Visits

Online: 1
Today: 558
Week: 1278
Overall: 5440877

Flag counter

free counters

Madame Curie(キュリー夫人)のノーベル化学賞から100周年

世界で最も美しいとも言われるスウェーデン国王の次女、Madeleine王女は、昨年婚約破棄をして以来(記事)、傷心を癒す目的もあって、ニューヨークに居を移しています。最近では、新しいボーイフレンドも出来たようで、ニューヨークでショッピングをしたり、カフェでタバコをふかしながらお茶をする姿も報道されています。ニューヨーク生活が合っているのか、国王一家が関る行事の前になると、Madeleineが帰国するのかどうかが取り沙汰されますが、今年のノーベル賞関連行事は欠席するということでした。

 

その代わりに、Madame Curieの二つ目のノーベル賞100周年を記念しての行事がニューヨークで行われ、それに出席することになったようです。Madame Curieは女性で初めてのノーベル賞受賞者。1903年に夫のPierre Curieと共に物理学賞を受賞、その数年後に、Pierreは荷馬車に轢かれて死亡。夫を亡くしても彼女の研究に対する情熱は消えることなく、「ラジウムとポロニウムの発見」により、1911年に化学賞を受賞します。radioactivity(放射能)は彼女の作った言葉だそうですが、当時は、放射線の効用だけで、副作用については知られておらず、放射線障害によると考えられる再生不良性貧血で命を落とします。研究者とは何か、全く知らなかった子供の頃、彼女の伝記を夢中になって何度も読みました。Madame Curieが夫のPierreと一緒に初めて見た、純粋ラジウム塩の青い光。彼女は「妖精のような光」と形容したそうですが、この場面には鼓動が高まったことを良く覚えています。

 

そんなMadame Curieのノーベル化学賞から100年ということで、若い女性研究者などのための会が12月10日ニューヨークで行われ、Madeleine王女が出席したそうです。彼氏がいるニューヨークからスウェーデンへ帰りたくない彼女には丁度良かったかもしれません。

 

ノーベル賞晩餐会

ノーベル賞晩餐会は、コンサートホールでの授賞式後、市庁舎で19時から行われます。

テーブルセッテイングはこのような感じです。蓋付きの食器には、前菜が。今年はオマール海老。

食器はRörstrandのNobel。ノーベル賞90周年に当たった1991年から使われているそうです。Nobelの食器には、白、青、緑、黄色が用いられており、それぞれに意味があります。

白は夏、太陽の国アフリカ、そして化学賞を。緑は春、若きアメリカ、そして物理学賞を。青は冬、古き知識のヨーロッパ、そして文学賞を。黄色は秋、アジア、そして生理学・医学賞を。

デザート用の食器はこちら。その形の可愛らしさゆえ、以前から欲しいと思ってはいますが、一客が1万円近くするため、お店で眺めるだけ。前菜用の蓋付きのものは2万円ほど。

グラスはオレフォッシュのノーベル・シリーズ。シャンパングラスは背の高いものと、マテイーニグラスのようなタイプのものとありますが、今年はマテイーニグラスのタイプ。これは私も好きで何客か持っています。前菜やデザート用にも活用できます。

そして、カトラリーはスウェーデンのGense社のNobelシリーズ。

晩餐会はシャンパンによる乾杯から始まります。まず、ノーベル財団の長の音頭、次に、国王の音頭。スウェーデン式の乾杯は、グラスを第一ボタンより上にならないように持ち上げ、周りのゲストとアイコンタクト、そして一口飲み、さらに同じようにアイコンタクトを繰り返しますが、慣れないと不自然な動きになってしまいます。

晩餐会のメニューは3皿。前菜、メイン、デザートからなります。その間に余興が入ります。

こちらでも、Victoria皇太子のお腹めがけてシャッターが。以前はゲストも写真撮影可能だったのですが、今回は禁止になったとか。私が出席したのは丁度10年前でしたが、デジタルカメラが出たばかりで、画質はお粗末なもの。さらに、最初のシャンパンと雰囲気に酔っ払って、写真を撮ることも忘れていました。

日本と同じように、スウェーデンでも、各有名人の「ファッションチェック」もあります。いつも可愛らしいラインフェルト首相の奥様のフィリッパは、自身、医療システムに力を入れる政治家ですが、上品なファッションも私のお気に入りです。今回は敢えてネックレスを省略して大振りのピアスだけにして大成功!

