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徒然なるままにと言ってみたい

毎日毎日、やらなければいけないことが多すぎて、やりたいことはできないままに時が過ぎていきます。

日本の職場と違って、出勤すると、その日の仕事プラス貯まっている仕事を、可能な限りのスピードでこなして、できるだけ早く家に帰るようにしています。これは、同僚のすべてがやっていること。日本では、仕事がなくても上司がいれば帰れないですし、受け持ち患者さんの容態が安定しなければ、当直に任せて帰るということもできません。その点でスウェーデンの勤務体制ははっきりとしていて、プライベートとの区別をつけやすいのです。

勿論、手術日であれば、一部のマッチョ外科医とは異なり、手術時間で競争するような考えはないため、「早く終わらせる」ために手術をすることはありません。受け持つ手術のほとんどが既に慣れたものであるため、それでも予定終了時間から大幅に延長したりすることはほとんどありませんが。しかし、手術とはまさに芸術で、登りつめられる頂点というものはないように感じています。ことに、私が担当する、癌治療と機能温存のバランスを保つことを考えるような手術ではそう。如何に癌を切除し、機能も温存するか。ミクロの単位での切除ラインの調節を症例に合わせて決定することも必要です。

最近、前立腺癌の患者さんの術後で、「腫瘍マーカー検出不能」、「切除断端陰性」だけでなく、「勃起および性交可能」で「尿失禁ゼロ」という方が増えてきて、嬉しい限り。以前は、「尿失禁」はなくとも、「勃起」に関しては成績が芳しくなかったのですが(これは、私自身あまり重きを置いていなかったのと、温存して切除断端が陽性になることを恐れていたということがあります)、機能温存の領域はまさに芸術の域に入ってくると思っています。

前立腺癌の患者さんは、比較的若くて、それまで健康だったという方が多いため、非常に喜んでもらうことがしばしばです。これまで、スウェーデン人は勿論のこと、世界各地からやってきている移民の患者さんの手術を担当してきましたが、数多くのハグをもらいました。中には涙を流してくれた人もいました。

外科医は神ではありませんので、不幸にも良い結果が得られないことがあります。そのたびに私はかなり落ち込むのですが、同僚の外科医を見ていると、腕の良い外科医になるためには、不幸な結果を踏み台にしていかなければいけないようで、この部分は何年外科医をやっていても、私には最も大きな課題であるように感じています。

課題といえば、有能なスポーツ選手が有能なコーチである訳ではないのと同じように、メスの切れる外科医が上手に後輩を指導できるかといえばそうではありません。後輩の能力を見極めた上で、どこまで辛抱できるかということは大事ですが、センスで手術ができる人は、それをうまく説明できないため後輩には伝わらないということがあります。私の最初のオペの師匠は、一つ一つの操作には理由があるんだということを叩き込んでくれましたが、それが私が後輩を指導するようになった今も生きています。これまでの外科医の修行は子育てにも見事に生きていて、辛抱、辛抱、また辛抱、決して声を荒げることなく、折り合わない場合でも、最終的には、「ママが決める」ということを納得させる。子供達は、「Det är mamma som bestämmer. (It is mammy who decides.)」と言ってくれ、私はシメシメとほくそ笑むのでした。

拙文のつぶやきにお付き合いいただき、ありがとうございました。

あけましておめでとうございます!

あけましておめでとうございます。

日本のような豪華な新年の幕開けというのはありませんが、ストックホルムから40分ほどにあるサマーハウスで、ひっそりと新年を迎えました。

今年もよろしくお願いいたします。

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Merry Christmas, God Jul! We are still alive!

