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ちょっとお疲れモード

職場では、数十年続いた男尊女卑の体制を変えるべき動きが夏前からあります。壮絶な闘いなのですが、決着がある程度ついたらまとめてみようかと思っているところです。

 

壮絶な闘いの中で、私は7月からロボットによる膀胱全摘、尿路変向の完全体腔内手術を執刀していますが、今週も1件。しかもCTの読みを大きく上回る局所進展性の癌。とにかく難しい手術です。

翌日、これも解剖学的にも病期的にも、もの凄く難しい前立腺全摘+リンパ節郭清術が2件。久しぶりにオペ終了が20時を過ぎ、ヘトヘトになって家へ帰り着きました。

最近は経験値から、難しい症例が多く回ってくるのと、ご指名があるのとで、以前のようにイージーケースは担当しなくなりましたが、毎回、学びも多く、自分でも上達していることを実感します。ロボットによる前立腺手術は、出産後の2013年から始め、今までに400例近くを執刀していますが、それでも難易度の高い症例は難しい。外科医が一人前になり、敏腕外科医となるまでには気が遠くなるほどの時間と経験が必要なのだと改めて思います。日本では大病院が多すぎて症例が分散しているため、世界で一流と言われるような外科医が育つのは難しいことが多いです。国際的なレベルで伍して行けるようになった私の置かれた環境に感謝しなければいけないなあと思います。紹介状で、「(世界的に有名な外科医の)教授かdrpion」の2択の術者希望もあり、ちょっと感動してしまったり。ロボットのない医療圏からは沢山の患者さんが手術目的で受診されますが、スウェーデンの片田舎でちょっと評判になり、「日本人の女医さん」への術者希望があったり。病院の婦人科の助っ人にもいつもご指名を受けるようになりました。もっとも、壮絶な競争を勝ち抜かなければいけないのだけれど。

涙と抱擁と

激動の夏を終えても闘いの続いている職場です。

壮絶な闘いの中で、ロボット前立腺全摘に続き、ロボットによる膀胱全摘+回腸導管造設術の術者を勝ち取る立ち位置につくことができました。指導者のない中で、出来なければ開腹しても良いから執刀できるか、というボスの希望に答えて執刀医となってから2ヶ月以上が経ちます。これまでの多くの膀胱全摘を含む開腹手術と、ロボット前立腺全摘の経験から、今まで執刀したことはないものの、できるだろうと考えて引き受けましたが、そのプレッシャーは筆舌に尽くし難いものでした。膀胱全摘、リンパ節郭清、そして尿路変向の全てのステップを内視鏡手術で行うというもので、非常に難易度の高い手術です。敵対勢力は完全なる女性蔑視で、私が失敗するのを虎視眈々と狙っている訳ですし、並列で膀胱全摘の手術があったときには、出来る助手を横取りし、私に初心者の助手を押し付けたりしてきました。幸い、これまで執刀した全ての症例は手術も術後も順調、病理的にも根治的切除ということで、付け入る隙を与えてはいないものの、確執のある職場で戦い続けるのは辛いものがあります。ボス、その上のボス、さらにその上のボスと全て私の味方、というより、私がボスの切り札となって働いている状況ではあるのですが。新しい病院のシステムで生まれた新しいボスたちと、女性蔑視の男性グループとの対立に私が巻き込まれている構図です。

 

外科領域、殊に、今流行りのロボット手術は、世界的に見ても圧倒的な男性優位です。ロボット手術の学会には、殆ど女医さんはいません。数の多い前立腺全摘術や、女性の失禁手術などでは女性の執刀医もいるようですが、膀胱全摘術になると皆無。スウェーデンでも他にはいませんし、ましてや、つい最近、ロボット手術が膀胱全摘に保険適応になった日本では女性の執刀医がいないだけでなく、男性の執刀医もあまりいないと思います。男性の嫉妬というのは女性の嫉妬よりもタチが悪く、特に、女性に対する嫉妬は男性の性(さが)が許さないのか、凄まじいものがあります。「練習もせずに手術するのは危険で許せない」と言ってきたらしいですが、私としては、「開腹手術もできないのにロボット手術する方が危険だ」と言い返したいくらいです。

 

