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歴史的酷暑に、手術蜂に、そして双子魔の2歳という夏

今年のスウェーデンの夏は、歴史的猛暑でした。連日30度を上回り、、、というと、日本に比べたら大した気温ではないはずなのですが、何しろスウェーデンの住宅は基本的にクーラーがついていません。自宅のリビングは西向きで、リビングに続くテラスの気温は上がる一方。

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室内、29.9度、テラス40度。これが続いては、たまったものではありません。扇風機を買いに走りましたが、全ヨーロッパ的に売れ切れだということ。湿度の低いことがせめてもの救いでしたが、、、。

 

この夏は、7月に1週間、8月に1週間お休みを取りましたが、基本的に働いていたため、5週間、6週間と続けて休暇を取る同僚が多い中、人手不足の現場でてんてこ舞いでした。私をトップにして、下が専門医を取って1、2年ほどの先生しかいないときなどは、毎日基本的に私が大手術を担当していました。そういうときに限って、骨盤壁にまで浸潤した膀胱癌の膀胱全摘などがあったり、外科のお手伝いで夜間の手術が続いたりしました。せめての救いは、現在ベネズエラからの優秀なフェローがいるのですが、彼が助手をしてくれたこと。それでも、メスは私が握っている訳で、最終責任は私にあり、誰も頼れる人がいないという毎日は辛いものがありました。そして、オンコールも複数回。オンコールは自宅待機ができますが、電話での会話だけで重大な判断をしなければならないこともあり、始めた当初は気分の良いものではありませんでした。やはり、患者さんを診察して判断を下した方がすっきりしますが、これもコストの問題ですから仕方がありません。仕事が済んだら家へ直行。ひたすらやんちゃな双子の世話をして、座る暇もなく双子が寝るまで。

 

そんな夏、無事に双子は2歳の誕生日を迎えました。

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壁に掛けてあるマリメッコの生地の後ろにかくれんぼのつもり。「頭隠して、、、。」とはまさにこのことです。

 

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テラスにビニールプールを出して水遊び。こんなに表情豊かに、大きくなりました。

おしゃべりも沢山してくれるようになりました。子供の成長の早さ、脳の柔らかさには驚かされます。

 

ブログを開く時間もない毎日ですが、もう少したびたび更新できたらいいなと思っています。

車椅子30周年記念

いつもいつもご無沙汰してしまいます。

一つ前のエントリーでは、意地悪なコメントもありましたが、掩護射撃も頂いており、とても嬉しく思っております。お返事が遅くなっておりますことを、お詫び申し上げます。

 

このブログでは、私の敬愛する人生のパートナーについては、殆ど触れておりません。それでも、多少見え隠れしていたように、彼は脊髄損傷を負っており、車椅子での生活をしています。そして、もうすぐ受傷してから30年が経とうとしています。彼のアドバイザーでもあり、友人でもあるClaesは、ストックホルム脊髄損傷センターを立ち上げた医師であり、自身も車椅子生活を送っていますが、Claesと私のパートナーは数時間違いで脊髄損傷を負ったといういわくがあります。同じ日に受傷した脊髄損傷患者3人を取材した記事が、今日のDNに掲載されました(記事)。

DN1(写真もDNの記事より)

 

私が最初にパートナーに出会ったのは、私がポスドクとして働いていたときで、彼は大学院生でした。彼とは、Cellにアクセプト寸前までいった論文の筆頭著者争いもしました。彼の人生に対する考え、想像を絶する努力、他人への思いやり、そして、どんなときも消えることのない明るさは、私の人生を根底から揺るがすほどのショックを与えました。勿論、異国へ移住し、しかも、車椅子生活の人をパートナーとして生きてゆくことを決意することは、決して容易なことではありませんでした。しかし、人間としての彼への尊敬の念、そして、彼が表現してくれた私への大きな愛が、私を清水の舞台から飛び降りさせました。

 