子育てと仕事に追われる日々。気が付いてみれば、1年もブログをほったらかしにしていました。

大人は年を取るばかりですが、子供は着々と成長しており、そのことで年を取ることの痛みが軽くなっているのは幸いです。

今年一年の記録を含め、来年はもう少しマメに記事を書きたいなあと思っております。

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今年のノーベル医学・生理学賞 (2)

ノーベル賞授賞式および晩餐会は毎年、アルフレッド・ノーベルの没日である12月10日に行われます。昨年は、授賞式晩餐会に参加しました。

今年のノーベル・ウイークは12月第2週となりましたが、受賞者がストックホルムに到着してから毎日のように様々な行事が行われます。ノーベル医学・生理学賞受賞者のスケジュールなどに関しては、ノーベル審査委員会の事務局長が仕切っており、エスコートはUD(外務省)からのノーベルアタシェが行います。

今回の行事のうち、内外プレス対象の記者会見がカロリンスカ研究所で行われましたが、マラリアでの受賞の中国のTu博士は全く英語を理解しないので、中国語ー英語の通訳が用意されました。大村博士についても、日本語でのやり取りがご希望ということで、日本語ー英語の通訳が必要となり、事務局長の希望として、通訳ができてかつ、研究・臨床の専門家という人選で、私に依頼がありました。とても光栄なことではありますが、何しろ私の英語はスウェーデン語の上達に伴って錆びついており、英語を話し始めるとスウェーデン語の単語が混じってしまうという始末。それでも、本職の通訳よりも医学の専門家という強い希望だったので、お引き受けすることにしました。

通訳をする以上は、業績について知っている必要があるため、学生時代の知識などすっかり忘れ去っている寄生虫学など関連する資料を読み、自分なりに英語と日本語でまとめを作りました。大村先生ご自身が寄生虫学者ではないので、放線菌やその産生物質、その作用機序なども勉強しましたが、確かに、これは素人には理解するのは難しいかもしれません。公衆衛生に関する部分では、億以上の数字が出てくることも多いのですが、どうしても日本人は英語日本語間の大きな数の変換が苦手で、私もその例外ではありませんでした。これについても少し練習しました。また、記者会見の前週に事務局長と打ち合わせをし、当日はご挨拶と打ち合わせをご本人とするということで早めに会場に到着する予定になりましたが、当日は実はオンコールに当たっていたのですが、記者会見の間だけなんとかボスに交替してもらうということで準備を整えました。

 

一時間ほど前に会場である研究所のノーベルフォーラムに到着しましたが、既に、日本と中国のジャーナリストが会場の中央前方の最も良い位置を占領していました。あとからきたスウェーデン人のジャーナリストが「これじゃ良い写真が撮れないよ。」と怒って、秘書さんに文句を言っていましたが、「直接交渉したら。」とあっさり言われてしまっていました。

記者会見は午後2時からですが、15分ほど前に裏手から上階に上がり、受賞者の投票がなされる大会議室にいる受賞者に会うことになりました。

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向かって左から、大村博士、Tu博士、Campbell博士、そして事務局長のUrban Lendahl教授です。大村先生が最もお若く80歳ですが、3博士ともとてもお元気そうでした。大村先生は、とても気さくな腰の低い方で、通訳役の私にも丁寧にご挨拶をいただき、名刺まで交換させていただきました。

14時直前にジャーナリストで超満員の会場に入り、私は大村先生のすぐ傍に座ることになりました。英語での質問を日本語で先生にお伝えし、先生の日本語の回答を英語に直すという作業は、難しいものではありませんでしたが、共同受賞者の質疑応答を臨機応変に、かつ、タイミング良くお伝えすることが必要と気づき、それを随時状況判断しながら行うのが最も難しかったことでしょうか。先生がCampbell先生の発言を引用しながらお話しになったときには、その努力が報われた気がしてとても嬉しく思いました。

当初の予定では、前半は共同記者会見で、後半は3人別々のぶら下がりということだったのですが、何しろ、Tu先生の質疑応答に時間がかかり、50分を過ぎたところで散会となりました。その後、大村先生だけは、日本人記者のぶら下がり取材があり、記者の要望に応えて、15年前に亡くなった愛妻の写真を披露なさっている光景が印象的でした。

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関係者が受賞者を裏手から退場させ、その間、ジャーナリストは会場に留まるような手はずになっていたのですが、うまくいったのでしょうか。

 

