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Half-time review

カロリンスカ研究所でPhD(博士号)を取得するには、何編かの原著論文を執筆し、数多くのコースを受講し、最終的に一冊のthesisを書き、口頭試問に合格する必要があります。この口頭試問は日本のとは異なり、外部からその分野のエキスパートをoponentとして招き、まず、oponentの講義に始まり、PhD studentのプレゼンテーションが行われ、その後、1時間から2時間に及ぶoponentによる口頭試問になります。そして、数名の審査委員の試問もあります。

 

この最終的な口頭試問に至る前に、Half-time reviewといって、最終の口頭試問のミニチュア版のような試験がありますが、その審査委員を頼まれて行ってきました。

テストを受けるPhD studentの先生は仕事上良く会う人だったので、逆に少し緊張してしまいました。通常、プレゼンテーションと口頭試問は英語で行われるのですが、今回は他の委員など全ての関係者がスウェーデン人であったため、プレゼンテーションだけが英語で口頭諮問はスウェーデン語になってしまいました。論文やまとめなど、読む資料は全て英語であるため、それをスウェーデン語に切り替えて対応するのは多少労力が必要なのですが、臨床家かつ研究者としての両方の立場からの質問を試み、他の審査員とは毛色の違うdiscussionができたのではないかなあと思います。

 

審査員を任されたことで、久しぶりに数日集中して論文を読んだりして準備をしましたが、臨床とは全く異なる思考回路を使う必要があるので、普段は休んでいる部分の脳を使った気がして、それはとても心地良いものでした。やはり私は、臨床も研究も両方好きなんだなあと改めて思った次第です。臨床と研究を比べると、やはり研究の方がずっと難しいのですね。臨床は経験を積んでしまえば、大多数の症例に関しては、あまり脳を使わなくても対応することができますが、研究は常に新しいことを考えなければなりません。MDホルダーであっても、研究一本で勝負している人たちがいますが、凄いなあと思います。

 

研究にも色々な種類のものがあります。最近、臨床部門の医師は、所謂、バリバリの基礎研究をする人が少なくなっています。後輩たちも、短期間で、かつ、negative dataでも論文になる臨床統計でPhDを取得する人ばかりです。私は、生物学、分子生物学の分野でPhDを取得し、ポスドクを2回も経験しましたが、どんなに頑張ってもnegative dataしか出ない期間もあり、そんな期間にやったことは結果に反映されないので、時間も労力も全てドブに捨てた気になって落ち込んだものでした。しかし、新しい仮説を常に考えなければならないことは、臨床統計のような研究ではそれほど必要ではないので、そういう思考回路のトレーニングという意味で、研究に費やしてきた時間は無駄ではなかったのかもしれないと思っています。若い先生方にも、是非、そのような研究に費やす時間を持ってほしいなあと思いますが、時代の趨勢に逆らうのは難しいですね、、、。

 

すっきりとエレガントにまとめられ、質疑応答もそつがなかったHalf-time reviewでした。

NKS (New Karolinska Universitetssjukhuset) 新カロリンスカ大学病院、外から

1ヶ月ほど前、夜の9時近くに緊急手術で呼ばれた時、車の中からの写真。オープンしたてのメインビルデイング(A棟)です。9時近いというのに、すでにこれだけ明るい。夜中にオペが終わった時は、流石に暗くなっていましたが。

このA棟に我々の外来もあります。A棟はSolnavägenに面していて、向かい側はカロリンスカ研究所。鏡で覆われた奇妙な建物はAula Medicaと呼ばれているメインのビルです。その向こうに最近完成したのが、数千人の研究者が働く研究棟、Biomedicumです。


このビルと病院サイドの研究棟がスカイウエイでSolnavägenを越えてつながっています。

新病院と旧病院の間には複数のスカイウエイがあり、ちょっとした未来都市。地震大国日本では考えられないことです。

子供病院も一角にありますが、病棟の外にはこのような遊び場が用意されています。

 

正面玄関の横には、ストックホルムでは有名な老舗のベーカリー、Vete-Kattenが店を構えました。

これからは、病院でも美味しいケーキやサンドイッチが食べられるかもしれないと思うと、かなり嬉しいです!

