アルベドン(Alvedon)というのは、スウェーデンでおそらく最も頻繁に使われている鎮痛剤です。一般名は、Paracetamol、日本では、アセトアミノフェンとして知られています。
手術後は、これを1回1グラム、一日4回、患者さんに内服させるのが一般的です。
結構、大きな錠剤なので、内服するのも大変なのですが、処方箋なしでも薬局で購入できるため、広く使われています。また、非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)と異なり、胃や腎臓に優しいのも長所です。
さて、オバマ大統領に何をアルベドンから学んで欲しいかは、この記事の最後に述べるとして、今回は、「Osama bin Ladenの死」を巡って感じたことを書いてみたいと思います。
2001年9月11日から10年が経とうとしている今年、オバマ大統領はアルカイーダの指揮者、ビン・ラデン容疑者の殺害計画に成功しました。
ビン・ラデン死亡が伝えられた先日、アメリカの新聞の一面には、鬼籍に入ったビン・ラデンに対する憎悪の言葉が踊りました。
多くのアメリカ人は、ビン・ラデンの死を祝い、アメリカ中が喜びに湧きました。
オバマ大統領は宣言しました。
「Justice has been done!」 正義はなされた!
Justiceとは何でしょう。
ビン・ラデンを容認する訳ではありません。テロは決して許されるものではありません。
それでは、他の国に無断で武装部隊が侵入し、法の裁きを受けていないものを殺す、しかも、罪の無い人間を巻き添えにする、これは果たして正義でしょうか。
正義とは、テロの首謀者としてのビン・ラデン容疑者を拘束し、裁判で罪を明らかとし、裁くことではないでしょうか。
民主主義を歌う法治国家の代表であるアメリカの大統領の、ビン・ラデン殺害計画も、テロと言われてもおかしくないかもしれません。そして、ビン・ラデン殺害はテロの終焉ではないのです。むしろ、次章の始まりであるかもしれません。
パキスタン議会は、このアメリカの行為を、「主権の侵害」と非難しました。最低でも5年間という長きにわたって、ビン・ラデンがパキスタンのその地に潜伏できたことより、パキスタン内に彼を支援するグループがあったことは間違いないとみられていますので、パキスタンの見解は「ポーズ」でもあるのでしょうが、正論でもあります。
大国、アメリカをしても、ビン・ラデン殺害までに、10年近い年月と、2兆ドルともいわれる膨大な資金を要したことを考えると、ビン・ラデン拘束は非常に困難なタスクであったことは間違いありません。しかし、いかなる極悪人でも、法で裁かれる権利があります。それを無視して、「拘束は選択肢になかった」とするアメリカのやり方には疑問が残ります。大きな問題であるからこそ、その対処は正しいものでなければなりません。しかし、愛国心の強いアメリカ人にとってアメリカは正義。ビン・ラデン容疑者の死を祝って、狂喜乱舞するアメリカ人。そして、いともたやすくプロパガンダの餌食になるアメリカ人。オバマ大統領の支持率上昇にも、それが端的に現れています。しかし、ときに、度を過ぎたとも思えるアメリカ人の愛国心を感じるのは、別に今に始まったことではありません。
どちらかというと、私は、アメリカ人の愛国心やパワーに、圧倒されることが多かったし、そのエネルギーをうらやましく思うことさえありました。大学に入学して20歳の誕生日を迎える頃、初めてホームステイで渡米したときの感想がまさにそれでした。
「911」の直後の2002年、ソルトレークシテイーで冬季オリンピックが行われました。そのとき、女子フィギアスケートで金メダルを取ったのは、ニューヨーク出身の16歳のSarah Hughesでした。Exhibitionで彼女が花束を持って登場したときのことを、覚えていらっしゃるでしょうか。
事前に彼女が録音した、「911」の犠牲者に対する追悼、そして、アメリカを讃える言葉が流れました。花束は、犠牲者への献花として、氷上に置かれました。
16歳の少女がこのようなパフォーマンスをする(させられる)。オリンピックというスポーツの祭典の場で、この行為がとても美しいものとして歓迎されたことに、違和感を持ったことを覚えています。
