hovet(宮内庁のようなもの)や、国王、王妃は、ソフィアとの結婚に反対だと報道されていました。また、結婚の前に、複数あったタトウ〜の一部を外科手術で除去したという報道もありました。

 

こちらは、初めて公式の場に二人で登場した際の写真。2014年のノーベル賞晩餐会です。

645@70 (1)

このときのドレスでは、背中のちょうどタトウ〜にあたる部分にデザインが施され、タトウ〜がどうなっているのかはわかりませんでした。しかし、ノーベル賞の晩餐会では、所謂、ホスト側の立場にあるので、タトウ〜があったとしたら、何とも素敵な心遣いであったと思っていました。

645@70

今回の結婚式では、背中が少し下がったデザインのドレスだったため、タトウ〜の行方が注目されました。

 

結婚式のテレビ中継では、ウエデイングベールに隠れて中々見えませんでした。撮影してはいけない申し合わせなどあるのかと思いながら見ていると、タトウ〜発見!健在でした。私の感覚では、とても美しくエレガントな彼女の花嫁姿の魅力が半減してしまい、とても残念に思いました。

weddingtatoo

婚約に至るまでに散々批判されたタトウ〜。パーテイーでの王子のスピーチによると、この二人は何度も別離を試みたのだそうです。いかに開かれたスウェーデン王室といえども、タトウ〜入りのトップレスモデルに対するハードルはなかなか低くはならなかったのでしょう。ビクトリア皇太子の結婚の際は、ダニエルが庶民だったことや、高校の成績が低いこと、(おそらく遺伝性の)腎疾患による腎不全のため、父親から生体腎移植を受ける予定だったことなどで、これもあっさりとはいきませんでしたが、両者ともに粘り勝ちといったところでしょうか。日本の皇室なら、無理なのではないかしら。

ヨーロッパの王室は日本の皇室にくらべて、とてもおおらかです。ノルウェーのメッテ・マリー妃は、以前にも記載したことがありますが、シングルマザーで、薬物使用の経験者でした。スペイン王妃のレティシア妃は、バツイチでした。

しかし、スウェーデンでも、若者を中心にタトウ〜の人気は高いようですが、やはり、学歴や職業などで区分される特定のグループで多くタトウ〜を入れている傾向は否めません。例えば、周りの医師をみてみると、タトウ〜を入れている人はほとんどいません。

ソフィア妃がタトウ〜や、トップレスモデルの経歴については、「私の過去は過去」とか、「過去を後悔しない」とか美談に仕立てられているのも耳にしますが、そう表現できるのは、彼女が結婚へこぎつけることができたからこそです。「過去」が理由で結婚に反対され、別離を決意しなければならなかったときには、その「過去」を呪ったに違いありません。また、タトウ〜の一部の消去手術をしたり、ノーベル賞の晩餐会では隠してみたり、今回のウエデイングドレスを選び、批判もあることを承知で敢えてタトウ〜を披露したりするなど、それぞれに意図があることは間違いないでしょう。

 

 

 

カールフィリップ王子の結婚式

昨日は、スウェーデン王室カールフィリップ王子の結婚式でした。お相手はダーラナ地方出身のごく普通の家庭のお嬢さん、ソフィア。王子の以前の彼女は名家の出で、国王も気に入っていたようですが、ソフィアに関しては反対だということは、しばしばマスコミが報道していました。しかし、その理由はソフィアが庶民であるということではなく、他の理由であったらしいのですが、その点は次の記事に譲るとして、今回は結婚式について。

多くのスウェーデン国民と同様、私もカールフィリップにはあまり興味がないので、ファッション中心になると思います。

 

結婚式前のプレパーティーでの新郎新婦。ソフィアのアイスブルーのドレス、とっても素敵です。

29924AE800000578-3121598-Engaged_Sofia_Hellqvist_30_will_marry_Sweden_s_Prince_Carl_Phili-a-31_1434133268212

ソフィアは3人姉妹の真ん中なのですが、ソフィアの姉妹たち。

2992DFC800000578-3121598-Sweden_s_answer_to_Pippa_Middleton_Sofia_s_sisters_Vater_Erik_le-a-39_1434133268316

