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週末ブランチ

ストックホルムのあちこちで、週末はブランチを楽しむことができます。

しばらくブランチもご無沙汰だったのですが、先週末、友人に誘われて、Clarion Hotel Signのブランチに行ってきました。

ニューヨークや東京にも支店のある、AQUAVIT東京店には行ったことはありませんが(日本に帰ってまでスウェーデン料理はないでしょう)、結構人気はあるようです。

このホテル自体、建設されたばかりの新しいホテルです。

新鮮なフルーツジュースやスムージー、お決まりのニシンなど冷たいメニュー、リブやチキンなどの温かいメニュー、パンケーキ、デザートもいろいろ。

ゆっくりおなか一杯になるまで食べました。

インテリアも素敵。

こちらの照明も変わっています。

バーコーナーの照明。なんて可愛いんでしょう!

そしてバーの椅子は、Arne Jacobsenデザイン、デンマークはFritz・Hansen社の、あまりにも有名な、”Number 7 Chair”。

こちらは、黒の”Number 7 Chair”。

こちらは、卵という意味の椅子、「Ägget」(Egg)。

北欧インテリア好きにはたまりません、、。

たまには、こんな優雅なブランチタイムもいいですね。

秋の週末

怒涛のような一週間が過ぎ、週末がやってきます。

今週は雨続きだったのですが、今日は素敵な青空。

用事があって職場へ。

今年の夏は暑かったためか、紅葉が美しいストックホルムです。

病院の裏庭にある彫刻。何だか惹かれてしまっています。

市場に寄って、いつも沢山おまけをしてくれる、顔なじみのおじさんのお店で、ブルーベリー、ラズベリー、リンゴンベリー、カンタレッラを買ったら、5キロ以上ある袋を貰いました。家に帰ってみたら、ブルーベリーが3箱、ラズベリーが3箱、リンゴンベリーが1キロ近く、カンタレッラが1キロ以上、おまけに、2色のぶどうが1キロ以上入っていました。これで100クローネとちょっと。嬉しいけれど、どうやって消費しましょうか、、、。

今日は、「スウェーデン風ミートボールの秋色ソース」と称して、通常のブラウンソースにカンタレッラを入れてみました。

何故か最近、日本の「パン粉」が、「panko」と呼ばれて、こちらでは人気なのだそうです。パン粉が無かったので、焼いてあったパンを使いました。

少々形は悪いけれど、美味しかった!

今日は、日本食品のお店で、日本のかぼちゃを見つけたので、買ってきました。

何にしようかな。天婦羅かな、、、。日本にいたら、いつでも手に入るかぼちゃですが、こちらでは貴重品なのです。

家に帰ってきたら、西の空が切なくなるほど美しかった、、、。

大国の脅しに辞せず、ノーベル平和賞選考委員会

今年のノーベル平和賞は、中国の民主活動家・劉暁波氏に。

少し前に、ノーベル平和賞選考委員会が、「劉暁波氏の選出」に対して、中国政府からの圧力があったことを発表しました。

中国が名実ともに大国となり、アメリカでさえ中国に対して強い態度に出ることができなくなった状況で、劉暁波氏の受賞はあるのかと思っていましたが、流石怖れを知らぬバイキング、、、いや、オバマ大統領に続き、大きな問題を孕む選択を敢えてした選考委員会。個人的には、選考委員長の談話のとおり、「大国となった中国が、国際社会の中における責任を果たすためにも、民主化を進めること」は必須であり、この賞によりそれが進むのであれば、「良き隣人」を望む日本人としても大歓迎。

しかし、予想にたがわず、中国政府の怒り沸騰。

CNN、BBCやNHKが劉暁波氏の受賞を報道すると、中国のテレビでは突然画面が真っ暗になり、報道規制が行われたことは、大きく報道されています。

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=tRp6l_wEZJ0[/youtube]

現在も、劉暁波氏の名前が入ったメールは送れない、ネット上の検索も規制がかけられ、そもそも、劉暁波氏の受賞自体の報道規制が取られているようです。

中国政府筋はこの決定を、(スウェーデン語で)「oklokt, arrogant och fördomsfullt(賢明ではなく、傲慢で、偏見に満ちた)」と表現されたと、スウェーデンのマスコミは報じています。