翌日に、ノーベル賞記念講演がカロリンスカ研究所であり、その後にパーテイーがありました。私はそのパーテイーに出席しましたが、そのときに、アタシエの方から、「通訳のお礼をおっしゃりたいそうです。」とお話があり、再び大村先生にお目にかかりました。

「お礼を言えなかったので、名刺をいただいていたので、帰国してからお礼状を書こうと思っていました。」とおっしゃっていただき、感動しました。また、研究に関する話でも盛り上がりました。なぜ、川奈ゴルフ倶楽部なのか、という問いに対しては、大村先生、実はとてもゴルフがお上手で、ゴルフの際に、「あそこの土に惹かれるなあ。」ということで採取なさったということでした。人格者には運命の女神も味方するんですね。

記者会見の翌日、日本ではNHKを始め、多くの民放のニュースで映像が流れたらしく、思った以上に私も大写しになって驚きました。いろいろな方から、「テレビで見たよ。」という連絡をいただき、実に多くの方がニュースをご覧になっているんだなあと改めて思いました。今年のように、既に世界で何億という患者さんの治療に使われている薬の発見という素晴らしいノーベル賞、しかも日本人の受賞という快挙に関わることができたのは、この上ない幸せなことでした。

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記者会見で、「ノーベル賞を取れると思ったか。」という質問に対して、「アフリカに行って、多くの患者さんが救われているのを見たときに、人類のために大きなことをしたんだなあという思いはありましたが、それでノーベル賞を取れるとは思いませんでした。」と語っていらっしゃいましたが、この写真を見るとそれが理解できます。

 

記者会見を報道したニュースは以下のリンクから。日本では英訳は必要ないため、もっぱら通訳用のメモを必死にとっている私が写っております。

 

保育園のルシア祭

保育園では折々の行事がありますが、クリスマス前のこの季節は、ルシア祭

双子の保育園はKungsholmenでは最大級で、園児数約120人。1−2歳児のグループ二つと3−5歳児のグループ2つがあります。双子は3−5歳児のグループで一番小さいのですが、このグループは今年は屋外で歌を披露するという企画でした。

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娘はペッパーカーカ(ジンジャークッキー)の服装で臨みました。パッと見ても一番小さいのが娘です。

息子はサンタ。

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歌を歌ったあと、サンタルシアの歌で退場し、引き続き園庭でルシア祭用のパン(ルッセキャット)やジンジャークッキー、グレッグなどが振舞われました。

 

娘は服装が気に入ったらしく、家でも着たがります。

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大きめの服を買ったけど、来年は着れないんだろうなあ。

今年のノーベル医学・生理学賞 (1)

今年のノーベル医学・生理学賞は、実に良い賞でした。アフリカなどを中心として、貧しい人々が多く罹患するマラリアと線虫に対する治療薬の発見に対して。

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ノーベル医学・生理学賞審査委員会からのプレス用の情報はこちら。簡易バージョンはこちら

線虫に対するAvermectinを産生する放線菌を発見した日本の大村博士。河川盲目症(River blindness )は、Onchocera bolvulus(回旋糸状虫)がBlack flyと言われる蝿を介して人間に感染し、幼虫が炎症により角膜に非可逆性の瘢痕形成を来たすため盲目となる疾患です。感染者1億にも上るといわれますが、AvermectinがIvermectinとして商品化され、Ivermectinの年2回投与にて盲目となるのを完全に予防することが可能となるものです。メスの成虫は1日1000匹ほどの幼虫を産みます。成虫にはIvermectinは効かず、成虫は20年近くも生存するので、長期にわたる投与が必要ですが、症状の原因となるのは幼虫であるため、幼虫を殺すことで発症を防ぐことができるという訳です。

