悪名高きスウェーデンの救急外来。最近は待ち時間も少しは短縮されたものの、それでも、診察まで数時間待ちは珍しくありません。スウェーデン人にでさえ評判が悪いのに、フリーアクセスに慣れ切っている日本人には、とても信じられないことが多いと思います。今回は、医師である私が患者として経験した救急医療について書いてみます。医療従事者が患者である場合、やはり一般人と扱いが多少異なることは多いのですが、スウェーデンにおいて救急医療がどのように機能するのかを、非医療従事者の方にも少しは理解していただけるのではないかと思います。
私自身、この1,2年で救急外来を患者として受診したのは、3回。最初の2回については、医者の不養生シリーズ(1)-(5)をどうぞ。このとき、2回目には緊急入院になった訳ですが、当時、実は19週の妊婦でした。19週といえども、双子の妊娠中でしたから、お腹は相当大きくなっていました。そんなときに風邪から喘息発作、肋骨骨折に肺炎と、まさに何重苦でした。授乳中には使えないモルヒネを妊婦には使えることが有難かった。酸素飽和度が低かったため、肺塞栓が疑われて、妊娠中にもかかわらずCT検査となり、心が折れそうになりました。現在のスパイラルCTによる被爆はわずかで、胎児への影響は考えなくても良いと知ってはいましたが、、、。ただ、造影剤を使ったため、将来的に甲状腺機能のチェックが必要ということでした。この2回の救急外来受診では、症状が重症だったことで、殆ど待つことなく診察を受けることができましたし、やはり自分自身が医師だということで、丁重な扱いを受けたように思います。
スウェーデンでは、救急外来を受診する前に電話相談することが推奨されていますが、救急外来の資源不足もあり、通常は、どうにかして自宅待機するように説得されます。医療従事者としてあまり声を高くして言ってはいけないのかもしれませんが、緊急性が高いと判断(非医療者には難しいことですが、何かいつもと違うと感じたときには緊急性があると自己判断しても良いと思います)した場合は、電話相談をすることなしに救急外来を受診するのがベストです。電話相談せずに受診しても、診察を受けることができないということはありません。また、スウェーデンでは、住所により所属病院が決められていますが、救急外来に関してはその限りではありません。ストックホルムの南地区に居住している場合は、南病院かカロリンスカ大学Huddinge院の所属になりますが、例えば、南病院の救急外来はストックホルムで最大規模であり、重症患者が多いこともあり、待ち時間は非常に長いことが知られています。よって、Huddinge院を受診するのがベターです。カロリンスカ大学Solna院も相当に混んでおりますので、少し郊外ですがHuddingeに行くほうが良いこともあります。また、場合によっては、私立のCapio S:t Görans Sjukhusの救急外来という手段もあります。この病院は私のアパートから目と鼻の先ほどにあり、機会があれば利用してみようと考えています。
スウェーデンの救急外来では、基本的に救急所属の内科系あるいは外科系医師が初期診察を行います。専門医の判断が必要であれば、まずは当該専門医に電話相談し助言を仰ぎます。必要に応じて専門医が救急外来で診察を行うことになります。私が所属する泌尿器科は、病院内で宿直をする当直医はおらず、(自宅待機の)オンコールの医師が対応をすることになっていますが、大方のケースは電話でのやりとりで済ませます。緊急入院となる際にも、救急医により緊急検査および緊急を要する処置が可能であれば、全て電話での対応となります。オンコールの医師の手当ては、オンコールとしての給与と、実際に電話で会話に要した時間や、病院へ出勤が必要となった時間と、それらが発生した時刻の時間給により(時間帯により手当ても異なります)決まりますので、オンコールとした方が、科としてのコストを低く抑えることができます。最近では、時間給の安い若い先生をファーストコールとすることで、さらにコストを抑えるようにもしています。緊急手術となれば上級医の出勤が必要な場合もありますが、下級医が単独で手術可能と自己判断すれば、単独で行うことも少なくありません。患者サイドからしてみて少し怖いところでもあります。複数の医師が手術に必要な場合は、科内あるいは、外科当直などから助手を探します。患者さんの急変や死亡などの場合、泌尿器科では院内の移動救急チーム(MIGチーム:Moblil intensivvårdsgrupp)あるいは外科当直が代わりに対応しています。
話は戻りますが、3回目の救急受診は、妊娠31週で破水したときでした。このときは、通常の救急外来ではなく、産科救急を受診することになっていたので、一応電話相談をしました。このときのことは、またの機会に譲りますが、受診後、直ちに緊急入院となりました。この際の迅速な対応は私が医師だったということとは無関係で、とても素晴らしい医療を受けることができました。
