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Grundskola入学に関する手紙

8月20日に娘と息子はgrundskolaに入学します。これは6歳から始まる9年間の初等教育です。

入学希望はネットで優先順位をつけて申し込みます。私達は、とにかく送り迎えが便利ということで、自宅の前にあるgrundskolaを第一希望にしましたが、運よく第一希望の学校に入学できることになりました。入学決定通知は受け取ってはいたものの、入学1週間前になって、ようやく案内の手紙が届きました。

 

 

最初の3日間は親が付き添います。我が家ではフレキシブルな夫の役目(私が勤務予定希望を提出するときには、付き添いが必要だという情報は受け取っていませんから、当然、フルタイムの勤務予定となっており、どうする訳にも行きません。勿論、ここはスウェーデンですから勤務変更もできないことはありませんが、大学病院が新病院に一部引っ越し、組織構成が全く新しくなったことで喧嘩が勃発しており、生き残りのためには、休みを取らない方がベターという状況です。)。

 

この他、先生の名前や、クラスメートの名前などの書類が送られてきました。元々は娘と息子は別々のクラスだったのですが、同じクラスにして欲しいという希望を出し、受け入れられていました。同じ保育園から合計4名が同じ学校に進むのですが、4名とも同じクラス。1クラスが28名で女子が16名、男子が12名、合計で5クラスです。そして、担任の先生は1クラスにつき2人。贅沢です。何でも、スウェーデンで最も大きなgrundskolaで、1200名の生徒が在籍しているそうです。

 

新しい一歩を踏み出す娘と息子。不安はあるけれど希望は一杯。とても楽しみです!

東京医大事件に寄せて

私も勤務したことのある東京医大の女子学生制限の騒動。私の母校では女性はやはりマイノリテイーです。同級生は10%が女性でした。そして、女子学生が制限されていることは暗黙の了解のようになっていたと記憶しています。しかし、概念として認識していても、具体的な女性制限の手法を目の当たりにし、今回は流石にショックでした。

必要悪、と言い切るのは言い過ぎだと思いますが、マンパワーとして確実な男性医師が好まれるのは確かです。産休や育休を取らせるほどポジションに余裕のない大学病院では、産休に入る前に退職するのが常で、やはり、根元は女性医師の労働環境が悪いこと、そして、女性医師のパートナーの多くである男性医師が育児に参加しないことにあります。

一方、これは、鶏が先か卵が先かという議論にもなりますが、女性の意識の低さも否定できません。育児をするには恵まれない労働環境により、やる気を失うのも確かでしょう。しかし、日本女性全体として、まだ30%以上が専業主婦であるという事実、働けるのに働かないという選択肢が存在することが、女性の意識、地位の向上を妨げていると思います。スウェーデンでは、国民である以上、働いて納税をすることは国民としての義務という認識です。パートナーが高収入だから他の家よりも余計に納税しているという理論はまかり通りません。個人個人がそれぞれに納税の義務があるのです。また、納税の総額により年金が決まってきますから、納税していなければ年金を受給できないということになります。また、離婚になった際にも女性が経済的に守られることはありません。男性が有責でも同様です。この状況を鑑みると、日本の女性の自立意識はスウェーデンより半世紀以上遅れていると言えます。

我が家の双子は6歳になりましたが、双子を育てながら、トップレベルの外科医として男性にも競合できているのは、スウェーデンという社会のお陰です。日本では全くもって無理です。同僚の男性医師はほぼ全てが、女性と同じように育休や病児休暇を取得しています。この夏もある男性医師が6月から9月までの3ヶ月、夏の最も良い時期に育休を取り、水面下で顰蹙を買っていたくらいです(育休取得希望は拒否できないので、休暇希望よりも優先されるからです)。我が家も、夏休み期間は病院では人手不足であることもあり、夫が送り迎えを毎日担当してくれています。私は家族がまだ寝ている間に出勤しています。通常の期間であれば、多少の送り迎えをすることもありますが、やはり帰宅が不定時になることが多いため、研究者である夫に迷惑をかけて甘えてしまっています。

今回の騒動に絡んで、読売新聞からインタビューを受け、ちょこっと名前入りで記事に登場しました。8月8日付の朝刊3面です。ジャーナリストからすると、「手術の執刀医となっている日に病児休暇を急に取ることになった場合、代わりの執刀医を用意したり、代わりがいない場合は手術自体をキャンセルすることもある。」という事実は衝撃的だったようです。確かに、日本だったらありえないでしょう。40度近く熱があっても、座薬を使いながら働いたという経験もあります。今までに欠勤したのは、ノロウイルス感染で下痢嘔吐した時1日くらいです。最も、下痢だけなら勤務したかもしれません。

