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クリスマス

クリスマス休暇も終わった週明けの今日、12月29日、日本なら御用納も済み休暇モードのところを、スウェーデンでは通常業務の始まりです。ロボット手術が5件、そのうち2件を担当しました。明日も2件、その上オンコールです。

 

さて、今年のクリスマス・イブは、義理の姉のところで集まって祝いました。

双子と早目に退散することを考えて、2時過ぎに集合。クリスマスに合わせて、赤系の洋服を着せてみました。まだまだ髪の毛が少ない「わたし」ですが、エステル王女を真似て赤いリボンのヘアピンを付けてみましたよ。Farmor(父方の祖母)のお膝で、変顔。

 

Estelleはこんな感じ。これ、一年前?

こちらが、今年でしょうね。大分毛が伸びました。

Farfar(父方の祖父)と従兄弟と。

15時にKalle anka(ドナルドダッグ)の番組を見て、お食事して、その後に、誰かがサンタさんの扮装をしてクリスマスツリーの下に用意されているプレゼントを配りにくるのがスウェーデンの慣習。

初めて見るサンタさんに、双子は怖がって大泣き。それを見て大人は大笑い。

涙を拭き拭きプレゼントを受け取った「ぼく」。しばらく恐怖でおののき、お兄ちゃんに抱きついている「わたし」。

そのうち落ち着き、プレゼントを開け始めます。

イブの集いの他にも、pepparkaka(スパイスクッキー)を作ったりして、クリスマスの休暇は過ぎてゆきました。外気は零下10度くらいに冷え込んだため、室内でゆったりと過ごしました。

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ノーベル賞晩餐会

ノーベル賞シリーズもこれが最後です。

授賞式終了後、バスに分乗して晩餐会会場のストックホルム市庁舎へ。

招待状には、名前だけでなく、バーコードもついています。招待状と身分証明書をスキャンして入場。会場には、70ページ弱の小冊子が積んであります。

この小冊子が座席表。

最初のページは、ノーベル財団の招待客。王族と受賞者です。今年初めて、マデレーン王女の夫、クリスと、カールフィリップ王子のフィアンセ、ソフィアが出席しました。

最後のページには、テーブル配置。

招待客の名前はアルファベット順に並んでおり、テーブル番号と席番号がわかるようになっています。

タイトルのある人は、タイトルとともに。私は赤崎先生とその家族、天野先生の家族、そして化学賞のHell教授の家族と同じテーブルになりました。

右下が王様、右隣に生理・医学賞のMoser教授(妻)、ダニエル王子、ダニエル王子の右隣は、Hell教授の妻で、彼女も教授。前回の記事で述べたように、夫妻ともに教授や、妻が准教授や博士などのタイトルを持っているカップルが多いのには驚かされます。日本では、成功する夫の伴侶は専業主婦が多いはず。

 

オナーテーブル以外の招待客が着席し、王族ほかオナーテーブルの招待客が2階からの階段から入場します。夫妻ではないペアの男女で入場しますが、婚約中のカールフィリップ王子は例外。

マデレーン王女はHell教授と。マデレーンのドレス、好みです。

 

婚約中のカールフィリップ王子とソフィア。彼女は刺青を入れていたようですが、婚約に際して密かに手術して消したという噂。

こちらは、晩餐会前後に撮影されたシルビア王妃、マデレーン王女と、Hell教授夫妻と3人の子供達。9歳の双子の男の子と、5歳の女の子。この子達の隣に私は座りました。

ノーベル財団理事長と国王による2回の乾杯でシャンパンを味わいます。

この晩餐会では、王族や著名人のファッションが注目を集めますが、ビクトリアの真紅のドレス。本来サッシュは直に皮膚に触れてはいけないのだそうで、彼女のオフショルダーのドレスは、そのルールに抵触するとかで、批判がありましたが、美しかったです。

ソフィアのドレスも良かったです。女性でも胸の谷間が気になります、、、。

ジャーナリストがいろいろな人にインタビューしていましたが、一人だけ振袖を着ていた天野先生のお嬢様が英語でインタビューされていました。

そして、Hell教授の双子。インタビュアーのEbbaは王室御用達?のジャーナリストとして良く知られています。

双子の5歳の妹。彼女は最も若い招待客だったに違いありません。

化学賞の代表挨拶はHell教授でしたが、まだ英語のわからないHell教授の子供達は、どんな気持ちでパパを見つめていたのかしら。

シャンパンでホロ酔い加減の私です。

 