カロリンスカ大学病院新病院へ引っ越し

ヨーロッパで最もお金がかけられた病院と(現在のところ)されている、カロリンスカ大学病院新病院。

あとからあとから不足分のお金がつぎ込まれており、総額でどれだけになるのか想像もつきません。


写真中央付近で、森(墓地)に隣接しているのが旧病院。その下(南側)の巨大な建物が新病院です。

現在はこんな感じ。新病院の前には(元々は患者さん用のホテルになるはずだったが、資金が不足しホテルに売り払ったため)Elite Hotel Carolina Towerというホテルになっています。ホテルの隣には、2020年に開院する眼科病院(St Eriks Ögonsjukhusが移転します)が建設中。

 

 

地図中央を通るSolnavägenで東西に分かれていますが、西側が研究所、東側が病院です。

写真左手が研究所、右手が病院。双方を結ぶスカイウェイができました。

週末にオンコールではなかったのですが、開腹の緊急手術の助っ人を頼まれて、車で出勤した時の眺め。因みに、20時半頃ですが、まだ明るいです。

病院から研究所を眺めると、いくつもスカイウェイが見えて圧巻。

 

ヘリポートは二つ。

 

ベッド数は現在よりかなり減って760床程度になるようですが、主に緊急疾患と癌に特化した病院となるため、現在よりも急性期で重症の患者さんが増えることになると思われます。救急外来は、今までドロップインを受け入れていましたが、基本的に、救急車やヘリコプターで搬送される患者さん、カロリンスカにかかりつけで亜急性期であると考えられる患者さん、紹介状を持った重症患者さんに限り受診できることになります。

 

これまでに小児や胸部外科はすでに引っ越しを済ませているのですが、残りの部門に関しても、今週、主に外来部門が引っ越しをします。

 

泌尿器科という診療科はなくなり、7つの部門のうちの一つである、Tema Cancer(癌部門)の中の、骨盤内癌というグループに所属することになります。ここでは、腫瘍科、下部消化器外科、婦人科と一緒になり、私は膀胱癌チームなのですが、新しいボスは腫瘍科の女医さんになりました。これで、泌尿器科の女性差別の歴史が変わるといいなあと思っているのですが、早々に女性差別をする男性グループと戦闘態勢に入ることになってしまいました。ある意味、日本よりタチが悪いです。女性差別の歴史のおかげで、大手術を手掛ける泌尿器科領域の女性外科医は私だけなので、新しい女性ボスができたことは百人力で、さらに、女性差別の事実を早くも認識してくれたのは喜ばしいことです。そんな事情で、波乱づくめの新病棟での勤務ですが、同時に、おそらく世界一の設備を備えた新病院のスタートを経験できることは、刺激的なことです。手術部門、病棟は秋に引っ越し予定です。先週、イントロダクションのコースを新病院で受けたので、この次に院内を少しご紹介しようと思います。

謹賀新年 Gott Nytt År!

あけましておめでとうございます。

スウェーデンは2日が仕事初めでした。

昨年は夫が死にそうになるなど、大変苦しい一年でした。今年は少しいいことがあればいいなあと思います。

患者さんに世界でも第一流の医療を提供するための努力を続けることが仕事人としての目標であります。そのためには、やはり、常に新しいことを目指す必要があります。アカデミックな場所にいることは必要不可欠であり、だからこそ臨床家の立場で研究を続けることができます。多くの医師が学位を目標として研究をしていますが、学位の後も研究を続けることには大きな意義があります。臨床家の視点から仮説を立てるということは非常に大切なのです。私が関わっているような基礎研究においては、研究結果が臨床応用されるまでには時間がかかります。それでも、それがなければ次のステップがない訳です。さらに、臨床をするときの頭の使い方と、研究をするときとでは、大きな差があります。双方をすることにより、臨床家としても研究者としても、より柔軟かつ創造性のあるアイデアが生まれると感じています。

死に近かった夫が回復の兆しを見せてから、神様が私たちに下さったプレゼント。

Nature Biomedical Engineeringの2017年10月号に夫がlast authorで私も共著者である論文がアクセプトされましたが、なんと論文の図表がフロントカバーに採用されました。光栄なことです。

 

フロントカバーになったのは、私が臨床医として治療している膀胱癌の患者さんからの切除検体をすぐに研究室に運び、様々なマーカーを標識して3D画像としたものです。臨床医として常々、「内視鏡的に切除した膀胱癌の深達度がときにunderstagingである危険がある」ということを感じており、そうであった場合、表在性であるとしてBCG膀胱注入療法などを選択し、膀胱全摘のタイミングを逃してしまうことがあるため、より確実な診断方法の発見を望んでいました。この論文では、我々の新しい病理画像診断が、既存の病理診断を凌駕する可能性があるとしたのですが、その研究結果が認められ論文がアクセプトされました。

