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ヒジャブ着用で不採用

SASの所謂、グランドホステス、という職種でしょうか。この職種に応募した23歳のモスリムの女性が、職場でもヒジャブを着用すると意思表明したことで不採用になったと云う記事(DNAftonbladet)。

 

スウェーデンに移住して10年。街だけでなく職場でも、看護師さんや患者さんなど多くのモスリムの方を見てきました。当初は特に考えることもなかったのですが、アメリカだけでなくEU、そしてスウェーデンでもモスリムの関係する事件が増え、様々な議論を耳にするにつれ、自分自身もいろいろと考えを巡らせるようになりました。以前の記事で、とても優秀な同僚が、「一部の悪いモスリムのために、モスリム全体に対する風当たりが強くなる」という発言をしたことに触れた記憶がありますが、確かにその通りなのです。外来でも様々なモスリムの患者さんに会いますが、スウェーデン社会に融合してスウェーデン語を話し、職を持っている方も多いです。一方、スウェーデンのパーソナルナンバーを持ち、何年経ってもスウェーデン語さえ話すことができず、税金で通訳を雇って受診する方も多いのも事実です。大きな声では言えませんが、無職で次々と出産し、子供手当で生きている中年の女性、働けそうなのに、何故か病気のための早期退職制度で年金?というより生活保護生活をしている人、外来や検査をすっぽかす人、、、。スウェーデンの社会福祉の中で問題となる方が多く存在します。そういう人達に会うたびに、この人達の生活を、一般市民の税金で支えているだけでなく、無断キャンセルとなった外来や検査は、他の一般市民が受けられたはずのものであるという、なんともやるせない気持ちになってしまいます。勿論、大局的に考えれば、そういった移民や難民をスウェーデン社会に融合させることに失敗している国の政策に原因があるとも言えるのですが、、、。

大分、脱線しましたが、SASで問題となったヒジャブの話に戻ります。ヒジャブは頭に被るベールのようなもので、アラビア語では貞淑、道徳といった意味もあるように、イスラム教では、

SASの所謂、グランドホステス、という職種でしょうか。この職種に応募した23歳のモスリムの女性が、職場でもヒジャブを着用すると意思表明したことで不採用になったと云う記事(DNAftonbladet)。

スウェーデンに移住して10年。街だけでなく職場でも、看護師さんや患者さんなど多くのモスリムの方を見てきました。当初は特に考えることもなかったのですが、アメリカだけでなくEU、そしてスウェーデンでもモスリムの関係する事件が増え、様々な議論を耳にするにつれ、自分自身もいろいろと考えを巡らせるようになりました。以前の記事で、とても優秀な同僚が、「一部の悪いモスリムのために、モスリム全体に対する風当たりが強くなる」という発言をしたことに触れた記憶がありますが、確かにその通りなのです。外来でも様々なモスリムの患者さんに会いますが、スウェーデン社会に融合してスウェーデン語を話し、職を持っている方も多いです。一方、スウェーデンのパーソナルナンバーを持ち、何年経ってもスウェーデン語さえ話すことができず、税金で通訳を雇って受診する方も多いのも事実です。大きな声では言えませんが、無職で次々と出産し、子供手当で生きている中年の女性、働けそうなのに、何故か病気のための早期退職制度で年金?というより生活保護生活をしている人、外来や検査をすっぽかす人、、、。スウェーデンの社会福祉の中で問題となる方が多く存在します。そういう人達に会うたびに、この人達の生活を、一般市民の税金で支えているだけでなく、外来の無断キャンセルが出るたびに、一般市民の受けられるはずだった医療サービスなのに、と複雑な気持ちになります。勿論、大局的に考えれば、移民、難民をスウェーデン社会に適応させることに失敗している国の政策に問題があるとも言えるのですが、、、。

 

大分脱線してしまいましたが、SASで問題となったヒジャブの件です。SASでは、欧州司法裁判所の最近の判断もあり、今後の採用に関して、「職場では宗教、政治、哲学に関して中立である服装」という立場をとるということです。

