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職場のミーティング

今の小ボスは私と同年代なのですが、ボスになるには親切過ぎるともいわれています。職場での私の置かれた辛い状況も理解してくれてはいるのですが、何しろ、「小」ボスで、上にさらにボスがいるため、なかなか思うとおりにはなりません。数日前に、思い余って「もうやめたい」と直訴し、大泣きしてしまいましたが、今回のミーティングは、職場での労働環境を改善し、より良い成果を上げていくためのもの。病院でミーティングをすると、各方面から呼ばれて集中できないため、病院外で。

朝7時半に病院のジムに集合し、皆でトレーニングをしたあと、タクシーで街中のホテルへ。今回は、老舗のFrej Hotel。朝ごはんを食べてから、話し合い。途中にお決まりのFIKAタイムをはさんで午前の部終了。ランチは、ホテルに接する人気レストラン、Belgobaren。私はサーモンのグリルにサルサ・ベルデとバルサミコが添えてあるものを選びましたが、美味しかったです。

2012-12-14 13.04.21b

テーブルの上には大きなお皿。所謂、godis(あめやグミなど)が大盛りに。「危険だ」と言いながらも、皆、手が伸びます。

和やかな雰囲気で、かつ、突っ込んだ話ができて有意義でした。会の後、再びBelgobarenでビールをという企画でしたが、私は双子が待っているので、雪の中、急いで帰宅。

ノーベル賞授賞式

昨日、12月10日は、Nobel Dagen。ノーベル賞授賞式、および、晩餐会が行われました。

今年は、日本のホープ、山中先生が医学・生理学賞を受賞なさったということもあり、コンサートホールで行われた授賞式に行って参りました。

 

事前に届く、バーコード入りの招待状と、IDが必要。ドレスコードは正装。

幸い、昨日は暖かく、3度くらいの気温で助かりました。会場であるコンサートホールに早めに到着したため、扉が開くまで少し待ちました。普段は屋外市場で賑わうこの広場も、VIPの駐車場や、タクシーやリムジンで到着するゲストの車寄せのために、警官の警備のもと空になっています。お手伝いの学生さんたちが待ち構えています。

向かって右手前にロイヤル・ファミリー、左手前の赤い椅子は、ノーベル賞受賞者用。

腰の悪いシルビア王妃の椅子には、クッションが。

中央には、スウェーデンの国旗と、平和賞を担当しているノルウエーの国旗がデザインされた、今年の年号とノーベルの肖像。

山中先生のお嬢様方は、早めにご着席。華やかな振袖がとても素敵です。お二人とも医学生とか。

山中先生の奥様はオレンジ色の素敵なお着物です。SVT(スウェーデン国営テレビ)は、この日のベストドレッサーは山中夫人と報道していました。とてもエレガントでもあると。山中夫人ご自身、皮膚科医だそうです。

当然のことながら、殆ど満席。

去年は欠席だったMadeleine王女も今年は出席。

個人的にはシルビア王妃のドレスが素敵だと思いました。

去年は妊娠中だったビクトリア。グリーンのドレスにあわせて、エメラルドのネックレス。彼女のドレスも素敵。

物理学賞、化学賞、医学・生理学賞、文学賞、経済学賞の順に、国王からメダルが授与されます。

山中先生と医学・生理学賞を共同受賞したDr Gurdonは、名門Eaton校に学びますが、15歳のとき、生物の先生にこき下ろされたことは、有名な逸話です(記事)。その先生はおそらくご存命でないのは、せめてもの幸い?

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山中先生が国王からメダルを。

私にとって、医学・生理学賞、そして化学賞は馴染みが深いですが、今年は、化学賞も、「Gタンパク受容体」で、これは、医学・生理学賞に選ばれてもおかしくないほど、すでに臨床応用もされている、素晴らしい発見です。

 

 

今年はオーケストラのみの演奏でしたが、音楽も素晴しく、晴れの一時を堪能しました。

 

最後にこっそり。

前回帰国したときに、妹とお揃いで買った、お気に入りのミンクのボレロをプレーンな黒のロングドレスに合わせました。

 