デザートにソースを掛けてもらう国王。随分前にお忍びで行ったストリップバーで撮られた写真にまつわり、マフィアとのコンタクトが取り沙汰されたことが、また最近蒸し返されて、針の筵に座っているであろう彼。

最後に、最後に各賞の受賞者代表一人ずつによるスピーチがありますが、余興よりもスピーチの方が興味深いのが常ですが、今年は、最初の物理学賞受賞者のスピーチと、脳梗塞後、半身と話の不自由なスウェーデン人文学賞受賞者にかわっての妻のスピーチが良かったくらいで、がっかりしました。

経済学賞は、厳密にはノーベル賞ではなく、「スウェーデン国立銀行賞」になりますが、その受賞者の一人が、

「One cannot learn while one is talking.」ということを言っていて、それが印象的でした。

 

Nobeldagen

昨日、12月10日はNobeldagen。アルフレッド・ノーベルの没日です。Nobeldagenについては、過去の記事を()。

去年は、授賞式に参加しましたが(記事)、今年は丁度出張があったため参加は断念。日本人の受賞も無くて、寂しい限りです。

 

今回、私にとって印象深かったのは、やはり、生理学・医学賞です。以前勤務していた大学病院で、手の施しようのなくなった腎臓癌の患者さんに、樹状細胞を使った独自の免疫療法を行っていたこともあり、研究内容にも興味がありました。同時に、樹状細胞を発見したRalph M. Steinman氏が、受賞発表3日前に膵臓癌のため命を落としていたという逸話も加わって、非常に印象深い賞となりました。

樹状細胞の名は、その形態から名付けられたものですが、博士の妻であるClaudiaさんが、細身で手足が長いことから、「Claudia Cell」と呼ばれたという話もあるそうです。

樹状細胞は、抗原提示細胞とも呼ばれ、取り込んだ抗原をT細胞やB細胞に提示することによって免疫反応を活性化します。2007年に博士が膵臓癌の診断を受け、手術となったとき、彼の共同研究者は協力して摘出された腫瘍を用いて治療に必要な樹状細胞の培養を行ったとのこと。診断時には数ヶ月の余命宣告をされたにも関わらず、4年半も生きることができたことは、彼の樹状細胞療法が有効であったことの証拠であるともいえます。

授賞式では、亡くなった博士に代わってClaudia夫人が国王からメダルを受け取りましたが、受け取ったあと、天に向かってキスをしたのがとても印象的でした。博士には一男二女がいますが、テレビ局勤務の双子の姉妹の一人は、インタビューで、父親から、「自分が最もパッションを感じる仕事を選ぶように」と言われ、職業の選択は自由であったことを語っていますが、何事も「パッション」が大事であると信じている私は、思わず大きく頷いてしまいました。今回、受賞者が亡くなっていたにも関らず授賞を取り消さなかったのは、ノーベル賞選考委員会の何とも粋な計らいでした。

 

ノーベル賞関連行事といったらスウェーデン王室は外せません。今年もMadeleine王女は欠席。後にふれますが、ニューヨークでのMarie Curieのセレモニーに出席。3月に出産予定のVictoria王女のお腹に注目は集まったようです。ある筋によると、ドイツでIVFの治療を受けたらしいということですが、そのため、もしかしたら双子という噂もあります。その場合も、第一子が皇太子になります。

仲睦まじいVictoria皇太子夫妻。

 

