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喜びの涙 「tårar av glädje」

喜びの涙に遭遇することは、あまりあることではありません。私自身も、喜びの涙を流したことは数えるほど。

最近、心を動かされた喜びの涙は、ある患者さんの涙でした。

 

彼は数年前に、膀胱癌のため膀胱全摘を受け、年齢も50代と若かったため、今までどおり排尿ができる新膀胱を造設しました。ところが、新膀胱に関連するありとあらゆる合併症に苦しむことになります。尿失禁、完全に排尿できないため自己導尿、そして、繰り返す腎盂腎炎。タクシーの運転手さんという職業柄、適時に排尿できませんし、失禁も大きな障害となります。手術をした担当医に、再手術を請ったようですが拒否され、自殺まで考えたそうです。彼の合併症を考えると、残念ながら、新膀胱を回腸導管に変更し、ストーマにする手術をするのがベストと考えられますが、担当医は既に退職しているため、新しい執刀医が必要です。この手術は、癌の手術ではなく、機能を改善する手術ですので、以前も書いたように、癌の手術とは全く異なる意味で難しい手術です。しかも、前の手術から比較的短期での再手術。

 

最近、大きな手術の術者があまりいないこともあって、私が執刀医を引き受けることになりました。術前のCTで、右尿管にかなり長い狭窄があり、さらに、通常、左尿管はS状結腸の背側を通して右側へ移動し、右尿管と吻合して新膀胱へつなぐのですが、どういう訳か反対に手術がなされていました。右尿管狭窄部を切除することを考えると、左右尿管を右側へ移しなおす必要があり、術後の癒着なども予想され、難しい手術になることを覚悟しなければなりませんでした。

実際に、手術始めから、腹壁ヘルニアがあったり、癒着があったりして、難易度の高い手術でした。当初は、新膀胱の一部を導管として利用して、新たに腸管を採取しないことを考えていましたが、結局、長さも足りず、左右尿管もWalles吻合ではなく、Nesbit吻合にしなければならなかったため、小腸小腸吻合をせざるを得なくなりました。こういう臨機応変の手術では、執刀医がどこまで時間と手間をかけるかという思い入れによって、術式が変わってくることがままあります。時間を短縮しようとして、多少無理を押して術式を簡単にすると、殊に機能に関しては望むようにならないことは、外科医であれば経験はあるはず。手術のその場だけを考えれば、手術時間、出血量が少ないほど腕が良い外科医であると、数字の上では言えます。しかし、長期的な生命予後、機能を考えて、数字、殊に時間を多少犠牲にするという「思い入れ」は、外科医にとって非常に大切だと私は考えています。結局、手術時間は6時間ほどになりましたが、非常に満足のゆく手術ができました。

翌朝、手術室の回復室に回診したとき、手術の経過を説明しましたが、患者さんが突然涙を流し始めました。

「本当にこれまで辛かった。再手術を拒否されて、何回も死のうと思いました。」

「難しい手術なので、長期的に機能がどうなるかということは、現時点では保障できないけれど、うまくいきました。泣かないで。」

と患者さんの涙をぬぐってあげると、

「ありがとう。これは、喜びの涙。あなたに出会えて良かった。」

と嗚咽し、私の手を握ってきました。

炎症があり狭窄した尿管を、出来るだけ切除はしたものの、長期的に考えると、再狭窄という事態もありえます。したがって、手放しで喜んではいられない心境ですが、自殺を考えるまで追い詰められた患者さんのことを考えると、ここはともかく盛り上げて、戦う意欲を刺激するようにしなければなりません。

医師の仕事は私にとって天職だと思っていますが、良かれと思ってした治療が成功しないこともある訳で、喜びも苦しみも糾える縄の如く、その双方を背負ってゆかなければならない宿命なのです。