これまで何年も続けてきたブログの中で、自分の哲学や考えを表現しさえしなければ、意地悪なコメントを受けることもないであろうことはわかっていますが、やはり、表現するからには、自分の人生を表現したい。そして、今回、この記事が出ることをきっかけに、今まで語ってこなかったパートナーの紹介をしてみようと思いました。きっと、異なった切り口から、今までの私とは違った、あるいは、今までの私をサポートするような印象を与えることができるであろうと。

 

今日のDNの記事は勿論スウェーデン語ですので、パートナーと、特に近い友人であるClaesに関する部分を訳してみました。ご興味のある方はどうぞお読みいただければ幸いです。

 

5月のその日は暖かく太陽が輝いていた。Claes Hultlingは結婚式を3週後に控えていた。彼は完璧なダイビングをしようとした。水面下には石が隠れていた。彼の頭はその石に命中し、首から下が麻痺してしまった。

それから数時間後、Per Uhlenは友人からオートバイを借りた。どれだけ早く走るのか試してみたかった。加速したまま、速度計を見ていた。彼がカーブにさしかかったのに気付いたときには、既に遅かった。道路から吹き飛び、Claesと同じような障害を負った。

同じ夜、Magnus Krossenは学生のパーテイーからの帰り道、後部座席に座って寝ていた。運転手も眠りこけ、車は回転した。シートベルトをしていなかったMagnusは頭を強打し、すぐに何かがおかしいことに気付いた。しかも、以前彼は脊髄損傷を受傷して麻痺していたのだ。

Claes、MagnusそしてPerが脊髄損傷を受傷してから、明日で丁度30年になる。それゆえ、3人の中年男性はストックホルムで、それを祝う夕食を共にする。あの5月のその日、命は終わっていたかもしれなかった。

「私がオートバイで森の中へ吹き飛んだのは、14歳のときでした。」とPerは言う。「友人が私を探していたとき、私は一晩中森の中に転がっていました。最後に犬を連れた人がやってきて、救急車を呼んでくれました。」

Mora病院に入院したのち、PerはUppsalaで手術を受けた。そこで7ヶ月入院して、リハビリをした。

「事故から数週間後に、私は戦うことを決めました。まだ若かったから、そう考えるのも易しかったのかもしれません。自分の手だけで車椅子生活を送ることができるために、何でもしました。もし、45歳で受傷したら、体力的にも精神的にも回復するのは難しかったかもしれません。」

Perが言ったことの中で、印象的だったのは、次のことだ。

「もし、脊髄損傷を受傷しなかったら、車椅子に座っていなかったら、現在ほど幸せにはなっていないだろう。」

退院後、Perは継続してバンドを続け、16歳で運転免許を取得し、そして、友人たちはいつも近くにいた。

ラジオの修理工として働いた後、PerはKomvux(成人学校)で学ぶことにした。彼の夢は、civilingenjörになること。ストックホルムのKTH(王立工科大学)に入学し、核物理を専攻した。その後、小児疾患と細胞生物学の分野で研究を続け、2002年にPhDを取得し、アメリカのYale大学でポスドクとして働いた。

現在、Perはカロリンスカ研究所の准教授として、自身の研究グループを率い、幹細胞や癌に関する研究をしている。妻との間には、7月に2歳となる双子がいる。

「事故なしには、そして、車椅子なしには、私の現在は無かった。事故に遭ったことは、私を世界へと押し出してくれた。例えば、2回のパラリンピックでスウェーデンチームのキャプテンを務めたし、アメリカで働くチャンスも得た。」

Perはもともと人生に対してポジテイブであった。

「問題よりも可能性に注目する。」と彼は言う。

「病院で既に、孤立しないようにすると決めた。以来、親友のNiclasは常に側にいたし、一緒にバンドを組んでいた。彼は病院へお見舞いにきて、病院で寝ることもあった。周りの支えはとても大切だった。」

 

 

(中略)

 

Claes Hultlingはダイビングで首を損傷したその暖かい5月の日には、Magnusより数歳年上だった。彼は既にカロリンスカ大学病院で麻酔科医として働いていたので、受けた損傷が重篤であることは理解できた。受傷のあとすぐに、彼は前を向いて生きていくことを決めた。そして、その考えは、頭が石に命中した30年前から今まで、彼の生き方に強く影響している。