今後、日本において、医師の労働環境が改善し、育児や家事に関して男女平等化が進み、女性の意識も向上して、このような問題が解決してゆくことを願っています。

医師の労働環境を改善するには、医師の数を増やすのが先ではなく、医師の仕事量を減らすことです。すなわち、病院へのアクセスを制限し、直接医療に関係のないペーパーワークを減らしたり、他業種に委託できる業務を増やすことが必要だと考えています。また、そうしなければ、医療費を抑制することもできません。

 

 


ノーベル医学・生理学賞2017

スウェーデンの産科の夏季の危機的状況

スウェーデンでは、全ての人のワークライフバランスが保証されており、医療従事者もその例外ではありません。医療従事者も約4週間の夏季休暇を取得するためには、通常業務から規模を縮小する必要があります。おおよそ、通常業務の半分程度に縮小されているところが多いと思います。つまり、外来は半分、手術も半分、病棟のベッド数も半分といった感じ。救急は勿論待つことはできませんから、縮小枠の中で何とかやりくりしなければなりません。

出産についてもしわ寄せはあります。出産件数は予測できるとはいっても、日本とは異なりベビーブームが続いているスウェーデンでは、常に産科のベッド数は不足気味です。そして、夏季となればさらにそれに拍車がかかります。私自身、5年前に緊急帝王切開となった時期は、ミッドサマーの直後でしたので、破水して直ちに勤務先の大学病院の産科に緊急入院することができたのはラッキーとしか言いようがありません。しかし、32週で生まれた未熟児の双子は、比較的健康であったため、より重症児を扱う大学病院の新生児科で入院を続けさせてもらえず、近郊の病院のNICUに転床となりました。

 

カロリンスカの出産病棟には、このような表が掲示されています。毎日の出産予定です。私のように帝王切開となる場合は、通常の手術室に運ばれます。

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数字は週。1ますが1日分で、ピンクが女児、青が男児。

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ところどころに白い帯が付いていますが、これは多胎。こちらは男女の双子という意味。

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FBにFörlossningspodden.seというグループがあるのですが、そちらに、数日前のストックホルムの産科ベッドの状況についてアップされていました(写真も拝借)。

数日前の7月14日のストックホルムにおけるベッド状況。

BBS(BB Stockholm )、DS(Danderyd Hospital)、KS(Karolinska Hospital, Solna)、HS(Karolinska Hospital, Huddinge)、SÖS(Söder Hospital)、STS(Södertälje Hospital)はストックホルム市内及び近郊の病院。これらは全て満床となっています。その下のUppsala大学やNyköping病院は満床。わずかに、Västerås病院に2床、Eskilstuna病院に1床。これらはストックホルムから二時間程度のところにある病院です。

私が入院していた時も、ベッド不足のため、数時間かけて他の病院に搬送されたり、あらかじめハイリスクな妊婦さんをヘリコプターでフィンランドに移したりと、信じられないような対応がされていました。妊娠のタイミングをコントロールするのは難しいですが、できるのであればスウェーデンでは夏季の出産は避ける努力をした方が良いのかもしれません。日本でも産科は不足しているようですが、少子化の中でのベッドの不足と言うのも、大きな問題ですね、、、。

カロリンスカ大学新病院の「改悪」・諸悪の根源コンサル会社

カロリンスカ大学の新病院については、既に、第一陣が引っ越しを終え診療を開始したにもかかわらず、日々あちこちで不満の声が聞かれます。さらには、看護師不足による診療への支障が毎日のようにあります。殊に、オペ室。オペ室の看護師不足で、私の科も毎週10件近くの予定手術がキャンセルされています。その他の科も同様。今年の夏はさらに状況は悪化するようで、予定手術用の手術室が病院で1室だけ、という期間もあるのだそうです。どうなっちゃうの?まさにクレイジーな状況。相当数の派遣看護師に頼っている現在、休暇期間になれば人手がないのは当たり前。看護師が退職する最も大きな理由は「給料」です。大学病院は医師も含め他の病院より給料は低い。しかし、それが納得する程度であるなら大学病院でしかできない仕事もあるので働く人もいますが、他施設との開きが月に1万クローネはあるというのです。看護師の給料が3万クローネくらいだとすると、その差は大きい。しかも重労働の大学病院。