厳しい闘いの中で、術後の患者さんの喜ぶ顔は、疲弊した心や体にエネルギーをくれます。執刀した症例で術後麻痺性イレウスが遷延し、1週間以上の入院が必要になった唯一の患者さんがいました。胃管とコリン剤で何とかイレウスを脱したため無事に退院となりました。「これからしばらく生きることができるでしょうか?」と聞かれ、「勿論です。」と答えました。彼の眼から涙がこぼれました。内視鏡手術で見える傷は小さいとはいえ、膀胱全摘は大手術といえます。突然受けた進行癌の診断以来、精神的にも肉体的にも、とても辛かったんだと思います。そして迎えた退院の日の感極まった涙。そんな患者さんの涙を見たら、やはりハグしかありません。どんな言葉よりもハグの方が気持ちが伝わるような気がします。これから10年、責任を持ってフォローするつもりです。手術だけすれば良いというものではなく、経過が良くも悪くもずっと主治医の立場から逃げないことが大切です。外科医の道に入ってから30年近くになりますが、執刀するということの重みはいつになっても変わることはありません。

 

美しく聡明な友人たちとAW

気の置けない友人たちとAW。

友人の行きつけのお店。彼女はお酒が弱いので、合流する前に一緒に参加する別の方と血中アルコール濃度を高めていると、「カウンターゲット!」というメッセージ。彼女に遅れてお店に到着。シェフのおまかせで。

スウェーデンでは珍しい、トロ!

トロの上にウニ!

トロの上にフォアグラ!

これは鹿児島産の黒毛和牛!

黒毛和牛と鰻!

これを炙る!

いやいや、美味しいです。

専門や職種は違うけれど、スウェーデン人の怠惰な働きぶりに感じる怒りをシェアー。ちなみにみんな大学病院勤務です。

日本で、日本の医療に文句を言っている日本国民の皆さんに聞かせたいね。

「隣の芝生は青い」って。

日本の医療ほど患者さんに親切なシステムはないのに、文句言ったり訴訟したり、軽症なのに受診したりして日本の医療を潰すなって言いたい!

 

私も職場でそれはそれは壮絶な闘いをしているのですが、その愚痴も少し吐き出して、もう少し頑張る気力が出てきました。

 

美しくて聡明で、異国で頑張る友人たちに乾杯!

 

Half-time review

カロリンスカ研究所でPhD(博士号)を取得するには、何編かの原著論文を執筆し、数多くのコースを受講し、最終的に一冊のthesisを書き、口頭試問に合格する必要があります。この口頭試問は日本のとは異なり、外部からその分野のエキスパートをoponentとして招き、まず、oponentの講義に始まり、PhD studentのプレゼンテーションが行われ、その後、1時間から2時間に及ぶoponentによる口頭試問になります。そして、数名の審査委員の試問もあります。

 

この最終的な口頭試問に至る前に、Half-time reviewといって、最終の口頭試問のミニチュア版のような試験がありますが、その審査委員を頼まれて行ってきました。

テストを受けるPhD studentの先生は仕事上良く会う人だったので、逆に少し緊張してしまいました。通常、プレゼンテーションと口頭試問は英語で行われるのですが、今回は他の委員など全ての関係者がスウェーデン人であったため、プレゼンテーションだけが英語で口頭諮問はスウェーデン語になってしまいました。論文やまとめなど、読む資料は全て英語であるため、それをスウェーデン語に切り替えて対応するのは多少労力が必要なのですが、臨床家かつ研究者としての両方の立場からの質問を試み、他の審査員とは毛色の違うdiscussionができたのではないかなあと思います。

 

審査員を任されたことで、久しぶりに数日集中して論文を読んだりして準備をしましたが、臨床とは全く異なる思考回路を使う必要があるので、普段は休んでいる部分の脳を使った気がして、それはとても心地良いものでした。やはり私は、臨床も研究も両方好きなんだなあと改めて思った次第です。臨床と研究を比べると、やはり研究の方がずっと難しいのですね。臨床は経験を積んでしまえば、大多数の症例に関しては、あまり脳を使わなくても対応することができますが、研究は常に新しいことを考えなければなりません。MDホルダーであっても、研究一本で勝負している人たちがいますが、凄いなあと思います。

 

研究にも色々な種類のものがあります。最近、臨床部門の医師は、所謂、バリバリの基礎研究をする人が少なくなっています。後輩たちも、短期間で、かつ、negative dataでも論文になる臨床統計でPhDを取得する人ばかりです。私は、生物学、分子生物学の分野でPhDを取得し、ポスドクを2回も経験しましたが、どんなに頑張ってもnegative dataしか出ない期間もあり、そんな期間にやったことは結果に反映されないので、時間も労力も全てドブに捨てた気になって落ち込んだものでした。しかし、新しい仮説を常に考えなければならないことは、臨床統計のような研究ではそれほど必要ではないので、そういう思考回路のトレーニングという意味で、研究に費やしてきた時間は無駄ではなかったのかもしれないと思っています。若い先生方にも、是非、そのような研究に費やす時間を持ってほしいなあと思いますが、時代の趨勢に逆らうのは難しいですね、、、。

 

すっきりとエレガントにまとめられ、質疑応答もそつがなかったHalf-time reviewでした。

謹賀新年 Gott Nytt År!