 

結婚式では、ビクトリアと同様に、半分を父親と歩き、その後の半分を新郎と歩くスタイルを選びました。今回のフローリストのセンス、とても可愛いです。

 

 

 

11eb2e44-dc7a-4a0f-b4bd-4eee57b1eea9

フラワーガールの中央は、ビクトリアの長女のエステル王女。うちの双子と同じ年なのですが、髪の毛ふさふさで可愛いです。

3b8bcc7a-e10f-4d5d-83d8-3d8d1d241ade

高円宮妃がビクトリア皇太子の後ろにいらっしゃるのがみえます。

2997568700000578-0-image-a-102_1434208093650

433ae019-f542-447a-b1f5-b22b8a21a0ca

 

Swedish-Royal-Wedding

王宮内の教会の前でのキス。

a40ae5bd-83fc-4d6a-8b67-35b4d5a25cea

お決まりのパレード。

29979D7F00000578-3122810-image-m-180_1434210937746そして、国民の前でのロイヤルキス。

Swedish-Royal-Wedding (2)その後のパーテイーで。

047b5192-0c2e-4572-9b82-bbe49ed5fafc

01a971d1-2dfe-4fc3-b8cb-e162e750183d

国王夫妻。

29974ED600000578-0-image-m-120_1434208631121

ビクトリア皇太子夫妻。

2997465400000578-0-image-m-117_1434208535660

臨月のマデレーン王女と夫のクリス。

29974C4D00000578-0-image-a-121_1434208738544

私の最も好きな、デンマーク皇太子妃マリー。

Swedish-Royal-Wedding (4)

不思議な魅力のノルウェー皇太子妃。

299759E900000578-3122810-image-a-78_1434216914887

高円宮妃。

2997589F00000578-3122810-image-m-160_1434209857316

今回は、女性が一人での参加も目立ちました。

この方も私は大好き。オランダのマキシマ妃。今回のドレスは、一番私好み。

2997519B00000578-0-image-m-140_1434209249082

やっぱり、エステル王女、可愛い!

2997D9CA00000578-3122810-image-a-52_1434216262810

末長く、お幸せに〜!

ノーベル賞晩餐会のメニュー

いつもながら、記事を更新できるのがいつになるのかわからないため、簡単なところから。

今年のメニューは例年に比べても評判が良かったのではないかと思います。

 

2014-12-10 18.49.21

2014-12-10 18.49.38

主賓テーブルは80cm幅ですが、それ以外は60cmですので、多少窮屈な感じは否めませんが、オレフォッシュのノーベルのセットがとても美しい。右上のマテイーニグラスがシャンパングラスとして使われます。蓋つきの器の中には、前菜が既にサーブされています。

 

今年のメニューはこちら。

2014-12-10 19.14.35

前菜は、カニと野菜のゼリー寄せに、カリフラワーのスープをかけたもの。

2014-12-10 19.35.54

実はスープが掛かっていない方が美しいのです。

2014-12-10 19.33.04

スープはオマールエビのスープのような濃厚な味。カニがプリプリしていて、とても美味しい。

 

メインは鹿のステーキ。これは絶品でした。付け合わせのマッシュポテトの上にカリカリにローストされた玉ねぎが掛かっているのも、素晴らしく美味しかった。

2014-12-10 20.37.34

デザートはお決まりの花火と共にサーブされます。

2014-12-10 21.27.05

絵のように美しいデザート。サフランのパンナコッタが美味しかったです。

2014-12-10 21.34.53

コーヒーとともにコニャックもサービスされたのですが、翌日大手術があったので我慢。

2014-12-10 22.10.37

とはいえ、最初の極上シャンパンでほろ酔いご機嫌な私。

2014-12-10 21.21.01b

授賞式、(食事以外の)晩餐会については、また改めて。

諦めないことの素晴らしさ

オリンピックではドラマが沢山生まれます。

日本の男子フィギアの羽生選手の金メダル、そして、ジャンプの葛西選手の銀メダル、、、。日本人としては本当に嬉しい!