 

給料を上げさえすれば人は集まるのだから本来なら簡単なこと。しかし、病院にはお金がありません。そこで、新病院のお金の使い道に怒りが向けられます。そうです!ほとんどの勤務者は、今までとは全く異なる「組織改変」に異議を唱え、それを企画した「コンサル会社」に怒り、そのコンサル会社に同調した病院長の信用は地に落ちているのです。病院長を信頼する医師はなんとわずか3%。今までコンサル会社に10億クローネ近くも支払ってるんです。日本円で130億くらい?中でもBCGには2015年に33ミリオンクローネ、2016年には90ミリオンクローネを支払っています。最も高い時給は2800クローネだそうです。凄過ぎる!医療の素人に!いや、自称、医療のプロだそうですが。医師免許持ってないのに。

 

 

少し前のこの記事は、そんな状況を説明してくれています。

この、Andreas Rindgman Ugglaっていう人は、医学部を出たのですが、准看護師などとして少し働いたことがあるだけで、もちろん医師免許は持っていません。

臨床経験なくBCGで働いていたにもかかわらず、医療のエキスパートを謳っており、今回の新病院の組織「改悪」の主導者となっています。ですから、スウェーデンの医師組合が、「彼が医師ではない。」と言う声明を出したこともあります。とにかく、医師主導でコンサル会社を利用するならまだしも、コンサル会社が主導になるなんてもっての他。コンサル会社にいる「ダブルスペリャリスト」というのは殊に胡散臭い。まあ、社会を見回せば沢山いますが、複数の専門を「極める」ことなんて普通できませんから。どれも、所詮2流止まりとなるのが関の山。

 

カロリンスカ研究所もBCGが入りましたが、研究者個人のデスクを取り払い共用とする馬鹿げたBCG案を結局研究所は却下しました。ところが、新病院。組織改悪のドサクサで、医師用のコンピューターやデスクが共用となってしまったことにまで踏み込んでいませんでした。BCGの言い草は、「各医師がどれだけ自分の机に座っているか。」の数字を出し、それから、「個人用のデスクは不要」という結論を導いたのだとか。そのため、すでに新病院では、カルテをデイクテーションするためのコンピューターに列が出来、無用のイザコザを招いているのだとか。トイレへ入るにもIDカードが必要なんです。トイレのためにカードをコンピューターから抜いて中座し、戻ってきたら誰かが使っているとか、、、考えられません。本を置くところもありません。現場を知る「医師」の考えではありえませんね。BCGは撤退したようですが、Andreasは居残っています。彼も、オランダから来た雇われ院長も退職してほしい、というのが、現場の声です。BCGに払うお金があれば、それを看護師の給料に回せば良い医療が自ずとできるんです。

 

私だけではなく、本当に多くの医療従事者が怒ってます。ちょうど、このカロリンスカ新病院(NKS)とBCGを揶揄した歌がyoutubeにアップされました。NKS とBCGという言葉が多発されています。

BCGは「色とりどりのプレゼン、アルマーニのスーツにシャンパン」に象徴される、コストばかりかかる無用の長物。スウェーデン語がわからなくても、理解できるのでは。あまりに真実すぎて、悲惨なのに涙を流して笑ってしまいました。言い得て妙。

記事については、余力のある時に少し訳してみます。

ヒジャブ着用で不採用

SASの所謂、グランドホステス、という職種でしょうか。この職種に応募した23歳のモスリムの女性が、職場でもヒジャブを着用すると意思表明したことで不採用になったと云う記事(DNAftonbladet)。

 