これがニュースとなった女性です。

ブルカやニカブは以前から抵抗がありました。患者さんとしてきた時も、顔が良く見えないと医学的に困ることもあります。

ヒジャブに関しては、以前はあまり気にならなかったのですが、スウェーデンで色々と経験するうちに、とても気になるようになってきました。スウェーデンでも、モスリムの女性が男性の所属物のように扱われる事件、そして臨床の場でそれらを見かけると、これらの被り物が、文化としては受け入れることができない範疇のものとして思えるようになりました。結婚前に男性と関係を持った女性が家族により殺されたり、女性に対しても所謂、割礼が行われ、性器に損傷が見られる患者さん、あるいは、大陰唇を縫い合わされている女性、、、、。前出の優秀な同僚でさえ、息子はモスリムの女性と結婚させると言い切っています。

 

今日、子供たちのお友達の誕生日パーテイーで、屋内遊園地のようなところへ行きましたが、そこでも、小学生くらいの女の子たちがヒジャブを被っているのを見て、とても気分が悪くなりました。

自分自身で宗教や文化も理解できない年頃から、男性に従属するという象徴とも取れるヒジャブを被らされる、、、。

 

非モスリムの人間が、モスリムの国を訪れたのであれば、その国へのリスペクトを表現する意味でヒジャブを被るのは理解できます。しかし、非モスリムの国に、モスリムである人間が住むのであれば、ヒジャブを被ることはリスペクトに欠けるとも言えると思います。殊に、男女平等を重んじる国においては。

「郷に入れば郷に従え」、「Do as Romans do」というのは、万国共通だと思うのですが。

 

しかしながら、欧米の複数の首長やファーストレディーは被り物なしでサウジアラビアを公式訪問していますね。やはり、男女不平等に対するプロテストなのではないでしょうか。

おまけ:

若い世代の医師達には、モスリムのバックグラウンドを持つ人も多く、なぜか女医さんが研修医、あるいは研修医のポジションを得る前のアルバイトとして私の科にやってくることが良くあります。親の代で難民としてやってきてスウェーデンで生まれた人、幼少の頃に難民としてやってきた人などいろいろですが、もの凄く優秀です。日本の研修医は逆立ちしてもかなわないくらい。そしてなぜか彼女たちはヒジャブを被っていませんねー。偶然だとは思いますが、医師でヒジャブをつけている人をまだ見たことはありません。

母乳寄付のシステム

週数が早くして生まれてくる未熟児の場合、母乳の出が悪かったり、子供のおっぱいを吸う力が弱かったりするために、経管で粉ミルク、あるいは寄付された母乳を与えることになることがあります。私の子供達の場合もそうでした。32週で1800グラムという大きさで生まれてきたため、経管栄養で始まり、経管栄養とともに授乳も試みました。

私自身の母乳は、最初数ミリリットル程度しか出なかったため、その数ミリリットルを二つに分けて双子にそれぞれ与えました。体重が2キロに達する頃まで、他の方から寄付された母乳をいただいていました。ありがたいことです。

こちらの記事は、北スウェーデンの大学病院で母乳が不足しているという記事です。母乳が余るお母さんが母乳を寄付すると、1リットルあたり200クローネの報酬があるということです。日本では母乳寄付のシステムについて聞いたことはないのですが、あるのでしょうか?少子化でも、ハイリスク出産の割合は増えているでしょうから、需要はあるのではないかしら。

ストックホルムの病床の15%が閉鎖中

スウェーデンの病院では週末や長期休暇の季節になると、勤務者の数に応じて診療の規模を縮小します。例えば、夏季休暇中であれば、ベッド数も半分、オペ件数も外来も半分になります。そうすることにより、医療従事者が4−5週間の休暇を取得できるようになります。

カロリンスカ大学病院のベッド数は1543床。2017年4月で、その22%に当たる337床が閉鎖されていたのだそうです(DNの記事より)。

 

ストックホルム県の3476床でみると15%に当たる509床が閉鎖されていたのだとか。そしてこの数字は去年に比べ4%多いのだそうです。

閉鎖の原因は、スタッフの不足、特に看護師の不足です。

Hela länet, antal öppna vårdplatser(ストックホルム県の使用可能なベッド状況):

April 2016: 3064 av 3.429 fastställda vårdplatser

April 2017: 2967 av 3.476 fastställda vårdplatser

Karolinska universitetssjukhuset(カロリンスカ大学病院):

April 2016: 1320 av 1.562 fastställda vårdplatser

April 2017: 1206 av 1.543 fastställda vårdplatser

Södersjukhuset(南病院):