直ちに、北京駐在のノルウェー大使が、中国外務省へ呼び出され、抗議を受けたようですが(記事はこちら、)、以下のビデオにもあるように、そもそも、「ノーベル委員会」とは、スウェーデン、ノルウェーに存在するものの、いずれの政府や官庁とは無関係の、独立した機関であり、大使に抗議をすることは、全くの見当違いと言わざるを得ません。

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=Xlbuu_ltBUM[/youtube]

劉暁波氏は、政治改革と人権の重要性を訴えた「08憲章」の共同執筆者で、そのため、国家権力の転覆を扇動したとして09年に懲役11年の判決を受けました。こちらに「「08憲章」の和訳があります。ノーベル委員会も述べていましたが、インターネットで、(結果として政府批判となる)民主主義を主張したことが罪になることは、民主主義の国際社会では理解できないことです。オリンピックの開催国ともなった中国、民主化への努力をしてほしいものですが、、、。

12月10日の授賞式に、本人が出席することはありえないと考えられています。オバマ大統領は早くも、「中国は劉暁波氏を開放すべきだ」と言ったようですが、国連の潘基文事務総長は、「人権状況の世界各地での改善を望む国際的な合意が形成されつつあることの表れだ」と、非常に慎重な声明を発表しました。

ストックホルムに住む同世代の中国人は、「我々の世代はこのニュースを歓迎している。」と言っていました。情報化が日々進むこの世界で、中国政府が情報規制をして国民を操作しようとしても、限界があるのではないかと思います。是非、この平和賞をきっかけとして、中国の民主化が進むことを願っております。

Grattis!!!

Congratulations!!!
Nobel Prize in Chemistry for two Japanese researchers!!!

IVFの父、ノーベル生理学・医学賞受賞!!!

本日11時45分に2010年のノーベル医学・生理学賞受賞者の発表がカロリンスカ研究所でありました。

The Father of the Test Tube Baby

Robert G. Edwards, the 2010 Nobel Laureate in Physiology or Medicine, battled societal and establishment resistance to his development of the in vitro fertilization procedure, which has so far led to the birth of around 4 million people.」



Edwards博士は1925年、イギリス、マンチェスター生まれ。

カロリンスカ研究所から発表された資料からご紹介。

「2010年のノーベル生理学・医学賞は、Edwards博士の「不妊治療における進歩である、IVFの開発」の業績に対して贈られる。現在では、全世界において、10%以上の人間が不妊症を抱えているともいわれる。1950年代にEdwards博士はIVFの治療としての可能性に気が付いた。いかにホルモンが卵巣の機能、卵子の成熟や排卵をコントロールするかという研究が彼にアイデアを与えた。体外で人間の卵子が成熟すること、受精することを初めて示したのは彼である。また、人間の受精卵が体外で初期胚や胚盤胞に成熟することを示したのも彼である。彼の業績の結果、1978年7月25日、午後11時47分、世界で初のIVFによる赤ちゃんであるLouise Joy Brownが誕生した。Edwards博士の研究は、生殖医療を進化させ、今日、IVFのおかげで400万人近い赤ちゃんが誕生している。」

という序文で資料は始まっています。

続いて、「Infertility is regarded as psychologically stressful by most individuals and can lead to depression, social isolation and a lower quality of life.」と、不妊症が精神的に与える苦痛や、生活の質について言及しています。

排卵から着床までを示した簡単な図が示されたあと、不妊治療の進化の歴史が述べられます。

「試験管内での受精については、初めは哺乳類ではない、例えば、海洋生物などで研究された。精子が卵子へ進入する様子は1851年に初めて寄生虫(Ascaris)でNelsonにより報告された。1935年には、アメリカのGregory Pincusが哺乳類(ウサギ)の卵子が体外で成熟することを報告した。1959年にはPincusと同じラボのMin Chueh Changが試験管内で成熟したウサギの卵子が試験管内で受精し胚に成熟することを示した。しかし、当時、精子が卵子を受精させるためには、体内で活性化される(capacitation)ことが必要だと信じられていた。」

「しかし、1963年に、Ryuzo YanagimachiとMin Chueh Changがそれは正しくないことを示した。彼らは、ハムスターの成熟精子が、体内での活性化なしに卵子を受精させ、2細胞胚までとなったことを観察したのである。」