スウェーデンに移住して10年。街だけでなく職場でも、看護師さんや患者さんなど多くのモスリムの方を見てきました。当初は特に考えることもなかったのですが、アメリカだけでなくEU、そしてスウェーデンでもモスリムの関係する事件が増え、様々な議論を耳にするにつれ、自分自身もいろいろと考えを巡らせるようになりました。以前の記事で、とても優秀な同僚が、「一部の悪いモスリムのために、モスリム全体に対する風当たりが強くなる」という発言をしたことに触れた記憶がありますが、確かにその通りなのです。外来でも様々なモスリムの患者さんに会いますが、スウェーデン社会に融合してスウェーデン語を話し、職を持っている方も多いです。一方、スウェーデンのパーソナルナンバーを持ち、何年経ってもスウェーデン語さえ話すことができず、税金で通訳を雇って受診する方も多いのも事実です。大きな声では言えませんが、無職で次々と出産し、子供手当で生きている中年の女性、働けそうなのに、何故か病気のための早期退職制度で年金?というより生活保護生活をしている人、外来や検査をすっぽかす人、、、。スウェーデンの社会福祉の中で問題となる方が多く存在します。そういう人達に会うたびに、この人達の生活を、一般市民の税金で支えているだけでなく、無断キャンセルとなった外来や検査は、他の一般市民が受けられたはずのものであるという、なんともやるせない気持ちになってしまいます。勿論、大局的に考えれば、そういった移民や難民をスウェーデン社会に融合させることに失敗している国の政策に原因があるとも言えるのですが、、、。

大分、脱線しましたが、SASで問題となったヒジャブの話に戻ります。ヒジャブは頭に被るベールのようなもので、アラビア語では貞淑、道徳といった意味もあるように、イスラム教では、

SASの所謂、グランドホステス、という職種でしょうか。この職種に応募した23歳のモスリムの女性が、職場でもヒジャブを着用すると意思表明したことで不採用になったと云う記事(DNAftonbladet)。

スウェーデンに移住して10年。街だけでなく職場でも、看護師さんや患者さんなど多くのモスリムの方を見てきました。当初は特に考えることもなかったのですが、アメリカだけでなくEU、そしてスウェーデンでもモスリムの関係する事件が増え、様々な議論を耳にするにつれ、自分自身もいろいろと考えを巡らせるようになりました。以前の記事で、とても優秀な同僚が、「一部の悪いモスリムのために、モスリム全体に対する風当たりが強くなる」という発言をしたことに触れた記憶がありますが、確かにその通りなのです。外来でも様々なモスリムの患者さんに会いますが、スウェーデン社会に融合してスウェーデン語を話し、職を持っている方も多いです。一方、スウェーデンのパーソナルナンバーを持ち、何年経ってもスウェーデン語さえ話すことができず、税金で通訳を雇って受診する方も多いのも事実です。大きな声では言えませんが、無職で次々と出産し、子供手当で生きている中年の女性、働けそうなのに、何故か病気のための早期退職制度で年金?というより生活保護生活をしている人、外来や検査をすっぽかす人、、、。スウェーデンの社会福祉の中で問題となる方が多く存在します。そういう人達に会うたびに、この人達の生活を、一般市民の税金で支えているだけでなく、外来の無断キャンセルが出るたびに、一般市民の受けられるはずだった医療サービスなのに、と複雑な気持ちになります。勿論、大局的に考えれば、移民、難民をスウェーデン社会に適応させることに失敗している国の政策に問題があるとも言えるのですが、、、。

 

大分脱線してしまいましたが、SASで問題となったヒジャブの件です。SASでは、欧州司法裁判所の最近の判断もあり、今後の採用に関して、「職場では宗教、政治、哲学に関して中立である服装」という立場をとるということです。

これがニュースとなった女性です。

ブルカやニカブは以前から抵抗がありました。患者さんとしてきた時も、顔が良く見えないと医学的に困ることもあります。

ヒジャブに関しては、以前はあまり気にならなかったのですが、スウェーデンで色々と経験するうちに、とても気になるようになってきました。スウェーデンでも、モスリムの女性が男性の所属物のように扱われる事件、そして臨床の場でそれらを見かけると、これらの被り物が、文化としては受け入れることができない範疇のものとして思えるようになりました。結婚前に男性と関係を持った女性が家族により殺されたり、女性に対しても所謂、割礼が行われ、性器に損傷が見られる患者さん、あるいは、大陰唇を縫い合わされている女性、、、、。前出の優秀な同僚でさえ、息子はモスリムの女性と結婚させると言い切っています。

 

今日、子供たちのお友達の誕生日パーテイーで、屋内遊園地のようなところへ行きましたが、そこでも、小学生くらいの女の子たちがヒジャブを被っているのを見て、とても気分が悪くなりました。

自分自身で宗教や文化も理解できない年頃から、男性に従属するという象徴とも取れるヒジャブを被らされる、、、。

 

非モスリムの人間が、モスリムの国を訪れたのであれば、その国へのリスペクトを表現する意味でヒジャブを被るのは理解できます。しかし、非モスリムの国に、モスリムである人間が住むのであれば、ヒジャブを被ることはリスペクトに欠けるとも言えると思います。殊に、男女平等を重んじる国においては。