April 2016: 646 av 698 fastställda vårdplatser

April 2017: 604 av 708 fastställda vårdplatser

予定手術がキャンセルされる理由もいつもだいたい同じ。手術室の看護師さんの不足か、ベッドがないこと。予定手術をキャンセルするときには、その日の患者さんの病状を比較して優先順位をつけ、優先順位の低い患者さんからキャンセルすることになります。どうしても良性疾患は優先順位が低くなりますし、悪性疾患でも悪性度や病期によって優先順位をつけます。ベッドが不足して患者さんを退院させたり転院させなければならない時も、症状の軽い患者さんから退院してもらうことに、、、。看護師さんへの負担が重くなると、大学病院の低い待遇と重い労働に耐えきれず、退職していきます。常に、ギリギリのところで運営しているという印象。

カロリンスカ大学病院の新棟建設に当たって、巨額の報酬をコンサル会社(BCG)に無意味に支払い、看護師さん確保にはお金を出し渋るという本末転倒振りでは、ストックホルムの今後の医療に不安が募るばかりです。

「世界ナゼそこに日本人」無事OAとなりました

ゴールデンウイーク中の5月1日、世界ナゼそこに日本人」2時間スペシャルが無事にOAされました。思ってもみないような方に見ていただいて、連絡を受けたりして、嬉しいサプライズが沢山ありました。OAの当日のテレビ欄の解説が、「神業」などとかなり盛ってあり、それを知らされていなかった私は急遽、デイレクターに抗議の連絡をしたりしてバタバタしました。

テレビ、殊に民放は視聴率が絶対で、視聴率を稼ぐために盛るのは当たり前というような感じがありますが、やはり、、、。それでも、担当のデイレクターさんはかなり真面目に取り組んでいただいたので、感謝はしているのですが、、、。どんな手術であっても、成功率が100%ということはありえません。しかし、何としても100%という数字を出して、「ドクターX」に結びつけたかったようです。これまで大きな合併症なく手術はしてきてはいるものの、私としては不本意で恥ずかしい気持ちで一杯です。

 

自分の写真を見るのもこそばゆいのに、映像を見るのは恥ずかしくて、あまり見てはいないのですが、こちらに既に映像が上がっていました。そのうちYoutubeに出た時に、リンクを貼り直そうと思います。ロケは10日程度、朝から晩まで密着取材で、それはそれは大変でした。これだけ大変だと知っていれば、受けることはなかったのではと思います。そのうち、ロケの様子も記事にしたいと思っています。

 

「私、失敗しないので」とは言えませんが、少しでも確実で良い成績となる手術ができる外科医となるように、今後とも精進してゆく覚悟です。

 

テレビ出演します!

ご縁があって、来週5月1日月曜日、9時からテレビ東京の「世界ナゼそこに?日本人」2時間スペシャルに出演させていただきます。私の日常のドタバタが紹介されます。お目汚しですが、よろしかったらご覧になってください。

 

テロ発生後48時間の黙祷

 

 

ストックホルムでのテロから二日後の日曜日。現場から近いSergel広場で、市民の集会がありました。

およそ2万人の人が集まって、スピーチや歌が披露され、テロからちょうど48時間が経った時、1分間の黙祷を捧げました。

広場は人種を問わず、老若男女で埋め尽くされ、広場にある階段は花で埋まりました。警備の警官に花束を渡す人々の姿もありました。スピーチでは、開かれた街、ストックホルム、平等の街、ストックホルム、そして、テロに屈しない連帯と愛が強調されました。


 

テロという許すことのできない出来事から、人間のポジテイブなエネルギーを感じ、悲しみの中に希望を感じることができ、胸が熱くなりました。次のビデオを見ると、思わず涙がこぼれそうになります。

De trodde att de kunde vinna över oss. Att de med hjälp av terror och rädsla kunde slå oss i bojor. Men de hade inte förstått. De hade inte räknat med den kraft som finns i kärlek, medmänsklighet och mångfald.De hade inte förstått.Över oss vinner de aldrig.Ingen annan video idag sammanfattar det bättre än den Herman Caroan har satt ihop. Publicerad med tillstånd. https://twitter.com/HermanCaroan/status/851081809504894976/video/1

Opslået af Emanuel Karlsten på 9. april 2017

 

 