会場にはスウェーデンの各大学の旗が集められていて、学生が旗手を務めています。テーブルから2階を見上げたところですが、美しいですね。

アトラクションも、お食事も、招待客同士の会話も、全てが特別で、私も楽しむことができました。

次の日の大手術がなければ、ダンスにも参加したのですが、王族が退席してすぐ私も会場をあとにしました。

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ノーベル賞授賞式

ノーベル授賞式の日を、振り返りたいと思います。写真は、iPhoneでの撮影がさほど綺麗でなかったため、新聞などから拝借。

招待されるとは思っていなかったので、当日午前中は外来診療が既に入っていました。外来診療を済ませて帰宅。また、着用予定だったドレスはネットでオーダーしていましたが、結局間に合わなかったため、手持ちのドレスの中から急遽選ぶことになりました。ドレスコードは、女性はイブニングドレス、男性は燕尾服と決まっています。 私のドレスは、プレーンな黒のロングドレスだったため、大きめのバロック真珠のネックレスとお揃いのピアス、真珠のリングと、普段は使えない大きめダイヤのリング、大好きなカルチェのドレスウオッチを合わせました。

生憎の小雨模様、コンサートホールは美しくライトアップされて、リムジンが並んでいます。青いナンバープレートは外交官プレート、その中でも、1Aで終わるものは、各国大使のナンバーです。大使に限り、コンサートホール前に駐車でき、コンサートホールの周辺の車の進入は完全に閉鎖されます。

授賞式は何回も出席していますが、今回は初めて舞台近くの席に着席しました。

通常、王族メンバーは全て壇上に座るのですが、今年は国王、王妃、皇太子ビクトリアとダニエル王子の4人だけで、カールフィリップ王子とフィアンセのソフィア、マデレーン王女と夫のクリスは壇下の最前列に座りました。

ビクトリアの真紅のドレスはとても素敵でした。しかし、エキスパートからクレームがついたとか。この点は後ほど。随分、痩せてしまっていて(実物はもっと痩せて見えました)少々心配になりました。

日本から受賞の物理学賞の3氏については、すでに良く知られているため省略。

カロリンスカに選考委員会のある生理・医学賞は、脳に存在するGPS細胞の発見に。

ノルウェーから、Moser夫妻。

彼らは大学時代の同級生。かれこれ30年一緒にいるそうです。写真は若き日の夫妻。

彼らのラボには100人以上のメンバーがおり、受賞の知らせに大喜び。

彼らには医学部に通う二人の娘がいます。

授賞式には、ニューロンをイメージした大胆な模様の入ったドレスで。

大学の同級生が、仕事でも家庭でも同志として30年、愛の結晶はノーベル賞と二人の娘。こんな幸運はまずあり得ませんね。

化学賞は、次の3人。

ペア受賞ではありませんが、右手のBetzig氏の妻は、彼のリサーチグループで働く研究者Na Ji。

晩餐会の席順は小冊子に印刷されているのですが、名前とタイトルが記載されています。日本からの受賞者のパートナーはタイトルなし(妻という記載のみ)なのですが、海外の受賞者や、招待客は夫婦ともにタイトルがある場合が多く、日本では未だに男の成功の陰には家庭を支える妻が必要なのだなと感じました。ちなみに、晩餐会では各賞から代表で一人ずつ挨拶があるのですが、物理賞は中村先生でした。そして彼のスピーチの中で、「Thank you for letting me work hard」という言葉が、会社や同僚、家族に対して投げかけられ、聴衆の笑いを誘っていました。きっと、非常に日本的で、殊に、プライベートを大切にするスウェーデン人には、理解できないと思いました。

授賞式のあとは、晩餐会の一般招待客は青いSLバスに分乗して市庁舎へ向かいました。

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STAP騒動に幕

今年の1月、Natrueに発表されたSTAP細胞に関する論文。発表された日から注目していました。カロリンスカでも、ノーベル賞に値する発見かどうかという噂話をしている人たちがいました(もっとも、選考委員会に近い人たちの意見は、「既にstress-induced multipotential cellが報告されているし、無理だろう。」といった感じでしたが。)。

「リケジョ」などの新語を生むなど、日本では一大センセーションを巻き起こし、小保方氏は一躍、時の人となりましたが、一方、論文の発表直後から、論文の信憑性についての議論が始まりました。