こちらは、同日にオスロで行われた平和賞の授賞式。ノルウェーの皇太子夫妻も仲睦まじくて素敵です。

平和賞を受賞した女性3人。

ノルウェー国王夫妻、皇太子夫妻と。

独居老人の悲しい話

スウェーデンで働くようになってから、80代後半、ときに90代の患者さんを診察することが良くあります。日本では、沖縄勤務だった頃は、本土に比べると、多くの高齢の患者さんの診察をしていましたが、東京では超高齢の患者さんはそれほど多くありませんでした。日本のカルテは、「明治、大正、昭和、平成」といった元号で生年を表記していましたので、明治生まれや大正生まれの患者さんが受診すると、「高齢」という感じがしましたが、スウェーデンでは当然西暦表記ですので、当初は感覚が掴めませんでした。今までスウェーデンでは、99歳が最高齢で、100歳超の患者さんは未だに診察したことがありませんが、恐るべきことに、90代の患者さんでも一人で受診することがあります。

最近診察した80代後半の男性。転移のみられない浸潤性の膀胱癌で、既往歴もないため、膀胱全摘を予定していました。何と、ストックホルム市内のアパートに独居。一週間に数回の掃除と買い物のお手伝いに来てもらっている他は、自立しています。しかも、最近、ほぼ視力を失ったとのこと。それでも、自分で料理をしているそうです。3人いる子供は遠くに住んでいて、受診の日はそのうちの2人が付き添い。視力がないということを知らなかった私は、手術の話を始めたのですが、そこで、娘から、「お父さんは目が見えないし、一人で住んでいるから、ストーマの管理が出来ないのではないか。」という発言。そこで、手術以外の治療法を説明することになります。転移のない浸潤性膀胱癌であれば、膀胱全摘が一番ですが、根治に近い治療としては放射線治療もあります。しかし、放射線治療には副作用もありますので、高齢で盲目の独居老人ということであれば、無治療という選択肢も。

日本であれば、子供が3人もいれば子供と同居することが多いので、ストーマは家族が管理する手もありますが、スウェーデンでは親との同居というのはまず有り得ません。子供が親を介護など考えられませんし、ましてや、嫁が義両親を介護などとんでもない話です。この患者さん自身も、「今、症状がある訳ではないから、治療しなくてもいい。もう、十分生きてきたし、一人で目がみえないし、、、、。」と言います。何だか、胸が詰まるような気持ちになりました。

しかも、話をしてみると、39度台の熱が夕方になるとあり、診療所を受診したところ、抗生物質を処方されただけだったと。

「今も気分が悪いのでは?」と訊ねると、頷く患者さん。子供たちは、「こんな老人を週末に処方だけで放り出し、目もみえないのに、薬局を探し回らなければならなかった。」と怒り心頭。

熱はなさそうだが、脈を取ると、一分120ほどの頻脈。聴診上は不整脈はないが、収縮期雑音が聞こえる。大動脈弁狭窄症を持っているらしい。肺野を聴診すると、バリバリ音がする。

「スウェーデン人男性は、辛くても、辛いって言わないから、、、、。辛いときは辛いって言わなきゃだめでしょ。」と彼に言い聞かせながら、救急外来へ緊急の診察依頼を書きます。

「おそらく入院が必要だから、すぐに救急外来へ行ってください。」

日本だったら、自分の科のベッドを手配して入院させるのでしょうけれど、スウェーデンではそうはいきません。原疾患があっても、緊急性のある症状が他科のものであれば、救急外来へ回しますし、自分の科のベッドに空きがなければ、仕方がないので救急外来へ回し、救急外来の病床コーデイネ―ターにベッドを手配してもらうことになります。今回は、16時頃に救急外来へ行ってもらったのですが、18時には血液検査も終わり入院となりました。CRP200以上、白血球数2万以上もあり、高齢だし危ないところでした。

肝心の膀胱癌の治療ですが、患者さん自身は「無治療」という方向に傾いていて、とても切ない気持ちになります。

「高齢者が子供の世話にならない」で、出来る限り高齢者が自立し、介護は第三者の手に委ねるというスウェーデンのシステムには、基本的には賛成です。日本のように、未だ、「長男の嫁」が介護の犠牲になることには、疑問を感じます。身内の介護には報酬がありませんが、第三者の介護には報酬が発生し、従って、国にとっては税収となり、それをさらに福祉に回すことができます。子供世代だからといって、親の年齢まで生きることが保障されている訳ではありません。基本的に介護の責任が子供にかかるのは好ましくないと思っています。しかし、今回のような「独居高齢者」の実態、「独居」により治療が制限される可能性があることを目の当たりにすると、複雑な想いになります。

