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カロリンスカ大学病院新病院へ引っ越し

ヨーロッパで最もお金がかけられた病院と(現在のところ)されている、カロリンスカ大学病院新病院。

あとからあとから不足分のお金がつぎ込まれており、総額でどれだけになるのか想像もつきません。


写真中央付近で、森(墓地)に隣接しているのが旧病院。その下(南側)の巨大な建物が新病院です。

現在はこんな感じ。新病院の前には(元々は患者さん用のホテルになるはずだったが、資金が不足しホテルに売り払ったため)Elite Hotel Carolina Towerというホテルになっています。ホテルの隣には、2020年に開院する眼科病院(St Eriks Ögonsjukhusが移転します)が建設中。

 

 

地図中央を通るSolnavägenで東西に分かれていますが、西側が研究所、東側が病院です。

写真左手が研究所、右手が病院。双方を結ぶスカイウェイができました。

週末にオンコールではなかったのですが、開腹の緊急手術の助っ人を頼まれて、車で出勤した時の眺め。因みに、20時半頃ですが、まだ明るいです。

病院から研究所を眺めると、いくつもスカイウェイが見えて圧巻。

 

ヘリポートは二つ。

 

ベッド数は現在よりかなり減って760床程度になるようですが、主に緊急疾患と癌に特化した病院となるため、現在よりも急性期で重症の患者さんが増えることになると思われます。救急外来は、今までドロップインを受け入れていましたが、基本的に、救急車やヘリコプターで搬送される患者さん、カロリンスカにかかりつけで亜急性期であると考えられる患者さん、紹介状を持った重症患者さんに限り受診できることになります。

 

これまでに小児や胸部外科はすでに引っ越しを済ませているのですが、残りの部門に関しても、今週、主に外来部門が引っ越しをします。

 

泌尿器科という診療科はなくなり、7つの部門のうちの一つである、Tema Cancer(癌部門)の中の、骨盤内癌というグループに所属することになります。ここでは、腫瘍科、下部消化器外科、婦人科と一緒になり、私は膀胱癌チームなのですが、新しいボスは腫瘍科の女医さんになりました。これで、泌尿器科の女性差別の歴史が変わるといいなあと思っているのですが、早々に女性差別をする男性グループと戦闘態勢に入ることになってしまいました。ある意味、日本よりタチが悪いです。女性差別の歴史のおかげで、大手術を手掛ける泌尿器科領域の女性外科医は私だけなので、新しい女性ボスができたことは百人力で、さらに、女性差別の事実を早くも認識してくれたのは喜ばしいことです。そんな事情で、波乱づくめの新病棟での勤務ですが、同時に、おそらく世界一の設備を備えた新病院のスタートを経験できることは、刺激的なことです。手術部門、病棟は秋に引っ越し予定です。先週、イントロダクションのコースを新病院で受けたので、この次に院内を少しご紹介しようと思います。

謹賀新年 Gott Nytt År!

あけましておめでとうございます。

スウェーデンは2日が仕事初めでした。

昨年は夫が死にそうになるなど、大変苦しい一年でした。今年は少しいいことがあればいいなあと思います。

患者さんに世界でも第一流の医療を提供するための努力を続けることが仕事人としての目標であります。そのためには、やはり、常に新しいことを目指す必要があります。アカデミックな場所にいることは必要不可欠であり、だからこそ臨床家の立場で研究を続けることができます。多くの医師が学位を目標として研究をしていますが、学位の後も研究を続けることには大きな意義があります。臨床家の視点から仮説を立てるということは非常に大切なのです。私が関わっているような基礎研究においては、研究結果が臨床応用されるまでには時間がかかります。それでも、それがなければ次のステップがない訳です。さらに、臨床をするときの頭の使い方と、研究をするときとでは、大きな差があります。双方をすることにより、臨床家としても研究者としても、より柔軟かつ創造性のあるアイデアが生まれると感じています。

死に近かった夫が回復の兆しを見せてから、神様が私たちに下さったプレゼント。

Nature Biomedical Engineeringの2017年10月号に夫がlast authorで私も共著者である論文がアクセプトされましたが、なんと論文の図表がフロントカバーに採用されました。光栄なことです。

 