あけましておめでとうございます。

スウェーデンは2日が仕事初めでした。

昨年は夫が死にそうになるなど、大変苦しい一年でした。今年は少しいいことがあればいいなあと思います。

患者さんに世界でも第一流の医療を提供するための努力を続けることが仕事人としての目標であります。そのためには、やはり、常に新しいことを目指す必要があります。アカデミックな場所にいることは必要不可欠であり、だからこそ臨床家の立場で研究を続けることができます。多くの医師が学位を目標として研究をしていますが、学位の後も研究を続けることには大きな意義があります。臨床家の視点から仮説を立てるということは非常に大切なのです。私が関わっているような基礎研究においては、研究結果が臨床応用されるまでには時間がかかります。それでも、それがなければ次のステップがない訳です。さらに、臨床をするときの頭の使い方と、研究をするときとでは、大きな差があります。双方をすることにより、臨床家としても研究者としても、より柔軟かつ創造性のあるアイデアが生まれると感じています。

死に近かった夫が回復の兆しを見せてから、神様が私たちに下さったプレゼント。

Nature Biomedical Engineeringの2017年10月号に夫がlast authorで私も共著者である論文がアクセプトされましたが、なんと論文の図表がフロントカバーに採用されました。光栄なことです。

 

フロントカバーになったのは、私が臨床医として治療している膀胱癌の患者さんからの切除検体をすぐに研究室に運び、様々なマーカーを標識して3D画像としたものです。臨床医として常々、「内視鏡的に切除した膀胱癌の深達度がときにunderstagingである危険がある」ということを感じており、そうであった場合、表在性であるとしてBCG膀胱注入療法などを選択し、膀胱全摘のタイミングを逃してしまうことがあるため、より確実な診断方法の発見を望んでいました。この論文では、我々の新しい病理画像診断が、既存の病理診断を凌駕する可能性があるとしたのですが、その研究結果が認められ論文がアクセプトされました。

その後、反響も大きく、カロリンスカ研究所のプレスリリースに取り上げていただいたり、スウェーデンの癌基金(Cancer Fonden)などにも記事にしていただきました。

Nature Biomedical Engineeringでも、「Behind the paper』という別稿に、夫が論文が出るに至る歴史について書いています。そもそも、夫との出会いは共同研究者としてであり、今では、子供達の親として、また、共同研究者として、まさに、人生における同志であります。

 

プライベートでは、双子も5歳半となり、人間としても成長してきています。今年も単発的な更新になるかもしれませんが、臨床医として、研究者として、母として、(妻として、プライオリテイーが低くて夫よごめん)公私共々頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします。

 

Job: Förskolan Skorpan 2017-2018
Group: Groddarna

麻央さんの逝去におもうこと

麻央さんがついに力尽きたこと。医師としてその日は遠くないとは思っていたけれど、人間として、女性として、そして、同じような年齢の子供を持つ母親として、心が張り裂けそうになり、報道から1日以上経った今でも、考えるだけで涙がにじんできます。

 

子供に恵まれる前までは、「死」というものが日常茶飯事であることもあり、死ぬことを怖いと思ったことはありませんでした。しかし、子供を産んでからは、小さな子供達を残して死ぬことを怖いと感じるようになりました。「死」とは予期できるものばかりではありません。子供が生まれてから、突然やってくるかもしれない「死」に対して準備をすることを考えるようになりました。そう、「死ぬ準備」です。毎日、仕事と育児に追われる中で、ブログをやめようと思ったこともありますが、以前にも書いた通り、このブログは、私の生きた軌跡でもあります。もし、私に予期せぬ「死」が訪れた時、子供達が成長した暁には、このブログを読んで母を知ってもらいたい。そして、十分な愛を与え、母親としての務めを果たせなかったとしても、どれだけ子供達を愛していたかということを知るヒントになれば、という思いで、ブログを続けることにしました。

 

麻央さんがブログを始めてから、ほぼ毎日のように彼女のブログを読むようになりました。何気ない日常からも、彼女の子供達への愛が伝わってきました。最後に退院しても、酸素チューブがつけたままだったり、輸血が必要だったり、浮腫が増強したり、という病状を見ると、Xデーは遠くないことがわかっていました。数日ブログが更新されていないと、それだけで胸が痛くなりました。

 

月並みですが、麻央さんの記事がBBCに載った時、彼女の予後を思い、子供達のことを思い、涙が流れました。そして、その記事を今読み返して、再び涙が流れます。特に、後半の部分。

 

人の死は、病気であるかにかかわらず、

いつ訪れるか分かりません。

例えば、私が今死んだら、

人はどう思うでしょうか。

「まだ34歳の若さで、可哀想に」

「小さな子供を残して、可哀想に」

でしょうか??