そして、先日、オバマ大統領の、CBSによるインタビューを締めくくる言葉には、驚愕するとともに、失望しました。
Youtubeからのコピーができないので、こちらからご覧ください。
13分11秒の映像ですが、最後の12分40秒から、
「Justice was done and I think that anyone who would question the perpetrator of mass murder on an American soil did not deserve what he got needs to have their head examined.」
「正義はなされた。アメリカの地における大量殺人の容疑者が、この仕打ちに値することに疑問を持つ人間は,頭の検査を受けるべきだ。」
何という偏見に満ちた言葉でしょうか。これはとんでもない失言と言えるでしょう。
これがノーベル平和賞受賞者の言葉でしょうか。
アメリカは名実共に、世界一の大国です。
大きくて力があるものは、優しくなければならない。正しいことをしなければならない。
かなり重い話題だったので、最後は微笑めるように、「おち」を考えました。
私の大好きなスウェーデンのテレビの広告が、鎮痛薬、「アルベドン」の広告です。
「Är man stor och stark måste man vara snäll」 (大きくて強い人は優しくなければいけない)
つまり、
「アルベドン錠は大きくて、よく効く鎮痛薬だけれど、胃に優しい」
ということを表現するために、素敵な広告をいくつか流しているので、それをご紹介。オバマ大統領にも是非見てほしいものです。
私の一押し!可愛すぎます。
こちらは何ともユニーク。
重い話題のあとに、少し微笑んでいただけたかしら、、。








こんにちは。
このニュースを知ったとき、やっぱりアメリカはアメリカなんだな、と改めて実感しました。
日本が原発でくるしんでると知って駆けつけてくれたアメリカと、ビン・ラディンを殺したことに熱狂しているアメリカ。まるで別の国のようだと私は感じました。
先進国であり国連加盟国のアメリカが「目には目を」的なやりかたで容疑者といわれている人物を殺害。
あのテロで亡くなった人たち、そして遺族の方々はこのニュースを、天国でそして現実の生活のなかでどう感じているんだろう。
このビデオの熱狂している人たちの様な喜び方をするだろうか、と考えています。
遺族の方達はもちろん世界中がビン・ラディンに「なぜ?」「どうして?」と公式な場で問い、そして裁かれることを望んでいたのでは、と思わずにはいられない。
オバマ大統領だけでなく世界中の人に「正義」とは何かを、このアルベドンのCMを見て考えることができたらいいのにな、と白ワンちゃんを見ながら思いました。
アルベドンのCMはどれもこれも優しさが溢れていて私も大好きです!!
りえさん。いつも直球のコメント、ありがとうございます。
正しいことも、やり方が正しくないと、正しくなくなってしまいますよね。
アルベドン、アストラゼネカさんだとは知りませんでしたが、なかなかやりますね。
ビン・ラディン殺害のニュースが流れ、人々が喜ぶ様子を見て、「あれ・・・?人が死んで喜ぶって何か異様ではないか?」と疑問を感じられずには居られませんでした。ビン・ラディンについては生きて捕えたとしてもいろいろ問題があり、殺してしまっても問題があり、生かしておいても問題があり・・・でいったい何が一番よい方策なのか、私にはまったく分かりません。ただ1人の人間を殺して英雄になるというのは、いくら考えても納得できません。「よく殺した!」って褒められるのならば、例えば身内を殺された一般人が殺人犯を報復として殺すのは正当化されなければおかしいですよね?この問題について考えだすと訳が分からなくなります。「・・・頭の検査を受けるべきだ。」というオバマ大統領の発言が本当ならばノーベル平和賞は剥奪されるべきでしょう。どんな状況であれ、殺人を正当化する人物がノーベル平和賞というのは納得がいきません。しかし。このオバマ氏の発言が各国メディアで取り上げられないのはどうしてなのでしょうね・・・?