私などは、現在、両親がなんとか健康であることや、妹が両親と同居していることに甘えて、日本から遠く離れた土地で親不孝をしておりますが、そんな自分の人生も振り返り、出口の無い迷路に入り込んだような気持ちになってしまいました。

高齢者が患者さんであることが多い泌尿器科。スウェーデンの高齢者は、日本に比べて自立しているという印象です。80歳代であれば、たいてい一人で外来を受診しますし、90歳代であっても一人で来院することは珍しくありません。手術目的の入院の際も一人、退院も一人。先日も、80代後半の男性で、90代の奥さんの介護を自宅でしているという患者さんに会いました。「若い世代のお世話にはならない。」という気概は、日本人も見習ってもよいことでしょうけれど、日本式とスウェーデン式の間で中庸を得たシステムというものは実現しないのでしょうか、、、。

出産ラッシュ

この1年、職場では相当な出産ラッシュです。

3人の子供のパパとなった小ボスも、最近まで育児休暇を取っていたし、現在も、子供の送り迎えや、子供の病気の際には欠勤するなどしています。再婚して50代で4人目のパパになった人も数名。出産した女医さんも複数。

この次は、奥さんが来週予定日となっている専修医のO先生。何と、これで4人目。因みに彼はバツはありません。

赤ちゃんが生まれたら、パパも2週間ほど育児休暇を取るのが通常となっているので、これから年末に掛けての戦力低下は痛いところですが、スウェーデンではごく当たり前なのです。(週末にはウイークデーの60%ほどに病床数を減らすことになっているため、金曜日はとにかく退院努力をしなければなりません。しかも、ベッドが足りないために、本日は2件の手術が延期になりました。これもスウェーデンならでは。キャンセルによって患者さんは、1500クローネほど給付が出ます。)

スウェーデンでは、女性医師が出産や育児のために働くことをやめることなど有り得ないことです。この国では、勤労して、税金を払って一人前ですから、原則、専業主婦は存在しません。生活のための補助金を受給していなくても、この地に住んでいること自体で税金のお世話になっている訳ですし、戦争難民を除き、全ての人間が同じ費用で医療や福祉などの現物給付を受けているのですから、働いていない人は何かしらの形で他の人が働いて収めた税金の恩恵を受けていることになります。私も、奨学金で生活していたポスドク時代に、喘息発作で緊急入院したことがありますが、その際も、スウェーデン人と同額の救急外来受診料を払っただけ。ときに、スウェーデンはかなり太っ腹だと感じることもありますが、日本でいう所謂、「生活保護」にあたる人たちでも、一定額の受診料や薬剤費を支払わなければならないシステムは、日本より優れていると思います。子供がいなくて健康な私は、おそらく40%に近い所得税を払っても、税金の還付を受けることはないのですが、移民である自分を受け入れてもらっているだけでスウェーデンに感謝する気持ちです。

基本的に全ての人間が働き、高い税金を納めるおかげで、高福祉が実現し、従って多忙な医師でも出産ラッシュが可能な訳です。他人の子供でもとても可愛いと思う私には、4人目の子供に恵まれるO先生のことは、ちょっとうらやましい。一人くらい分けてくれたらいいのに、なんて思ったりします。出産を控えた奥さんに代わって、今日もO先生、少し早引けして3人の子供を保育園にお迎えに行きました。元気に赤ちゃんが生まれてくるといいな。

前立腺癌に対する新薬

バブルの終わりに研修医として働いていましたが、あの頃はMRさんの活動が非常に盛んでした。カンファレンスには豪勢なお弁当が届けられ、定期的に「鉄人のレストラン」などの豪華レストランでの接待もありました。女医さんを招待できないような接待も。バブルもはじけて、製薬会社の接待への規制も強まり、殊に、国立大学へ勤務していた頃は接待は殆どありませんでした。

