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前立腺癌に対する新薬

バブルの終わりに研修医として働いていましたが、あの頃はMRさんの活動が非常に盛んでした。カンファレンスには豪勢なお弁当が届けられ、定期的に「鉄人のレストラン」などの豪華レストランでの接待もありました。女医さんを招待できないような接待も。バブルもはじけて、製薬会社の接待への規制も強まり、殊に、国立大学へ勤務していた頃は接待は殆どありませんでした。

スウェーデンでは、日本のような接待はありません。日本では「薬の説明会」に豪勢なお弁当が出ることは当たり前でしたが、スウェーデンではサンドイッチとか、ケータリングのランチだったりします。その反面、ヨーロッパ泌尿器科学会やアメリカ泌尿器科学会といった大きな学会への旅費援助や、講師を招いての講演会と夕食会が組み合わされるような企画があります。

今回は、ランチタイムを使って、前立腺癌に対する新薬の説明会がありました。前立腺癌の腫瘍マーカーであるPSA(前立腺特異抗原)が臨床の現場で使われるようになってから20年ほどが経ちました。そもそも、1991年にNew England Journal of MedicineにPSAが前立腺癌検出に有用な腫瘍マーカーであることが発表されたのが始まりです。PSA導入以前では、前立腺癌を早期に発見することは難しく、当時はD2癌(骨転移あり)が多かったように記憶しています。前立腺癌全摘は転移のない早期の局所癌に対して行われるため、手術症例自体、殆どありませんでした。早期癌に対しては、患者さんの年齢や全身状態、症状、癌の悪性度などによって、経過観察、外科的治療、放射線治療、ときにホルモン治療が行われます。進行癌、殊に、転移を有する癌の場合は、局所療法である外科的治療や放射線治療の適応ではありませんので、全身療法であるホルモン療法の適応となります。

 

アンドロゲン(男性ホルモン、テストステロン)によって前立腺癌は増殖します。テストステロンの殆どは精巣から、5%ほどが副腎から産生されます。

このため、前立腺癌のホルモン治療では、抗テストステロン剤や、テストステロンの合成を刺激するLH-RHという視床下部から分泌されるホルモンの類似薬を与えることにより、精巣からのテストステロンの合成 を抑制する方法があります。後者は薬物的去勢とも言われ、以前は外科的に去勢術を行っていましたが、現在では3ヶ月に1度の注射で済む薬物的去勢が主流になっています。

ホルモン治療は殆どの症例で初期は非常に有効ですが、時間とともに癌が治療に反応しなくなり、PSAが上昇してきます。以前はこれを「ホルモン抵抗性癌」と呼んでいましたが、現在では、「去勢抵抗性癌」と呼ぶようになりました。なぜなら、この癌は体内に低濃度存在する副腎からのテストステロンや、癌細胞自身が産生するテストステロンにより増殖することがわかってきたからです。去勢抵抗性癌に対する治療は、女性ホルモン治療、そして、抗癌剤である、タキソテールによる治療があります。スウェーデンでは、タキソテールは、転移と転移による症状がみられる場合に癌専門医によって行われます。タキソテールの効果も期間限定で、タキソテールが効かなくなった癌に対してはお手上げ状態でしたが、そんな癌に対しても有効なのが、この新薬、Abiraterone(Zytiga)です。

男性ホルモンを含め、ステロイドやアルドステロンなどのホルモンは、体内でコレステロールから形成されます。

ホルモン生成のステップにはそれぞれ酵素が必要ですが、テストステロン生成に必要な酵素に17α-hydoloxylaseがあります。Abirateroneは、この酵素の働きを阻害することによって、テストステロン生成をストップさせるのです。

通常のホルモン療法では、副腎由来、あるいは、腫瘍由来のテストステロン生成をストップできず、それら微量のテストステロンによって腫瘍は増殖を続けます。

ところが、新薬Abirateroneは、テストステロン生成を全てストップさせることができるのです。

今年の5月のNew England Journal of MedicineにAbirateroneが転移性前立腺癌患者の生存を延長したという論文が載っています。

生存率だけでなく、疼痛の軽減にも非常に有効であるそうです。

Abirateroneは、外科的去勢あるいは薬物的去勢と共に用いられます。また、17α-hydoloxylaseを阻害することによって鉱質コルチコイドが上昇し、低カリウム血症などの副作用が出るため、ACTHを抑制するステロイドと併用します。食前2時間内あるいは食後1時間内の内服は避けます。これは、食事に含まれている脂肪の影響を最小とするためです。