Ivermectinはこの他にも、蚊が媒介するフィラリア症(象皮病や巨大陰嚢水腫の原因)にも有効です。沖縄で勤務していたとき、ときどきフィラリア症、乳び尿や陰嚢水腫の患者さんを診ることがありました。フィラリアの診断は、ミクロフィラリアの血中内での確認でした。ミクロフィラリアは昼間は体内奥深くの静脈などに潜んでおり、夜間には末梢血内に出てくるため、夜間に末梢血を採って診断するのがポイントでした。沖縄の離島からやってきた患者さん。さとうきび畑で働く人でした(さとうきび畑で蚊にさされやすい)。巨大な陰嚢水腫を長年隠し持っていて、とうとう我慢できずに家族に伴われてやってきたのですが、応急的に穿刺したところ、穿刺液3リットル以上。

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この写真は、教科書にも採用されている有名な挿絵。担ぐほどの巨大な陰嚢水腫です。

Ivermectinはフィラリアの他には、糞線虫の治療に使われます。日本で糞線虫の治療の適応となってから10年にもまだ満たないのですが、現在では、ダニによる疥癬の治療に多く使われているようです。私が専門医取得前に修行していた都内の病院で、疥癬が大量発生したことがありましたが、当時は有効な治療薬がありませんでした。隔離、消毒やガウンテクニックなどで対応していましたが、それほど有効でもなく対応が大変だったことを覚えています。Ivermectinは節足動物に有効なのだそうです。

薬には必ず副作用がありますが、Ivermectinの凄いところは、人間への重篤な副作用がないにもかかわらず、寄生虫を殺すことができ、また、現在のところ耐性もないということです。IvermectinはGABAなどのligant-gated chloride channelをブロックすることが作用機序で、細胞膜の極性が失われ、このchannelが発現している筋肉や神経組織が障害されることで殺寄生虫作用が発生します。このchannelは人間では中枢神経系に発現しているのですが、blood- brain barrierを通過しないため、人間に対する作用はないとのこと。薬としては、too good to be trueといったところでしょうか。

このIvermectinの元であるAvermectinは、大村博士が川奈ゴルフ場近所で採取した土に含まれていた放線菌から産生されたもので、現在までAvermectinを産生する放線菌種は発見されていないということです。これも驚きです。

大村博士がスクリーニングした上で選別したこれら放線菌を培養し、それらが産生するactive substancesを解析しAvermectinを同定したのが、共同受賞者のCampbell博士です。大村博士が1971年に(何とサバテイカルのようなのですが)アメリカを訪問した際に、Merck社などのラボで働いていた研究者たちとのコラボレーションが始まりました。そして、1970年後半に、Avermectinの発見がなされたのです。Avermectinを化学的に合成したものがIvermectinであり、1980年代初頭にすでに人間における治験が始まったのは、驚くべきスピードであったと思われます。2012年までに2億人以上の人々がIvermectinの治療を受けてきました。マラリアと比べて、River blindnessは忘れられていた熱帯病:the neglected tropical diseaseの一つでありましたが、Ivermectinの導入によって治療は急激に進み、WHOによると2025年までに撲滅できるということです。このように急激に治療が進んだことの大きな理由は、Merck社がIvermectinを無償で提供することを決断したことによるものが大きいそうです(余談ですが、動物のフィラリア症治療に関しては薬価は高額であり、Merck社は動物の治療を通して利益を上げているのだそうです。)。

今回のノーベル賞関連の行事にあたり、大村博士とお目にかかる機会がありました。長くなりましたので、そのあたりのことは次回に。

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半年もご無沙汰してしまいました。

気が付けば2015年も残り僅か。師走とは良く言ったもので、毎日走るように忙しい時間を過ごしております。ブログも半年もご無沙汰してしまっている事態に愕然としています。

夏には久しぶりに双子を連れて日本へ帰国しました。双子は日本で3歳の誕生日を迎えました。祖父母である私の両親、妹夫婦、従兄弟たちに可愛がってもらい、日本の保育園にも短期間通わせてもらって、充実した時間を過ごしました。