Human invitro fertilization- a monumental challenge

「20世紀の初めに、研究者たちは人間の卵子を体外で受精させることができないかどうか考え始めた。1960年代初めまで、人間の卵子については殆ど研究に進歩がなかった。」

「Edwards博士は1950年代後半、ロンドンで不妊治療法の開発に関わっていた。最初に彼が解決した問題は、IVFに適した成熟した卵子を得ることだった。1965年、彼は、卵子がその成熟過程を開始するためには、体外での24時間の培養が必要であることを発見した。1969年には、ある培養液が人間の精子を活性化させ、受精に貢献することを示した。」

The Breakthrough

「Edwards博士は人間の卵子が体外で成熟することを示したが、2細胞以上まで成熟するこはできなかった。これは、卵子が体外で培養される時間が長すぎるからではないかと考え、今度は、体内で成熟を完了した卵子を使うことを考えた。つまり、排卵する直前の成熟卵子がIVFに適しているのではないかと考えたのである。」

(ノーベル賞審査委員会資料より:受精卵は8細胞胚となる2.5日目に子宮へ移植される)

「彼は、体外から供給される性腺刺激ホルモンにより、卵子の成熟が惹起されることを示したし、卵子の成熟のタイミングなどについても良く理解していた。しかし、次なる問題は、正しい成熟過程になる卵子を十分な数だけ、卵巣から採取することであった。1960年代には、人間の卵子を採取するためには、外科的に卵巣の一部を切除しなければならず、これはIVFには適さない方法であった。1968年にLancetに掲載されたSteptoe博士の「Laparoscopy and ovulation」という論文を読んで、彼はラパロスコピー(内視鏡手術)という新しい技術を知った。これを卵子採取に使えると考えた彼は、Steptoe博士に連絡を取って、1970年には、性腺刺激ホルモンで刺激した不妊症女性の卵巣から、ラパロスコピーで卵子の採取に成功し、これは1970年のLancetに掲載された。同1970年、この卵子を用いて、8細胞胚までの培養に成功し、その成果はNatureに掲載された。これは、体外で活性化された精子が2細胞以上の胚まで培養できた初めての報告であった。」

Fig. 3. Picture of 8-cell stage human embryo resulting from IVF (Fig. 2., in Edwards et al (1970) Nature, vol 227:1307-1309).

「1971年には、これもNatureに、「Human blastocysts grown in culture」というタイトルで、16細胞胚まで培養し胚盤胞を得たことを報告している。これらは全て、EdwardsとSteptoeの共著である。」

「1970年代に、EdwardsとSteptoeは、100例以上の症例で妊娠反応陽性を経験したが、ホルモン治療した女性においては、胚の着床障害が生じ、つまり、自然流産となることに気づいた。また、1976年の最初の妊娠例では、子宮外妊娠となってしまった。EdwardsとSteptoeは治療過程における、ホルモンによる卵巣刺激をやめることを決断し、1周期あたり1個の卵子しか得られないにもかかわらず、患者の自然周期に任せることとした。尿中の黄体ホルモンを計測することで、排卵直前のタイミングで、卵子を内視鏡下で採取することにしたのである。そして、1978年、世界初めての体外受精ベビー(試験管ベビー)が誕生したのである。」

Fig. 4. A copy of the Letter to the Editor in Lancet (1978) 2:366, documenting the birth of the first IVF baby, Louise Joy Brown.

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=pqu8Y4XGFK4[/youtube]

Further developments of IVF

Louiseが誕生したあと、EdwardsとSteptoeはケンブリッジのBourn Hallに不妊治療クリニックを設立した。Bourn Hall Clinicでは、1983年までに139名、1986年までに1000人の赤ちゃんが体外受精により誕生している。今日では400万近い赤ちゃんが全世界で誕生している(スウェーデンでは新生児の3%が体外受精治療で誕生しているとのこと。)。

Further medical developments

「その後、様々な技術革新がなされた。1984年には経膣超音波ガイドによる卵子採取法が報告され、全世界に広まった。1983年のNatureには「Human pregnancy following cryopreservation thawing and transfer of an eight-cell embryo」というタイトルで、8細胞胚の凍結が報告された。PGD(preimplantation genetic diagnostics)といって、両親からの遺伝疾患を子供が受け継ぐ危険を減らす目的で、着床前診断の手法も開発された。」