そして、昨日今日で、スウェーデンが距離スキーリレーで男女アベック金メダルを獲得。

今日は男子。先発の選手がスタート1分でスキーが外れるアクシデントで30秒ほど遅れを取ったにもかかわらず先頭を奪い第2走者へ。常にリードを保ったままの優勝だったので、最後に国旗を受け取ってゴールに入ってくるところで感動。

Sochi Olympics Cross Country Men

herr

しかし、昨日の距離スキー女子は、感動のレベルが違いました。

第三走者はトップでの出発でしたが、3位で最終走者へ。1位との差30秒近く。女子は20kmのレースで、各走者5kmですから、金メダルへ届くには少々無理があるかと感じられました。スウェーデンの最終走者は、この日までに2つの銀メダルを取った、Charlotte Kalla。

驚異的な追い上げで、ゴール直前で追いつき、、、(この時点では、フィンランド、ドイツ、そしてスウェーデンの順)

OLY-2014-NORDIC-WOMEN-TEAM

最後のカーブでは、先行する2選手のインサイドに入り、一気にトップに躍り出ます。

3176099_570_321

そのままゴールイン!

hi-res-c50320b2c8f953d96ae3fc716db832e1_crop_north

30秒もの差があっても諦めない強い精神力と、そして、それを支える体力と。

思わず、涙が込み上げました。躍り上がって喜ぶ私を、不思議そうにみつめる双子。そして、私が拍手するのを見て、一緒に双子も拍手。

605

Cross-country-OLYSCC145-AP-676x450

imageスウェーデン国王・王妃と共に。

604

Charlotteとシルビア王妃。

602

Charollteの強さには脱帽です。

今流に表現するなら、「勇気を貰った」というところでしょうけれど、そんなに単純なものではありません。アドレナリンが出て、心が震えて、涙が流れる、、、。こんな体験は滅多にできるものではない、、、。26歳の彼女の勇姿に奮い立たされた私でした。

608

 

世界で最もハイコストな病院

私の勤務しているカロリンスカ大学病院(ソルナ院)の敷地では、2016年に開院予定の新病院の建設が進んでいます。

この新病院建設は、SKANSKAが行っていますが、この事業の入札に関しては、いろいろと取り沙汰されたことも。総額は520億スウェーデンクローナに上るそうです。

マッキンゼーが、ヨーロッパ及びアメリカで最近建設された病院の、1平方メートル当たりのコストを比較したレポートによると、、、。2013-12-20 18.11.44b

 

新カロリンスカ病院は一平方メートル当たり4万6千クローネと、最も高額だということです。

現在、800床ですが、新病院では、730床と、170床も少なくなります。そして全室個室。現在でもベッドは全く足りていないので、医師からはこの新病院への批判の声が大きいのですが、何しろ、政治家が決めたこと。

既に旧病院周辺は、数年前の景色が思い出せないほど様変わり。新病院完成時には、このような感じに。

originalb

original4b

Solnavägenの反対側のカロリンスカ研究所ともスカイウォークで連結されます。

original5b

救急疾患に重きを置くようになるとのことで、屋上にはヘリポートが。

original3b

前述のように、病室は全室個室。これで、院内感染も減らすことができるとか。

original2b

放射線治療室はこのように。まるで美術館?

original1b

手術室は何と36部屋になるようですが、ベッド数が減ってどのように運営されるのか懸念されます。

首を切られることのない雇用契約の私は、このままいけば新病院で働くことになります。楽しみといえば楽しみです。

写真はDNから拝借しました。記事はこちら

entrhallB

FasadesNKSB

最後の2枚はカロリンスカ大学病院のHPより。

法律が粉ミルク授乳を差別!?