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未熟児で生まれた双子ですが、1年目は何回も入院を余儀なくさせられたものの、最近はほとんど病気をすることもなく、保育園に元気に通っています。言葉も達者になりました。残念ながら、スウェーデン語の発達が著しく、仕事と育児で忙しくしている私に日本語を話す余力がないため、日本語はいくつかの単語のみ理解するに留まっています。しかし、途中でどもりの傾向のあった息子のこともあり、まずはスウェーデン語で自信を持って話すことができればいいのではないかとも思うようになりました。ときどき、日本人の優しいお姉さんに遊んでもらったり、私も日本語の歌を歌ったりすることで、少しは日本語に曝露する機会を作るようにしています。

 

3歳になってから、悪いことをしたら、「ごめんなさい」と素直に言えるようになり、娘、息子同士でも思いやりの行動が見られるようになりました。喧嘩もするけれど、二人はお互いが大好きなようです。どちらかが泣いていると、まずは自分で慰めようとし、それでもダメな場合は親のところへやってきて、「xxが悲しがっているよ。」と報告してきます。誰がエレベーターのボタンを押すかなどで以前は良く喧嘩をしていましたが、今では役割分担が出来上がっているようで、譲り合っているのを見ます。

 

健康で優しい子供に育っていることだけで、親としてはこれ以上幸せなことはありません。オンコールもあり、手術が長引いて超過勤務もままあるため、仕事は120%くらいしている計算になるため毎日は大変ではありますが、何とか両立しています。忙しい中でも少しずつブログの記事を更新してゆければなと思います。これらの記事は、娘と息子へのメッセージでもありますので、、、。

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医療ミスの処遇

最近、立て続けに経過観察における医療ミスを発見しています。

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前立腺癌は進行が緩徐であるため、医療ミスが不幸な結末の原因となることはあまりないのですが、膀胱癌は全く別物です。

1件目は、膀胱癌で膀胱全摘をされ、その経過観察中にCTを撮影し、そのレントゲン画像の読影ミスで、腎盂癌が見逃されていた。次のCTでは既にリンパ節に転移しており、過去のCTをチェックしたところ読影ミスが発覚。これは、院外の放射線科医の読影でした。

2件目は、同じく膀胱癌で膀胱全摘された患者さん。カルテには、次回診察は半年後、と記載されている(カルテは医師がdictationして、それを秘書さんがタイプアウトして、さらに、予約も取るようになっています)のに、予約が取られておらず、2年間受診せず。他の症状のため他院救急を受診してCTを取ったところ、大きなリンパ節転移が発見されました。

3件目は、スウェーデンではミスではなく、インフォームドコンセントの欠如にあたるのかもしれませんが、妙齢の女性で、脊椎症のため前方からの手術をした方が、同側の尿管狭窄をきたした事例です。術中の操作で同側の尿管への栄養血管を損傷されたと思われますが、結果として、その腎臓は無機能腎に近い状態になってしまいました。整形外科医からは全く話がいっていませんでした。

4件目は、膀胱外まで進展した膀胱癌の女性の患者さん。少なくとも5年前から膀胱炎様の症状があり、たびたび家庭医を受診するも、抗生剤投与のみされていました。最近1年は下腹部の痛みに加え、完全失禁状態。私が内視鏡でみると、膀胱内は腫瘍だらけ。

 

1件目、2件目は泌尿器科医のミスではありませんが、私がそのミスについて外来で説明することになり、説明して、Patientskadenämndenに申請を出すようにすすめました。同時に、関係者にLex Maria法に基づいて報告するように伝えました。おそらく、患者さんが賠償金をもらえるとしても、微々たるものだと思います。

 

3件目は、日本では当該整形外科医は相当高額の慰謝料を支払わなければならないと思われます。スウェーデンでは、やはり、Patientskadenämndenに申告することによって、賠償金を貰えるかどうかのギリギリのところだと思いますが、申請することを勧めました。

 

4件目は、家庭医のミスです。繰り返す膀胱炎、しかも、カルテによると、抗生剤を投与しても尿が無菌にはならず、それを検査もしないで何年間も同じ治療を繰り返したのは、無能な医師であるか、サボタージュです。残念ながら、スウェーデンに移住してから、数人、同じような患者さんを目にしました。そのような患者さんは、間違いなく膀胱癌で亡くなります。しかも、経過は早い。家庭医の専門医を標榜しながら、このようなミスは許されないと思います。一回だけの診断ミスではありません。何年もの間、20回は受診しているのですから。