山中先生のノーベル賞記念講演

今日、15時より、カロリンスカ研究所にて、ノーベル医学・生理学賞の記念講演がありました。

残念ながら、私は家で子守りをしなければならず、講演には行けませんでしたが、Live webcastでオンタイムで拝聴することができました。

映像からも、相当緊張なさっている様子が伝わってきましたが、ゆっくりとわかりやすく、いくつものジョークを交え、笑いを誘っていました。ノーベル賞発表の前日に、カロリンスカの学長と同席する機会があって、別れ際にウインクをされた気がしたこと、それがノーベル賞を意味するかのようなジョークもありましたが、投票は発表当日の朝にされるため、学長が前日に知っているはずはないのですが、何とも可愛らしい山中先生のジョークで始まりました。そして、良く知られているジョーク、「外科医として才能がないと悟って研究者に転向した」という逸話。

講演は3部構成で、最初は、大阪市立大学での大学院生時代と、サンフランシスコでのポスドク時代のお話。大阪では、血圧のコントロールについての研究だったため、ポスドク先も、心臓血管関係の研究所だったとか。しかし、そこで彼が作ったノックアウトマウスのお腹が大きくなり、テクニシャンから、「雄も含めて全てのマウスが妊娠した!」という報告を受けて調べたところ、肝臓癌を発症していたという発見から、心臓血管系の研究所であったのにもかかわらず、肝臓癌の研究をすることになったこと、そしてその遺伝子に関連する別の遺伝子が、肝臓癌の癌抑制因子であったことをつきとめます。この頃から、ES細胞に興味を持ったようですが、事情で日本へ帰国。その後PADに罹患したという話になります。PADとは山中先生の造語で、「Post America Depression」のことだそう。かなり落ち込んで、研究者をやめようとさえ思ったそうです。ところが、それまではES細胞といえばマウスに限られていましたが、人間のES細胞が作成され、その論文を読んで、再びサイエンスへの情熱が蘇ったと。そして、奈良先端研にPIのポジションを得たこともあって、PADから立ち直ったのだそうです。目指すプロジェクトは、胚から幹細胞を作るES細胞ではなくて、体細胞から幹細胞を作ることで、それに必要な因子を発見することでした。胚を用いると、どうしても倫理面の問題を避けて通ることは出来ないため、体細胞を用いたいという説明で、ジョージ・ブッシュとローマ法王が会談している写真が出て、ここでも笑いが聞こえました。幹細胞に関するスライドの中で、「不老不死、immortality」のところが、「immorality」となっていて、この間違いに触れたときは、聴衆は爆笑していました。

iPS細胞が、2006年の発見から、6年という短期間で受賞したのは、近い将来、再生医療として臨床応用が可能であるためで、どのような治療法に結びつくのかということでまとめたあと、謝辞がありました。謝辞の最後は、家族に対してでした。今回同行しているのは、夫人と医学生である二人の娘、そして、夫人の母上ということでした。山中先生ご自身の母上は同行せず、それは、「あなたの英語はひどいから行かない。」と理由からだと笑わせましたが、既に亡くなっている二人の父上、つまり、山中先生自身と、山中夫人の父上に対する謝辞もあり、お人柄が伺えるようでした。

講演の始まる2時間前には、すでに講堂の前には、講演を聴きたい人で100メートル以上の列が出来ていたそうで、今年の賞のインパクトの大きさを感じます。アルフレッド・ノーベルの没日であるNobeldagenは12月10日。もうすぐです。山中先生の前回2010年の渡瑞の際には、アイスランドの火山灰でスウェーデンに足止めをくった山中先生ですが、今回はこれ以上の大雪にならないことを願うばかりです。

 

将来は研究者か!?

「わたし」は山中先生の講演に釘付け!

大雪のストックホルム

今日のストックホルムは、一日中、吹雪いていました。

幸い、今日は出勤しない日。

朝9時過ぎのテラス。灯篭が雪に隠れつつあります。

午後1時ごろ。灯篭が雪に完全に埋もれそう。

 

そのうち、閉じ込められそうな勢い。

午後3時ごろ。向こうのアパートの窓に大きなアドベントの星の飾りが見えます。その下の方のアパートのバルコニーもライトアップ。

外の吹雪をよそに、家の中では双子とまったり。

ノーベル賞授賞式に参加のため、山中先生は昨晩ストックホルムに到着なさったそうですが、この吹雪の中、さぞ大変なことでしょう。

ロボットチームのパーティー

11月のある火曜日の晩、教授宅で、ロボット手術に関わる医師のパーティーがありました。高級住宅街のある、ストックホルム市内に近い島の一軒家。バツイチの彼は、海の見える一軒家に一人住まい。彼のキッチンで、ロボットの名手である2人の男性外科医が料理の腕を振るうという、粋な演出です。その日は午前中で早々に職場から消えていった彼らが、市場への買出しから全て担当。