小保方氏が、「してはいけないという認識がなかった。」とした、電気泳動のバンドの切り貼り。

蛋白実験や遺伝子解析を扱う研究をしたものであれば、これだけでアウトと考えるのが自然なのではないでしょうか。私もその一人として、そう思いました。全てのレーンが論文掲載に堪え得るクオリティのものが得られるまで、何十回でも、何百回でも繰り返すのが常識。それがNatureのようなトップジャーナルであればなおさらのことです。

 

(朝日新聞デジタルより)

 

STAP細胞は体細胞由来の細胞から簡単に万能細胞が作製できるという点が売りであるため、STAP細胞には、体細胞で見られるべき、「T細胞受容体遺伝子の再構成」がある必要性がありましたが、この点が覆ってしまったため、共同著者の若山教授から論文撤回の呼びかけが3月にありました。

その他も、博士論文からの複数の画像の流用や、実験方法の部分における、他論文からのコピペなど、お粗末としかいいようのない捏造疑惑が次から次へと明らかになります。通常の科学者であれば、もはや論文撤回は当たり前、呆れを通り越して怒りさえ覚えたのではないでしょうか。その中で、日本の誇れる研究者である笹井氏が、小保方氏を庇い続けたのは不思議でした。カロリンスカでも再生医学の分野では良く知られていた笹井氏は、将来、ノーベル賞を取る可能性もあるとされていたようです。ノーベル賞を取るためには、優れた科学者であるだけではなく、類まれな運を持っていなければなりません。言い換えれば、天才と言われるまで優れている必要はないけれど、強運がなければいけないと言えるかもしれません。そういった意味では、笹井氏は天才的な研究者だったようです。そして非運、悲運の。iPS細胞では、当時、世界中の多くの研究者が同じ手法でiPS細胞の作製を目指しており、iPS細胞の作製に成功しノーベル賞に到達することは時間との競争で、新しい発想が必要だった訳ではありません。つくづく運命とは皮肉なものだと思わざるを得ません。

そして、今年の8月5日。悲劇は起こりました。天才的研究者、笹井氏の自殺。遺された複数の遺書から、知られていなかった真実が明らかになるかとも思いました。「小保方さんのせいではありません。」「STAP細胞を証明してください。」「新しい人生を歩んでください。」などの表現を目にしたとき、私は、彼は彼女を本当に大事にしていたんだな(愛していたんだな)、と思いました。STAP細胞がないことはすでに彼は知っていたはずなのに。理研内では、映画「ボディーガード」で、ホイットニーヒューストンを守るケビンコスナーを気取っていたそうですが、自分の死に際しても、彼女を守ろうとした、、、、。笹井氏には妻子もいたようですから、人目を憚る関係であったのでしょうが、研究所では大手を振っての同志。研究の道に足を踏み入れた女性が、天才肌の研究者に恋し、男盛の研究者が、日夜傍にいて研究に邁進する妙齢の美しい女性に心を奪われるのも不思議ではない、というより、そうならない方が不思議です。また、笹井氏ともあろう人が、STAP細胞が存在しないことや、小保方氏が研究者として稚拙であることを、認識しなかったはずがありません。少なくとも、論文がpublishされたのち、様々な疑惑が沸き起こったあとは。勿論、ことの始まりは、殊に、iPS細胞に再生医学研究におけるひな壇をさらわれたことなどの研究者としての焦りなどがあったのかもしれませんし、故に研究者としての能力を見抜くことは難しいことではなかったはずなのに、目くらましにあってしまったのでしょう。

そして大方の想像通り、STAP細胞の存在は証明されることなく、検証実験は終了。小保方氏が200回以上作製に成功したのはES細胞だったのでしょう。小保方氏は退職。野依氏を冠する理研らしい幕引きです。

小保方氏の研究者としての将来がないのは自明です。多量のコピペが発見された博士論文であるにもかかわらず、早稲田が彼女の博士号の撤回を決定しないのもおかしな話ですが、捏造論文で教授職を得ても、教授職に留まることのできる日本ですから、所詮、そんなものなのかもしれません。

 

自己責任とはいえ、小保方氏に出会ったことが悲劇の始まりとなり、自らの命を絶った笹井博士。日本も世界に誇れる研究者を失いました。悲しいことです。Nature blogも笹井博士の死に際してコメントを出しました(記事)。

彼の死を止めることはできなかったのか。私が小保方氏で、本当に彼を愛していたなら、「捏造は全て自分がやった。彼の責任ではない。」と言ったと思います。そして、おそらく、それが真実だろうと思います。研究者でない人は、「彼は指導者なのだから、彼女の不始末は彼の責任。」と軽々しく言いますが、何千という実験の全てをコントロールすることは、指導者であっても不可能に近いことです。このあたりの事情は、やはり経験者にしか理解できないのか、非研究者と研究者、文系研究者と理系研究者、また、理系研究者であっても、同じような実験系を使う研究者と使わない研究者とでは、意見が異なっているのが印象的でした。