このような場合、医師同士で告発するということにはなりにくい。患者さんには、「おそらく、腫瘍のために症状が何年もあったのでしょうね。」というニュアンスで話をしますが。その後、訴えを起こすかどうかは患者さん次第。日本であれば、間違いなく訴訟になり、少なくとも数千万円は下らない慰謝料を医師が払うことになるに違いありません。私は移民医師でもありますので、正義を通すことには大きな勇気(また、犠牲も)が必要です。それでも、あまりに大きな怒りが込み上げてきたので、何もしない訳にもいかないという思いで一杯になりました。同僚とも相談した上で、家庭医に経過の詳細を記載した退院サマリーを送りつけることにしました。その医師が(少しはまともであれば)自分のミスの大きさに気づき、二度と同じ間違いをしないようになるのでは、という期待があります。

研修医やGPの方、女性の繰り返す膀胱炎では膀胱癌を疑う必要があります。同じミスを犯すことのありませんように。膀胱癌を見逃すと、致命的です。

 

日本では、医療ミスがあった場合、もともとの疾患の予後や、患者さんの年齢などは慰謝料にあまり関係しない傾向があるように思います。また、患者さんが亡くなった場合でも、遺族に高額の慰謝料が支払われる場合もあります。80代、90代の患者さんに対するミスでは、スウェーデンではおそらく賠償金は出ません。患者さんが生きている場合には、患者さん本人に対して賠償金が出ますが、亡くなった場合に家族に支払われることはありません。また、これらの賠償金を医師個人が払うということもまずありません。賠償金には、慰謝料、つまりミスに対する罰としての位置付けはなく、あくまでも、ミスの被害にあった患者さんが、「生きてゆくために」必要な費用の補填ということなのだと思います。どちらのシステムが優れている、と言うことはできませんが、日本ではときに、「慰謝料をいかに取るか」ということが重要になって、それが、遺族や弁護士の金儲けの手段になっている印象を受けることがあります。そのために、医師が、常に訴えられることを考えながらdefencive medicineに走らなければならないという現実を悲しく思います。ほとんどの医師が善意ある職業人であるのにもかかわらず。

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ソフィア妃誕生が難渋した訳

今日、マデレーン妃が第二子である長男を出産しました。カロリンスカではなく、ダンデリード病院だったようです。土曜日の結婚式に出席した2日後、何というグッドタイミングでしょう!母子ともに元気とのことで、とても嬉しいニュースでした。

 

この記事は、お待たせ、ソフィア妃のお話。

「ソフィア妃はトップレスのモデルをしていた。」

と意地の悪いジャーナリストは書いていますが、このヘビで胸を隠している写真は有名です。

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ヘソピアスも。

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そして、「光」という漢字の入った背中のタトウ〜(余談ですが、スウェーデンでは、このようにブラが見えていても全く気にしません。)。

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Hovet(宮内庁のようなもの)や、国王、王妃は、ソフィアとの結婚に反対だと報道されていました。また、結婚の前に、複数あったタトウ〜の一部を外科手術で除去したという報道もありました。

 

こちらは、初めて公式の場に二人で登場した際の写真。2014年のノーベル賞晩餐会です。

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このときのドレスでは、背中のちょうどタトウ〜にあたる部分にデザインが施され、タトウ〜がどうなっているのかはわかりませんでした。しかし、ノーベル賞の晩餐会では、所謂、ホスト側の立場にあるので、タトウ〜があったとしたら、何とも素敵な心遣いであったと思っていました。

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今回の結婚式では、背中が少し下がったデザインのドレスだったため、タトウ〜の行方が注目されました。

 

結婚式のテレビ中継では、ウエデイングベールに隠れて中々見えませんでした。撮影してはいけない申し合わせなどあるのかと思いながら見ていると、タトウ〜発見!健在でした。私の感覚では、とても美しくエレガントな彼女の花嫁姿の魅力が半減してしまい、とても残念に思いました。

