カロリンスカ大学病院勤務では、時間外勤務の対価が給付されます。とはいえ、通常のオーバータイムでしたら、フレックスで消費するか、休暇として使 わなければなりません。給与として給付を受けることはできず、40時間以上のオーバータイムに関しては、消費しなければ定期的に失うことになります。オン コールや、手術時間の延長による時間外勤務では、原則として休暇として消費するように指導されています。
そんな訳で、私は2週間に一日程度の割合で余分に1日休暇を取るようにしており、双子を保育園に送り届けてから、おひとりさまの贅沢な時間を楽しみたいとたくらんでおりますが、そうは問屋が卸さないのが現状です。
スウェーデンでは、毎年12月13日にルシア祭をお祝いします。双子が生まれるまでは、この日に職場では、何故か朝遅く出勤したり、早退したりする同僚が沢山いることを、少し不思議に思いながらも、深く考えずにいました。しかし、双子が保育園に通うようになって、ようやくその理由が理解できました。双子の通う保育園では、この日の午後2時半から、子供たちが思い思いの服装に身を包み(サンタさんだったり、白いドレスだったり、ジンジャークッキーの装束だったり、、)、サンタルシアなどの歌を歌い、行進や踊りがあります。この日のために、子供たちは随分前から練習を繰り返して準備するのです。双子が属している、一番年少さんのクラスでは、先生の話によると、「わたし」は一番歌が好きで、大喜びして踊るのだとか。私も、職場を早退して、保育園でルシア祭を見学するのを楽しみにしていました。
ルシア祭が数日後に迫ったある日、私はおひとりさまの休日を楽しむ予定にしておりました。しかし、数日前から風邪気味だった「わたし」が、喘息気味の呼吸を始めました。仕方がないので休日を返上して、自宅で「わたし」の面倒を見ることになりました。通常、我が家では、自宅でも仕事ができてスケジュールもフレキシブルな研究者のパパが、病児看護(VAB)の休暇を取ることになっているのですが、その週はパパの大学院生の学位審査の日に当たっていました。彼女はとても優秀な学生で、オポーネントには、その道の大家であるケンブリッジ大学の教授を招いていたため、どうしてもVABをすることが出来ず、私は2件手術を予定していたのですが、やむなく私が欠勤することになりました。
その日の朝、吸入治療でもあまり症状にに改善がみられないため、聴診してみると、予想以上にヒューヒューバリバリ聞こえました。これは救急外来受診かとも思いましたが、まずは近所の診療所へ連れてゆくことに。呼吸困難ということで、すぐに先生に診察をしてもらい、(何故か)アドレナリンの吸入を。それで多少は呼吸状態が改善しましたが、先生には救急受診を勧められました。「ぼく」が同様の症状で入院したときには、吸入とステロイドのパルスで劇的に改善したため、ステロイドの内服をさせてその日は自宅で看護したい旨を伝えると、「あなたが素人だったらお勧めしないけど、、、」と、午後にもう一度吸入治療のため受診することを条件に合意を得ました。
双子の片割れが入院するとなると、母親である私が付き添う必要があり、さらに元気な双子はパパと家で過ごさなければなりません。子供を預かることのできる親戚などがいない我が家にとっては、できることならば自宅看護がベストなのです。
翌日はルシア祭。この朝も「わたし」の状態は改善していませんでした。ご機嫌は常に良いのですが、予備能の少ない子供です。一気に生命にかかわる状態になる危険性があります。朝一番に吸入と診察の予約が入っていたので、再び診療所へ。そして、再び先生に救急受診を勧められます。私も覚悟をしていましたので、紹介状を書いてもらってすぐに「わたし」とタクシーに飛び乗り、カロリンスカのAstrid Lindgren子供病院へ。
救急外来では、何度も酸素飽和度のチェックをしましたが、80%ギリギリです。酸素マスクをして、ようやく94%程度に。