我が街ストックホルムでテロ

ヨーロッパ各国でテロが起こるようになっても、スウェーデンは政治的に考えても、テロの起こる確率は低いと思っていた。

4月7日。イースターを一週間後に控えた金曜日の15時頃。金曜日といえば通常のウイークデーよりも早く終業する人も多い。私の病院でも15時勤務終了だ。

そして、場所は、街の中心の歩行者専用道路であるDrottninggatan。観光客だけではなく、地元民も集まる、最も混雑している歩行者天国だ。

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ビールの集配中で、運転手が離れている隙にハイジャックされた大型トラック。そのトラックが歩行者天国を暴走する。ノーベル賞授賞式が行われるコンサートホールや市場を通るKungsgatanとの交差点で3人がはねられ命を落とした。

歩行者用道路に面するお店のカメラには、必死に逃げる人たちとそのあとから暴走してくるトラックが写っている。

500メートル以上暴走して、トラックはストックホルムで最も大きなデパートに突っ込んで止まった。

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私が事件の第一報を知ったのは、事件発生後10分くらいだったと思う。すでに勤務時間が過ぎていたため、急いで保育園に子供を迎えに行った。もう10分でも出るのが遅かったら、病院から出られなかったと思う。しかし、この時、自宅および保育園のすぐ側で発砲を確認したというニュースが出た。保育園に到着すると、まさにその時、園庭で遊んでいた園児を屋内に避難させているところだった。子供達の無事を確認しホッとする間もなく、すぐに帰宅。SNSでは、「私は無事」というメッセージが飛び交っていた。事件現場付近では人々はすべて屋内に避難、街は閉鎖された。交通機関はすべてストップした。病院では緊急事態体制が取られ、関連部門では職員が帰宅せずに待機。

救急外来でも多くの人が自主的に残って、対応を協議。写真はHuddingeの救急。

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家の近くのSt Göran病院の救急の様子。

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週末は通常、ベッド数を減らすことになっている。その上、負傷者を受け入れるとなると、軽傷の患者さんは家に帰すか、どこか他の病院に転院させなければならない。不幸中の幸いで、カロリンスカに送られてきた負傷者は二桁に満たなかったため、何とかなったようだが、もっと多くの負傷者が出た場合にはどうなるのか。

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一晩明けた今日、現場近くには花を供える人々が。

STOCKHOLM 2017-04-08 Människor lägger ned blommor och ljus vid två sk Stockholmslejon i betong på Drottninggatan i centrala Stockholm. En kapad lastbil körde på ett stort antal personer på Drottninggatan vid 15-tiden på fredagen. Fyra personer dödades och 15 skadades. Polisen utreder händelsen som ett misstänkt terrordåd. Foto: Jonas Ekströmer / TT / Kod 10030

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テロの起こった当日の夜、ストックホルム郊外で、ウズベキスタン出身の出稼ぎの男性を拘束した。イスラム国に感化されていたという話もある。

犠牲者は現在まで4名。41歳のイギリス人男性31歳のベルギー人女性69歳のスウェーデン人女性、そして11歳のスウェーデン人の女の子、Ebba。

Aftonbladetより

ユールゴーデンにある学校から下校途中だったそうだ。

罪のない子供までがテロの犠牲に。胸が引き裂かれる思いだ。

世界はどうなってしまうのだろう。

私には何ができるのだろう。

なんと保育園が野宿の場に

数日前に、物乞いの話をしました。

近年、ルーマニアを中心として物乞いが増えています。

街のあちこちのお店の前に一日中、女性ばかりが座っています。朝、同じ時間にどこからともなく集まってきて、担当の場所に座ります。ランチなどは、担当の男性が配って回っています。

 

街中の公園などで夜露をしのげるような場所には、物乞いが野宿をしていたりもするようです。

街中の保育園には、通常、バギーを置く小屋がありますが、その中で野宿をする物乞いがいるため、安全面で問題となっていました。私の子供たちの通う保育園も例外ではなく、去年の秋に、ベニヤ板で小屋は封鎖されました。

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ところが、数日前、保育園に行ってみてびっくり。ベニヤ板が外された小屋の中には、マットレスや毛布のようなものが、、、。

 

