米国でのエッグドナーにより、49歳で妊娠した野田聖子さん。
彼女の妊娠に対して、賛否両論が存在することは驚きではなかったのですが、生命倫理や医学上の問題以外の理由で、彼女が非難されていることには驚きました。そして、私自身の考えを、どうにか文章で表現してみたいと思いましたが、それは簡単なことではありませんでした。
結論から言うと、私は野田聖子さんをサポートしたい。
人間の生命活動に、どこまで人間の手を加えて良いのか、という倫理の問題については、人それぞれの考え方があって良いと思うし、そもそも、現在行われている西洋医学には、生殖医療以外にも生き過ぎとも思われる医療が多々あると考えています。不妊治療でなくても、例えば、出生前診断。私自身を含め、染色体異常の胎児を授かったら、堕胎術を考える人は多いと思います。そもそも、ダウン症候群などは、染色体異常があっても出生まで漕ぎ付ける、つまり、流産によるセレクションを受けないのですから、倫理上からは堕胎術は肯定されなくても当然ですし、そうであれば、出生前診断の肯非という問題となるでしょう。
近い将来、ノーベル賞受賞は確実といわれるiPS細胞に関する研究。iPS細胞を用いた治療には、大きな期待がかけられています。将来的には、iPS細胞から卵子を作成し不妊治療へ応用する、という計画もあります。これはあまりに大きな人間の手による生命のマニピュレーションです。
母体が高齢であることから心配される合併症なども議論されていますが、健康な49歳であり、更に、卵子の提供者は、当然、自然妊娠可能な20代、30代前半の若い女性であることから、通常の高齢出産におけるリスクと同様に議論されることは間違っています。子供の成長の過程で、親が通常よりも高齢となることも、非難の対象となっていますが、日本は世界に誇る長寿国。子供が成人するとき、彼女は70歳。平均寿命にはまだまだ届きません。
日本では養子のシステムが浸透していないため、子供が実子ではないと知ったときの問題も、ことさら大きな障害と感じられるようです。スウェーデンでは養子を取ることは、珍しいことではありません。街を歩いても、明らかにアジアの顔をした子供を連れたスウェーデン人を多く見かけます。実子ではない場合に起こり得る問題があることは否定しませんが、今や実子であっても多くの問題が起こる日本です。
今回、私がことさら驚いた議論は、彼女が高齢であることに関連する医療費に関するものです。
合併症が起こった場合に高額に上る可能性のある医療費の負担を税金から賄うのは、政治家としてどうか、という議論。
政治家であっても、一人の人間です。これまで不妊治療に失敗している彼女が、人間として子供が欲しいという願いは、当たり前の感情です。
高齢出産のリスクを自己責任で負うのだから、それにかかる費用も自己負担すべきだという人間がいることにはショックを受けました。
そんな議論を始めたら、「自己責任」で、「喫煙し、心・血管系疾患や肺癌などに罹患した。」「アルコール中毒で肝機能障害」「飲酒運転で交通事故」などなど、「自己責任」で負った疾患に対して、「税金による医療費負担」をする例は、数限りなく存在します。
昨今の医療費高騰、医療現場の悲惨な現状から、更に医療費が増加したり、医療現場に負担がかかる状況を回避したいのは当然のことです。
2009年度の概算医療費の総額が35兆3000億円、これは前年度比3・5%増で、7年連続で過去最高を更新。この内、70歳以上の医療費は同4・6%増の15兆5000億円で、全体の44%(前年度は43・5%)とのことですが、高齢化社会に伴って、高齢者に対する医療費が上がるのは当然の現象。また、妊婦の高齢化に伴って合併症が増えるのも当然。医療技術の高度化によるコスト上昇。このように、医療費が上がる複数の要因がある中で、医療費を削減する方法は別にあると思います。以前から何度か記事にしていますが、日本では過剰医療が多すぎるのです。普段健康な若者が風邪をひいても、胸のレントゲンと抗生物質。エビデンスのない手術前の予防的抗生剤投与。これに関しては、予防的抗生剤投与が通常である日本の方が、欧米より、周術期感染症の頻度が高いという論文も複数出ています。不要な長期入院。終末期における、無駄な高度および延命治療、、、。数え上げたらきりがありません。
そんな問題を抱える医療現場という現実がありながら、野田聖子さんの医療費についての議論が出るなんて、驚きです。
「不妊治療を始めることは、出口の見えないトンネルに入るようなもの。好んで茨の道を選ぶ必要がどこにあるのか。子供だけが人生ではない。」
と言う人もいます。私には子供はいませんが、不妊治療を経験しました。不妊治療が辛いのは明らかです。精神的にも肉体的にも。可能性が殆どなくとも、それがゼロでないならば、敢えて茨の道に進む、という気持ちは、私には理解できます。人生は人それぞれ。経験も、感じ方も、考え方も人それぞれ。価値観も人それぞれ。苦しんでいる人を理解しようと努力することはできても、その人の気持ちが完全に理解できる訳ではない。そこで、自分の価値観を押し付けたり、気持ちを理解できると勘違いすることは間違っていると思います。「当事者の気持ちを完全にはわかることはできない。」という、謙虚な姿勢が必要です。
癌患者さんの診療に携わる私は、常にそのことを忘れない努力をしています。私自身、末期癌患者の家族となった経験がありますので、そのことを説明した上で、「少しは余計に気持ちが理解できるかもしれないが、患者さん自身の苦しみを理解できるとは到底言えない。」と話すようにしています。
まだまだ表現したいことはあるのですが、不妊治療経験者として集めた情報ー卵子提供や養子などーについて、取り上げてゆきたいと思っています。
今回の記事の最後に、私が最近話をした、スウェーデン人医師の感慨深い発言をご紹介したいと思います。
彼は医学部卒業直後にダイビングの事故で脊髄損傷を受傷しました。医学部の同級生だった妻と8年に渡る不妊治療の結果、一人息子を授かりました。彼は現在、ストックホルム近郊全ての脊損患者を集めるセンターのボスであり、不妊治療にも携わっています。その彼が、不妊治療における線引きについて、こんなことを言っていました。
「不妊治療は辛いもの。表現し難い苦しみがある。自分も長年、多くの涙を流してきた。通常の不妊治療に失敗し、それでもなお子供のいる人生を望むなら、エッグドナーも一つの選択肢。」
また、「子宮因子を操作するのはどうかと思う。胎児が生きるかどうかの最後の選択は、子宮にさせるべきだ。」。
野田聖子さんが無事に健康な赤ちゃんを出産なさることを、心から祈っております。








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