適応はタキソテール不応性の転移性前立腺癌。治療法が無くなった前立腺癌の患者さんには福音となる新薬です。一日4錠1000mg。一ヶ月の薬剤費は3万クローネ(約36万円)ほど。スウェーデンでは、薬剤の自己負担最大限度額があるため、患者さんがこの薬剤費を負担する必要はありませんが、各診療科の負担となるため、適応決定は厳密にしなければなりません。日本では、高額治療であっても、適応決定が患者さんの意思に強く影響されます。日本の医療費が増加し続ける理由の一つには、治療適応を患者さんの希望により決定しているという事情もあると思っています。死期の近い癌患者さんに、「家族の希望」により、治癒の可能性のない上、副作用の強い抗癌剤治療をすることは日本では珍しくありませんが、それは製薬会社の利益に貢献するだけで、人道的にも医学的にも、さらに、医療経済的にも好ましいことではありません。

Abirateroneは日本ではまだ承認されていませんが、承認されれば、この薬を使用したことのない患者さんであれば効果が期待されますし、Abirateroneには大きな副作用がないため、患者さんにも優しい治療だといえます。しかし、高額な薬であるため、希望する人が全て治療を受けられることにはならないと思います。前立腺全摘術にしても、開腹手術よりロボット手術の方が、あらゆる面で優れているにもかかわらず、100万円ほどの個人負担ができなければ、優れた治療を受けることができないという、アメリカ的な面もある日本の医療現場。それでも、今のところ日本国民は比較的平等な医療を提供されていると思いますが、高齢化、医療技術の進歩により、医療費は確実に増加する中で、「無駄な」医療費を削減しなければ、日本の医療は近い将来必ず崩壊します。世界に誇れる医療技術を有している日本であるのに、このままでは自滅してしまうというのが、日瑞両国で医師として働いてみて思うことです。Abirateroneの話題から随分離れてしまいましたね、、、。

4 comments to 前立腺癌に対する新薬

  • 鉄鉢袋

    日本の学会で無駄な検査をやめよう、治療も控えようと言うと全く受けません。過剰な診断・治療して病院の儲けを増やす人が良い評価さえ得てしまいますよね。政治も困ったもんですが医者の頭を変えるのも大変です。日本にも新薬は少しずつ入りそうな気配ですが、米国の前立腺癌ガイドラインに乗っているワクチンは高額すぎるなどの問題があり難しいかもしれません。N Engl J Med 2011;364:2055のレビューがまとまってます。いずれの臨床試験も数百~数千の患者が対象ですが、これも米国の医療格差を表す一端で、高額な新薬を無料で副作用をみながら実施してくれるので多くの患者は飛びつくようです。医療格差が世界の新しい治療方針を展開してくれている!?皮肉な話でもあります。

    • 鉄鉢袋先生。日本では無理でしょうね。医師がdefensive medicineに走るのは、今の日本では当然です。一度崩壊しないと、日本は学ばないのではないでしょうか。日本の医療システムは、世界に誇れるほど患者さんに優しいのに、それを理解しない日本人。マクロの医療を考えずに、私利に走る一部の医者、、、。八方塞がりですね。

      新薬が入ったとしても、例えば、Abirateroneは日本では低所得者は受けられない治療になりますね。スウェーデンでは誰でも治療が受けられます。スウェーデンの医療システムの欠点も多々ありますが、医療の平等に関しては、感心せざるを得ません。

      お勧めのレビュー、チェックしてみます。ありがとうございます。

  • ickeruswader

    夫婦で耳鼻科しています。夫がおそらくmCRPCでchemo
    より まずAbiraterone を使おうと2人で話し合いました。日本では未承認なので並行輸入することにしましたが 薬の量はどう決めていけばいいのでしょうか?ホルモン分泌に関しては人種や体重に関係しないと考えればいいですか?日本で現在行われているphaseⅢについては知る手立てがありません。また夫は糖尿もありインシュリンで 今はよくコントロールされています。Predonineを 10mg/day 併用しますがDM患者については 記載が見当たらないようなので Swedenで実際使われてどうでしょうか?教えてください。1979-1981に旧西ドイツのDuesseldorf Uni のLaborにいました。カロリンスカ大学で学会があっておんぼろ車で行ったなつかしい思い出です。

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