その後、反響も大きく、カロリンスカ研究所のプレスリリースに取り上げていただいたり、スウェーデンの癌基金(Cancer Fonden)などにも記事にしていただきました。

Nature Biomedical Engineeringでも、「Behind the paper』という別稿に、夫が論文が出るに至る歴史について書いています。そもそも、夫との出会いは共同研究者としてであり、今では、子供達の親として、また、共同研究者として、まさに、人生における同志であります。

 

プライベートでは、双子も5歳半となり、人間としても成長してきています。今年も単発的な更新になるかもしれませんが、臨床医として、研究者として、母として、(妻として、プライオリテイーが低くて夫よごめん)公私共々頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします。

 

Job: Förskolan Skorpan 2017-2018
Group: Groddarna

ノーベル医学・生理学賞2017

スウェーデン日本人医療従事者の会のご紹介

すっかり失念しておりましたが、今年の3月に、スウェーデン日本人医療従事者の会(Japanese Health Care Professionals in Sweden; JHPS)が発足しました。30人以上のメンバーが参加してくださっており、職種も、医師だけでなく歯科医、看護師、理学療法士、栄養士、また、スウェーデンに留学中の医師の方などにも参加していただいています。スウェーデンで医療分野の資格を取得するために学校に通っている学生さんも含まれています。

 

HPも作成され、私も時々記事を書いていますが、今回はスウェーデンにおける水難事故について書きました。よろしかったらご覧になってください(記事)。

スウェーデンの産科の夏季の危機的状況

スウェーデンでは、全ての人のワークライフバランスが保証されており、医療従事者もその例外ではありません。医療従事者も約4週間の夏季休暇を取得するためには、通常業務から規模を縮小する必要があります。おおよそ、通常業務の半分程度に縮小されているところが多いと思います。つまり、外来は半分、手術も半分、病棟のベッド数も半分といった感じ。救急は勿論待つことはできませんから、縮小枠の中で何とかやりくりしなければなりません。

出産についてもしわ寄せはあります。出産件数は予測できるとはいっても、日本とは異なりベビーブームが続いているスウェーデンでは、常に産科のベッド数は不足気味です。そして、夏季となればさらにそれに拍車がかかります。私自身、5年前に緊急帝王切開となった時期は、ミッドサマーの直後でしたので、破水して直ちに勤務先の大学病院の産科に緊急入院することができたのはラッキーとしか言いようがありません。しかし、32週で生まれた未熟児の双子は、比較的健康であったため、より重症児を扱う大学病院の新生児科で入院を続けさせてもらえず、近郊の病院のNICUに転床となりました。

 

カロリンスカの出産病棟には、このような表が掲示されています。毎日の出産予定です。私のように帝王切開となる場合は、通常の手術室に運ばれます。

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数字は週。1ますが1日分で、ピンクが女児、青が男児。

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ところどころに白い帯が付いていますが、これは多胎。こちらは男女の双子という意味。

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FBにFörlossningspodden.seというグループがあるのですが、そちらに、数日前のストックホルムの産科ベッドの状況についてアップされていました(写真も拝借)。

数日前の7月14日のストックホルムにおけるベッド状況。

BBS(BB Stockholm )、DS(Danderyd Hospital)、KS(Karolinska Hospital, Solna)、HS(Karolinska Hospital, Huddinge)、SÖS(Söder Hospital)、STS(Södertälje Hospital)はストックホルム市内及び近郊の病院。これらは全て満床となっています。その下のUppsala大学やNyköping病院は満床。わずかに、Västerås病院に2床、Eskilstuna病院に1床。これらはストックホルムから二時間程度のところにある病院です。

私が入院していた時も、ベッド不足のため、数時間かけて他の病院に搬送されたり、あらかじめハイリスクな妊婦さんをヘリコプターでフィンランドに移したりと、信じられないような対応がされていました。妊娠のタイミングをコントロールするのは難しいですが、できるのであればスウェーデンでは夏季の出産は避ける努力をした方が良いのかもしれません。日本でも産科は不足しているようですが、少子化の中でのベッドの不足と言うのも、大きな問題ですね、、、。