先日の医師向け雑誌läkaretidningenにも大きく取り上げられました。

anmaOrättvis och icke-empatisk

「不平等で思いやりにかける」

という見出しです。

 

11月28日、スウェーデンの国会は、次のような法律を可決しました。

riksdag

amning2

粉ミルクの宣伝を制限するという法律ですが、広告は学術的論文か、新生児を対象とした出版物に限定するというものです。この法律に対して、多くの専門家や母親たちが怒りの声を上げています。誰でも母乳による育児が最善であることは理解しています。しかし、最近の調整ミルクは母乳に近づき、調整ミルクが母乳に劣るというエビデンスはないそうです。調整ミルクで育てている母親からは、「新法は授乳法の選択の自由に対する圧力」、「母乳育児ができない母親への負の圧力になる」などの声が上がっています。FBにも「Rätten att välja Flaskmatning(哺乳瓶授乳を選択する権利)」というグループが存在します。

 

母乳育児をしたくてもできなかった私としては、やはり、新法には疑問符が。

妊娠中から母乳育児を心待ちにしていました。子供がおっぱいを飲んでくれること、それにより得られるフィジカルなコンタクトは素晴らしいに違いないと。手押しの搾乳ポンプも買いました。しかし、現実は期待を裏切る辛いものでした。

31週に破水し、ステロイドと抗生剤の投与を始めて、何とか子供の肺のサーファクタントが産生されるようになる48時間を持ちこたえることができましたが、32週で緊急帝王切開となりました。最初の数日は、寄付された母乳を胃管から注入しました。その間、母親である私は、毎日、3時間置きに、電動ポンプを使っての乳腺刺激をしました。やっと出た数ミリリットルの初乳を、きっちり2等分して、双子に与えました。CPAPを外した頃から、最初は一人ずつ授乳。

Exif_JPEG_PICTURE

しかし、双子は2キロもない小さな体。おっぱいを吸う力も強くありません。

おしゃぶりの大きさから、いかに小さかったかが思い出されます。しかも、脂肪がまだつききっていない、骨と皮だけに近い状態。

Exif_JPEG_PICTURE

この小さな体でおっぱいを直接吸うのは大変なので、おっぱいの上から吸いやすい形の人工おっぱいのような装具を付けて授乳します。電動搾乳機を使っても、10ccなど夢のまた夢。それでも搾乳された母乳を看護師さんに渡して次の授乳で使います。搾乳された母乳を置くカウンターがあるのですが、大きなボトルになみなみと入った、他のママの母乳を見ると、涙がこぼれそうになりました。そのうち、ダブル授乳を勧められ、小さな小さな双子を両胸に。

 

次の写真は、ダブル授乳のあと、通常量のミルクを注射器で胃管から注入しているところ。

Exif_JPEG_PICTURE

看護師さんが病室に回ってくるたびに、搾乳したかチェックされます。毎回授乳のあとに搾乳するようにということだったので、夜中も3時間おきに搾乳。空に近い容器を見るたびに、悲しみと疲労とで、涙が出そうになりました。そのうち出るようになると言われていましたが、3週間の入院期間にはさっぱりでした。

胃管と呼吸モニターのついたままの双子を連れて帰宅したのが、出産からおよそ3週間後。レンタルの電動搾乳機も持って帰りました。自宅には毎週2回、訪問診療の看護師さんが往診してくれます。呼吸管理のモニターはそのうちに外れました。最後に残るのが胃管です。時が経つにつれ、双子は鼻から挿入され、テープで固定されている胃管を嫌がって、自分で抜くようになりました。通常は、訪問診療の看護師さんに連絡するか、時間外であれば救急外来へ連れて行かなければならないですが、私は外科医ですから、自分で挿入しなおしました。母乳授乳を希望するならば、胃管は残しておかなければなりません。哺乳瓶を与えてしまうと、赤ちゃんはおっぱいを吸わなくなり、楽な哺乳瓶を好むようになるからです。当初は母乳で頑張ろうと思っていましたが、管を嫌がる双子を見ているうちに、「この管を抜いてあげたい」と思うようになりました。そうなれば、母乳を諦めなければなりません。苦渋の決断でした。「子供のために母乳授乳を諦める」というのが、私の出した結論でした。双子は上手に哺乳瓶からミルクを飲んでくれたので、まもなく胃管を抜くことができました。母乳授乳ができなかったにもかかわらず、保育園に入るまで、風邪もひかず、ウイルス性胃腸炎になったくらいで、健康に育ちました。身長、体重も、2ヶ月の早産児にもかかわらず、正期産児に負けない成長ぶりでした。母乳を諦めた決断は間違ってはいなかったと思いますが、小さな双子がおっぱいを吸ってくれたあのときの感触、体の中から沸き起こってくる幸せな気持ちを忘れることができません。もう一度生まれ変わったら、是非、母乳育児を思いっきりしてみたいものです。