「郷に入れば郷に従え」、「Do as Romans do」というのは、万国共通だと思うのですが。

 

しかしながら、欧米の複数の首長やファーストレディーは被り物なしでサウジアラビアを公式訪問していますね。やはり、男女不平等に対するプロテストなのではないでしょうか。

おまけ:

若い世代の医師達には、モスリムのバックグラウンドを持つ人も多く、なぜか女医さんが研修医、あるいは研修医のポジションを得る前のアルバイトとして私の科にやってくることが良くあります。親の代で難民としてやってきてスウェーデンで生まれた人、幼少の頃に難民としてやってきた人などいろいろですが、もの凄く優秀です。日本の研修医は逆立ちしてもかなわないくらい。そしてなぜか彼女たちはヒジャブを被っていませんねー。偶然だとは思いますが、医師でヒジャブをつけている人をまだ見たことはありません。

ストックホルムの病床の15%が閉鎖中

スウェーデンの病院では週末や長期休暇の季節になると、勤務者の数に応じて診療の規模を縮小します。例えば、夏季休暇中であれば、ベッド数も半分、オペ件数も外来も半分になります。そうすることにより、医療従事者が4−5週間の休暇を取得できるようになります。

カロリンスカ大学病院のベッド数は1543床。2017年4月で、その22%に当たる337床が閉鎖されていたのだそうです(DNの記事より)。

 

ストックホルム県の3476床でみると15%に当たる509床が閉鎖されていたのだとか。そしてこの数字は去年に比べ4%多いのだそうです。

閉鎖の原因は、スタッフの不足、特に看護師の不足です。

Hela länet, antal öppna vårdplatser(ストックホルム県の使用可能なベッド状況):

April 2016: 3064 av 3.429 fastställda vårdplatser

April 2017: 2967 av 3.476 fastställda vårdplatser

Karolinska universitetssjukhuset(カロリンスカ大学病院):

April 2016: 1320 av 1.562 fastställda vårdplatser

April 2017: 1206 av 1.543 fastställda vårdplatser

Södersjukhuset(南病院):

April 2016: 646 av 698 fastställda vårdplatser

April 2017: 604 av 708 fastställda vårdplatser

予定手術がキャンセルされる理由もいつもだいたい同じ。手術室の看護師さんの不足か、ベッドがないこと。予定手術をキャンセルするときには、その日の患者さんの病状を比較して優先順位をつけ、優先順位の低い患者さんからキャンセルすることになります。どうしても良性疾患は優先順位が低くなりますし、悪性疾患でも悪性度や病期によって優先順位をつけます。ベッドが不足して患者さんを退院させたり転院させなければならない時も、症状の軽い患者さんから退院してもらうことに、、、。看護師さんへの負担が重くなると、大学病院の低い待遇と重い労働に耐えきれず、退職していきます。常に、ギリギリのところで運営しているという印象。

カロリンスカ大学病院の新棟建設に当たって、巨額の報酬をコンサル会社(BCG)に無意味に支払い、看護師さん確保にはお金を出し渋るという本末転倒振りでは、ストックホルムの今後の医療に不安が募るばかりです。

今年のノーベル医学・生理学賞 (2)

ノーベル賞授賞式および晩餐会は毎年、アルフレッド・ノーベルの没日である12月10日に行われます。昨年は、授賞式晩餐会に参加しました。

今年のノーベル・ウイークは12月第2週となりましたが、受賞者がストックホルムに到着してから毎日のように様々な行事が行われます。ノーベル医学・生理学賞受賞者のスケジュールなどに関しては、ノーベル審査委員会の事務局長が仕切っており、エスコートはUD(外務省)からのノーベルアタシェが行います。

今回の行事のうち、内外プレス対象の記者会見がカロリンスカ研究所で行われましたが、マラリアでの受賞の中国のTu博士は全く英語を理解しないので、中国語ー英語の通訳が用意されました。大村博士についても、日本語でのやり取りがご希望ということで、日本語ー英語の通訳が必要となり、事務局長の希望として、通訳ができてかつ、研究・臨床の専門家という人選で、私に依頼がありました。とても光栄なことではありますが、何しろ私の英語はスウェーデン語の上達に伴って錆びついており、英語を話し始めるとスウェーデン語の単語が混じってしまうという始末。それでも、本職の通訳よりも医学の専門家という強い希望だったので、お引き受けすることにしました。