私が到着したときには、たいていの参加者が既に集まっており、ワインを片手に前菜をつまんでいるところでした。そんな中、シェフたちは、教授のお洒落なキッチンでお料理の真っ最中。

教授は手術の天才だけれど、料理の腕はどうなんでしょう?今日は食べるのみ。

キッチンにつながる食卓には、20人ほど着席できる長いテーブルが。その先には、海とストックホルム市内が一望できる大きな窓と、暖炉のある居間。暗いのが残念。

こちらが居間。大きな油絵が迫力。

準備ができたところで、全員着席。

教授の挨拶で会が始まります。

前菜は、ブロッコリーとアーモンド、トースト。かかっているオリーブオイルも、どこそこの由緒あるものだとか。

メインは、鹿肉のローストに、マッシュポテト。そして、とがったキャベツのクリーム煮にゴットランド産のトリュフをかけて贅沢に。

これは、トリュフの香りが効いて、とても美味しかったです。

会食の途中、何回か乾杯するのがスウェーデン式。

ゲストが食べている間も、シェフたちは台所で。

メインのあとには、数種類のチーズ。私はこれで退散しました。

水面下のいざこざなどどこ吹く風、和やかな会でした。

冬将軍、雪とともに来る

今日は朝から雪が激しく降っています。

朝、7時20分にまだ暗い中、出勤。病院の裏庭は真っ白。

金曜日の今日は半日勤務。仕事を早々に終わらせて家路につきたいところですが、患者さん相手ですと、なかなか予定通りにはいきません。

家のテラスには、こんもりと雪が積もっていました。雪帽子を被った和風の灯篭は、とても風情があります。

外気温は当然のことながら、零下です。本格的に冬将軍がストックホルムにやってきました。今までの冬と異なり、双子と過ごす初めての冬は、暗さも寒さも気にならず、ほっこりします。そんな普通のことが、とても幸せ。

HIVがスウェーデンに上陸したとき

記事にしたいことは沢山あるのですが、仕事と双子の世話で毎日一杯一杯です。妊娠したことは日本の家族には内緒にしており、帝王切開が無事に済んでから電話連絡して驚かせましたし、出産後も誰にも頼らずにきましたので、それなりに大変です。診療所などでも、初産だし、双子だし、未熟児でもあるということで、第三者の手を借りるように勧められましたが、親の手を借りないというのが私の希望でもあり、父親の親も遠方在住である上、脳梗塞の後遺症に悩んでいるということもあって、借りる手がないのも現状でした。

昨日、SVT(スウェーデン国営放送)で放映した、HIV感染症、AIDSに関する番組はとても興味深いものでした。

Smittad – när hiv kom till Sverige(感染、HIVがスウェーデンにやってきたとき)

というタイトル。

AIDSは後天性免疫不全症候群の略であり、HIV感染により免疫不全を起こした場合の病名です。最初の症例報告は同性愛の男性に発症したもので、1981年。1983年にウイルスがフランス、パスツール研究所で発見され、そのフランスの研究者たちは2008年にノーベル医学・生理学賞を受賞しています。日本では1985年が最初。私が医学生だった頃、丁度、「カポジ肉腫」などが教科書に載るようになりました。日本では、主に、同性愛者、そして血液製剤を必要とする血液疾患患者、母子感染などが感染経路。もともとの起源としては、チンパンジーのウイルスが突然変異して人間に感染したという説が有力のようです。

スウェーデンでも80年代に最初の症例報告がありましたが、やはり同性愛者に多く、針を共有する薬物依存者、そして、感染者と性的接触をした人などに広まってゆきます。1990年代中ごろに、有効な抗ウイルス剤が開発され、その多剤併用によりAIDSによる死亡率は激減しますが、それまでは致死的な病でした。私が最初にAIDS患者を診察したのは、研修医の頃。当時、耳鼻科医として働いていた私は、小児科病棟から往診を依頼されました。血友病の小学校低学年の男の子で、輸血によりHIV感染を来しました。鼻出血が止まらないので何とかしてほしいという依頼でした。往診すると、隔離された個室で、鼻から大量に出血している小さな男の子がベッドに横たわっていました。個室の前室で、担当医が、「気を付けてください。死んでもそれは仕方がありません。」と。研修医の私には、あまりに重過ぎる言葉でしたが、80年代の当時は、AIDS発症はすなわち、死を意味したのですから、致し方なかったのかもしれません。帽子に目を防御できるマスクを2重にし、ガウンも手袋も2重という重装備で治療にのぞみ、持参したボスミンや鼻用ガーゼを使って何とか止血に成功しました。しかし、あのときは恐ろしかったし、あまりのことに涙が出たのを覚えています。