(1991年には、Intracytoplasmic sperm injection (ICSI)も開発されました。)

Health status offspring conceived through invitro fertilizatoin

「IVFにより出生する子供の健康状態についても、いくつもの報告がある。多胎問題は大きな問題であり、ヨーロッパの多くの国では、強制的、自主的に、「単一胚移植」を奨めており、多胎は劇的に減っている。しかし、未熟児出産の確率は、通常妊娠と比べて2倍と大きく、これは、母体の高齢化とともに、不妊の原因となるバックグラウンドが影響しているものとみられる。Beckwith-Wiedemann SyndromeやAngelman Syndromeの発生が多少多いことが知られている。外科的治療を必要とするような重篤な奇形の増加も報告されているが、十分検討されたものではない。

Ethical considerations

Edwardsは研究の初めから、研究が孕む倫理問題については検討しており、弁護士であるDavid Sharpeと共に論文も発表している。IVFの研究を始めた当初は、宗教団体や科学者からの批判も多くあったようである。」


Conclusions

私が訳すると、本文から受ける感動が薄れてしまうので、原文を載せます。

Robert G. Edwards has developed a method to treat human infertility. This discovery represents a monumental medical advance that can truly be said to confer the “greatest benefit to mankind”. Human IVF has radically changed the field of reproductive medicine. Today, 2-3% of all newborns in many countries are conceived with the help of IVF and many individulals that turn to an infertility clinic can be helped. IVF has also opened up new ways to treat many forms of male infertility. The development of IVF recognized by this year´s Nobel Prize Physiology or Medicine has touched the life of millions of infertile people, giving them an oppotunity to have children.

(Christer Höög, Professor of Cell Biology, Karolinska Institutet, Stockholm, Member of the Nobel Assembly)

関係者の話によると、審査委員会で採決されたのは、今日の朝。史上でも最高のノーベル賞だという自負があるようです。

ノーベルの遺書によれば、「人類の益となる研究」に与えられる賞であり、確かに、素晴らしい選択だと思います。

iPS細胞研究はIVF研究の流れを汲むため、山中先生の受賞は数年先送りになるとの予測。

IVF治療の将来は、未受精卵の凍結や、凍結未受精卵からの妊娠の確率が上がって、若い女性が積極的に未受精卵を貯金ならぬ「貯卵」するのではないかと、私は思っています。スウェーデンに住んでいると、キャリアのために出産を先送りにしなくても済むようなシステムがありますが、日本では後進国も良いところ。出産をしても、そのあとキャリアに邁進できるチャンスのある社会や、出産・子育てをしながら働ける環境、システム。男性、女性、両性の意識。どれをとっても日本はまだまだです。そんな社会で女性が頑張るためには、「貯卵」でもして、体内時計に心を痛めなくても良い状況を作るようになっても不思議ではないと思います。

アンテイーク市

今週末は郊外のKistaで、大きなアンテイーク市がありました。

写真が主なので、アンテイークに興味をお持ちの方はどうぞ。

入場料も130クローネと立派なものですから、どんな市なんだろうと期待して出掛けました。

大きな会場に数え切れないほどの出店があります。

少し前まで、アンテイークのコーヒーカップなどにお熱だった私。

あのTahitiもそこらじゅうにごろごろしています。Boro、Blue Aster、後方にはAdam。

陳列台の手前中ほどの、アラビアのバレンシアは、こちらのオークションサイトでもかなり高額で取引されている人気商品です。手描きで、これが描ける職人さんがいなくなったため、廃番になったのだそう。

右端の「Zebra」。Uppsala-Ekebyの前身、Gefle社のもの。街中ではあまり見かけません。

和の雰囲気もあり、私も好きな、ドレスデン。

これは、ノルウエーのアンテイーク。Figgio社の人気シリーズ、「Turi Design」の「Lotte」。こんなに揃っているのは、初めて見ました。

貴重なPyntaが山積みに!