スウェーデンでは、日本のような接待はありません。日本では「薬の説明会」に豪勢なお弁当が出ることは当たり前でしたが、スウェーデンではサンドイッチとか、ケータリングのランチだったりします。その反面、ヨーロッパ泌尿器科学会やアメリカ泌尿器科学会といった大きな学会への旅費援助や、講師を招いての講演会と夕食会が組み合わされるような企画があります。

今回は、ランチタイムを使って、前立腺癌に対する新薬の説明会がありました。前立腺癌の腫瘍マーカーであるPSA(前立腺特異抗原)が臨床の現場で使われるようになってから20年ほどが経ちました。そもそも、1991年にNew England Journal of MedicineにPSAが前立腺癌検出に有用な腫瘍マーカーであることが発表されたのが始まりです。PSA導入以前では、前立腺癌を早期に発見することは難しく、当時はD2癌(骨転移あり)が多かったように記憶しています。前立腺癌全摘は転移のない早期の局所癌に対して行われるため、手術症例自体、殆どありませんでした。早期癌に対しては、患者さんの年齢や全身状態、症状、癌の悪性度などによって、経過観察、外科的治療、放射線治療、ときにホルモン治療が行われます。進行癌、殊に、転移を有する癌の場合は、局所療法である外科的治療や放射線治療の適応ではありませんので、全身療法であるホルモン療法の適応となります。

 

アンドロゲン(男性ホルモン、テストステロン)によって前立腺癌は増殖します。テストステロンの殆どは精巣から、5%ほどが副腎から産生されます。

このため、前立腺癌のホルモン治療では、抗テストステロン剤や、テストステロンの合成を刺激するLH-RHという視床下部から分泌されるホルモンの類似薬を与えることにより、精巣からのテストステロンの合成 を抑制する方法があります。後者は薬物的去勢とも言われ、以前は外科的に去勢術を行っていましたが、現在では3ヶ月に1度の注射で済む薬物的去勢が主流になっています。

ホルモン治療は殆どの症例で初期は非常に有効ですが、時間とともに癌が治療に反応しなくなり、PSAが上昇してきます。以前はこれを「ホルモン抵抗性癌」と呼んでいましたが、現在では、「去勢抵抗性癌」と呼ぶようになりました。なぜなら、この癌は体内に低濃度存在する副腎からのテストステロンや、癌細胞自身が産生するテストステロンにより増殖することがわかってきたからです。去勢抵抗性癌に対する治療は、女性ホルモン治療、そして、抗癌剤である、タキソテールによる治療があります。スウェーデンでは、タキソテールは、転移と転移による症状がみられる場合に癌専門医によって行われます。タキソテールの効果も期間限定で、タキソテールが効かなくなった癌に対してはお手上げ状態でしたが、そんな癌に対しても有効なのが、この新薬、Abiraterone(Zytiga)です。

男性ホルモンを含め、ステロイドやアルドステロンなどのホルモンは、体内でコレステロールから形成されます。

ホルモン生成のステップにはそれぞれ酵素が必要ですが、テストステロン生成に必要な酵素に17α-hydoloxylaseがあります。Abirateroneは、この酵素の働きを阻害することによって、テストステロン生成をストップさせるのです。

通常のホルモン療法では、副腎由来、あるいは、腫瘍由来のテストステロン生成をストップできず、それら微量のテストステロンによって腫瘍は増殖を続けます。

ところが、新薬Abirateroneは、テストステロン生成を全てストップさせることができるのです。

今年の5月のNew England Journal of MedicineにAbirateroneが転移性前立腺癌患者の生存を延長したという論文が載っています。

生存率だけでなく、疼痛の軽減にも非常に有効であるそうです。

Abirateroneは、外科的去勢あるいは薬物的去勢と共に用いられます。また、17α-hydoloxylaseを阻害することによって鉱質コルチコイドが上昇し、低カリウム血症などの副作用が出るため、ACTHを抑制するステロイドと併用します。食前2時間内あるいは食後1時間内の内服は避けます。これは、食事に含まれている脂肪の影響を最小とするためです。