「勿論、脊髄損傷患者には、尿失禁や便失禁といった症状を持つ人もいる。また、強い痛みを感じる人もいる。痛みは、私が望まない最悪の敵だ。しかし、私は自分で動く力もあるし、集中することもできる。これまで私は活動的な人生を生きようとしてきた。セーリングも好きだし、シドニーのパラリンピックにも参加した。」

ダイビングでの事故以来、Claesは脊髄損傷患者のリハビリのために人生を捧げてきた。医学生だった頃、彼は将来の妻に出会った。妻との間には息子が一人いる。脊髄損傷患者がIVFによってパパになった世界で初めてのケースだ。

「20歳代に受傷した脊髄損傷患者のやる気を起こさせるのは難しいのです。多くがクライシスと感じ、人生は空っぽで真っ暗だと思うのです。楽観主義を戻す簡単な処方箋などありません。‘結局は何とかなるよ’などという、軽い慰めなど、役に立たないのです。」

Claesは言う。300万クローネを当てればとても幸せになるのかもしれないkれど、3、4年後には、その幸せのレベルは元に戻ってしまうという研究成果がある。

「脊髄損傷患者は、受傷直後にはとても不幸せです。しかし、数年後には気分は良く、幸せだとも感じています。そして私もそのうちの一人です。」

 

情けは人のためならず

日本で医師として働いていたときもそうだったが、海外で医師として働くようになって、時にふれ「情けは人のためならず」ということを感じることがある。

仕事柄、また、母国を離れているという環境もあって、仕事以外で医療相談を受けることが結構ある。また、留学相談のようなものを受けることもある。私は基本的に、そういった相談に対しては、出来るだけのことをしてきたし、これからもそのつもりである。しかし、相談案件が増えるに従って、気分が悪くなる機会も増えてきた。相談にのるのは、私の善意によるものであり、従って、相談に対する対価を求めるようなことはしない。しかし、善意に対して礼を欠く人が、かなりいる。メールでのやり取りであれば、相談者が最後のメールを書くのが常識であると私は考えるが、それが常識ではない人が沢山いる。医療相談であれば、相談後にそれなりの報告があってしかるべきだと思うが、全く音沙汰の無い人もいる。それどころか、顔見知りとなったにも関わらず、街で会っても挨拶をしない人もいる。相談後に会うことがあっても、お礼の言葉を言えない人がいる。インタビューを求められることもあるが、日本からやってきた場合、通常は簡単な手土産などを用意している人が殆どだが、それがないどころか(私は決して手土産が欲しい訳ではない)、帰国してからのお礼のメール、報告のメール一つ来ない場合もある。

 

スウェーデンでは、日本のように医師に謝礼を払うという習慣がない。それでも、感謝の意を表現したいという患者さんは沢山いて、そういう場合、チョコレートであったり、ワインであったり、花束であったり、あるいは、手紙であったりと、ちょっとしたことで気持ちを示してくれることが多い。それは医師として、とても嬉しいものである。従って、私自身、誰かのお世話になる場合は、負担に感じられない程度の手土産を用意することにしている。相手が日本人であれば、なおさらである。しかし、同じ日本人でも、同じような感覚を持っている訳ではなく、お世話をしてもそれっきりというような人に出会うと、今後、善意の運動を継続してゆくかどうか自信が無くなることがある。

 

ストックホルムには、私も役員を務めている、ストックホルム日本人会という日本人を主体とした団体があるが、それ以外に、シルバー会という、主に高齢者を対象とした団体もある。以前、依頼されて、排尿に関する症状について講演をしたことがあったが(つわりで苦しいときでした、、、。)、その会員の方から、医療相談を受けることがあった。海外で病気になるというのは、非常に心細いもの。特に、(患者さんにとって世界一優しい医療システムを持つ日本からくると)、コストを重視するスウェーデンの医療システムは厳しく、不満を持つ日本人は多い。言語の壁も決して低くはない。彼女の場合も、通常通り、メールでの相談から始まったのだが、日本からのお土産を届けにわざわざ自宅までお越し頂いた。

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お茶、ふりかけ、お手製の天かす、のり、炊きたての貝柱ご飯などなど、そしてぬか漬け!