Lisa Larssonもごろごろ。

この猫ちゃんが欲しかったけれど、とても良いお値段だったので、今回は鑑賞するだけに。

ライオンは以前、友人へのプレゼントにしたことがあるのですが、自分でも欲しいなー。


こんなのもスウェーデンらしい。

スウェーデンのガラス会社、Reijmyreの製品は人気。赤いガラスが素敵。

キッチン用品も可愛いのが沢山!

ろうそく立てや、古いリネン。

青い塗りも古きスウェーデン。

古いインテリア。

こちらは、「黒」のアンテイーク。

会場には、バーやカフェも。

その他、古いカードや、ありとあらゆるものを売っています。

小さなマーケットとの違いは、所謂、移民が殆どいないこと。10代、20代の若い人達が沢山いるのも印象的でした。

古いものを大切に使うという文化が息づいているのを感じます。

あまりに沢山のものがありすぎて、眩暈がしそうなくらい。

結局、私はといえば、スウェーデンのアンテイークではなく、イギリスの1920年代のマホガニーの台?を、かなりおまけしてもらって購入。

グランドピアノの側にこんなのを探していたのです。少し予算オーバーだったけれど、イメージ通りに収まって満足。

インパクトファクター(impact factor)

今日は、インパクトファクター (impact factor, IF)についてなど。エキスパートの方はどうぞスルーしてくださいませ。

IFは、自然科学社会科学分野の学術雑誌を対象として、その雑誌の影響度を測る指標。The Institute for Scientific Information (ISI)の創始者であるEugene Garfieldが1955年に考案したもの。現在では、ISIはトムソン・ロイター社の一部となっており、そのデータベースJournal Citation Reportsから毎年IFを算出している。対象となる雑誌は自然科学5,900誌、社会科学1,700誌である。

雑誌ごとのIFは次のように計算される。
例えば、最も新しい2009年のIFであれば、
1) 当該雑誌に過去2年間(2007年と2008年)に掲載された論文数
2) 1)の論文が2009年に引用された回数
から、2)÷1)で求められる。つまり、論文1つあたり何回他の論文に引用されたかという指標であり、大きければ大きいほど、影響度が大きいと解釈される。

IFの数字にはいろいろなファクターが影響する。例えば、この表で最もIFの高いA Cancer Journal for Cliniciansは隔月に発行され、論文数はわずか23編。大規模な疫学統計や総説などが中心である。論文数が少ないのと、内容で、当然、引用回数は多くなる。1論文あたり80回という計算になる。The New England Journal of MedicineThe Lancetは主に臨床症例に関係する論文を取り扱う。IFトップ10には、REVと示された、つまり総説を扱う雑誌が複数あり、これは、原著論文を扱う雑誌と同じようには比較できない。

研究者の端くれであれば、原著論文が高いIFを持つ雑誌に掲載されることを夢見るものであり、夢は、Nature(IF34.5)やScience(IF29.7)、Cell(IF31.2)といったスーパー雑誌。しかし、高いIFの雑誌に掲載されたから、良い研究であるかといえばそうとも限らない。一時的にセンセーショナルな話題をさらうだけではなく、本物であれば、永きに渡って引用されるはずである。従って、引用数が時系列でどのように変化するかなども計算されている。教授ポストの選考などには、応募者の業績、つまり、論文数やそれら論文が掲載された雑誌のIFの総和を計算することがしばしばある。前述の理由によって、必ずしもそれが研究のクオリテイーを示すものであるとはいえないが、選考に際しては非常に重要である。

業績の評価では、論文数だけではなく、論文の著者の中で、どの位置に名前があるかも大事である。海外では通常、学位の指導者の名前が入った論文は、独自の研究とはみなされない。学位取得後、研究者の道を進み、少なくともprincipal investigator(PI)を目指すとすれば、学位取得の際の指導者の名前が入らない論文を発表しなければならない。その際も、筆頭著者または末尾著者であるか、corresponding author(論文の責任者著者)が価値があるもので、多数の著者の間に名前が入っている場合のインパクトは少ない。そこで、共同研究者間でどの位置に名前を載せるかで、喧嘩になることが良くある。

