数日前のこと。出勤前にニュースを聴いていたら、「脊損患者に対する福音」と、最新のLancetに発表された論文の紹介をして、「脊損患者が歩けるようになる!」というような、嘘のような解説をしていました。
2011年5月20日付でLancetに発表されたのは、こちらの論文。
症例は、自動車事故による頚椎7番から胸椎1番の不完全脱臼による下半身麻痺となった、23歳の男性。2006年の受傷後、26ヶ月以上に渡る170回の運動訓練ののち、2009年に電気刺激装置を腰椎1番から仙椎1番のレベルの硬膜上に、手術的に設置した。この装置による硬膜外刺激により、重りによるバランスに対する補助のみで、4分から25分立てるようになった。また、歩行様の足の動きを認めた。
というような報告なのですが、これが、メデイアにかかるとこうなります。
一番ひどかったのが、大衆紙、Aftonbladet。
実は、オリジナルの記事には、「Mirakel- Han börjar att gå」(奇蹟だ。彼は歩き始めた)というタイトルが付いていました。
どこかの新聞ではないけれど、あまりにひどいタイトルだったので、あとで書き換えたようです。うーん、最初のバージョンを保存していなかったことが悔やまれます。
しかし、改定バージョンでも、「下半身麻痺の患者が、治療のあと歩いた。」となっています。
DNではこんな感じ。
少しトーンダウンしています。
そして、SvD。
この表現が最も事実に近い印象です。
その夜のSVT(スウェーデン国営放送)のニュースでは、神経科学の研究者や、医師などにインタビューをしていましたが、その中で、スタジオでインタビューを受けたのが、私のmentorでもある、Claess Hultlingでした。以前にも記事にしましたが、彼は30歳のとき、麻酔科研修中で、2週間後に結婚式を控えた日に、ダイビングで脊髄損傷を受傷します。その後、Spinalisといって、ストックホルム近郊中の脊髄損傷患者を集めて治療を行う、脊損センターを開設します。
そして、世界初の、脊損患者のIVFによる挙児に成功。
彼の解説は、自身が脊損患者であるからこその、重みのあるものでした。
「この研究は、脊損患者の多くを救えるものではない。この患者さんでは、解剖学的に脊髄は保たれており、自分のような完全脊損ではない。しかも、歩くということからは程遠い。」
また、この発言が特に重く響きました。
「脊損患者に、過剰の期待を抱かせることは好ましくない。自分を含めて、脊損患者にできることは、いろいろとある。にもかかわらず、過度の期待を持たせて、他にできることをせず、前に進めなくすることは、逆に人生の質を落とすことになる。」
これは、脊損患者さんの治療に留まらず、他の疾患にも通じることだと思います。末期癌の患者さんに、可能性はゼロではないといって、殆ど望みのない抗癌剤の投与をすることも多い日本の医療。希望を与えすぎて現実を直視しないことには、大きな落とし穴があると考えなければなりません。
脊損患者さんのQOLを上げるためには、運動機能の回復ではなく、排泄機能のコントロールや、疼痛コントロールなどの方が重要なのが現状です。
因みに、Lancetの題材となった患者さん本人のインタビューや治療風景はこちら。
それでも、研究における、こうした小さなステップが、新しい治療につながる可能性があるという夢をみることは、患者さんにとっても、そして研究に携わる人間にとっても、素晴らしいことだと思っています。研究者のはしくれである私にとっても。だからこそ、メデイアは、誇張するのではなく、真実を等身大に報道して欲しいと思います。









私もこのニュースを最初はTVで見ました。その時に夫と二人で「えぇ?」と驚きましたが、後から新聞でも読み「Aftonbladetだなぁ~」(←意味おわかりになりますよね?笑)と思いました。
仕事上、AftonbladetやExpressenも読みますが、娯楽の域から出ないようにしています。日本の「夕刊」のレベルでしょうかね?(^^;
>脊損患者に、過剰の期待を抱かせることは好ましくない。自分を含めて、脊損患者にできることは、いろいろとある。にもかかわらず、過度の期待を持たせて、他にできることをせず、前に進めなくすることは、逆に人生の質を落とすことになる。」
↑経験者の言葉は重いですね。希望を与えるのも必要だと思いますが、現実を受け入れる事から前に進めるのかもしれませんね。
Plommonfeltさん。わかりますよー。そのニュアンス。読みやすいのと、王室の話題が多くて、ついつい、Aftonbladetを読むことも多いですが、報道が偏っているので、それを差し引いて、また、他紙と比較して読むようにしています。Expressenは更にひどい印象です。
そう。経験者の言葉は響きます。彼には人生を学ばせてもらっています。