フロントカバーになったのは、私が臨床医として治療している膀胱癌の患者さんからの切除検体をすぐに研究室に運び、様々なマーカーを標識して3D画像としたものです。臨床医として常々、「内視鏡的に切除した膀胱癌の深達度がときにunderstagingである危険がある」ということを感じており、そうであった場合、表在性であるとしてBCG膀胱注入療法などを選択し、膀胱全摘のタイミングを逃してしまうことがあるため、より確実な診断方法の発見を望んでいました。この論文では、我々の新しい病理画像診断が、既存の病理診断を凌駕する可能性があるとしたのですが、その研究結果が認められ論文がアクセプトされました。

その後、反響も大きく、カロリンスカ研究所のプレスリリースに取り上げていただいたり、スウェーデンの癌基金(Cancer Fonden)などにも記事にしていただきました。

Nature Biomedical Engineeringでも、「Behind the paper』という別稿に、夫が論文が出るに至る歴史について書いています。そもそも、夫との出会いは共同研究者としてであり、今では、子供達の親として、また、共同研究者として、まさに、人生における同志であります。

 

プライベートでは、双子も5歳半となり、人間としても成長してきています。今年も単発的な更新になるかもしれませんが、臨床医として、研究者として、母として、(妻として、プライオリテイーが低くて夫よごめん)公私共々頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします。

 

Job: Förskolan Skorpan 2017-2018
Group: Groddarna

ノーベル医学・生理学賞2017

スウェーデン日本人医療従事者の会のご紹介

すっかり失念しておりましたが、今年の3月に、スウェーデン日本人医療従事者の会(Japanese Health Care Professionals in Sweden; JHPS)が発足しました。30人以上のメンバーが参加してくださっており、職種も、医師だけでなく歯科医、看護師、理学療法士、栄養士、また、スウェーデンに留学中の医師の方などにも参加していただいています。スウェーデンで医療分野の資格を取得するために学校に通っている学生さんも含まれています。

 

HPも作成され、私も時々記事を書いていますが、今回はスウェーデンにおける水難事故について書きました。よろしかったらご覧になってください(記事)。

スウェーデンの産科の夏季の危機的状況

スウェーデンでは、全ての人のワークライフバランスが保証されており、医療従事者もその例外ではありません。医療従事者も約4週間の夏季休暇を取得するためには、通常業務から規模を縮小する必要があります。おおよそ、通常業務の半分程度に縮小されているところが多いと思います。つまり、外来は半分、手術も半分、病棟のベッド数も半分といった感じ。救急は勿論待つことはできませんから、縮小枠の中で何とかやりくりしなければなりません。

出産についてもしわ寄せはあります。出産件数は予測できるとはいっても、日本とは異なりベビーブームが続いているスウェーデンでは、常に産科のベッド数は不足気味です。そして、夏季となればさらにそれに拍車がかかります。私自身、5年前に緊急帝王切開となった時期は、ミッドサマーの直後でしたので、破水して直ちに勤務先の大学病院の産科に緊急入院することができたのはラッキーとしか言いようがありません。しかし、32週で生まれた未熟児の双子は、比較的健康であったため、より重症児を扱う大学病院の新生児科で入院を続けさせてもらえず、近郊の病院のNICUに転床となりました。

 

カロリンスカの出産病棟には、このような表が掲示されています。毎日の出産予定です。私のように帝王切開となる場合は、通常の手術室に運ばれます。

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数字は週。1ますが1日分で、ピンクが女児、青が男児。

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ところどころに白い帯が付いていますが、これは多胎。こちらは男女の双子という意味。

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FBにFörlossningspodden.seというグループがあるのですが、そちらに、数日前のストックホルムの産科ベッドの状況についてアップされていました(写真も拝借)。

数日前の7月14日のストックホルムにおけるベッド状況。

BBS(BB Stockholm )、DS(Danderyd Hospital)、KS(Karolinska Hospital, Solna)、HS(Karolinska Hospital, Huddinge)、SÖS(Söder Hospital)、STS(Södertälje Hospital)はストックホルム市内及び近郊の病院。これらは全て満床となっています。その下のUppsala大学やNyköping病院は満床。わずかに、Västerås病院に2床、Eskilstuna病院に1床。これらはストックホルムから二時間程度のところにある病院です。

私が入院していた時も、ベッド不足のため、数時間かけて他の病院に搬送されたり、あらかじめハイリスクな妊婦さんをヘリコプターでフィンランドに移したりと、信じられないような対応がされていました。妊娠のタイミングをコントロールするのは難しいですが、できるのであればスウェーデンでは夏季の出産は避ける努力をした方が良いのかもしれません。日本でも産科は不足しているようですが、少子化の中でのベッドの不足と言うのも、大きな問題ですね、、、。