母乳寄付のシステム

週数が早くして生まれてくる未熟児の場合、母乳の出が悪かったり、子供のおっぱいを吸う力が弱かったりするために、経管で粉ミルク、あるいは寄付された母乳を与えることになることがあります。私の子供達の場合もそうでした。32週で1800グラムという大きさで生まれてきたため、経管栄養で始まり、経管栄養とともに授乳も試みました。

私自身の母乳は、最初数ミリリットル程度しか出なかったため、その数ミリリットルを二つに分けて双子にそれぞれ与えました。体重が2キロに達する頃まで、他の方から寄付された母乳をいただいていました。ありがたいことです。

こちらの記事は、北スウェーデンの大学病院で母乳が不足しているという記事です。母乳が余るお母さんが母乳を寄付すると、1リットルあたり200クローネの報酬があるということです。日本では母乳寄付のシステムについて聞いたことはないのですが、あるのでしょうか?少子化でも、ハイリスク出産の割合は増えているでしょうから、需要はあるのではないかしら。

ストックホルムの病床の15%が閉鎖中

スウェーデンの病院では週末や長期休暇の季節になると、勤務者の数に応じて診療の規模を縮小します。例えば、夏季休暇中であれば、ベッド数も半分、オペ件数も外来も半分になります。そうすることにより、医療従事者が4−5週間の休暇を取得できるようになります。

カロリンスカ大学病院のベッド数は1543床。2017年4月で、その22%に当たる337床が閉鎖されていたのだそうです(DNの記事より)。

 

ストックホルム県の3476床でみると15%に当たる509床が閉鎖されていたのだとか。そしてこの数字は去年に比べ4%多いのだそうです。

閉鎖の原因は、スタッフの不足、特に看護師の不足です。

Hela länet, antal öppna vårdplatser(ストックホルム県の使用可能なベッド状況):

April 2016: 3064 av 3.429 fastställda vårdplatser

April 2017: 2967 av 3.476 fastställda vårdplatser

Karolinska universitetssjukhuset(カロリンスカ大学病院):

April 2016: 1320 av 1.562 fastställda vårdplatser

April 2017: 1206 av 1.543 fastställda vårdplatser

Södersjukhuset(南病院):

April 2016: 646 av 698 fastställda vårdplatser

April 2017: 604 av 708 fastställda vårdplatser

予定手術がキャンセルされる理由もいつもだいたい同じ。手術室の看護師さんの不足か、ベッドがないこと。予定手術をキャンセルするときには、その日の患者さんの病状を比較して優先順位をつけ、優先順位の低い患者さんからキャンセルすることになります。どうしても良性疾患は優先順位が低くなりますし、悪性疾患でも悪性度や病期によって優先順位をつけます。ベッドが不足して患者さんを退院させたり転院させなければならない時も、症状の軽い患者さんから退院してもらうことに、、、。看護師さんへの負担が重くなると、大学病院の低い待遇と重い労働に耐えきれず、退職していきます。常に、ギリギリのところで運営しているという印象。

カロリンスカ大学病院の新棟建設に当たって、巨額の報酬をコンサル会社(BCG)に無意味に支払い、看護師さん確保にはお金を出し渋るという本末転倒振りでは、ストックホルムの今後の医療に不安が募るばかりです。

昇進のテクニック

昇進のテクニックというものは、職種によっても、国によっても異なるものなのだと思います。ですから、私が知っているのは、日本とスウェーデンにおける医師の昇進についてだけですが、少しコメントしたいと思います。

今日から4月。日本では医師のピカピカの一年生が働き始めますね。私が研修医だった頃は、月給2万5千円という薄給で、アパート代さえも払えないため親にすねかじりした状況でした。現在は、少なくともその10倍以上は給料があるようです。しかもあの頃に比べればデフレ。羨ましいなあ。

研修医、専修医、専門医初期の間は、卒業年数によってタイトルもお給料も横並びなのが日本のシステムですが、スウェーデンでは全く異なります。大学病院のお給料が他の病院に比べて最低レベルなのは同じですが、同じ病院であっても同じタイトルの医師でも給料のレベルは様々です。では、どのように給料が決定されるのか。実力か?そうであってそうでないような。