そんな経験をした私にとっては、新法が「母乳授乳のできない母親に対する精神的圧迫になる」という議論も理解できます。母乳授乳が簡単にできる人にとっては、「過敏な反応」と一笑されるのかもしれませんが、母乳授乳が叶わない母親にとってはセンシティブな話題です。「母親失格」と思う人もいるでしょう。私も双子に、「おっぱいあげられなくて、ごめんね。」と心の中で語りかけたものです。

そもそも、今回の新法は、WHOやEUの指針に従ったものらしいのですが、大きな問題なのは、母乳が推奨される途上国で、調整ミルクがはびこっていること。不潔な水や容器などを用いて哺乳瓶授乳することは危険です。勿論、垂直感染の可能性のある感染症などがある場合は例外ですが。日本やスウェーデンなど先進国では、母乳であっても哺乳瓶授乳であっても、大差はないと考えてよいのが常識的です。各方面で議論が白熱しているのをみて、自分なりに思いを巡らせてしまいました。

スウェーデンの医療を支えているのは、国外医学部卒業の医師

今日は、少し前に、医師向け週刊誌に掲載された次の記事について。オリジナルはこちら

1212

 

 

スウェーデンの医師免許取得者の半数以上がスウェーデン外の医学部卒となったのは、2003年が初めてのこと。以来、この現象は継続しており、まさに、スウェーデンの医療は今や、国外医学部卒業の医師無しでは維持できない状況になりつつあります。

 

次の図は、新規医師免許取得者の年次別推移。紫のラインは国外医学部卒業の医師。

88_WEBB

この図を見ると、毎年、2000人程度の新しい医師が誕生しており、半数以上がスウェーデン国外の医学部卒業者。日本では7,8千人くらいと記憶しておりますので、人口を考えると、日本よりずっと多いですね(しかし、医師一人当たりの勤務時間はずっと少ない!)。1995年には、国外医学部卒業の医師の医師全体に占める割合は13%でしたが、2010年には倍近くの23%に。それでも、国際的にその数字は最も高いという訳ではないようです。イギリス、アメリカなどはスウェーデンよりも高い割合。対する、イタリア、ドイツ、フランスは5%にも満たないとのこと。日本はもっと少ないのではないでしょうか。やはり、英語圏では外国人医師の言語に対するハードルが低いからなのか、あるいは、文化によるものか、、、。

 

1000人以上の国外医学部卒業者の国別内訳。最も多い黄色の部分は、EU内から。基本的に、EU内の医師免許を取得すれば、EU各国で働くことができます。紫の部分は、EU外から。私もこのグループに属します。毎年、最低100名、多いときは300名ほどで、主に、イラクとロシアから。水色は、スウェーデン人が国外の医学部を卒業したグループ。これも年々増加しており、ほとんどはEU内の医学部卒業。スウェーデン内の医学部に進学できなかった人が、ポーランドやルーマニア、ハンガリーなど、英語による医学教育を行う医学部に一部自費で入学するケース。自費とはいっても、日本に比べれば破格に安い学費です。