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頂いたときには、もっと青々していたきゅうり。こちらではなかなかお目にかからない小振りな上品なきゅうり。

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こちらのなすは水っぽくなってしまい、ぬか漬けには向かないのだとか。この他、春キャベツもあり、どれも絶品。

涙がにじみそうになるほど懐かしい日本の味。小さい頃、母も毎日、ぬか漬けを漬けていたなあ。酸っぱくなったら、細かく刻んで鰹節を混ぜたり、、、。まさに母の味です。Rさん、ありがとうございました。

 

礼儀の無い人もおれど、こんな方もいらっしゃる。そして、こんな日本の味は、「情けは人のためならず」と五臓六腑にしみわたってくる。

だから、やはり、もう少し、善意の活動は続けようかな、という気にさせてくれる。

 

因に、「ぼく」と「わたし」は、きゅうりのぬか漬けが殊の外お気に入りのようで、「もっと、もっと」とパクパク食べてくれました。

「ママはあとでくるの。」に苦笑

双子の2歳の誕生日まで2ヶ月となりました。月日の過ぎるのは早いものです。

書きたいことはいろいろとあるのですが、例年に比べると異常に高い白樺の花粉レベルのため、喘息を含む花粉症に苦しんでおり、また、日毎にパワーアップする双子の世話と仕事とで、文字通り息をつく暇もない忙しさ、、、。

2語文を少しずつ話すようになった双子ですが、数日前から、「ぼく」が話し出した3語文とは、、、。

「Mamma kommer sen(sedan).」(Mamma is coming later, ママはあとでくるの。)

毎日の保育園のお迎えは、どうしても時間に融通の利くパパになることが多いのですが、そんなときに、「ママ、ママ」と言う双子に、パパが話していた言葉に違いありません。駄目ママを象徴するような「ぼく」の言葉。そして、初めての3語文。

「ぼく」は何にでも興味津々、好奇心旺盛で感受性の強い男の子。「Nej(No)」とと言われたり、頭を横に振られるのを見るだけで泣きべそをかくような子です。「わたし」の方がずっとタフ。

 

初めてのシャボン玉遊びで魅せられて。
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そして、「わたし」。

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最近は、ツーショットを撮るのは難しくなりました。

 

真央ちゃん、ありがとう!

冬季オリンピックでは、やはり女子フィギアスケートが一番好き!

19日のショートプログラムでは、日本のホープ真央ちゃんの、失敗つづきのジャンプで、まさかの16位。今季で引退を宣言している彼女には、最後のオリンピックとなる晴れ舞台でメダルを取って欲しい、、、というのは、日本人であれば誰でも思うことでしょう。そのメダルは、限りなく遠くなってしまいました。

無限に練習を重ねてきたのに、夢は一瞬にして消えてしまう。何という厳しい人生でしょうか。次の日のフリーに対しての気持ちのコントロールの難しさは、想像を絶します。ここまで失敗したからには、逆に吹っ切れて、満足のいく有終の美を飾って欲しいと思いました。

曲は、私の好きなラフマニノフのピアノ協奏曲第2番に乗り、最初のトリプルアクセルが鮮やかに決まり、次々にジャンプが決まる。ただ、ただ美しい。

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演技を終えて涙する真央ちゃん。私も一緒に泣きました。最高の演技でした。

良かったね!真央ちゃん。

自己ベスト更新で、10人抜きの6位入賞は凄い!