まず、職探し。欠員ができて募集する場合もありますが、欲しい人がいる場合に、その人に合わせた求人広告をするのが大都市では普通のことです。どのようなポジションにどのような人が欲しいのかという条件のところには、すでに存在する候補者にぴったり合うような、そして、なるべく競争相手が出現しなさそうな文章が並びます。そして、すでに候補者がいる場合には、書類審査で決まってしまい、インタビューまで到達することはあまりありません。選抜された場合、大学病院を含めた通常の公立の病院であれば、最初の6ヶ月は試験雇用です。この間に不適格と判断されれば、その後の延長雇用はないまま終了となります。試験雇用をパスすれば、次の契約では終身雇用となる可能性が高くなります。期限付き雇用の場合、その期間には上限があるからです。スウェーデンでは、一旦終身雇用となったら、労働者を解雇することは非常に難しいので、試験雇用のシステムは重要なのです。それでも、能力のない、あるいは、問題のある人間が終身雇用と成ってしまう場合もあり、私も実例を知っていますが、そうなってしまったら本当に厄介なのです。

雇用が決まったら、給与交渉です。これは個人個人でやらなければいけません。スウェーデンの医師の労働組合には、目安となる給与水準のデータがあり、これを利用することもありますが、ここでも自分自身で情報収集することが大事です。同僚の給与の調査や、他病院での給与レベルの調査を行います。請求すれば、誰がどれだけ給与を得ているかというリストをhuman resoursesの部門からもらうこともできます。私もそのリストを請求してみましたが、確かに給与水準は実力を反映しているようなしていないような。最近では、全く反映していないという印象です。なぜならば、新しく、あるポジションについた医師は、同ポジションにいる他の医師より高い給与を取得するという、ローカルルールがあるからです。そうすると、昇進したばかりの若い医師が、以前からそのポジションにいる年配の医師より高い給与を得ることになります。うーん。全く理解できませんが。

以前、スウェーデンの外科医社会でのヒエラルキーに関して書いたことがありますが、それによると、私、つまり女性移民はヒエラルキーの最下位に属します。そんな訳で、私の昇進も遅々として進みませんでした。それに、病院の経済的な問題もあって、つまり、昇進させるお金を出せない、ということでもありました。私の場合はそうではありませんが、人によっては、いろいろな政治的事情でなかなか昇進できないという場合もあります。日本と異なり、臨床医としては、AT(研修医)、ST(専修医)、専門医、biträdande överläkare(准?上級医)、överläkare(上級医)というヒエラルキーがあります。それとは別に、アカデミックなタイトルとして、docent(准教授)、professor(教授)があります。通常の臨床医は、överläkare を最終的に目指すことになりますが、大学病院では学位がなければならないという縛りがあります。何年か前にbiträdande överläkareになった私ですが、上に述べたような事情で、överläkareへの昇進がのびのびになっていました。そんな時に、ストックホルム市内の幾つかの病院からのヘッドハンテイングの打診がありました。自宅すぐそばにある、現在成長著しい病院からもあったため、そちらの面接も受けました。給与面も含め、20%の研究期間、研究費も手配するという、高待遇の条件を提示され、かなり心は揺れました。しかし、最終的にはもう少し大学病院に止まる決心をし、お断りをした訳ですが、このヘッドハンテイングは、昇進への交渉材料として大きな役割を果たしました。「〇〇病院から来て欲しいと言われています。どうしますか?」といった感じです。そう伝えたら、あっさりと、「(やめてほしくないので)やめないでくれるならöverläkareにします。」という返事を引き出すことができました。

それでも、昇進するにはまだ手続きが残っています。新しいポジションになるため、公募をしなければなりません。しかし、このポストは私のために作られたものなので、他の人にはハードルが高いような条件を作る必要があるのです。今回の場合は、「骨盤内手術に熟練し、膀胱全摘、各種尿路変向ができ、ロボット手術にも熟練している医師」というような記述になりました。確かに誰でも応募できるという訳ではありません。公募期間もなるべく短くするのですが、そこで集まった応募の中から書類審査で、4名ほどが審査委員会の審査にかかり、最終決定されるのです。

こんな経過を経て、今年からöverläkareになりました。ヘッドハンテイングの話を昇進への突破口とすることは、私の分野では多いことのようです。給与交渉も満足な結果となり、あとは再び毎日修行あるのみ。

スウェーデンで専門医になったのが2008年。överläkareになるまで、ちょうど9年かかりました。それぞれのポジションでつけていた名札ですが、9年前のものは少し黄ばんでいます。日本で専門医になったのが1996年というこれまでのキャリアを考えると、決して早いとは言えない昇進ですが、ここまで頑張ってこられたことに感謝です。

 

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