双子を初めて救急外来へ連れていったのは、今年の2月でした。2月のある金曜日、同じ時期に生まれた子供とその親が集まる会が地域の診療所でありました。そのときに、おもちゃを共有したことが原因だと推測される、ウイルス性胃腸炎に双子が罹患してしまいました。40度の高熱、嘔吐、そして何よりも強烈なのが、水様下痢。オムツ交換台に載せてオムツを外すと、1メートル位の下痢の発射に見舞われます。オムツを替えても替えても、すぐに下痢で水浸し。泣く元気も無くなってきた双子を、初めて救急外来へ連れてゆく決心をします。これでは脱水になってしまう。点滴が必要だと判断しました。
カロリンスカ大学Solna院のAstrid Lindgren子供病院の夜間の救急外来は、病児が多発する時期もあって待合室は人で溢れていました。床に座る人までいます。お決まりのように番号札を取って待つこと2時間。ようやく看護師さんの問診にたどり着きます。そこで言われたことは、「医師の診察まであと2時間以上待ちます。診察を受けたとして、入院が必要な場合は、現在ベッドは満床のため、Huddingeに行ってもらいます。Huddingeでも看護師の問診まで2時間は待つことになります。」という何ともショッキングなことでした。そのときには、双子は声も出ぬほど息も絶え絶え。そんなことをしていたら、死んでしまうと思いました。「家へ連れて帰って何とかしよう。」と決心しかけたとき、元同僚の小児科医から、診療相談の返事がSMSで届きました。輸液などが必要という、私の判断をサポートする内容だったため、問診担当の看護師さんに、「私の友人でここの小児科医の○○医師に相談したら、このように言われた。実は私もカロリンスカで働く外科医です。」と伝えたところ、その会話を聞いていた少し年配の看護師さんが奥に入って、当直医と話をしてきてくれました。当直医の先生が出てきてくれたのですが、それがなんと、知り合いの先生でした。そうなると話は早い。簡単に聴診などをしてもらって、「脱水もまだ高度ではないので、家に連れて帰って5分おきに注射器で等浸透圧性ドリンクを口の中へ流し込んで、とにかく水分補給さえできれば何とか乗り切れそうだ。」という見立てをいただき、結局、受診せずに双子を家へ連れて帰ることになったのです。
家では、所謂、子供用のスポーツドリンクのようなものを、指示通り、夜通し口から注入し続け、幸い症状は徐々に快方に向かっていきました。しかし、このときばかりは、私が医師でなかったら、危なかったのではないかと感じ、ヒヤッとしました。
双子を救ってくれた緊急用のドリンクパウダーはこちら。以来、自宅にこれは欠かせません。
スウェーデン在住で、乳幼児をお持ちの方、通常のスーパーで購入可能ですので、常備することをお勧め致します。その後も何回もこれに救われました。
双子の胃腸炎の際には、散々な目に遭った救急外来ですが、その後、「ぼく」が呼吸困難になった際には、とても素早い対応をしていただいています。勿論、一分一秒を争う緊急性が潜在する呼吸器や循環器、脳などの疾患の場合は、受身になることなく、(強引にでも)プッシュさえすれば、優先してもらえます。しかし、プッシュをする判断は患者側がしなければならないのです。アクセスの悪いスウェーデンの医療に対応するためには、様々な知恵が必要です。医療システムの不備で、最悪、命を落とすようなことになっても、スウェーデンでは十分な保障を受けることはありえません。少し前に、日本で、肺炎の診断の遅れにより90代の患者さんが死亡したことで、数千万円の慰謝料が発生したというニュースがありましたが、スウェーデンでは考えられない話です。相当高齢である90代の患者さんが亡くなるのは、どのような理由であろうと自然なことであると考えられ、そのような患者さんに対する医療過誤があったとしても、その医療過誤に対する保障が発生することはありません。この点については、高度な医療を安価に平等に供給する医療システムを長続きさせるという点では、スウェーデンの医療保障システムが一方的に悪いとはいえないと思いますが、論点がずれるのでここでは触れずにおきます。
繰り返しになりますが、大人よりも予備能が低い子供は、親が賢く守ってあげなければなりません。在瑞邦人の皆様、頑張りましょう!
最後に、余談となりますが、スウェーデンのように医療に対するアクセスが悪い国に住んでいると、日本の医療システムが、いかに患者さんに優しいかということを感じます。日本国民はそれを認識していないため、クレームや訴訟が多発し、過度な検査や治療は医療費の高騰を招き、結果として日本の医療の崩壊が静かに進んでいるのです。井の中の蛙、大海を知らずとはいえ、大変不幸なことです。








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