日本で働いていたときは、MS(多発性硬化症)の患者さんを手術したことはなかった。スウェーデンではかなりの頻度で治療に携わる機会がある。
排尿障害があるために尿道カテーテルを入れたり、その先は、膀胱に直接カテーテルを入れたり(膀胱瘻)する。過活動性膀胱が認められる場合は、日本ではまだ認められていないボツリヌス菌(ボトックス)を排尿筋に注射する治療をして、膀胱容量確保の努力をするが、結局、膀胱が萎縮してしまって、尿路変向の手術をしなければならない人が結構いる。
MSといっても、症状の程度は様々であるが、通常自宅では最低一人、パーソナルアシスタントがついている。手も使えないような重症の場合は、食事も自分ではできないため、場合によっては2人のパーソナルアシスタントがつくこともある。
日本の大学病院で患者さんが入院する場合は、個室であったり、患者さんが子供の場合は、例外として付き添いが付くこともあるが、基本的には完全看護であり、完全看護とは「付き添いの必要がない」ことが建前である。
数多くみてきたMSの患者さんの典型例をあげてみる。患者さんの「排泄」に関しては、まず、介助が必要であることが多く、自宅ではパーソナルアシスタントが担当するが、入院の場合は、准看がやっている。私の科では、殆どの患者さんが、「手術目的」で入院してくるため、術後は、点滴やドレーンなど、普段はないものがあるため、それは仕方がないのかもしれないが、結果として、パーソナルアシスタントの仕事はかなり軽減されることになる。多くのパーソナルアシスタントは、暇をもてあまし、本を読んだり、中にはゲームに興じたり、携帯電話で話したりしているのを目撃することは、しばしばである。それでも、何かにつけて看護師を呼びつけることも多く、医療従事者にとっては、いらいらの原因になることが多い。
どの程度の介助が必要であるかの判断は、医師によってなされ、医師の診断書を保険庁に提出し、審査を受けなければならない。入院中は最長100日までのパーソナルアシスタントによる介助が認められているが、退院後に、パーソナルアシスタントの人数を増やすことができるような診断書を要求してくる、患者さんやパーソナルアシスタントがしばしばいる。通常、MSの場合は、急性期病院から、リハビリ病院に転出し、リハビリ期間を経て自宅へもどることが多いので、我々急性期病院の医師に、自宅へ退院するときの状況を判断することは無理である。それを説明しても、たいてい彼らの主張は、「こんな状況ではアシスタントが2人いないと無理」とか、「アシスタントにも、人間的な労働条件を主張する権利がある」というものが多い。患者さんはともかくとして、病院で殆ど遊んでいるアシスタントにそんなことを言われると、我々医療従事者は非常に怒りを覚える。手厚い社会保障制度に慣れて、感覚が麻痺しているスウェーデン人ですら怒るのだから、日本から来た私などには、理解できるはずもない。
スウェーデンの医療を含めた社会保障システムは、日本が見習うべき優れた点もあるが、日本の方が優れている点も多い。社会保障システムへ寄生する人間は、勿論、日本にも存在するけれど、ここ、社会保障王国スウェーデンでは、日本以上に目に付くことが多い。穏健党が政権を握ってから、社会保障を受けるためのハードルが上がり、制度に寄生しようとする人間を排除する方向性が強まったが、それでも日常的にこんな光景に遭遇する。弱者を社会が助けることは、非常に大事なことであるけれど、弱者も努力することを阻んではならない。努力できるものは、努力しなければならない。
スウェーデンの医療システムを熟知している訳ではない私としては、なかなか患者さんの要求に強く対応できないのであるが、経験を積み、勉強を重ねながら、理不尽な要求をうまくかわせるようにならないといけないと思っている。






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