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保育園に聞いてみると、ベニア板で閉じてあったはずの小屋の中に、物乞いがマットレスなどを運び込んで暮らしていたようだということでした。警察に報告した上で、ベニヤ板はもちろんのこと、屋根も外しましたのだそうです。ここで、眠るだけならともかくも、排泄したり食事をしたりしていた可能性が十分にあり、衛生上にも問題があります。物乞いはスウェーデンだけではなくEU全体の問題で、一朝一夕には解決できる訳ではありませんが、少なくとも、子供たちの安全に影響がないようにしてほしいものです。

昇進のテクニック

昇進のテクニックというものは、職種によっても、国によっても異なるものなのだと思います。ですから、私が知っているのは、日本とスウェーデンにおける医師の昇進についてだけですが、少しコメントしたいと思います。

今日から4月。日本では医師のピカピカの一年生が働き始めますね。私が研修医だった頃は、月給2万5千円という薄給で、アパート代さえも払えないため親にすねかじりした状況でした。現在は、少なくともその10倍以上は給料があるようです。しかもあの頃に比べればデフレ。羨ましいなあ。

研修医、専修医、専門医初期の間は、卒業年数によってタイトルもお給料も横並びなのが日本のシステムですが、スウェーデンでは全く異なります。大学病院のお給料が他の病院に比べて最低レベルなのは同じですが、同じ病院であっても同じタイトルの医師でも給料のレベルは様々です。では、どのように給料が決定されるのか。実力か?そうであってそうでないような。

まず、職探し。欠員ができて募集する場合もありますが、欲しい人がいる場合に、その人に合わせた求人広告をするのが大都市では普通のことです。どのようなポジションにどのような人が欲しいのかという条件のところには、すでに存在する候補者にぴったり合うような、そして、なるべく競争相手が出現しなさそうな文章が並びます。そして、すでに候補者がいる場合には、書類審査で決まってしまい、インタビューまで到達することはあまりありません。選抜された場合、大学病院を含めた通常の公立の病院であれば、最初の6ヶ月は試験雇用です。この間に不適格と判断されれば、その後の延長雇用はないまま終了となります。試験雇用をパスすれば、次の契約では終身雇用となる可能性が高くなります。期限付き雇用の場合、その期間には上限があるからです。スウェーデンでは、一旦終身雇用となったら、労働者を解雇することは非常に難しいので、試験雇用のシステムは重要なのです。それでも、能力のない、あるいは、問題のある人間が終身雇用と成ってしまう場合もあり、私も実例を知っていますが、そうなってしまったら本当に厄介なのです。

雇用が決まったら、給与交渉です。これは個人個人でやらなければいけません。スウェーデンの医師の労働組合には、目安となる給与水準のデータがあり、これを利用することもありますが、ここでも自分自身で情報収集することが大事です。同僚の給与の調査や、他病院での給与レベルの調査を行います。請求すれば、誰がどれだけ給与を得ているかというリストをhuman resoursesの部門からもらうこともできます。私もそのリストを請求してみましたが、確かに給与水準は実力を反映しているようなしていないような。最近では、全く反映していないという印象です。なぜならば、新しく、あるポジションについた医師は、同ポジションにいる他の医師より高い給与を取得するという、ローカルルールがあるからです。そうすると、昇進したばかりの若い医師が、以前からそのポジションにいる年配の医師より高い給与を得ることになります。うーん。全く理解できませんが。

以前、スウェーデンの外科医社会でのヒエラルキーに関して書いたことがありますが、それによると、私、つまり女性移民はヒエラルキーの最下位に属します。そんな訳で、私の昇進も遅々として進みませんでした。それに、病院の経済的な問題もあって、つまり、昇進させるお金を出せない、ということでもありました。私の場合はそうではありませんが、人によっては、いろいろな政治的事情でなかなか昇進できないという場合もあります。日本と異なり、臨床医としては、AT(研修医)、ST(専修医)、専門医、biträdande överläkare(准?上級医)、överläkare(上級医)というヒエラルキーがあります。それとは別に、アカデミックなタイトルとして、docent(准教授)、professor(教授)があります。通常の臨床医は、överläkare を最終的に目指すことになりますが、大学病院では学位がなければならないという縛りがあります。何年か前にbiträdande överläkareになった私ですが、上に述べたような事情で、överläkareへの昇進がのびのびになっていました。そんな時に、ストックホルム市内の幾つかの病院からのヘッドハンテイングの打診がありました。自宅すぐそばにある、現在成長著しい病院からもあったため、そちらの面接も受けました。給与面も含め、20%の研究期間、研究費も手配するという、高待遇の条件を提示され、かなり心は揺れました。しかし、最終的にはもう少し大学病院に止まる決心をし、お断りをした訳ですが、このヘッドハンテイングは、昇進への交渉材料として大きな役割を果たしました。「〇〇病院から来て欲しいと言われています。どうしますか?」といった感じです。そう伝えたら、あっさりと、「(やめてほしくないので)やめないでくれるならöverläkareにします。」という返事を引き出すことができました。