母乳寄付のシステム

週数が早くして生まれてくる未熟児の場合、母乳の出が悪かったり、子供のおっぱいを吸う力が弱かったりするために、経管で粉ミルク、あるいは寄付された母乳を与えることになることがあります。私の子供達の場合もそうでした。32週で1800グラムという大きさで生まれてきたため、経管栄養で始まり、経管栄養とともに授乳も試みました。

私自身の母乳は、最初数ミリリットル程度しか出なかったため、その数ミリリットルを二つに分けて双子にそれぞれ与えました。体重が2キロに達する頃まで、他の方から寄付された母乳をいただいていました。ありがたいことです。

こちらの記事は、北スウェーデンの大学病院で母乳が不足しているという記事です。母乳が余るお母さんが母乳を寄付すると、1リットルあたり200クローネの報酬があるということです。日本では母乳寄付のシステムについて聞いたことはないのですが、あるのでしょうか?少子化でも、ハイリスク出産の割合は増えているでしょうから、需要はあるのではないかしら。

ストックホルムの病床の15%が閉鎖中

スウェーデンの病院では週末や長期休暇の季節になると、勤務者の数に応じて診療の規模を縮小します。例えば、夏季休暇中であれば、ベッド数も半分、オペ件数も外来も半分になります。そうすることにより、医療従事者が4−5週間の休暇を取得できるようになります。

カロリンスカ大学病院のベッド数は1543床。2017年4月で、その22%に当たる337床が閉鎖されていたのだそうです(DNの記事より)。

 

ストックホルム県の3476床でみると15%に当たる509床が閉鎖されていたのだとか。そしてこの数字は去年に比べ4%多いのだそうです。

閉鎖の原因は、スタッフの不足、特に看護師の不足です。

Hela länet, antal öppna vårdplatser(ストックホルム県の使用可能なベッド状況):

April 2016: 3064 av 3.429 fastställda vårdplatser

April 2017: 2967 av 3.476 fastställda vårdplatser

Karolinska universitetssjukhuset(カロリンスカ大学病院):

April 2016: 1320 av 1.562 fastställda vårdplatser

April 2017: 1206 av 1.543 fastställda vårdplatser

Södersjukhuset(南病院):

April 2016: 646 av 698 fastställda vårdplatser

April 2017: 604 av 708 fastställda vårdplatser

予定手術がキャンセルされる理由もいつもだいたい同じ。手術室の看護師さんの不足か、ベッドがないこと。予定手術をキャンセルするときには、その日の患者さんの病状を比較して優先順位をつけ、優先順位の低い患者さんからキャンセルすることになります。どうしても良性疾患は優先順位が低くなりますし、悪性疾患でも悪性度や病期によって優先順位をつけます。ベッドが不足して患者さんを退院させたり転院させなければならない時も、症状の軽い患者さんから退院してもらうことに、、、。看護師さんへの負担が重くなると、大学病院の低い待遇と重い労働に耐えきれず、退職していきます。常に、ギリギリのところで運営しているという印象。

カロリンスカ大学病院の新棟建設に当たって、巨額の報酬をコンサル会社(BCG)に無意味に支払い、看護師さん確保にはお金を出し渋るという本末転倒振りでは、ストックホルムの今後の医療に不安が募るばかりです。

昇進のテクニック

昇進のテクニックというものは、職種によっても、国によっても異なるものなのだと思います。ですから、私が知っているのは、日本とスウェーデンにおける医師の昇進についてだけですが、少しコメントしたいと思います。

今日から4月。日本では医師のピカピカの一年生が働き始めますね。私が研修医だった頃は、月給2万5千円という薄給で、アパート代さえも払えないため親にすねかじりした状況でした。現在は、少なくともその10倍以上は給料があるようです。しかもあの頃に比べればデフレ。羨ましいなあ。

研修医、専修医、専門医初期の間は、卒業年数によってタイトルもお給料も横並びなのが日本のシステムですが、スウェーデンでは全く異なります。大学病院のお給料が他の病院に比べて最低レベルなのは同じですが、同じ病院であっても同じタイトルの医師でも給料のレベルは様々です。では、どのように給料が決定されるのか。実力か?そうであってそうでないような。

