小学校初日。娘と息子は同じクラスになりました。保育園からのお友達2人も一緒です。
私はオペ日でもあり、初日に一緒に登校することができませんでした。でも、日本のような入学式は全くないのですね。思い思いに集合する、と言ったラフな感じです。ちょっと寂しいような、、。
これからどんな生活が待っているのかな。友達沢山できるといいね!
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美味しい牛乳が飲みたくて、郊外の牧場を訪ねました。 まずは子供たちはアイスクリーム。
そしてミルク!美味しい!!!
牛さんたちは放牧中で牛舎は空っぽでしたが、生後2週間の仔牛がいたので見せてもらいました。セレン欠乏症で生まれてきたため、オッパイをうまく吸えなかった仔牛を母牛は見捨てたそうです。その後、セレンを補充して元気になったのだとか。人間でセレン欠乏症はほとんど見かけないですが、牛では珍しくないようです。興味津々の息子と娘は、ナデナデさせてもらって大喜び。 後から、「お母さんは僕が病気でも捨てないよね。」と言っていた息子。子供心にも感じることがあったんでしょうね。 地元のチーズなども売られています。こういう環境って、贅沢だなあ。 8月20日に娘と息子はgrundskolaに入学します。これは6歳から始まる9年間の初等教育です。 入学希望はネットで優先順位をつけて申し込みます。私達は、とにかく送り迎えが便利ということで、自宅の前にあるgrundskolaを第一希望にしましたが、運よく第一希望の学校に入学できることになりました。入学決定通知は受け取ってはいたものの、入学1週間前になって、ようやく案内の手紙が届きました。
最初の3日間は親が付き添います。我が家ではフレキシブルな夫の役目(私が勤務予定希望を提出するときには、付き添いが必要だという情報は受け取っていませんから、当然、フルタイムの勤務予定となっており、どうする訳にも行きません。勿論、ここはスウェーデンですから勤務変更もできないことはありませんが、大学病院が新病院に一部引っ越し、組織構成が全く新しくなったことで喧嘩が勃発しており、生き残りのためには、休みを取らない方がベターという状況です。)。
この他、先生の名前や、クラスメートの名前などの書類が送られてきました。元々は娘と息子は別々のクラスだったのですが、同じクラスにして欲しいという希望を出し、受け入れられていました。同じ保育園から合計4名が同じ学校に進むのですが、4名とも同じクラス。1クラスが28名で女子が16名、男子が12名、合計で5クラスです。そして、担任の先生は1クラスにつき2人。贅沢です。何でも、スウェーデンで最も大きなgrundskolaで、1200名の生徒が在籍しているそうです。
新しい一歩を踏み出す娘と息子。不安はあるけれど希望は一杯。とても楽しみです! 私も勤務したことのある東京医大の女子学生制限の騒動。私の母校では女性はやはりマイノリテイーです。同級生は10%が女性でした。そして、女子学生が制限されていることは暗黙の了解のようになっていたと記憶しています。しかし、概念として認識していても、具体的な女性制限の手法を目の当たりにし、今回は流石にショックでした。(お金を積んでの裏口入学は論外です。) 必要悪、と言い切るのは言い過ぎだと思いますが、マンパワーとして確実な男性医師が好まれるのは確かです。産休や育休を取らせるほどポジションに余裕のない大学病院では、産休に入る前に退職するのが常で、やはり、根元は女性医師の労働環境が悪いこと、そして、女性医師のパートナーの多くである男性医師が育児に参加しないことにあります。 一方、これは、鶏が先か卵が先かという議論にもなりますが、女性の意識の低さも否定できません。育児をするには恵まれない労働環境により、やる気を失うのも確かでしょう。しかし、日本女性全体として、まだ30%以上が専業主婦であるという事実、働けるのに働かないという選択肢が存在することが、女性の意識、地位の向上を妨げていると思います。スウェーデンでは、国民である以上、働いて納税をすることは国民としての義務という認識です。パートナーが高収入だから他の家よりも余計に納税しているという理論はまかり通りません。個人個人がそれぞれに納税の義務があるのです。また、納税の総額により年金が決まってきますから、納税していなければ年金を受給できないということになります。また、離婚になった際にも女性が経済的に守られることはありません。男性が有責でも同様です。この状況を鑑みると、日本の女性の自立意識はスウェーデンより半世紀以上遅れていると言えます。 