適応はタキソテール不応性の転移性前立腺癌。治療法が無くなった前立腺癌の患者さんには福音となる新薬です。一日4錠1000mg。一ヶ月の薬剤費は3万クローネ(約36万円)ほど。スウェーデンでは、薬剤の自己負担最大限度額があるため、患者さんがこの薬剤費を負担する必要はありませんが、各診療科の負担となるため、適応決定は厳密にしなければなりません。日本では、高額治療であっても、適応決定が患者さんの意思に強く影響されます。日本の医療費が増加し続ける理由の一つには、治療適応を患者さんの希望により決定しているという事情もあると思っています。死期の近い癌患者さんに、「家族の希望」により、治癒の可能性のない上、副作用の強い抗癌剤治療をすることは日本では珍しくありませんが、それは製薬会社の利益に貢献するだけで、人道的にも医学的にも、さらに、医療経済的にも好ましいことではありません。

Abirateroneは日本ではまだ承認されていませんが、承認されれば、この薬を使用したことのない患者さんであれば効果が期待されますし、Abirateroneには大きな副作用がないため、患者さんにも優しい治療だといえます。しかし、高額な薬であるため、希望する人が全て治療を受けられることにはならないと思います。前立腺全摘術にしても、開腹手術よりロボット手術の方が、あらゆる面で優れているにもかかわらず、100万円ほどの個人負担ができなければ、優れた治療を受けることができないという、アメリカ的な面もある日本の医療現場。それでも、今のところ日本国民は比較的平等な医療を提供されていると思いますが、高齢化、医療技術の進歩により、医療費は確実に増加する中で、「無駄な」医療費を削減しなければ、日本の医療は近い将来必ず崩壊します。世界に誇れる医療技術を有している日本であるのに、このままでは自滅してしまうというのが、日瑞両国で医師として働いてみて思うことです。Abirateroneの話題から随分離れてしまいましたね、、、。

Tjejmiddag:泌尿器科女子会

カロリンスカ大学病院は、Solna院とHuddinge院に分かれており、泌尿器科はその両方にあります。患者さんは住所によって所属する病院が決まっていて、一般泌尿器科であれば、住所により決められた病院を受診しますが、特定疾患や手術については、SolnaとHuddingeで分担が決まっており、住所にかかわらず振り分けられます。例えば、ロボットによる前立腺全摘や膀胱全摘はSolna、腎臓癌はHuddingeという具合。

Solna院には女性ボスを含めると9名の女医さん、Huddinge院には3名の女医さんがいます。そのうち専門医はSolna院に4名。母校では初めての女性泌尿器科医で、女性の同僚と働いたことはほとんどなかった私にとっては、とても刺激的な環境です。男女平等の国スウェーデンといえども、やはり、外科医の世界は男性が優勢。そんな中で、女性同士の交流はとても大切です。ということで、女子会(最も若い女医さんでも30歳前後ですから、とても「女子」といえる年齢ではありませんが、いまどきの言葉を一回使ってみたかっただけなので、お見逃しを!)が企画され、8名が参加しました。現在、2名が育児休暇を取っていますが、その中の一人も2ヶ月の赤ちゃん連れで参加してくれました。

場所は、Solna院からも程近く、お財布にも優しいStockholms Internationella Restaurangskola

Gymnasium(日本では高校にあたる)の年齢で、レストランブランチに将来進みたい学生さんが学ぶ学校に併設するレストランです。毎週木曜日に、各週異なるテーマの5皿からなるコース料理が220クローネでサーブされます。お料理に合わせた、食前酒、白ワイン、赤ワイン、食後酒のワインパックが150クローネです。

その晩は、「フランス」がテーマ。

メニューはこちら。

それぞれのテーブル毎にサービスしてくれる学生さんたちが、とても可愛いのです。ときには、カトラリーなどを落としたり、高校生らしい間違いもありますが、初々しくて一生懸命で好感が持てます。

 

前菜の前にアミューズがあり、前菜はポーチドエッグ。

魚料理はナマズ。脇に添えられたにんにくのグリルが思いがけずおいしい。ナマズの下にはズッキーニのスライス。

お肉料理には野菜のピュレが添えられて。ベジタリアンの同僚には、違うお料理が出ました。この柔軟性もポイント高し。

シェブレにカラメライズされたクルミ。ルッコラの苦味と合います。

最後は、パイナップルのフランベです。各テーブルでサービスされます。隣のテーブルでは、先生が一緒に。

我々のテーブルの担当の可愛い学生さん。

大成功!