まず、職探し。欠員ができて募集する場合もありますが、欲しい人がいる場合に、その人に合わせた求人広告をするのが大都市では普通のことです。どのようなポジションにどのような人が欲しいのかという条件のところには、すでに存在する候補者にぴったり合うような、そして、なるべく競争相手が出現しなさそうな文章が並びます。そして、すでに候補者がいる場合には、書類審査で決まってしまい、インタビューまで到達することはあまりありません。選抜された場合、大学病院を含めた通常の公立の病院であれば、最初の6ヶ月は試験雇用です。この間に不適格と判断されれば、その後の延長雇用はないまま終了となります。試験雇用をパスすれば、次の契約では終身雇用となる可能性が高くなります。期限付き雇用の場合、その期間には上限があるからです。スウェーデンでは、一旦終身雇用となったら、労働者を解雇することは非常に難しいので、試験雇用のシステムは重要なのです。それでも、能力のない、あるいは、問題のある人間が終身雇用と成ってしまう場合もあり、私も実例を知っていますが、そうなってしまったら本当に厄介なのです。

雇用が決まったら、給与交渉です。これは個人個人でやらなければいけません。スウェーデンの医師の労働組合には、目安となる給与水準のデータがあり、これを利用することもありますが、ここでも自分自身で情報収集することが大事です。同僚の給与の調査や、他病院での給与レベルの調査を行います。請求すれば、誰がどれだけ給与を得ているかというリストをhuman resoursesの部門からもらうこともできます。私もそのリストを請求してみましたが、確かに給与水準は実力を反映しているようなしていないような。最近では、全く反映していないという印象です。なぜならば、新しく、あるポジションについた医師は、同ポジションにいる他の医師より高い給与を取得するという、ローカルルールがあるからです。そうすると、昇進したばかりの若い医師が、以前からそのポジションにいる年配の医師より高い給与を得ることになります。うーん。全く理解できませんが。

以前、スウェーデンの外科医社会でのヒエラルキーに関して書いたことがありますが、それによると、私、つまり女性移民はヒエラルキーの最下位に属します。そんな訳で、私の昇進も遅々として進みませんでした。それに、病院の経済的な問題もあって、つまり、昇進させるお金を出せない、ということでもありました。私の場合はそうではありませんが、人によっては、いろいろな政治的事情でなかなか昇進できないという場合もあります。日本と異なり、臨床医としては、AT(研修医)、ST(専修医)、専門医、biträdande överläkare(准?上級医)、överläkare(上級医)というヒエラルキーがあります。それとは別に、アカデミックなタイトルとして、docent(准教授)、professor(教授)があります。通常の臨床医は、överläkare を最終的に目指すことになりますが、大学病院では学位がなければならないという縛りがあります。何年か前にbiträdande överläkareになった私ですが、上に述べたような事情で、överläkareへの昇進がのびのびになっていました。そんな時に、ストックホルム市内の幾つかの病院からのヘッドハンテイングの打診がありました。自宅すぐそばにある、現在成長著しい病院からもあったため、そちらの面接も受けました。給与面も含め、20%の研究期間、研究費も手配するという、高待遇の条件を提示され、かなり心は揺れました。しかし、最終的にはもう少し大学病院に止まる決心をし、お断りをした訳ですが、このヘッドハンテイングは、昇進への交渉材料として大きな役割を果たしました。「〇〇病院から来て欲しいと言われています。どうしますか?」といった感じです。そう伝えたら、あっさりと、「(やめてほしくないので)やめないでくれるならöverläkareにします。」という返事を引き出すことができました。

それでも、昇進するにはまだ手続きが残っています。新しいポジションになるため、公募をしなければなりません。しかし、このポストは私のために作られたものなので、他の人にはハードルが高いような条件を作る必要があるのです。今回の場合は、「骨盤内手術に熟練し、膀胱全摘、各種尿路変向ができ、ロボット手術にも熟練している医師」というような記述になりました。確かに誰でも応募できるという訳ではありません。公募期間もなるべく短くするのですが、そこで集まった応募の中から書類審査で、4名ほどが審査委員会の審査にかかり、最終決定されるのです。

こんな経過を経て、今年からöverläkareになりました。ヘッドハンテイングの話を昇進への突破口とすることは、私の分野では多いことのようです。給与交渉も満足な結果となり、あとは再び毎日修行あるのみ。