Naoさん、重い話題にコメントありがとうございます。
殺人事件の被害者の家族は、犯人が死刑になることを望むことが多いですが、自分で犯人を殺したら同じ殺人犯になりますよね。オバマ大統領のくだんの発言は、大きな失言だと思います。何とも情けない、、、。
初めまして!スウェーデン中部在住のPlommonfeltと申します。
いつも、密かにこちらのブログを楽しませていただいております。素敵なインテリアやお料理の数々も参考にさせて頂いています。
>他の国に無断で武装部隊が侵入し、法の裁きを受けていないものを殺す、しかも、罪の無い人間を巻き添えにする、これは果たして正義でしょうか。
↑↑私もこの件が報道されたときに全く同じ事を思いました。米国が911で多くの犠牲者を出したことは本当に悲しい事ですが、とは言えこのような行動は米国のパフォーマンスにしか思えないですね。そしてこのような雑誌の表紙にしろ、大喜びする民衆の報道を見て、他国の多くは皆「・・・」となっていたはずです。
AlvedonのCMは、私も一番のお気に入りです!いつもこのCMを見るたびに、体の大きい夫に「Är man stor och stark måste man vara snällだよ!」と「小柄の私には優しくしろ!」という意味でジョークで言います(笑)
Plommonfeltさん。はじめまして!素敵なハンドル・ネームですね。
デリケートな問題と思いながら、重い腰をあげて書いた記事ですが、複数の方に同じ気持ちを表現していただいて、とても嬉しく思います。
体格の良いスウェーデン人男性には有効なCMですね。やはり、彼ら、バイキングだけあって、「でかい」ですよね。
感覚的には皆さんと同じで米国民の狂喜、オバマのスピーチにも違和感を感じました。しかし、彼らはとてもおかしいと言いきれない自分がいます。それはテロで亡くなった日本人、拉致された日本人がいても同情するし親は本当に可哀想だと思う一方でどこか他人事ですませてしまう。決して怒らない。もし自分の家族、友達が拉致された人を奪還するために戦い、命を落とし、最終的に拉致首謀者を殺害したら、もしかしたらホッとするかもしれません(狂喜乱舞はしないし裁判を望むとは思いますが)。最近読んだ藤原正彦の「日本人の誇り」の影響受けすぎかもしれませんが、日本、日本人はとても素晴らしい。しかし、日本が抱える多くの問題の根っこは私も含めた多くの日本人の当事者意識の欠如(平和ボケ)なのではないかと。。。すみません。自問自答のボヤキだと思って下さい。
鉄鉢袋先生。複雑な気持ちを吐露していただいて有難うございます。
おっしゃることはわかります。しかし、これでテロは終わった訳ではありません。彼らがどうしてテロを行うに至ったのか、これからテロを防ぐには、どうしたら良いのか、そんなことを検討するためにも、犯した罪を償うだけではなく、その過程が裁判と言う場で検証される必要があったと思います。日本人に比べると、アメリカ人の当事者意識はすごいと思います。同時に、それはプロパガンダの影響によるものも多いのではないでしょうか。日本では、逆に、ポリシーのないマスコミに国民が操られやすいようです。政治家を含めて、常にoppositionの立場では強がっている、、、。何事も反対するのは簡単で、リーダーシップを取るのは難しいです。こちらもボヤキでした、、、。
最後のCM 本当に 最高の「おち」です、先生。
コメント、遅くなりました。
この問題について、皆さんのように こう 意見を述べる
までには 私はまだ いたりませんが
平易に・・・。
一昨年、弟のMBAの卒業式があり、アメリカに参りました。
1人 シカゴに残り、最終日 観光をする中で、
あるビルのエレベーターで、そして 乗り物の中でも
イラン系と思われる家族や人に出会いました。
一瞬は ドキリとしましたが、
そのベールをかぶった女性が動かすベビーカーの赤ちゃんは、
私の微笑み(実際は、ベロベロバ~)
に、愛らしい顔で 微笑を返してくれ、
「ミス 写真を撮ってください」と、
青年は にこやかに話しかけてくれ、
地下鉄では、席の荷物をよけてくださり、
それは 旅の いい思い出でした。
なぜ、このような いい、普通の交流があるのに
9.11のような事件が起こり、いがみ、殺しあわないといけないのか
素朴ながら 思ってしまいました。
源は、歴史上も深く、なかなか難しい問題ですが、
普通の会話、日常ができる こんなささやかな日常が、国レベルに
なればいい と思った旅でした。
ガムラ スタンさん。CM、気に入っていただけて嬉しいです。
シカゴで経験なさったことも、また、この世の真実に違いありません。
ささやかなことが、あたりまえでないことは、とても悲しいことですね。
今更のコメントですいません・・・でも、私もこれをニュースで見たときにびっくりしました。1国の大統領の言うべき言葉ではないし、本当、ノーベル賞剥奪されるべきだと思います。
いくら犯罪者でもいきなり殺していいわけがありません。裁判にかけるべきです。しかも人の国に無断ではいって勝手なことをする・・・水葬というものおかしな話です。今回のことは自分がなぜアメリカを離れたかって言うのを思い出さされたことでもあります。語り始めると長くなりますが。
栗饅頭さん。お元気でしょうか?
アメリカにお住まいになっていらっしゃっただけに、是非、語っていただきたいですね!
世界最強国のアメリカが、間違った行動を正当化することに対して、大きな怒りを覚えます。