 

同じく、今季で引退する鈴木明子選手も、とても素敵でした。苦労人の彼女が、今まで頑張った、、、。28歳は参加選手で最年長。彼女の苦労が、演技により多くの表情を与えているような気がしました。バンクーバー、ソチと連続8位は立派!優しい配色のウェアーが、彼女を一層やわらかく見せます。

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そして、日本人選手ではありませんが、韓国の金妍児。defending championという立場は、いかにタフなものであるか。SPもフリーも素晴らしい演技でした。それでも、勢いのあったロシアの17歳には勝てませんでした。しかし、バンクーバー金、ソチ銀は流石です。SPのときに着ていた辛子色のウェアーが素敵。

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男子のフィギアの羽生くんが、競争相手のミスにより最後まで逃げ切ったのに対して、女子フィギアは、次々に素晴らしい演技が出て、違う意味でハラハラドキドキでした。

以前の記事でも述べましたが、人生の鍵は、「諦めないこと」に尽きますね!

和食食材をネットで購入

前回のエントリーが和食食材関連でしたので、今回も続けて。

ストックホルムには現在2店舗ほど和食食材を販売する路面店があります。2011年3月11日の大震災以降、品揃えも淋しくなり、勿論価格も安いとは言えません。しかしながら、スウェーデン生まれの双子には、どうしても和食に慣れて欲しくて、定期的に買出しに行っております。

その甲斐あってか、「わたし」は、白いご飯粒が大好き!「ぼく」はうどんが大好き!

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しかし、今回は双子の話ではありません。

先日、初めて、ロンドンのJapan Centreで日本食材を注文してみました。その品揃えの豊富なこと、そして、価格もストックホルムに比べ安めです。運賃も、今回は20数キロの重量になり、それでも23.9ポンド。1ポンドを11クローネと計算すると262.9クローネ。スウェーデン国内で20kgの荷物を郵便で送るとなると、最低でも315クローネかかります。家まで届けてもらうとなると541クローネにもなります。ロンドンからスウェーデンへの送料の方が安いって、納得行きませんね。

最近ストックホルムで買ったイタリア産のこしひかり、「ゆめにしき」。5kgで220クローネです。ロンドンで注文すると、5kgで15.99ポンド。175,9クローネ。今回はロンドンから10kgパックを購入。31,95ポンド(351.5クローネ)。

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そして、大奮発して、、。

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魚沼産のこしひかり、新米!!!以前は日本から運んだこともありました。こんなに簡単に、ネットで注文して家に届くなんて!でも、やはりお値段が可愛らしくないので、今回一回限りかな、、、。

ブルドックソースの中でも私の好きな、とろーりトンカツソースは手に入りにくいのです。

ゆずドレッシング、ごまドレッシング、日本のビールなど、、、。

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職場用に買った各種カップラーメン。

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前記事のモラルに欠ける店舗とは異なり、こちらのお店では、賞味期限が2ヶ月程度に迫った商品をその旨表記して、値引きして売っています。

今回のように沢山買えば、送料の元はすぐに取れます。乾物だけなら、300g、3,34ポンドから送れますし、お友達同士で共同購入という手も。注文してから1週間ほどで届き、包装も丁寧で、満足できるサービスでした。ストックホルム以外の都市にお住まいの在瑞邦人の方にとっては、更に利用価値があるのではと思います。海外在住の身では、品揃えを眺めるだけでも、かなり幸せな気分になります。

諦めないことの素晴らしさ

オリンピックではドラマが沢山生まれます。

日本の男子フィギアの羽生選手の金メダル、そして、ジャンプの葛西選手の銀メダル、、、。日本人としては本当に嬉しい!

そして、昨日今日で、スウェーデンが距離スキーリレーで男女アベック金メダルを獲得。

今日は男子。先発の選手がスタート1分でスキーが外れるアクシデントで30秒ほど遅れを取ったにもかかわらず先頭を奪い第2走者へ。常にリードを保ったままの優勝だったので、最後に国旗を受け取ってゴールに入ってくるところで感動。

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しかし、昨日の距離スキー女子は、感動のレベルが違いました。

第三走者はトップでの出発でしたが、3位で最終走者へ。1位との差30秒近く。女子は20kmのレースで、各走者5kmですから、金メダルへ届くには少々無理があるかと感じられました。スウェーデンの最終走者は、この日までに2つの銀メダルを取った、Charlotte Kalla。

驚異的な追い上げで、ゴール直前で追いつき、、、(この時点では、フィンランド、ドイツ、そしてスウェーデンの順)

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最後のカーブでは、先行する2選手のインサイドに入り、一気にトップに躍り出ます。

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そのままゴールイン!