スウェーデンで専門医になったのが2008年。överläkareになるまで、ちょうど9年かかりました。それぞれのポジションでつけていた名札ですが、9年前のものは少し黄ばんでいます。日本で専門医になったのが1996年というこれまでのキャリアを考えると、決して早いとは言えない昇進ですが、ここまで頑張ってこられたことに感謝です。

 

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多様性に寛容なスウェーデン

息子が私の膝に座って、保育園のお話をしてくれていました。

そうしたら、

「ママ、どこの国の子供達が食べるご飯がないの?」

と、聞いてきました。

「今は、シリアかなあ。アフリカの国にも沢山いるよ。」

と答えると、

「その子たちは、ご飯もないし、パパやママもいない子もいるんだよね。かわいそうだなあ。」

と言いました。

スウェーデンという国は、実に多様性に寛容な国です。そして、多様性を受け入れる教育が、幼児教育で既に始まっています。

これは、近年にスウェーデンへ難民としてやってきて居住申請をした数です。2015年には、シリアでの抗争が始まったため、162877人と突出し、2016年には28939人と例年並みに戻りました。

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病院でも、しばしば、難民の患者さんを診察することがあります。多くはスウェーデン語が話せないので、通訳つきです。戦争で負傷しただけではなく、スウェーデンへたどり着くまでに暴行されている人もいます。男性でも性的暴行を受けている人もいるため、南病院には、性的暴行を受けた男性のための救急外来もオープンしています。難民でもスウェーデン人でも平等に医療を受けることができるスウェーデンの医療システム。

 

難民だけでなく、この数年目につくのが、街頭に座っている物乞いの女性たち。主に、ルーマニアから集団でやってきています。近所にも、各スーパーマーケットの出口のところに必ず一人ずつ座っています。この日は、こちらには二人も。

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朝、七時半頃、近くのマクドナルド前に集合してコーヒーを買い、それぞれの場所に散らばっていきます。男性が食料を配布して回る姿も見られます。この集団は、市内や近郊で野宿をしているようなのですが、その影響が保育園にも。

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保育園の園庭にある小屋。ここには通常、登園してくる子供達のバギー置き場になっているのですが、ベニア板で閉鎖されてしまいました。それは、夜間に少しでも暖を取ろうと、物乞いの集団が小屋の中で寝泊りをするため、セキュリテイーに問題があるという判断で、このような対策が取られることになりました。

大分前に、オンコールだった時、物乞い集団の一人の緊急手術を担当したことがありましたが、この患者さん、個室に何週間か入院し、しかも、600万円くらいする高額治療を受けました。普通のスウェーデン人なら傷が治癒していなくても退院させて、診療所などで治療を継続するのですが、この方の場合は野宿になるため、長期の入院になったこと、また、退院後も一時的な住居を(医療の立場から必要という判断で)用意したりと、至れり尽くせりでした。この費用は、スウェーデン持ちなんだろうなあ。

今年のノーベル医学・生理学賞 (2)

ノーベル賞授賞式および晩餐会は毎年、アルフレッド・ノーベルの没日である12月10日に行われます。昨年は、授賞式晩餐会に参加しました。

今年のノーベル・ウイークは12月第2週となりましたが、受賞者がストックホルムに到着してから毎日のように様々な行事が行われます。ノーベル医学・生理学賞受賞者のスケジュールなどに関しては、ノーベル審査委員会の事務局長が仕切っており、エスコートはUD(外務省)からのノーベルアタシェが行います。

今回の行事のうち、内外プレス対象の記者会見がカロリンスカ研究所で行われましたが、マラリアでの受賞の中国のTu博士は全く英語を理解しないので、中国語ー英語の通訳が用意されました。大村博士についても、日本語でのやり取りがご希望ということで、日本語ー英語の通訳が必要となり、事務局長の希望として、通訳ができてかつ、研究・臨床の専門家という人選で、私に依頼がありました。とても光栄なことではありますが、何しろ私の英語はスウェーデン語の上達に伴って錆びついており、英語を話し始めるとスウェーデン語の単語が混じってしまうという始末。それでも、本職の通訳よりも医学の専門家という強い希望だったので、お引き受けすることにしました。