我が家の双子は6歳になりましたが、双子を育てながら、トップレベルの外科医として男性にも競合できているのは、スウェーデンという社会のお陰です。日本では全くもって無理です。同僚の男性医師はほぼ全てが、女性と同じように育休や病児休暇を取得しています。この夏もある男性医師が6月から9月までの3ヶ月、夏の最も良い時期に育休を取り、水面下で顰蹙を買っていたくらいです(育休取得希望は拒否できないので、休暇希望よりも優先されるからです)。我が家も、夏休み期間は病院では人手不足であることもあり、夫が送り迎えを毎日担当してくれています。私は家族がまだ寝ている間に出勤しています。通常の期間であれば、多少の送り迎えをすることもありますが、やはり帰宅が不定時になることが多いため、研究者である夫に迷惑をかけて甘えてしまっています。 今回の騒動に絡んで、読売新聞からインタビューを受け、ちょこっと名前入りで記事に登場しました。8月8日付の朝刊3面です。ジャーナリストからすると、「手術の執刀医となっている日に病児休暇を急に取ることになった場合、代わりの執刀医を用意したり、代わりがいない場合は手術自体をキャンセルすることもある。」という事実は衝撃的だったようです。確かに、日本だったらありえないでしょう。40度近く熱があっても、座薬を使いながら働いたという経験もあります。今までに欠勤したのは、ノロウイルス感染で下痢嘔吐した時1日くらいです。最も、下痢だけなら勤務したかもしれません。 今後、日本において、医師の労働環境が改善し、育児や家事に関して男女平等化が進み、女性の意識も向上して、このような問題が解決してゆくことを願っています。 医師の労働環境を改善するには、医師の数を増やすのが先ではなく、医師の仕事量を減らすことです。すなわち、病院へのアクセスを制限し、直接医療に関係のないペーパーワークを減らしたり、他業種に委託できる業務を増やすことが必要だと考えています。また、そうしなければ、医療費を抑制することもできません。 また、日本国民の啓蒙。日本の医療システムは、世界で一番患者さんに優しいシステムと言えるのにもかかわらず、国民は医療に不満を持っています。風邪くらいで大学病院の救急を受診する。defencive medicineになってしまうのは、隙あれば訴訟にしようとしている人がいるから。訴訟を煽る弁護士もいる。IC、余計な検査などなどが増え、仕事量、医療費が増える。世紀末的です。多分、一度潰れないとダメなんだろうなあというのが、残念ながら正直な感想です。
カロリンスカ研究所でPhD(博士号)を取得するには、何編かの原著論文を執筆し、数多くのコースを受講し、最終的に一冊のthesisを書き、口頭試問に合格する必要があります。この口頭試問は日本のとは異なり、外部からその分野のエキスパートをoponentとして招き、まず、oponentの講義に始まり、PhD studentのプレゼンテーションが行われ、その後、1時間から2時間に及ぶoponentによる口頭試問になります。そして、数名の審査委員の試問もあります。
この最終的な口頭試問に至る前に、Half-time reviewといって、最終の口頭試問のミニチュア版のような試験がありますが、その審査委員を頼まれて行ってきました。 テストを受けるPhD studentの先生は仕事上良く会う人だったので、逆に少し緊張してしまいました。通常、プレゼンテーションと口頭試問は英語で行われるのですが、今回は他の委員など全ての関係者がスウェーデン人であったため、プレゼンテーションだけが英語で口頭諮問はスウェーデン語になってしまいました。論文やまとめなど、読む資料は全て英語であるため、それをスウェーデン語に切り替えて対応するのは多少労力が必要なのですが、臨床家かつ研究者としての両方の立場からの質問を試み、他の審査員とは毛色の違うdiscussionができたのではないかなあと思います。
審査員を任されたことで、久しぶりに数日集中して論文を読んだりして準備をしましたが、臨床とは全く異なる思考回路を使う必要があるので、普段は休んでいる部分の脳を使った気がして、それはとても心地良いものでした。やはり私は、臨床も研究も両方好きなんだなあと改めて思った次第です。臨床と研究を比べると、やはり研究の方がずっと難しいのですね。臨床は経験を積んでしまえば、大多数の症例に関しては、あまり脳を使わなくても対応することができますが、研究は常に新しいことを考えなければなりません。MDホルダーであっても、研究一本で勝負している人たちがいますが、凄いなあと思います。