私は、そんなふうには思われたくありません。

なぜなら、病気になったことが

私の人生を代表する出来事ではないからです。

私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、

愛する人に出会い、

2人の宝物を授かり、家族に愛され、

愛した、色どり豊かな人生だからです。

だから、

与えられた時間を、病気の色だけに

支配されることは、やめました。

なりたい自分になる。人生をより色どり豊かなものにするために。

だって、人生は一度きりだから。

 

世の中には一人ぼっちで亡くなっていく方も沢山いらっしゃいます。家族があっても事情が許さず家に帰ることができず、病院で亡くなる方が殆どです。麻央さんが、最期の時を、在宅で、家族に囲まれて過ごすことができたことは良かったなあと思います。そして、日本中の、いや、世界の多くの人たちが、彼女の死を悲しんでいるのは、勿論、彼女が彼女の仕事をきっかけとして有名となったこともありますが、自分の進行癌を公表し、癌と闘う姿を映像と共にさらけ出し、心情を吐露して共有した勇気、そして、外見も美しい人でしたが、内面も、人間として、女性として、母として美しい人であったに違いありません。

 

現在の医学でも助けることのできる病は限られています。それでも、一人でも多くの方が元気になることができるように、微小ながら貢献できればという思いを強くするとともに、麻央さんの残された二人の子供達が健やかに育って欲しいと願っています。

 

麻央さんのご冥福をお祈り申し上げます。

テレビ出演します!

ご縁があって、来週5月1日月曜日、9時からテレビ東京の「世界ナゼそこに?日本人」2時間スペシャルに出演させていただきます。私の日常のドタバタが紹介されます。お目汚しですが、よろしかったらご覧になってください。

 

仕事納め

12月29日、30日は通常勤務で、30日が年内の仕事納めに当たります。私は両日共に手術日でした。

オペ室にやってくると、ドアにこんな張り紙が!

2014-12-30 08.56.28

 

今年のロボット前立腺摘出術が603件(601は間違い)で、ヨーロッパで最も多くの症例をやったという内容。しかし、1件目に時間がかかって2件目をキャンセルしなければならないと、この数が少なくなる訳で、ちょっとプレッシャーですが、看護師さんサイドからのこんな張り紙は、張合いになります。

1件目はハイリスクの前立腺癌で、リンパ節郭清をバッチリやりましたが、どうした訳か腹腔内は腸管の癒着が高度で剥離に時間 がかかり、さらに腫大したリンパ節が大血管に癒着していて、難しかった。それでも、正午くらいには終了したため、2件目も問題なく手術できることになり、ホッとしました。最後の症例は中レベルのリスクの前立腺癌でした。しかし、結構大きな中葉があっ て、多少時間がかかりましたが、1時間半弱で終了。結局、16時前には終わり、良い締めとなりました。

本格的にこの手術を始めたのが、去年の9月。数えてみると、これまでに100例弱を執刀しましたが、通常の症例であれば1時間前後、難しい症例では2時間程度、リンパ節郭清を徹底的にやっても2時間から3時間弱で終了するようになり、自信がつきました。外科医としては、麻酔科の先生に褒められることは非常に名誉なことなのですが(麻酔科医はどの外科医が上手か下手か、良く知っています)、最近も、「とってもエレガントな手術ね!」と過分な褒め言葉をもらい、とても嬉しく思いました。手術で時間や出血量を競う外科医もいますが、もちろん、上手な外科医は短時間で少ない出血量で手術しますが、癌であれば根治性、そして、機能温存という面でも、優れた結果がなければいけません。その点でも、私の手術後の癌の根治性や尿禁制(尿失禁がないこと)の割合は非常に高く、満足のいくものでした。インポテンスに関しては、自慢はできませんが、、、。

 

新しい年も、さらに研鑽を重ね、よりメスの切れる外科医を目指し、また、愛のある診療を心がけたいと思います。

ノーベル賞晩餐会のメニュー

いつもながら、記事を更新できるのがいつになるのかわからないため、簡単なところから。

今年のメニューは例年に比べても評判が良かったのではないかと思います。

 