通訳をする以上は、業績について知っている必要があるため、学生時代の知識などすっかり忘れ去っている寄生虫学など関連する資料を読み、自分なりに英語と日本語でまとめを作りました。大村先生ご自身が寄生虫学者ではないので、放線菌やその産生物質、その作用機序なども勉強しましたが、確かに、これは素人には理解するのは難しいかもしれません。公衆衛生に関する部分では、億以上の数字が出てくることも多いのですが、どうしても日本人は英語日本語間の大きな数の変換が苦手で、私もその例外ではありませんでした。これについても少し練習しました。また、記者会見の前週に事務局長と打ち合わせをし、当日はご挨拶と打ち合わせをご本人とするということで早めに会場に到着する予定になりましたが、当日は実はオンコールに当たっていたのですが、記者会見の間だけなんとかボスに交替してもらうということで準備を整えました。

 

一時間ほど前に会場である研究所のノーベルフォーラムに到着しましたが、既に、日本と中国のジャーナリストが会場の中央前方の最も良い位置を占領していました。あとからきたスウェーデン人のジャーナリストが「これじゃ良い写真が撮れないよ。」と怒って、秘書さんに文句を言っていましたが、「直接交渉したら。」とあっさり言われてしまっていました。

記者会見は午後2時からですが、15分ほど前に裏手から上階に上がり、受賞者の投票がなされる大会議室にいる受賞者に会うことになりました。

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向かって左から、大村博士、Tu博士、Campbell博士、そして事務局長のUrban Lendahl教授です。大村先生が最もお若く80歳ですが、3博士ともとてもお元気そうでした。大村先生は、とても気さくな腰の低い方で、通訳役の私にも丁寧にご挨拶をいただき、名刺まで交換させていただきました。

14時直前にジャーナリストで超満員の会場に入り、私は大村先生のすぐ傍に座ることになりました。英語での質問を日本語で先生にお伝えし、先生の日本語の回答を英語に直すという作業は、難しいものではありませんでしたが、共同受賞者の質疑応答を臨機応変に、かつ、タイミング良くお伝えすることが必要と気づき、それを随時状況判断しながら行うのが最も難しかったことでしょうか。先生がCampbell先生の発言を引用しながらお話しになったときには、その努力が報われた気がしてとても嬉しく思いました。

当初の予定では、前半は共同記者会見で、後半は3人別々のぶら下がりということだったのですが、何しろ、Tu先生の質疑応答に時間がかかり、50分を過ぎたところで散会となりました。その後、大村先生だけは、日本人記者のぶら下がり取材があり、記者の要望に応えて、15年前に亡くなった愛妻の写真を披露なさっている光景が印象的でした。

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関係者が受賞者を裏手から退場させ、その間、ジャーナリストは会場に留まるような手はずになっていたのですが、うまくいったのでしょうか。

 

翌日に、ノーベル賞記念講演がカロリンスカ研究所であり、その後にパーテイーがありました。私はそのパーテイーに出席しましたが、そのときに、アタシエの方から、「通訳のお礼をおっしゃりたいそうです。」とお話があり、再び大村先生にお目にかかりました。

「お礼を言えなかったので、名刺をいただいていたので、帰国してからお礼状を書こうと思っていました。」とおっしゃっていただき、感動しました。また、研究に関する話でも盛り上がりました。なぜ、川奈ゴルフ倶楽部なのか、という問いに対しては、大村先生、実はとてもゴルフがお上手で、ゴルフの際に、「あそこの土に惹かれるなあ。」ということで採取なさったということでした。人格者には運命の女神も味方するんですね。

記者会見の翌日、日本ではNHKを始め、多くの民放のニュースで映像が流れたらしく、思った以上に私も大写しになって驚きました。いろいろな方から、「テレビで見たよ。」という連絡をいただき、実に多くの方がニュースをご覧になっているんだなあと改めて思いました。今年のように、既に世界で何億という患者さんの治療に使われている薬の発見という素晴らしいノーベル賞、しかも日本人の受賞という快挙に関わることができたのは、この上ない幸せなことでした。

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記者会見で、「ノーベル賞を取れると思ったか。」という質問に対して、「アフリカに行って、多くの患者さんが救われているのを見たときに、人類のために大きなことをしたんだなあという思いはありましたが、それでノーベル賞を取れるとは思いませんでした。」と語っていらっしゃいましたが、この写真を見るとそれが理解できます。