この日もステロイドのパルスの内服をしました。CRPも低く、肺炎の疑いはありませんでしたが、酸素飽和度が低いので、当初はICUへ入院してCPAPをする予定になっていました。しかし、とりあえず救急病棟へ入院して、3時間おきの吸入で様子をみることになりました。「ぼく」は保育園のルシア祭のあと病院にやってきました。写真はルシア祭の1コマです。ビデオからのクリップですが、他の子供たちが両親の姿を見て泣き出すのを尻目に、一番前へ出てきてのしのし歩いていました。
お友達のYさんは、こんな救急時に何故か登場してくれる心強い助っ人ですが、今回も病院で「ぼく」の面倒をみてくれました。一緒に食べたのがマクドナルドというのが申し訳なかったですが、、、。
夜中に、酸素飽和度が70%前半まで下がったので、それまで一時外していた酸素マスクのかわりに、鼻かニューレを付けました。嫌がって泣く「わたし」。テープを貼られた泣き顔が痛々しい。
翌日の朝食。いつもは沢山食べてくれるはずの、オートミール。食も進まず。
お友達からいただいた、音の出る日本の童謡の本。やっと笑顔が。
1日、2日と入院期間が長くなります。「わたし」のベッドで添い寝する母は、常にうたたね状態。更に3時間おきの吸入と、疲れ果てて夢かうつつか状態。
しかも、毎日の朝食はこれ。
乾いたパンとハム。ジュースに紅茶。ランチと夕食は出ないので、自分でどうにかするしかありません。
「わたし」には、ミートボールや、なんと、スウェーデン風パンケーキなどが。スウェーデンらしい非健康的な病院食。
週末にかかっていたので、「ぼく」もお見舞いに。病室は遊び場と化します。
この病棟では、子供は病室の外へは出てはいけないことになっていますが、興味津々の二人。二人いれば勇気も2倍。内ドアを簡単に開けて、廊下へ通じるドアへ向かう、、、。
お遊びに疲れて、「わたし」のベッドで仲良く眠る「ぼく」と「わたし」。
数日後、外泊許可が出ました。家で過ごして問題がなければ、そのまま退院になります。家に帰る前に、病院のお兄さんが歌を歌いにやってきてくれました。お土産は風船。
酸素チューブも外してもらって、すっきり。
「鳥の道」と呼ばれる廊下を通って。
スウェーデンの病院では、あちらこちらにアートが飾られていて、病院らしくありません。これは大人も楽しめます。
幸い、自宅療養で「わたし」は快方へ向かい、そのまま退院となりました。看病疲れの母はその後体調を崩して、欠勤することになってしまいましたが。








学位審査はDissatationでしたっけ?ヨーテボリ大学でもヨーロッパ内の大物教授を呼んでいました。
ルシア祭はヨーテボリ日本人会でも実施していて、うちの子も大喜びでした。
小児病棟の様子は、East Hospitalとほとんど同じです。さて、CO2が不明なので何ともいえませんが、Pco2 70代とは挿管適応では?ステロイドの経口パルスとは、日本では聞いたことありません。年齢からもRSテストは、日本では必須です。軽快して良かったです。
hejhejhej先生。ルシア祭、子供にとっては、とても素敵な行事ですよね。
そうなんです。すんでのところでCPAPにつながれるところでした。ステロイドの使い方はいろいろあるのでしょうか?実は再び入院になってしまったので、次の記事で少しご説明いたしますね。
いつもいろいろとアドバイスをいただき、ありがとうございます!とても心強いです。
我が家の娘もクループ様の咳が一晩続き、ルシア祭は欠席でした。
サンタの服も用意して、楽しみにしていたのに見学は来年まで持越しです。
Drpionさんの娘さんと病気の周期がほぼ同じですね。きっとスウェーデン中に蔓延っているおんなじウィルスかもしれませんね。ですが、我が家のはユリアちゃんに比べたら軽いものだし、兄弟も居ないし、私は仕事もしていないし、ですが睡眠不足でフナフナしていました・・・比べるものではありませんが、あらためてお疲れ様でした。
ぶくさん。
ぶくさんのお嬢様も欠席でしたか。残念でしたね。
私が喘息もちなので、子供に発症するリスクは少し高めだということです。
睡眠不足、辛いですよね。仕事しているからもっている、と言うと変ですが、違う刺激が加わって覚醒していると言えるかもしれません。ずっとお家で看病しているぶくさんの方が大変だと思いますよ。息抜きもできませんよね。本当に、お互い、お疲れ様でした!良い年になりますように!