現在、診療をしていると、ときどきHIV陽性の患者さんを診察したり、ときには手術をしたりすることがあります。現在では、滅多なことでは感染しないことがわかっていますので、動揺しませんが、やはり、手術になると緊張します。20年以上医者として働いていると、針刺し事故などは何回も経験済み。診察する全ての患者さんのほとんどはHIVテストをしていませんから、針刺し事故のあとは落ち込みました。スウェーデンでは1回、前立腺生検をする際に、通常はエコーガイドでの穿刺のみ行うのですが、そのときは、直腸診上、硬結があったため、そこから生検を試みたため、自分の指を刺してしまいました。すぐに事故のレポートを提出して何回か検査し、幸い、何の感染も起こしませんでしたが、、、。日本では、手術のために入院する患者さんには、HIVテストをする施設が多いですが、スウェーデンでは行いません。医療従事者の安全のためにも、各種感染症は検査するべきではないかと思いますが、やはりコストの問題なのでしょうか?医療従事者が入職する際にも、HIV検査はやっていなかったように記憶しています。一方、MRSAなどは検査しました。私自身は、B型肝炎のワクチンを打っているので、その抗体が陽性である以外は陰性。度重なる不妊治療のたびに、HIVを含めた感染症の検査をしています。感染者は、医療機関を受診する際などは申告することが義務付けられていますが、たとえば、美容院などではどうなのでしょう?しかし、未だに偏見が多くあるのも事実です。スウェーデンでさえも、HIV陽性患者さんの半分は秘密にしているそうです。

プログラムでは、スウェーデンのAIDS治療に携わってきた医師や、患者さんなどが登場します。まだ治療法も無かった頃は、政治家たちの中では、「同性同士の性的接触の禁止」などを法制化しようという動きもあったことが紹介されています。薬物濫用の取り締まりはできても、同性愛の取り締まりは難しいという議論もありました。AIDSで亡くなった患者さんのご遺体は、黒いビニール袋に入れられ、消毒され、まるでごみのように扱われていたそうです。80年代のスウェーデンや医療現場を知ることもでき、非常に興味深い番組でした。

AIDS関連で、

「Torka aldrig tårar utan handskar」(手袋をせずに涙をぬぐわないで)

という映画があります。SVT playで途中まで見ましたが、これも非常に興味深いので、そのうち記事にしたいと思います。題名から、「涙でHIV感染が起こると信じられていた」ということが想像され、何とも心が痛みました。

 

多剤併用で良い予後が期待されるHIV感染ですが、細菌感染症と抗生剤と同じように、耐性HIVの発現なども問題になるのかもしれません。現在のところ、抗ウイルス薬で完治する訳ではなく、生涯、服用が必要なのです。

雪化粧のストックホルム

昨晩降った雪でうっすらと雪を纏ったストックホルム。現在、寒暖計は零下1度を示しています。

市庁舎を望める東の空。

しろうさぎになった「わたし」と「ぼく」。双子にとっては生まれて初めての雪です。

例年より美しく色づいたテラスの紅葉。わずかに残っていた葉っぱも、全て落ちてしまいました。

今週で夏時間も終了。いつもは少し憂鬱なこの季節も、双子に癒されながら過ごせそうです。

ストックホルムより速報!山中教授ノーベル医学・生理学賞受賞!!!!

「受賞は確実、それがいつなのか」、という山中先生へのノーベル賞。思ったより早くやってきました!!!

おめでとうございます!!!!とても嬉しい!!!!今年はあまりに嬉しすぎる年になりました!!!

 

ひきこもりから脱出

記録的大量かつ長期間続いた白樺花粉も、ようやく下火になってくれました。

赤いグラフで示された「Björk」が白樺。Ekは樫。

4月初めから、およそ2ヶ月間。しかも、2つのピーク、、、。

喘息持ちの私は、ステロイドと気管支拡張薬の吸入、点眼薬、抗ヒスタミン薬を続けています。そして、必要以外はひきこもり。

もうひきこもらなくても良くなったと思ったら、今週のストックホルムは冬に逆もどりです。5度前後で、天候は雨。

「女心とスウェーデンの空」です。


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