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30秒もの差があっても諦めない強い精神力と、そして、それを支える体力と。

思わず、涙が込み上げました。躍り上がって喜ぶ私を、不思議そうにみつめる双子。そして、私が拍手するのを見て、一緒に双子も拍手。

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imageスウェーデン国王・王妃と共に。

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Charlotteとシルビア王妃。

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Charollteの強さには脱帽です。

今流に表現するなら、「勇気を貰った」というところでしょうけれど、そんなに単純なものではありません。アドレナリンが出て、心が震えて、涙が流れる、、、。こんな体験は滅多にできるものではない、、、。26歳の彼女の勇姿に奮い立たされた私でした。

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やっとのことで昇進

つい最近まで、経済的事情により、昇進を止めていたカロリンスカ大学病院。

本来ならば、随分前に昇進しているはずだったのですが、ようやく昇進したのは先秋のこと。今日、新しいネームプレートを受け取りました。

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上が今までのもの。下が新しいもの。

スウェーデンでは日本と異なり、アカデミックなタイトルと臨床のタイトルが分かれています。

アカデミックなタイトルは、教授(professor)と、日本で言えば准教授に当たるdocentの2種類。臨床のタイトルは、指導医のようなöverläkareが最も上の位で、その下にspecialistläkare(専門医)、ST läkare(専修医)、 AT läkare(研修医)などの順に続きます。大学病院では、överläkareとspecialistläkareの間にbiträdande överläkareというタイトルがありますが、今回はそのタイトルを頂きました。

ヒエラルキーのないスウェーデン社会といいながら、このようにタイトルが明記されたネームプレートを着けているのは、非常に奇妙ですが、私の経験では、実はヒエラルキーのある社会という印象です。他の病棟で診察したり、外来を担当しているときなど、コメディカルや患者さんがネームプレートをチェックする視線を感じることが多々あります。タイトルから経験値を推測しているのだと思いますが、specialistläkareのタイトルを得たときに、随分仕事がしやすくなったと感じました。

昇進が決まったら、次は給料の交渉です。私は給料を管理する部門の担当者に連絡し、科の全ての医師の給料リストを手に入れました。これは同僚の助言があってのことです。驚くべきことに、リストは簡単に入手できます。スウェーデンでは全ての人間の所得は公的な情報として誰でも知ることができます。Skattverketに連絡して、「xxさんの所得を教えて欲しい。」と言えば、教えてもらえます。

今回の目標は、biträdande överläkareの中で最も高い給与を得ることでした。実力的に考えても、経験からも、高望みとは思えませんでしたが、スウェーデンでの経験が少ないことや、移民であること、女性であることはマイナスになると予想されました。第一回目の交渉では、「No」と言われましたが、結局、biträdande överläkareで最も高い給与を得ている医師が、年度の給与交渉で賃上げとなる同額で折り合いました。つまり、私の希望はほぼ叶えられたことになり、とても嬉しく思いました。私にとっては、収入が増えることよりも、正当に評価されることが重要だったのです。

 

 

話は変わって、最近の双子。夜はそれぞれの柵付き子供ベッドで寝ているのですが、お休みのときに、投げキッスをしてくれるようになりました。「おやすみ。」と言うのが辛くなります。しかし、ワイルド度も日々増しています。疲れ切って職場から帰宅しても、マシーンガンのように日々のルチーンをこなし、やんちゃな双子に対して切れることのないよう、悟りを開こうとしています。今までで最大のピンチ、というより、最も辛い日々のような気がします、、、。

 