それでも、昇進するにはまだ手続きが残っています。新しいポジションになるため、公募をしなければなりません。しかし、このポストは私のために作られたものなので、他の人にはハードルが高いような条件を作る必要があるのです。今回の場合は、「骨盤内手術に熟練し、膀胱全摘、各種尿路変向ができ、ロボット手術にも熟練している医師」というような記述になりました。確かに誰でも応募できるという訳ではありません。公募期間もなるべく短くするのですが、そこで集まった応募の中から書類審査で、4名ほどが審査委員会の審査にかかり、最終決定されるのです。

こんな経過を経て、今年からöverläkareになりました。ヘッドハンテイングの話を昇進への突破口とすることは、私の分野では多いことのようです。給与交渉も満足な結果となり、あとは再び毎日修行あるのみ。

スウェーデンで専門医になったのが2008年。överläkareになるまで、ちょうど9年かかりました。それぞれのポジションでつけていた名札ですが、9年前のものは少し黄ばんでいます。日本で専門医になったのが1996年というこれまでのキャリアを考えると、決して早いとは言えない昇進ですが、ここまで頑張ってこられたことに感謝です。

 

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多様性に寛容なスウェーデン

息子が私の膝に座って、保育園のお話をしてくれていました。

そうしたら、

「ママ、どこの国の子供達が食べるご飯がないの?」

と、聞いてきました。

「今は、シリアかなあ。アフリカの国にも沢山いるよ。」

と答えると、

「その子たちは、ご飯もないし、パパやママもいない子もいるんだよね。かわいそうだなあ。」

と言いました。

スウェーデンという国は、実に多様性に寛容な国です。そして、多様性を受け入れる教育が、幼児教育で既に始まっています。

これは、近年にスウェーデンへ難民としてやってきて居住申請をした数です。2015年には、シリアでの抗争が始まったため、162877人と突出し、2016年には28939人と例年並みに戻りました。

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病院でも、しばしば、難民の患者さんを診察することがあります。多くはスウェーデン語が話せないので、通訳つきです。戦争で負傷しただけではなく、スウェーデンへたどり着くまでに暴行されている人もいます。男性でも性的暴行を受けている人もいるため、南病院には、性的暴行を受けた男性のための救急外来もオープンしています。難民でもスウェーデン人でも平等に医療を受けることができるスウェーデンの医療システム。

 

難民だけでなく、この数年目につくのが、街頭に座っている物乞いの女性たち。主に、ルーマニアから集団でやってきています。近所にも、各スーパーマーケットの出口のところに必ず一人ずつ座っています。この日は、こちらには二人も。

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朝、七時半頃、近くのマクドナルド前に集合してコーヒーを買い、それぞれの場所に散らばっていきます。男性が食料を配布して回る姿も見られます。この集団は、市内や近郊で野宿をしているようなのですが、その影響が保育園にも。

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保育園の園庭にある小屋。ここには通常、登園してくる子供達のバギー置き場になっているのですが、ベニア板で閉鎖されてしまいました。それは、夜間に少しでも暖を取ろうと、物乞いの集団が小屋の中で寝泊りをするため、セキュリテイーに問題があるという判断で、このような対策が取られることになりました。

大分前に、オンコールだった時、物乞い集団の一人の緊急手術を担当したことがありましたが、この患者さん、個室に何週間か入院し、しかも、600万円くらいする高額治療を受けました。普通のスウェーデン人なら傷が治癒していなくても退院させて、診療所などで治療を継続するのですが、この方の場合は野宿になるため、長期の入院になったこと、また、退院後も一時的な住居を(医療の立場から必要という判断で)用意したりと、至れり尽くせりでした。この費用は、スウェーデン持ちなんだろうなあ。