 

私の気持ちに近い記事を発見したので、リンクを貼っておきます。週刊現代という雑誌がどういう雑誌かは知りませんが、バランス良く(私の好みに)書かれているような気がします。産経のこちらもおすすめです。

最後に、、、。小保方氏が確信犯であったのかどうか、ずっと想いを巡らせてきました。小保方氏が全くのおバカさんで、自分の間違いに気づいていなかった。あるいは、確信犯であった。私の結論は、後者です。おそらく、大学時代に始めたコピペなりの小さな不正が想像以上に有効で、その成功に味をしめ、不正を繰り返した。そして、その不正は徐々に膨れ上がり、後戻りできなくなってしまった、、、。

笹井氏の死という大悲劇をもたらしたことで、彼女が少しでも後悔してくれていることを祈ります。

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ノーベル賞晩餐会のメニュー

いつもながら、記事を更新できるのがいつになるのかわからないため、簡単なところから。

今年のメニューは例年に比べても評判が良かったのではないかと思います。

 

主賓テーブルは80cm幅ですが、それ以外は60cmですので、多少窮屈な感じは否めませんが、オレフォッシュのノーベルのセットがとても美しい。右上のマテイーニグラスがシャンパングラスとして使われます。蓋つきの器の中には、前菜が既にサーブされています。

 

今年のメニューはこちら。

前菜は、カニと野菜のゼリー寄せに、カリフラワーのスープをかけたもの。

実はスープが掛かっていない方が美しいのです。

スープはオマールエビのスープのような濃厚な味。カニがプリプリしていて、とても美味しい。

 

メインは鹿のステーキ。これは絶品でした。付け合わせのマッシュポテトの上にカリカリにローストされた玉ねぎが掛かっているのも、素晴らしく美味しかった。

デザートはお決まりの花火と共にサーブされます。

絵のように美しいデザート。サフランのパンナコッタが美味しかったです。

コーヒーとともにコニャックもサービスされたのですが、翌日大手術があったので我慢。

とはいえ、最初の極上シャンパンでほろ酔いご機嫌な私。

授賞式、(食事以外の)晩餐会については、また改めて。

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3年前の今日

3年前の今日、この街にいました。

街はクリスマスのイルミネーションで美しかった。

数日前に、12年前に抗癌剤治療を受ける前に採卵した未受精卵で出産したというニュースが報道され感動したのですが、実はこの方が採卵したクリニックは私が通っていた西新宿の加藤レデイースクリニックでした。世界に誇れるこのクリニックの凍結技術を取り入れたクリニックに知人の医師が務めていた関係で、不妊治療をお願いすることにしたのですが、彼女に凍結胚盤胞を2つ移植してもらったのが、3年前の今日。3年前には1ミリ以下の大きさだった胚盤胞が、今日の双子に成長してくれました。

涙なしには語れない不妊治療の長い旅。双子に恵まれた今でさえ、思い返すたびに心の古傷が痛むのは不思議。

とても感慨深いです。

最近の双子の成長

双子は、お腹の中にいたとき、そして生まれてからこれまで、同じような環境にいたにも関わらず、性格が全く異なります。

子育てをする上で、遺伝よりも環境が重要だと考えている私でさえも、子供の性格というものは、お腹の中にいるときに、すでに最初のフォームが決まっているのだなと考えざるを得ません。

「わたし」は、「ぼく」よりも少々大人。「ぼく」に好きなものを譲ることができます。「ぼく」が「わたし」の持っているものが欲しくて大泣きしていると、そっと渡していきます。そして、「ぼく」が散らかしたものを、片付けるのも「わたし」。こぼしたミルクをみれば、テイッシュを取りに行って拭いてくれたり。母が扉などを閉め忘れていると、閉めてくれるか、自分で閉めることができない場合は怒って、閉めろと騒ぎます。

「ぼく」は、とても社交的。知らない人にでも、どんどん「Hej!」と挨拶をします。宅配のお兄さんにも、「Hej!」と「Hejdå」を欠かしません。「わたし」は「ぼく」の後ろに隠れています。それなのに、お掃除ロボット、ルンバは大嫌い。ルンバと聞くだけで、大泣きします。「Elias är rädd(エリアスはルンバが怖い)」と言います。パパママに怒られて大泣きするのも「ぼく」。とても繊細な男の子です。怒られたあとは、必ず、「嫌われていない」ということを確認したいのか、ハグを求めてきます。そして、母の服で鼻水を拭く。これがお決まり。