「開けない夜はない。」

ことを信じて、、、。

最近のお迎え

保育園には朝の7時半前に送り届けます。Fionaちゃんという子が7時から来ていて、う「わたし」と「ぼく」はだいたい2番手。Fionaちゃんのお気に入りが「ぼく」で、いつも彼女は、「Elias!!!」と叫んで、隣に座れと言います。朝早くやってくる子供たちは、先生たちと一緒に朝食を食べるため、机を囲んで座るためです。好みのパンを自分で選び、バターやチーズを載せ、ミルクなどを貰います。我が家の双子は、しっかりと家で朝食を食べてから出かけるのに、保育園に来て2度目の朝食をちゃかり食べています。食欲恐るべし!保育園が大好きだとみえ、最近は、家での朝食、着替えが済むと、自分のオーバーオールや帽子、靴などを持ってやってきます。送り届けてからバイバイするときも、二人ともしっかり手を振ってバイバイをしてくれ、泣くこともないため、大変助かっております。

お迎えは4時前後になることが多いのですが、最後の子供になることもしばしば。子供たちのお迎えは、一日で最も素敵な瞬間でもあります。ママやパパの姿を見つけるなり、喜びの雄叫びをあげながら走ってきます。

この日は、ランチのあとのお昼寝が終わり、おやつを食べたあと、園庭で遊んでいるところにお迎えにきました。双子にとっては初めての零下10度に近い気温。因みに、零下10度より下がる場合は外遊びはさせないのだとか。

 

「ぼく」は寒さのためか、鼻を垂らしながら、私の顔を見るなり泣き出し、だっこをせがんできました。

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「わたし」は隅っこの砂場で一人ホッケーをしている男の子の見学中。私がやってきたのを見て、私を知っている同じクラスの男の子が「わたし」にママが来たことを伝えようとしています。

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二人を双子用バギーに乗せ、家路へ。

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ママは手術でお迎えになかなか来られないのですが、頑張ってます。ママが指導している専修医(ST läkare)の女医さんと。

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外科医にとって「筆を折る」こととは

「筆を折る」

外科医ならば、「メスを置く」とでも言えましょうか。物書きに(望まなければ)定年はないけれど、外科医には必ず「メスを置く」、つまり、手術をやめなければならない時がやってきます。しかし、定年よりずっと以前に、「メスを置く」ことを考えるときが、正常な精神を持つ外科医であれば必ず何回かはあるものだと思います。

 

世の中でメスの切れる名医と称される外科医であっても、トレーニングの過程、そして、新しい術式や、難しい症例を扱うことになれば、所謂、「屍を踏み越える」ことによって、技術を更に磨くというステップを避けて通ることはできません。ましてや、凡人ならなおさらのこと。

 

女性の外科医は何故少ないのか。男女平等が進んでいるスウェーデンでも然り。男社会で勝ち抜いてゆくことがタフであることは、折々述べている通りですが、それ以外の要因として、女性の感受性の強さも原因の一つとしてあるような気がしています。手術がうまくいかなかったとき、それにより自分を責める傾向は、女性外科医に強い印象があります。そして、その失敗をひきずってしまうことにより、手術をすることが怖くなってしまう、、、。

 

同僚を見回して、手術が上手な教授より若手の(教授は50代前半!)中に、手術が上手な先生がいます。勿論、男性です。彼がロボット前立腺手術を始めたときに、何と、両側の尿管を縛ってしまうということが起きました。私だったら、少なくとも数ヶ月は手術はできないでしょう。しかし、彼はその後も平然と手術を続けていました。カロリンスカ大学の泌尿器科では、世界でもいち早くロボットによる膀胱全摘を始め、中でも、膀胱摘出後の尿路変向をロボットで行う(つまり、体外ではなく体内で行う)術式を取る施設は、世界でも稀有です。今週は、そんな訳で、泌尿器科癌の治療においては、「泣く子もだまる」ニューヨークのメモリアルスローンケタリング病院から手術の見学にやってきました。連日、3つの手術室で、3台のロボットによる、膀胱全摘、前立腺全摘が行われているのを見て、驚いているようでした。現在では、膀胱全摘の部分は1時間弱で終了するようになり、総手術時間は、回腸導管で3時間、自排尿型新膀胱でも4時間強と、開腹術に劣らぬようになりました。出血は殆どしませんし、患者さんも1週間以内に退院するようになり、手術後の疼痛も激減しました。しかし、5年ほど前に私が初めてこの手術を見たときには、手術の上手な教授でも10時間近くかかり、しかもその患者さんは術後に脳梗塞を起こした上、尿管の吻合部狭窄、腎不全と合併症を起こし、現在も腎瘻を挿入したままです。その後、患者さんは教授を訴えましたが、特に外科医側のミスが認められた訳でもなく、必然的に教授はその後その患者さんを診察することもありませんでした。文字通り、その患者さんは手術の進歩のための踏み台となった訳です。