通訳をする以上は、業績について知っている必要があるため、学生時代の知識などすっかり忘れ去っている寄生虫学など関連する資料を読み、自分なりに英語と日本語でまとめを作りました。大村先生ご自身が寄生虫学者ではないので、放線菌やその産生物質、その作用機序なども勉強しましたが、確かに、これは素人には理解するのは難しいかもしれません。公衆衛生に関する部分では、億以上の数字が出てくることも多いのですが、どうしても日本人は英語日本語間の大きな数の変換が苦手で、私もその例外ではありませんでした。これについても少し練習しました。また、記者会見の前週に事務局長と打ち合わせをし、当日はご挨拶と打ち合わせをご本人とするということで早めに会場に到着する予定になりましたが、当日は実はオンコールに当たっていたのですが、記者会見の間だけなんとかボスに交替してもらうということで準備を整えました。

 

一時間ほど前に会場である研究所のノーベルフォーラムに到着しましたが、既に、日本と中国のジャーナリストが会場の中央前方の最も良い位置を占領していました。あとからきたスウェーデン人のジャーナリストが「これじゃ良い写真が撮れないよ。」と怒って、秘書さんに文句を言っていましたが、「直接交渉したら。」とあっさり言われてしまっていました。

記者会見は午後2時からですが、15分ほど前に裏手から上階に上がり、受賞者の投票がなされる大会議室にいる受賞者に会うことになりました。

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向かって左から、大村博士、Tu博士、Campbell博士、そして事務局長のUrban Lendahl教授です。大村先生が最もお若く80歳ですが、3博士ともとてもお元気そうでした。大村先生は、とても気さくな腰の低い方で、通訳役の私にも丁寧にご挨拶をいただき、名刺まで交換させていただきました。

14時直前にジャーナリストで超満員の会場に入り、私は大村先生のすぐ傍に座ることになりました。英語での質問を日本語で先生にお伝えし、先生の日本語の回答を英語に直すという作業は、難しいものではありませんでしたが、共同受賞者の質疑応答を臨機応変に、かつ、タイミング良くお伝えすることが必要と気づき、それを随時状況判断しながら行うのが最も難しかったことでしょうか。先生がCampbell先生の発言を引用しながらお話しになったときには、その努力が報われた気がしてとても嬉しく思いました。

当初の予定では、前半は共同記者会見で、後半は3人別々のぶら下がりということだったのですが、何しろ、Tu先生の質疑応答に時間がかかり、50分を過ぎたところで散会となりました。その後、大村先生だけは、日本人記者のぶら下がり取材があり、記者の要望に応えて、15年前に亡くなった愛妻の写真を披露なさっている光景が印象的でした。

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関係者が受賞者を裏手から退場させ、その間、ジャーナリストは会場に留まるような手はずになっていたのですが、うまくいったのでしょうか。

 

翌日に、ノーベル賞記念講演がカロリンスカ研究所であり、その後にパーテイーがありました。私はそのパーテイーに出席しましたが、そのときに、アタシエの方から、「通訳のお礼をおっしゃりたいそうです。」とお話があり、再び大村先生にお目にかかりました。

「お礼を言えなかったので、名刺をいただいていたので、帰国してからお礼状を書こうと思っていました。」とおっしゃっていただき、感動しました。また、研究に関する話でも盛り上がりました。なぜ、川奈ゴルフ倶楽部なのか、という問いに対しては、大村先生、実はとてもゴルフがお上手で、ゴルフの際に、「あそこの土に惹かれるなあ。」ということで採取なさったということでした。人格者には運命の女神も味方するんですね。

記者会見の翌日、日本ではNHKを始め、多くの民放のニュースで映像が流れたらしく、思った以上に私も大写しになって驚きました。いろいろな方から、「テレビで見たよ。」という連絡をいただき、実に多くの方がニュースをご覧になっているんだなあと改めて思いました。今年のように、既に世界で何億という患者さんの治療に使われている薬の発見という素晴らしいノーベル賞、しかも日本人の受賞という快挙に関わることができたのは、この上ない幸せなことでした。

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記者会見で、「ノーベル賞を取れると思ったか。」という質問に対して、「アフリカに行って、多くの患者さんが救われているのを見たときに、人類のために大きなことをしたんだなあという思いはありましたが、それでノーベル賞を取れるとは思いませんでした。」と語っていらっしゃいましたが、この写真を見るとそれが理解できます。

 

記者会見を報道したニュースは以下のリンクから。日本では英訳は必要ないため、もっぱら通訳用のメモを必死にとっている私が写っております。