 

記者会見を報道したニュースは以下のリンクから。日本では英訳は必要ないため、もっぱら通訳用のメモを必死にとっている私が写っております。

 

今年のノーベル医学・生理学賞 (1)

今年のノーベル医学・生理学賞は、実に良い賞でした。アフリカなどを中心として、貧しい人々が多く罹患するマラリアと線虫に対する治療薬の発見に対して。

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ノーベル医学・生理学賞審査委員会からのプレス用の情報はこちら。簡易バージョンはこちら

線虫に対するAvermectinを産生する放線菌を発見した日本の大村博士。河川盲目症(River blindness )は、Onchocera bolvulus(回旋糸状虫)がBlack flyと言われる蝿を介して人間に感染し、幼虫が炎症により角膜に非可逆性の瘢痕形成を来たすため盲目となる疾患です。感染者1億にも上るといわれますが、AvermectinがIvermectinとして商品化され、Ivermectinの年2回投与にて盲目となるのを完全に予防することが可能となるものです。メスの成虫は1日1000匹ほどの幼虫を産みます。成虫にはIvermectinは効かず、成虫は20年近くも生存するので、長期にわたる投与が必要ですが、症状の原因となるのは幼虫であるため、幼虫を殺すことで発症を防ぐことができるという訳です。

Ivermectinはこの他にも、蚊が媒介するフィラリア症(象皮病や巨大陰嚢水腫の原因)にも有効です。沖縄で勤務していたとき、ときどきフィラリア症、乳び尿や陰嚢水腫の患者さんを診ることがありました。フィラリアの診断は、ミクロフィラリアの血中内での確認でした。ミクロフィラリアは昼間は体内奥深くの静脈などに潜んでおり、夜間には末梢血内に出てくるため、夜間に末梢血を採って診断するのがポイントでした。沖縄の離島からやってきた患者さん。さとうきび畑で働く人でした(さとうきび畑で蚊にさされやすい)。巨大な陰嚢水腫を長年隠し持っていて、とうとう我慢できずに家族に伴われてやってきたのですが、応急的に穿刺したところ、穿刺液3リットル以上。

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この写真は、教科書にも採用されている有名な挿絵。担ぐほどの巨大な陰嚢水腫です。

Ivermectinはフィラリアの他には、糞線虫の治療に使われます。日本で糞線虫の治療の適応となってから10年にもまだ満たないのですが、現在では、ダニによる疥癬の治療に多く使われているようです。私が専門医取得前に修行していた都内の病院で、疥癬が大量発生したことがありましたが、当時は有効な治療薬がありませんでした。隔離、消毒やガウンテクニックなどで対応していましたが、それほど有効でもなく対応が大変だったことを覚えています。Ivermectinは節足動物に有効なのだそうです。

薬には必ず副作用がありますが、Ivermectinの凄いところは、人間への重篤な副作用がないにもかかわらず、寄生虫を殺すことができ、また、現在のところ耐性もないということです。IvermectinはGABAなどのligant-gated chloride channelをブロックすることが作用機序で、細胞膜の極性が失われ、このchannelが発現している筋肉や神経組織が障害されることで殺寄生虫作用が発生します。このchannelは人間では中枢神経系に発現しているのですが、blood- brain barrierを通過しないため、人間に対する作用はないとのこと。薬としては、too good to be trueといったところでしょうか。

このIvermectinの元であるAvermectinは、大村博士が川奈ゴルフ場近所で採取した土に含まれていた放線菌から産生されたもので、現在までAvermectinを産生する放線菌種は発見されていないということです。これも驚きです。

大村博士がスクリーニングした上で選別したこれら放線菌を培養し、それらが産生するactive substancesを解析しAvermectinを同定したのが、共同受賞者のCampbell博士です。大村博士が1971年に(何とサバテイカルのようなのですが)アメリカを訪問した際に、Merck社などのラボで働いていた研究者たちとのコラボレーションが始まりました。そして、1970年後半に、Avermectinの発見がなされたのです。Avermectinを化学的に合成したものがIvermectinであり、1980年代初頭にすでに人間における治験が始まったのは、驚くべきスピードであったと思われます。2012年までに2億人以上の人々がIvermectinの治療を受けてきました。マラリアと比べて、River blindnessは忘れられていた熱帯病:the neglected tropical diseaseの一つでありましたが、Ivermectinの導入によって治療は急激に進み、WHOによると2025年までに撲滅できるということです。このように急激に治療が進んだことの大きな理由は、Merck社がIvermectinを無償で提供することを決断したことによるものが大きいそうです(余談ですが、動物のフィラリア症治療に関しては薬価は高額であり、Merck社は動物の治療を通して利益を上げているのだそうです。)。