研究にも色々な種類のものがあります。最近、臨床部門の医師は、所謂、バリバリの基礎研究をする人が少なくなっています。後輩たちも、短期間で、かつ、negative dataでも論文になる臨床統計でPhDを取得する人ばかりです。私は、生物学、分子生物学の分野でPhDを取得し、ポスドクを2回も経験しましたが、どんなに頑張ってもnegative dataしか出ない期間もあり、そんな期間にやったことは結果に反映されないので、時間も労力も全てドブに捨てた気になって落ち込んだものでした。しかし、新しい仮説を常に考えなければならないことは、臨床統計のような研究ではそれほど必要ではないので、そういう思考回路のトレーニングという意味で、研究に費やしてきた時間は無駄ではなかったのかもしれないと思っています。若い先生方にも、是非、そのような研究に費やす時間を持ってほしいなあと思いますが、時代の趨勢に逆らうのは難しいですね、、、。
すっきりとエレガントにまとめられ、質疑応答もそつがなかったHalf-time reviewでした。 1ヶ月ほど前、夜の9時近くに緊急手術で呼ばれた時、車の中からの写真。オープンしたてのメインビルデイング(A棟)です。9時近いというのに、すでにこれだけ明るい。夜中にオペが終わった時は、流石に暗くなっていましたが。 このA棟に我々の外来もあります。A棟はSolnavägenに面していて、向かい側はカロリンスカ研究所。鏡で覆われた奇妙な建物はAula Medicaと呼ばれているメインのビルです。その向こうに最近完成したのが、数千人の研究者が働く研究棟、Biomedicumです。 このビルと病院サイドの研究棟がスカイウエイでSolnavägenを越えてつながっています。 新病院と旧病院の間には複数のスカイウエイがあり、ちょっとした未来都市。地震大国日本では考えられないことです。 子供病院も一角にありますが、病棟の外にはこのような遊び場が用意されています。
正面玄関の横には、ストックホルムでは有名な老舗のベーカリー、Vete-Kattenが店を構えました。 これからは、病院でも美味しいケーキやサンドイッチが食べられるかもしれないと思うと、かなり嬉しいです! 日々の生活の中で、子供たちの成長を感じる瞬間が多々あります。毎日忙しくしているため、そのほとんどを忘れ去ってしまいがち。本当はその都度、記録しておけば良いのになあと思うのですが、なかなか難しい。
今日は、ちょっと感激した息子の成長について。親バカですのでご容赦を。 保育園に登園するのはいつも朝早いため、うちの子供達以外にはほとんど子供がいないことが多い。お迎えの時は園庭で様々な年齢の子供達と混ざって遊んでいてるため、小さな子供達が車椅子に座っている夫に近寄ってきて、「どうして車椅子に座っているの?」と聞いてくることが良くあります。通常は夫が、「オートバイを早く走らせすぎちゃって転んで怪我しちゃったんだよ。」と説明します。 最近、あるおチビちゃんが同じ質問をしてきた時、息子が代わりに答えました。 「オートバイで転んで、足につながっているケーブルが切れちゃったんだよ。でも、手につながっているケーブルは切れなかったんだ。」と。 足につながっているケーブル(神経)の話は子供達にしていましたが、手のことは話したことがなかったため、ビックリしました。それでも、息子は自分なりに解釈して、手についても説明したことは感慨深く、このような抽象的な事象に関しても理解し始めたことに驚きました。人間の子供ってすごいなあと思います。
今週は快晴が続いて夏日のスウェーデンです。 ストックホルムから200キロメートルほど離れた街に行く用事があって、その街にある公園に立ち寄りました。その公園で、周りに生えている菜の花を摘んでは馬にあげていたのですが、小さな子がいきなり息子が摘んできた菜の花を取ってしまいました。その子もきっと馬にあげたかったのだと思います。息子はどうするかなあと見ていたのですが、何も言わずに、また、少し離れた菜の花を摘みに行きました。その小さな子のお母さんは最初は驚いて、「人のを取っちゃダメ」と注意したのですが、その子に菜の花をあげたままにした息子に、「ありがとう」と言って頭を撫でてくれました。
自宅では双子の姉しかいないため、年下の扱いには慣れていないはずなのに、保育園の集団生活を通じて、年下に優しくする心が育っていることを知り、とても嬉しく思いました。 |
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