手術の失敗、というより、手術で合併症を起こした件につき、それぞれの外科医と膝をつめて話した訳ではありませんし、彼らが心を痛め、それを克服した上で続けていることを否定しませんが、男女を比べると、男性の方がタフであるように思います。

私にも、苦い経験はいくつかあります。例えば、20年ほど前に膀胱全摘をしたおばあちゃんがいました。彼女は、大腸癌で結腸半切など、いくつかの腹部手術を受けていました。手術は特に問題なく行われましたが、腸の癒着を剥離し切れていなかった横隔膜下に浸出液がたまり、感染、イレウス、腎不全となり、ドレーンを利用した腹膜透析までしました。しかし、ある日、膣断端から便の排出を認め、つまり、腸管吻合不全となってしまいました。その後、多臓器不全となり、最後はストーマから大出血して、救命することができませんでした。術後1週間以内のことで、所謂、「術死」となります。指導医のもとでの手術でしたが、執刀医であることに代わりはなく、深く深く傷付き、落ち込みました。術死の経験はその一件だけですが、苦い経験をする折々に、「筆を折る」ことを考えました。待機手術で合併症が起こった場合、外科医がメスを入れることにより病状が悪化することが有り得ますし、下手な手術をして癌の治癒が期待できなくなったり、機能を損傷してしまうことも少なくありません。人間の体にメスを入れるということは、それだけ責任が重いということです。

スウェーデンでも、数年前に同じように合併症で手術数日後に亡くなった患者さんがいましたが、執刀医は休暇中で、出勤してくることはありませんでした。日本ではそういう訳にはいきませんが、スウェーデンでは患者さんの急変時でも、主治医に休暇中の出勤義務はありません。大きな手術になればなるほど、起こりうる合併症にも大きなものが増えます。長い手術の肉体的負担に加え、合併症を乗り越えていかなければ、外科医としての腕が上がらないという精神的負担の双方を抱えるには、男性の方が有利なのでしょうか。スウェーデンにおける最大かつ最先端の大学病院の泌尿器科でさえ、膀胱全摘や前立腺全摘をする女性外科医が、私以外にはいないことは、とても不思議に思えるのですが、やはり、女性には荷が重いのでしょうか。

 

私がロボット前立腺全摘の術者を30件くらいこなしたところで、自分としては、かなりいけていると勘違いしていましたが、その後、難しい症例にあたって、その自信は見事に砕け散りました。500例ほど経験のある年上の先生と話をしたら、彼も30件ほど手術した時期に、同じような経験をしたそうです。その後も上がったり下がったりしながら、上達していったとのこと。前立腺全摘の際は、ミリメートル単位での切除範囲の決断が必要になります。切除し過ぎれば神経を損傷することになり、切除範囲が少な過ぎれば、癌が残る危険性があります。しかも、人間の前立腺は十人十色で、形も大きさも性状も人それぞれなので、十分な症例数をこなさなければエキスパートとはいえません。

 

体力、精神力の続く限り、「筆を折る」ことなく、外科医道を邁進したいと思っていますが、1歳半の双子を抱え、オンコールでも働いているので100%以上働いていることになり、正直に言えば、かなりきついと感じています。人は皆、口を揃えて、「もう少し勤務を減らした方が良い。」とアドバイスしてくれます。今後のライフスタイルについては、考慮の余地がありそうです、、、。


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