ポスドク時代に手掛けた研究が、Cellにほぼアクセプトされたか、というところまでいったことがある。フルタイムでおよそ2年がかりの仕事だった。2年がかりというと長いように感じる方もいらっしゃるかもしれないけれど、2年の仕事でCellに掲載されそうなデータが出るなら、それはとてもラッキーなこと。そのときの私の共同研究者は、既に、NatureやNature Neuroscience、PNASなど夢の雑誌に原著論文を持つ強者。Cellにアクセプトされそうになった状況で、筆頭著者争いの喧嘩になった。私には自分が最も研究に貢献したという自負があったから、あくまでも抵抗し、結局、筆頭著者2名、但し、順序は私が筆頭というところで合意した。しかし、研究室のボスがしっかりしていないと、こんな争いが起こるのである。結局、このラボでは、私は3つの論文から名前を外された。もともと、日本へ帰る予定のポスドクなど、虫けらみたいなものと考えるボスもいるのだろう。そのうちの一つは、短期留学できていた中国人の大学院生を私が指導したものだったので、流石に切れそうになったが仕方がない。結局、Cellに載りそうだった論文は、最後の詰めでこけてしまった。数年前に発表されたものだが、最近、これまでの引用回数が100回に近くなったことを知り、やはり良い論文だったのだと安心するとともに、嬉しく思った。

しかし、研究者の世界もどろどろとしている。データ捏造などは論外だが、良いポストを得るために、あるいは名声のために、データ捏造をする人間は常に存在する。少し前に阪大医学部・内分泌代謝学の下村伊一郎教授が起こした論文捏造事件。

これは、捏造問題で取り下げられたNature Medicineの論文である。筆頭著者は医学部学生。最後の筆者は、「Shimomura」とあり、その名前の後には、この著者が論文に関する責任を負うという意味の番号がつけられている。それにも関わらず、下村教授はこの論文に関して学生の指導をしなかったとし、捏造問題の責任回避をしようとした。結局14日の停職になっただけ。もう5年も前の事件であるが、責任を負うべきボスである教授が、医学部も卒業していない学生に責任を押し付けたことに、大きな憤りを感じたことを覚えている。

研究者という職業は本当に大変だ。臨床現場で働く医師より、ある意味、ずっと過酷だと思う。日本の研究者は、例えば、教授になれば、業績が出なくても未だに辞めさせられない、無期限の職も多い。こちらで周りを見回すと、教授であっても業績が足りずに、研究費はおろか、自分の給料の工面もできない人もいる。医師であれば、その日のスケジュールに沿って働けば毎日が過ぎてゆくが、研究者はそうはいかない。いかにモチベーションを保ち、研究を継続するか。研究にしても、自分が面白いと思ったり、高いIFを狙うような研究だけではいけない。研究費を取るために論文にするのにリスクの低い研究もしなければならない。PIになったら、大学院生やポスドクの人生もかかってくる。研究者とは自転車を漕いでいるようなもので、漕ぐ足を止めれば倒れてしまうのである。

そんな訳で、Cellに手が届きそうになった頃、思わず舞い上がって、研究一本で生きるのもいいなと、愚かな夢を見たこともあったが、所詮、私には無理と悟った。もしCellにアクセプトされていたら、人生間違っていたかもしれない。Cellクラスの雑誌に筆頭著者の論文が1本あったら、向こう5年くらいの人生設計に影響する可能性があるから。生命科学分野における基礎研究とは、人類に還元されることを目的としてなされるべきもの。だから、臨床に関わる一医師として、所謂、「ベッドからベンチへ」、臨床の観点から研究に関わることは大事だと今でも信じているし、研究の時間が少しずつ取れるようになったらいいなと思っている。

そろそろ、ノーベル賞受賞者の発表の季節。今年の医学・生理学賞候補には、日本の誇れる山中先生の名前が挙がっていると聞く。山中先生は、頭脳と、パッションと、人柄を兼ね備えた研究者という印象があるので、是非、今後の日本を盛り上げて戴きたいと期待している。ノーベル賞は確実。問題は「いつ?」。今年?来年?