それでも、遊びのイニシアチブを取るのは、「ぼく」。「ユリア!Kom!(おいで)」と叫んで走っていきます。

双子は「おばけのラーバン」、「FindusとPettersson』、「Lilla Anna 」「Alfons』などのスウェーデンのアニメや、「となりのトトロ」、「魔女の宅急便」、「崖の上のポニョ」などのジブリ作品が大好き。多分、「ぼく」の初恋の相手はポニョだと思います。魔女の宅急便のイントロで、ルージュの伝言が流れると、二人とも踊り出します。一回だけでは済まずに、「もっと、もっと」と巻き戻しをせがんで、延々と踊っています。「しまじろう」に出てくるパンダも大好き。「ぼく」の感情移入はとてもすごくて、いちいち感情を込めて解説しています。例えば、燃える火を見れば、「varmt! あついあつい!」と。殆どがスウェーデン語ですが、ところどころ日本語の単語が入ります。日本語は生憎、圧倒的に劣勢ですが、「わたし」は少し興味があるのか、母の言葉を良くリピートしています。

夜はすぐに寝付く「わたし」を先に寝かせるのですが、体の部分を日本語で言ってみたり、歌を歌ったりしているうちに、10分くらいで寝ついてくれます。「ぼく」の寝かしつけは大変。ベッドの上で飛んだり跳ねたり。お腹の中にいたときも、「ぼく」はどんどん動いていましたが、「わたし」は殆ど動かなかった。最悪、2時間くらい寝るまでにかかることもあります。まだ親と一緒の部屋に寝ているので、そろそろ子供部屋に移さないとと思っているのですが、子供部屋が荷物置き場となっており、それを片付けるには、まとまった休みが必要。

保育園は二人とも大好きです。毎日、喜んで通っていて、バイバイも全く涙なし。この8月から大きな子供のグループに入りましたが、2歳児は3人だけ。3歳児がいなくて、4歳児と5歳児です。「ぼく」はもう一人の2歳児の男の子と遊んでいて(お兄ちゃんたちには混ぜてもらえない)、「わたし」は逆にお姉ちゃんたちのお気に入りで、4−5歳児と遊んでいます。「わたし」はお友達の名前を全部覚えていて、しかも、お友達のパパやママがお迎えにくると、誰のパパかママかもわかっていて、「xxちゃんはどこにいるよ。」と教えてあげているようです。スウェーデン人なんて皆、同じような顔に見える私には、仰天の才能。写真は、最近保育園で撮影した集合写真。「わたし」は一人一人指差して、全員の名前を教えてくれます。

 

母の願いは、健康で優しい人間に育ってくれること。そして、今のところ二人とも、喘息気味であるくらいで健康には問題なく、そして、思いやりのある子に育ってくれています。喧嘩もするけれど、二人はとても仲良し。片方の姿が見えないと、片方が心配します。片方が泣いていると、片方がハグしにいきます。どこかに頭をぶつけて泣いていれば、ハグして、頭をフーフーして、なでなでしています。母はそんな二人の姿をみるだけで、胸がキュンとなり、涙がこぼれそうになります。母が「痛い」と言っても同じ。ハグしにきて、フーフーしてなでなでしてくれます。「わたし」が母に何か痛いことをしたときには、「Förlåt, mamma.(ママ、ごめんなさい)。」とまで言ってくれます。そして、とどめの一言は、「Jag älskar dig, mamma! (ママ、愛してる!)」。写真は、上と同じ日に撮影した個人写真。姉弟写真の試みもあったのですが、「わたし」が拒否したらしく、撮影ならず残念。

次の写真は、丁度1年前に保育園で撮影したもの。「わたし」は母と日本へ帰国中だったため、写真はありません。一年間で、ずいぶんしっかりした顔になりました。

来週は、母はスウェーデン社交界デビューです。というのは冗談ですが、ノーベル賞の授賞式と晩餐会に参加してきます。思いがけず招待状が届き、日本人3人が受賞という偶然もあり、出席することにしました。しかし、翌日は手術日、また、双子を家に残したままダンスまで踊る気分にはなりませんが、晴れの晩餐を楽しんできたいと思います。メニューが、楽しみです。

 

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