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婚約に至るまでに散々批判されたタトウ〜。パーテイーでの王子のスピーチによると、この二人は何度も別離を試みたのだそうです。いかに開かれたスウェーデン王室といえども、タトウ〜入りのトップレスモデルに対するハードルはなかなか低くはならなかったのでしょう。ビクトリア皇太子の結婚の際は、ダニエルが庶民だったことや、高校の成績が低いこと、(おそらく遺伝性の)腎疾患による腎不全のため、父親から生体腎移植を受ける予定だったことなどで、これもあっさりとはいきませんでしたが、両者ともに粘り勝ちといったところでしょうか。日本の皇室なら、無理なのではないかしら。

ヨーロッパの王室は日本の皇室にくらべて、とてもおおらかです。ノルウェーのメッテ・マリー妃は、以前にも記載したことがありますが、シングルマザーで、薬物使用の経験者でした。スペイン王妃のレティシア妃は、バツイチでした。

しかし、スウェーデンでも、若者を中心にタトウ〜の人気は高いようですが、やはり、学歴や職業などで区分される特定のグループで多くタトウ〜を入れている傾向は否めません。例えば、周りの医師をみてみると、タトウ〜を入れている人はほとんどいません。

ソフィア妃がタトウ〜や、トップレスモデルの経歴については、「私の過去は過去」とか、「過去を後悔しない」とか美談に仕立てられているのも耳にしますが、そう表現できるのは、彼女が結婚へこぎつけることができたからこそです。「過去」が理由で結婚に反対され、別離を決意しなければならなかったときには、その「過去」を呪ったに違いありません。また、タトウ〜の一部の消去手術をしたり、ノーベル賞の晩餐会では隠してみたり、今回のウエデイングドレスを選び、批判もあることを承知で敢えてタトウ〜を披露したりするなど、それぞれに意図があることは間違いないでしょう。

 

 

 

カールフィリップ王子の結婚式

昨日は、スウェーデン王室カールフィリップ王子の結婚式でした。お相手はダーラナ地方出身のごく普通の家庭のお嬢さん、ソフィア。王子の以前の彼女は名家の出で、国王も気に入っていたようですが、ソフィアに関しては反対だということは、しばしばマスコミが報道していました。しかし、その理由はソフィアが庶民であるということではなく、他の理由であったらしいのですが、その点は次の記事に譲るとして、今回は結婚式について。

多くのスウェーデン国民と同様、私もカールフィリップにはあまり興味がないので、ファッション中心になると思います。

 

結婚式前のプレパーティーでの新郎新婦。ソフィアのアイスブルーのドレス、とっても素敵です。

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ソフィアは3人姉妹の真ん中なのですが、ソフィアの姉妹たち。

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結婚式では、ビクトリアと同様に、半分を父親と歩き、その後の半分を新郎と歩くスタイルを選びました。今回のフローリストのセンス、とても可愛いです。

 

 

 

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フラワーガールの中央は、ビクトリアの長女のエステル王女。うちの双子と同じ年なのですが、髪の毛ふさふさで可愛いです。

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高円宮妃がビクトリア皇太子の後ろにいらっしゃるのがみえます。

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王宮内の教会の前でのキス。

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お決まりのパレード。

29979D7F00000578-3122810-image-m-180_1434210937746そして、国民の前でのロイヤルキス。

Swedish-Royal-Wedding (2)その後のパーテイーで。

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国王夫妻。

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ビクトリア皇太子夫妻。

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臨月のマデレーン王女と夫のクリス。

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私の最も好きな、デンマーク皇太子妃マリー。

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不思議な魅力のノルウェー皇太子妃。

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高円宮妃。

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今回は、女性が一人での参加も目立ちました。

この方も私は大好き。オランダのマキシマ妃。今回のドレスは、一番私好み。

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やっぱり、エステル王女、可愛い!

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末長く、お幸せに〜!