非常識な人間との相互理解努力は無駄。だけど、、、。

世の中には、常識では考えられないような行動や考え方をする人がいる。そういう人たちと、理解し合おうというのは、無駄な努力。努力しても、相手は何も感じず、こちらは傷付くだけだから、やめた方が良い。

しかし、国のトップが非常識だとどうか、、、。

少し前に起きて、まだ連日ニュースを賑わせている、尖閣諸島事件。中国も日本の領土と過去に認めていたにもかかわらず、海底資源の発見後は、中国領土と主張。証拠ビデオがありながら、それを公開もせず、しかも、政治的判断を地検に押し付けた形で、船長釈放に。中国では、反日運動が盛り上がる。共産党でなければ出世できない中国。国民がどれだけ反日教育をされているか、海外でも感じることがときどきあった。私には複数の良き中国人の友人もいるし、中国人の全てを否定する訳ではないけれど、日本人はお人好し過ぎる。所詮、島国に住む日本人は、大陸人の中国人に勝てるほどの強さはない。中国外の生活が長い中国人は別だが、中国を本拠地とする中国人と仕事をすれば、すぐにわかること。日本人は、周りを見回して、人の迷惑にならないように行動する。中国人は、自分の利益のためなら、何でもする。私は以前、研究室で自分で調整した試薬を盗まれたし、同僚は自分の実験で生きたまま脳を摘出する予定だったねずみを殺され、腎臓を奪われた。常識では考えられないことがおきます。カロリンスカで中国人によるデータ盗難事件があったとき、中国人と間違われた私は厭な目にあった。尖閣諸島事件後、「フジタ」の社員が何故逮捕されたのか。友人にも、飛行場で何の理由もなしに拘束されそうになった人がいる。留学生用の寮で問題を起こす頻度が高いのは、中国人。毒ぎょうざ事件だって、けむに巻かれてしまったが、今回の状況はさらに悪い。中国は日本に「謝罪と賠償」を求めている。盗人たけだけしとはこのことだ。中国がこれだけ大国になって、今や、経済制裁を加えるのは、中国が日本に、という立場だ。日本のへっぽこ政治家が太刀打ちできるような相手じゃない。残念だけど。

他の危険な「国のトップ」の話題。

数日前(9月23日)、ニューヨークの国連本部で行われた一般討論演説で、イランのアハマディネジャド大統領が登場した。

2001年の米中枢同時テロは米政府による陰謀だとの“持論”を持ち出した。こちらが彼の演説の全て。

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=k4phNuwx8Hs[/youtube]

彼の演説が始まると、アメリカは勿論のこと、各国からの出席者の退席が相次いだ。イスラエルは始めから出席していなかった。

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=fP2_2i7tAhQ&feature=related[/youtube]

彼は、左手にコーラン、右手に聖書を持ち演説したが、政治と宗教のコンビネーションも、昔から危険なもの。米国の牧師がコーランを焼却しようと事件に言及し、「(コーランが教える)すべての真実と善良な判断を焼却しようとしたが、真実の焼却は不可能だった」と訴えた。

Aftonbladetの記事はこちら

conspiracy theories(アメリカ同時多発テロ事件陰謀説)が根強く存在するが、あれほど大きな事件になると、必ず「説明のつかない現象」は存在するものだと思う。私にとっては、自己の利益のために、「テロを察知していたのに無視」であるとか、「自作自演」できるような人間がいると考えることの方が恐ろしい。

イラン大統領の、「アメリカの自作自演」であるという「持論」は、今年3月にも披露された。今回は国連本部での発言。もとより、「反アメリカ」の色が強い大統領だが、イラン人のアメリカに対する嫌悪は、計り知れないものがある。同僚にもイラン人がいるのだが、そのうちイランへ帰りたいという話から、ロボット手術をやれば、という話になった。そのとき彼は、「アメリカで作られたロボットをイランが買うことは、絶対にない。」と強く言い切った。

中国の反日感情もそうだけれど、世界中にそんな負の感情がうごめいている。そしてその感情を自己の利益に利用しようとする、非常識な人間がトップに座っている国のことを考えると、性善説を信じる私にさえ、第3次世界大戦や、核戦争が、遠い将来のことではないように思えてくる。

おうちでビストロごはん

最近、心身共に疲れていて、おうちごはんに気合いが入りませんでした。

お料理番組が大好きな私ですが、その中でも、「Halv åtta hos mig」(7時半にうちで)というTV4の番組は、時間帯も19時半から30分で良く見ています。スウェーデンのそれぞれの都市で、1週間あたり4人の民間人を集めて、4夜に渡り、それぞれのお宅を訪問し、前菜、メイン、デザートの3種類をそれぞれが調理し、10点満点で評価し合います。最終日の木曜日に結果が出て、優勝者は賞金を貰うという趣旨。今週はヨテボリからで、医師やCAなど4人が参加しました。その中で、評価が高く、そそられた前菜を週末に作ってみることに。