2014-12-10 18.49.21

2014-12-10 18.49.38

主賓テーブルは80cm幅ですが、それ以外は60cmですので、多少窮屈な感じは否めませんが、オレフォッシュのノーベルのセットがとても美しい。右上のマテイーニグラスがシャンパングラスとして使われます。蓋つきの器の中には、前菜が既にサーブされています。

 

今年のメニューはこちら。

2014-12-10 19.14.35

前菜は、カニと野菜のゼリー寄せに、カリフラワーのスープをかけたもの。

2014-12-10 19.35.54

実はスープが掛かっていない方が美しいのです。

2014-12-10 19.33.04

スープはオマールエビのスープのような濃厚な味。カニがプリプリしていて、とても美味しい。

 

メインは鹿のステーキ。これは絶品でした。付け合わせのマッシュポテトの上にカリカリにローストされた玉ねぎが掛かっているのも、素晴らしく美味しかった。

2014-12-10 20.37.34

デザートはお決まりの花火と共にサーブされます。

2014-12-10 21.27.05

絵のように美しいデザート。サフランのパンナコッタが美味しかったです。

2014-12-10 21.34.53

コーヒーとともにコニャックもサービスされたのですが、翌日大手術があったので我慢。

2014-12-10 22.10.37

とはいえ、最初の極上シャンパンでほろ酔いご機嫌な私。

2014-12-10 21.21.01b

授賞式、(食事以外の)晩餐会については、また改めて。

やっとのことで昇進

つい最近まで、経済的事情により、昇進を止めていたカロリンスカ大学病院。

本来ならば、随分前に昇進しているはずだったのですが、ようやく昇進したのは先秋のこと。今日、新しいネームプレートを受け取りました。

2014-02-11 13.39.29b

上が今までのもの。下が新しいもの。

スウェーデンでは日本と異なり、アカデミックなタイトルと臨床のタイトルが分かれています。

アカデミックなタイトルは、教授(professor)と、日本で言えば准教授に当たるdocentの2種類。臨床のタイトルは、指導医のようなöverläkareが最も上の位で、その下にspecialistläkare(専門医)、ST läkare(専修医)、 AT läkare(研修医)などの順に続きます。大学病院では、överläkareとspecialistläkareの間にbiträdande överläkareというタイトルがありますが、今回はそのタイトルを頂きました。

ヒエラルキーのないスウェーデン社会といいながら、このようにタイトルが明記されたネームプレートを着けているのは、非常に奇妙ですが、私の経験では、実はヒエラルキーのある社会という印象です。他の病棟で診察したり、外来を担当しているときなど、コメディカルや患者さんがネームプレートをチェックする視線を感じることが多々あります。タイトルから経験値を推測しているのだと思いますが、specialistläkareのタイトルを得たときに、随分仕事がしやすくなったと感じました。

昇進が決まったら、次は給料の交渉です。私は給料を管理する部門の担当者に連絡し、科の全ての医師の給料リストを手に入れました。これは同僚の助言があってのことです。驚くべきことに、リストは簡単に入手できます。スウェーデンでは全ての人間の所得は公的な情報として誰でも知ることができます。Skattverketに連絡して、「xxさんの所得を教えて欲しい。」と言えば、教えてもらえます。

今回の目標は、biträdande överläkareの中で最も高い給与を得ることでした。実力的に考えても、経験からも、高望みとは思えませんでしたが、スウェーデンでの経験が少ないことや、移民であること、女性であることはマイナスになると予想されました。第一回目の交渉では、「No」と言われましたが、結局、biträdande överläkareで最も高い給与を得ている医師が、年度の給与交渉で賃上げとなる同額で折り合いました。つまり、私の希望はほぼ叶えられたことになり、とても嬉しく思いました。私にとっては、収入が増えることよりも、正当に評価されることが重要だったのです。

 

 

話は変わって、最近の双子。夜はそれぞれの柵付き子供ベッドで寝ているのですが、お休みのときに、投げキッスをしてくれるようになりました。「おやすみ。」と言うのが辛くなります。しかし、ワイルド度も日々増しています。疲れ切って職場から帰宅しても、マシーンガンのように日々のルチーンをこなし、やんちゃな双子に対して切れることのないよう、悟りを開こうとしています。今までで最大のピンチ、というより、最も辛い日々のような気がします、、、。

 

「開けない夜はない。」

ことを信じて、、、。