Fig A_B_C

医学教育には一人当たり数千万円の費用がかかると言われていますが、スウェーデンは新規医師免許取得者の半分以上が国外で教育を受けた人間、つまり、医学教育にかかる費用をかなり節約していることになります。私の経験では、非スウェーデン人の医師のレベルは決して低くありません。むしろ、優秀な人は多い。優秀な医師を医学教育の費用を負担せずに輸入するということは、本来ならば日本もならっても良いのではないかと思います。近年、日本人も、スウェーデン人と同じように東欧諸国の医学部に学ぶ人が増えているようですが、厚生労働省の規定では、日本人であっても、国外の医学部卒業の場合は、日本の医師免許を取得する際の手続きは複雑です。東欧諸国の医学部を卒業するためには、相当な勉強が必要で、日本の医学部のように生ぬるくはありません。むしろ、日本の医学部卒業生よりもすぐれていると考えられるのに、医師免許取得のプロセスが複雑なのは片手落ちとしかいいようがありません。一部では、「日本の医学部に入ることができなかった落ちこぼれが東欧へ流れる」という輩もいるようですが、東欧の医学部の授業料は、年間100万円程度。学力は十分でも、年間最低数百万円、場合によっては1000万円近くもかかる日本の私立医学部に入ることができない人は星の数ほどいると思われます。スウェーデン人に、日本の私立医学部の学費の話をすると、「払える人がいるのか」と驚かれます。日本国外の医学部を卒業した日本人に対する日本の医師免許の交付については一定のルールが無い現在、医師不足対策として、コストのかかる医学部新設よりも、海外医学部を卒業した日本人医師の逆輸入の制度を整備した方が良いように思います。

医療の地域格差

日本でもそうですが、スウェーデンでも医療へのアクセスやレベルの明らかな地域格差が存在します。

双子という文字に惹きつけられて、たまたま買って読んだ数日間の新聞記事。

2013-09-18 18.45.05b

Aftonbladetですが、ネット上ではExpressenKristianstadsbladetに記事がありました。

Landskronaに住む双子を妊娠していた41歳のLindaに起こった悲劇。40代で双子を妊娠ということで、とても人事とは思えませんでした。

陣痛が起こったのは、妊娠第33週。ここで陣痛を止められなかった時点で帝王切開にならなかったのは、まず驚きでした。スウェーデン、いいえ、ストックホルムでは、34週に満たない双胎妊娠の場合は帝王切開がルチーンであったため、私の妊娠中も34週まで何とかもって欲しいと思っていましたが、31週で破水、32週で陣痛が止まらなかったため、選択の余地なく帝王切開となりました。Lindaの体重は妊娠前と比べて30kgも増えていて、妊娠中毒症には注意しなければいけないはずなのですが、MVCでの検診も不十分だったようです。さらには、分娩室に入っても、看護師は血圧のチェックさえしなかったといいます。

分娩後、Lindaは腹部の痛み、そして、強烈な頭痛を訴えます。双子の女の子が生まれたのが、午後1時ごろ。痛みを訴え続けたにもかかわらず、その日の午後は医師が診察に現れることはありませんでした。初めて看護師が血圧を測定したのが、午後8時前、そのときの血圧は196/97。その後、Lindaは意識不明の重態となり、彼女の意識が戻ることはありませんでした。

解剖の結果、広汎な脳出血に加え、肝臓および腎臓の出血もみられたそうです。Lindaが、おそらく妊娠中毒症があり、子癇による合併症のために死亡したことは間違いありません。Lindaが出産したKristianstad Lasarett(Kristianstad中央病院)は、南スウェーデンの300床を有する中核病院ですが、今回の件では、その対応の全てがお粗末としかいいようがありません。病院側は既にミスを認めているようで、それは、Lex Maria法によるSocialstyrelsenへの報告がなされていることからも明らかです。これは、医師が医療ミスがあったときに、医師側から報告書を提出するシステムです。それにしても、患者さんが苦しんでいるのに、医師が診察に来ないというのも、スウェーデンらしい。それでも、ストックホルムでこのようなミスが起こる確率はずっと低いと思います。日本であれば、双胎妊娠の場合は、予定日の数週間前から管理入院などが行われるようですが、スウェーデンではありません。私も1-2週間に一度の看護師さんおよび医師による検診を受けるくらいで、破水の前日まで手術もしていました。破水して緊急入院してからは、数時間おきのCTGや胎児の心拍数のチェックなどが行われ、同時に感染予防のための抗生物質、胎児の肺サーファクタント産生刺激のためのステロイド投与もあり、十分な管理体制でした。最後に夜中に陣痛がおさまらなくなってきたときにCTGを測定しようとしたときには、流石に、当直医に来てもらうようにお願いしましたが。いずれにしても、医療レベルに対して不満なことはありませんでした。