南米はチリの前菜で、「Ceviche」というものです。

材料(マリネ液): ライム 3個、オレンジ 1個、 レモン 1/2個、 赤いハバネロ 1/4個、 塩、胡椒 適宜

材料(A): サーモン 1サク、 ほたて貝柱 4個、 えび剥き身 100 cc、

材料(B): アボガド 3個、 トマト 2個、 紫たまねぎ 1個、 マンゴー 1個、 赤ハバネロ 1/4個、ルッコラ 適宜、 オリーブオイル 50 cc、 コリアンダー 1把

1) マリネ液を作る。

2) サーモンとホタテ貝の貝柱を角切りにし、マリネ液に漬ける。えびも加える。冷蔵庫で最低1時間寝かす。

3) アボガドとマンゴー(またはパパイヤ)を角切りにする。

4) トマトを角切りにし、種は除く。

5) 紫タマネギを乱切り、ハバネロをみじん切りにする。

6) 3)、4)、5)を2)に加え、1時間寝かす。

7) 盛り付け直前に、オリーブオイルと、粗く刻んだコリアンダーを混ぜる。ルッコラとともに盛り付け。

お料理の味だけでなく、盛り付けも大事な要素。折角なので、北欧食器いくつかに盛り付けてみました。

オレフォッシュのノーベルシリーズで、マテイーニグラスに見えるけれど、実はシャンパングラスと呼ばれているもの。ノーベルデイナーでも使われます。

同じオレフォッシュで、Edenシリーズ。これは今は廃番となった小さめの楕円形の器。ガラスでも温かみを感じさせる器。

スウェーデンブランドのBoda Novaの製品で、今年廃番となったSALT & SÖTTのシリーズ。きらきら光るカットがお気に入り。

日本でも人気のフィンランドブランド、イッタラ(Iittala)のKastehelmi。もともと1964年にデザインされたもの。ずっと廃番でしたが、今年、一部、人気モデルが復刻されました。こちらは、復刻版ではなくて、アンテイーク。

友人宅で見て、そのきらきらする美しさに惹かれ、オークションサイトでこつこつと集めました。こちらは、23clのボール。

この他にも、大きめのボール、17cmのお皿、26cmのお皿、そして、エスプレッソカップを集めました。

40年以上前にデザインされたとは思えない美しさです。実物はもっときらきら光ります。

本題、前菜の「Ceviche」のお味ですが、少しハバネロを入れすぎて辛くなってしまいましたが、エギゾチックで美味しい!きりっと冷えた白ワインとともに。

そして、今日のメインは、「ポルチーニのパスタ」。

まだ市場でポルチーニを売っていたので、生のポルチーニを豪快にオリーブオイルとニンニクで炒め、角切りトマトとルッコラを。

夢見心地になる美味しさでした。

味付けは塩胡椒のみ。こういうシンプルな料理が美味しいんです。

おいしいごはんを食べると、心も体も元気になる気がします!

与党連合、過半数の夢散る

水曜日までに明らかとなるはずだった、スウェーデンの総選挙開票結果。

ようやく先ほど、最終結果が出ました。

過半数は175議席。わずかに2議席届かず。

結局、スウェーデン民主党がキャステイングボードを握ることになりました。

選挙区によっては、与野党が伯仲していたため、ここにきて選挙方法についてのスキャンダルが次々と明らかになっています。

Värmlandでは、わずか7票で、与党連合が1議席を取り損ないました。

数百もの投票券が未発送であったり、期日前投票分が開票されるべき選挙区へ送られていなかったり、投票方法に問題があったり、、、。

すでに、「再選挙」を検討するための苦情申請がいくつもされているため、再選挙となるかどうかの決断は11月になされるようです、、、。

どんなことにも、「誤差」がありますが、選挙における誤差ってどのくらいなんでしょう?勿論、今回のスキャンダルのような、「ミス」は許されることではありませんが、、。


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