今回のノーベル賞関連の行事にあたり、大村博士とお目にかかる機会がありました。長くなりましたので、そのあたりのことは次回に。

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ソフィア妃誕生が難渋した訳

今日、マデレーン妃が第二子である長男を出産しました。カロリンスカではなく、ダンデリード病院だったようです。土曜日の結婚式に出席した2日後、何というグッドタイミングでしょう!母子ともに元気とのことで、とても嬉しいニュースでした。

 

この記事は、お待たせ、ソフィア妃のお話。

「ソフィア妃はトップレスのモデルをしていた。」

と意地の悪いジャーナリストは書いていますが、このヘビで胸を隠している写真は有名です。

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ヘソピアスも。

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royalista2右脇の大きなタトウ〜。

03-Prince Carl Philip and Sofia Hellkvist rest in Saint-Tropezこれは蝶のモチーフです。

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そして、「光」という漢字の入った背中のタトウ〜(余談ですが、スウェーデンでは、このようにブラが見えていても全く気にしません。)。

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Hovet(宮内庁のようなもの)や、国王、王妃は、ソフィアとの結婚に反対だと報道されていました。また、結婚の前に、複数あったタトウ〜の一部を外科手術で除去したという報道もありました。

 

こちらは、初めて公式の場に二人で登場した際の写真。2014年のノーベル賞晩餐会です。

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このときのドレスでは、背中のちょうどタトウ〜にあたる部分にデザインが施され、タトウ〜がどうなっているのかはわかりませんでした。しかし、ノーベル賞の晩餐会では、所謂、ホスト側の立場にあるので、タトウ〜があったとしたら、何とも素敵な心遣いであったと思っていました。

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今回の結婚式では、背中が少し下がったデザインのドレスだったため、タトウ〜の行方が注目されました。

 

結婚式のテレビ中継では、ウエデイングベールに隠れて中々見えませんでした。撮影してはいけない申し合わせなどあるのかと思いながら見ていると、タトウ〜発見!健在でした。私の感覚では、とても美しくエレガントな彼女の花嫁姿の魅力が半減してしまい、とても残念に思いました。

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婚約に至るまでに散々批判されたタトウ〜。パーテイーでの王子のスピーチによると、この二人は何度も別離を試みたのだそうです。いかに開かれたスウェーデン王室といえども、タトウ〜入りのトップレスモデルに対するハードルはなかなか低くはならなかったのでしょう。ビクトリア皇太子の結婚の際は、ダニエルが庶民だったことや、高校の成績が低いこと、(おそらく遺伝性の)腎疾患による腎不全のため、父親から生体腎移植を受ける予定だったことなどで、これもあっさりとはいきませんでしたが、両者ともに粘り勝ちといったところでしょうか。日本の皇室なら、無理なのではないかしら。

ヨーロッパの王室は日本の皇室にくらべて、とてもおおらかです。ノルウェーのメッテ・マリー妃は、以前にも記載したことがありますが、シングルマザーで、薬物使用の経験者でした。スペイン王妃のレティシア妃は、バツイチでした。

しかし、スウェーデンでも、若者を中心にタトウ〜の人気は高いようですが、やはり、学歴や職業などで区分される特定のグループで多くタトウ〜を入れている傾向は否めません。例えば、周りの医師をみてみると、タトウ〜を入れている人はほとんどいません。

ソフィア妃がタトウ〜や、トップレスモデルの経歴については、「私の過去は過去」とか、「過去を後悔しない」とか美談に仕立てられているのも耳にしますが、そう表現できるのは、彼女が結婚へこぎつけることができたからこそです。「過去」が理由で結婚に反対され、別離を決意しなければならなかったときには、その「過去」を呪ったに違いありません。また、タトウ〜の一部の消去手術をしたり、ノーベル賞の晩餐会では隠してみたり、今回のウエデイングドレスを選び、批判もあることを承知で敢えてタトウ〜を披露したりするなど、それぞれに意図があることは間違いないでしょう。