喜びの涙 「tårar av glädje」。それはとても美しく、それゆえ、切なくなります。

6 comments to 喜びの涙 「tårar av glädje」

  • はじめまして。 

    これまで何度も心に残る内容を拝見させていただきましたが、
    今回の記事は拝見して、今年初めにあった日本の母の出来事を思い出しました。。。

    母は血が兎に角苦手な人で、病院も大嫌い(笑)なのですが、
    随分ながいことお腹の痛みを抱えており、ついに根を上げて急患として病院を訪れました。
    結局盲腸が進行した最終段階の命にも関わったかもしれない状態で、緊急手術。

    突然のことにショックだった母ですが、手術を担当してくださる若い女性の先先が、
    手を握って一生懸命に説明し、母を安心させてくれたとのことです。。。

    遠く海外にいる何もできない娘に代わって、この先生は体の面だけでなく、
    心の面もケアしてくれました。

    文中にあった”涙をぬぐってあげた”と言う一文から、同じ心の温かさを感じました。

    お医者様と言うお仕事は、人の命を預かると言う性質上、機械的に対処しなければいけないことも多いかと思いますが、やはり病気や怪我をすると人間の心とは非常に弱くなりますので、特にお医者さまから掛けていただく優しい一言が時には最大の応援歌にもなります。

    双子ちゃんのご出産もおめでとうございます☆

    お仕事と両立大変とは思いますが、どうぞお体を大切に、
    育児を楽しみながらお仕事もがんばってくださいね。

    同じスウェーデンから応援しています。

    • ムーままさん。はじめまして!

      スウェーデンからのメッセージ、とても嬉しく読ませていただきました。

      お母様、我慢強い方なのですね。手術が間に合って良かったですね。

      医師としての最低限の仕事は、病気を治すことですが、おっしゃるように、心のケアは私にとって「どういう医師をめざすか」という問いの中で、重要な位置づけにあります。そして、幸いなことに、国が変わっても、心のケアを喜んでくれる患者さんは多い。一分余計に時間を使うことで、医療に温かさが加わると信じています。

      育児と仕事の両立は大変ながら、母としての時間が、医師としての私にも良い影響を与えているような気がします。

      これからもよろしくお願いいたします。

  • 本当ですね。

    先生のお優しく、また、シャープな
    日記に、
    いつも自分もこうありたいなぁと。

    整形の今の先生にお逢いできた事も
    この日記に出会えた事も
    また細々と、入院中を支えてもらっている
    家族にも感謝です。

    • ガムラ スタンさん。

      私のつたないブログの応援団をしていただいて、感謝しております。

      満足できる医師との出会いがあって、良かったですね!

      お大事に!

  • mariya

    初めまして。
    以前から楽しく読ませていただいています。
    今回も先生の素晴らしいお考えに感銘を受けました。
    3年半前、私の仕事の関係で当時1歳の男女の双子を連れてアメリカからスウェーデンに移って来ました。私も産後6週間で仕事に戻ったのですが、先生も大変なスピード復帰でしたね。私は愚痴ばかりの子育てなのに、先生は本当にお子さんたちに大きな愛情を注いでいらっしゃるのがよく伝わってきます。色々な面で、本当に自分も先生のようでありたいと、このブログを読んでいつも感じています。
    今日はたまたまカロリンスカで泌尿器科医をめざしている私の学生(日本語の学士も取得中)のDNからの取材があるので、いつか彼が先生とお会いすることがあるのではないかなぁと思いながらコメントしてみました。
    ひきつづき、エントリーを楽しみにしています。

    • mariyaさん。はじめまして!

      素晴らしいなんて、そんな格好の良いものではありませんが、自分の哲学にそむくことないように努力しています。

      mariyaさんも男女の双子のお母様なのですね!何だか親近感が沸きます。

      2ヶ月早産だったので、職場復帰したときにはまだまだ小さくて、彼らを残して出かけるのは心が痛みました。生まれて2ヶ月くらいまで、夜鳴きがひどくて何時間も抱っこして歩き回るしかなかったときには、流石に愚痴もいいたくなりましたが、長く苦しい不妊治療に比べれば、我が子を抱きしめることができるだけで幸せだと、そんな風に感じています。

      学生のうちから、目指す専門科があるというのは、素晴らしいですね。ローテーションにくるのを楽しみにしています。

      これからもよろしくお願いいたします。

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