スウェーデンでも医療レベルの低さで悪名高いのがダーラナ地方。ここに住む夫の母は数年前に若くして脳梗塞を患いました。発症のその日、普段どおりに自転車で出勤した彼女は、気分が悪いため病院を受診し、脳梗塞という診断を結局受けましたが、発症して半日以上経っても治療が開始される気配もありませんでした。私は脳疾患は素人ですが、最新の脳梗塞の治療の一つである、早期の血栓溶解剤の使用が有効だと理解しています。これは発症して3時間以内に治療開始の必要があるため、それ以前に受診してなければいけないのですが、彼女の場合は十分早期の受診だったと思います。受診したMora lasarettは夫が子供の頃に誤診による治療遅延で脊髄損傷となってしまった、いわくつきの病院ですが、義母の診断や治療が遅々として進まないことにしびれを切らした私が、つたないスウェーデン語で担当医と話をしてみても、いかにもレベルが低そうな印象でした。彼女は現在、中等度の半身不随がありますが、もしストックホルムに住んでいたら、このような後遺症は残らなかったと思います。

ダーラナは北ですが、南スウェーデンの大学病院でさえ、いろいろととんでもない話を聞くことがあります。小児科が頼りになることは子供を持つ親としては重要です。ストックホルムでは待ち時間は別としても必ず診察を受けることができますが、そうではない地域もあるようです。また、ストックホルムでは必然的に院内、あるいは、ストックホルム内には、各専門分野のスペシャリストが多い、つまり、医師同士の相談もしやすいため、診断もつけやすく、受診の門戸も広いということになります。子供や自分自身の健康を考えても、やはり、ストックホルム以外に住む気にはなれません。以前にも述べましたが、スウェーデンでは、住所によって受診できる大病院が決められているため、その病院の事情(医師のレベル、経済状況、外来やベッドの混み具合など)によって、受診さえ制限されることがあります。私も、診療所から送られてくる紹介状の初期判断をしますが、かなり多くの紹介状をつき返しています。「大学病院で診察する疾患ではない。」というのが主な理由です。特殊な疾患で、明らかにその地域には専門医や技術がないということであれば、圏外の大病院へ特別な紹介状を(専門医が)書くことにより受診が可能となりますが、そういう状況は極めて稀です。つまり、同じように税金を払っていても、住んでいる地域により、恐ろしいほどの医療格差があるため、その餌食になる危険があるのです。ストックホルム地域でも、一般的に最もレベルが高いとされるカロリンスカ大学のソルナ病院には、ストックホルム中心部とそれより北に住んでいる人が属しており、それより南に関しては、南病院やカロリンスカ大学のHuddinge病院ということになります。そういう事情からも、私はストックホルムでも南に住むつもりはありません。勿論、カロリンスカなら大丈夫ということではなく、当たる医師によって大きな差があり、カロリンスカにもとんでもない医師もいます。このあたりは、医師であっても他科のどの医師が優秀なのか見分けるのは難しいので、もはや運を信じるしかない場合も多いのですが。

lindaab

母Lindaの命と引き換えに生まれてきた双子の姉妹は、すくすくと成長しているのがせめてもの幸い。医療ミスによる周産期の母の死亡であれば、日本では相当な補償金が支払われるはずですが、スウェーデンではそういうことはありません。死んでしまった人間のための補償はわずか。最近、帝王切開をしなかったために脳性麻痺となった息子を持つ知人の話を聞くことがありましたが、医療ミスがあったと認定されたにもかかわらず、彼らが受け取った補償は140万クローネだそうです。しかし、スウェーデンにしては高額の補償であり、それは息子が生きているからゆえです。日本やアメリカのように、不当に高額の慰謝料が動くのも医療崩壊に繋がりますが、スウェーデンは逆に低すぎると感じることもあります。医療ミスをしても、慰謝料が医師に降りかかってくることはまず無いので、とんでもない医師がはびこっている土壌にもなっていると思います。スウェーデンのとんでもない医師や、医療システムに切り込む「Arga doktorn」という番組が現在放映されていますので、そのうちご紹介をしたいと思っていますが、それを見ても、「住むのはストックホルム」という感を強くした次第です。