ホイップクリームと、アーモンドのクッキーが添えられて、とてもおいしかったです。

おいしい食事とワイン、楽しい会話で、6時半から9時まであっという間に時間が経ちました。女性同士協力しあって頑張ろうという話にもなりました。最後に泌尿器科女医陣をこっそり初公開!勿論、全員外科医です。中には3人の子供のママもいます。スウェーデン人女性のたくましさには学ぶことも多い日本人の私ですが、実は私が最もきつい手術をやっているのは何だか皮肉です。精神的なタフさ、男性に伍してゆくという意思と戦闘力に関しては、私はまだまだスウェーデン人女性には及びません。

ギリシャの不思議

ロボットの前立腺全摘術においては、ヨーロッパでトップクラスの症例数を誇るカロリンスカ大学病院には、EU内外から手術を学びにくる医師が常にいます。中でも、ギリシャからは多くの泌尿器科医がそれぞれ6ヶ月ほどの期間研修します。現在も3人のギリシャ人が研修中。

ギリシャといえば、2009年10月、前政権による財政赤字の粉飾を首相が暴露したことが発端となり、経済危機の連鎖の始まりの原因となった国。ギリシャの信用は地に落ちました。各格付け会社はギリシャ国債の格付けを引き下げ、ギリシャ国債は暴落。この影響により、株価が下落するだけでなく、ユーロも各通貨に対して値を下げました。

ユーロに参加するには財政赤字がGDPの3%以下、政府債務が60%以下という経済収斂基準がありますが、モラルハザードの問題を抱える国が自国の危機を他国が救済することを期待した今回の危機では、いずれの基準も遵守されませんでした。脱税や汚職の文化、さらに怠惰な国民性を持つギリシャ。格差社会。年金給付水準が高い上に、給付開始はおよそ55歳。

手術支援ロボット、ダビンチの値段は1台約2億5000万円、維持費も年間約2500万円と高額。1症例あたりの消耗品はおよそ40万円。現在日本では、患者さんの個人負担は100万円から150万円ほどかかるようです。経済危機にあるギリシャから、これほど数多くの泌尿器科医がロボット手術の研修にくることは、とても不思議な気がしますが、ギリシャの格差社会の富裕層の数は少なくはありません。研修に来ているギリシャ人医師によると、病院で手術を受けるためには、「under the table」、つまり、賄賂が必要なのだそうです。流石、賄賂社会です。そもそも、ギリシャ人が研修に来ることで、我々泌尿器科としてのメリットはほとんどありません。我々自身、トレーニングしなければならないのに、ギリシャ人に症例を取られたりすることには納得がいかないのですが、我々の仲間の中には、ギリシャへ手術に行ったりしている人間もいて、なぜギリシャ人を受け入れるのかということの裏にはいろいろな事情があるようです。

EUに加盟しているスウェーデンですが、ユーロには非参加。よって、今回のギリシャの経済危機において、救済に加わる義務はないのですが、最近、Financial Times の「2011年の欧州で最も優れた財務大臣」に選ばれた、スウェーデンのちょんまげピアス男、Anders Borgは積極的に救済に参加する立場を取っています。

告知をめぐる文化

癌の告知は、日本でも最近は普通になってきているが、それでも、家族が本人への告知を希望しない場合がかなりある。

そんな医療現場の文化に慣れてしまっていた私は、スウェーデンの文化に衝撃を受けたものだった。

スウェーデンの文化とは、「本人絶対主義」。患者さんに意思疎通能力がある限り、癌の告知を含め、本人に話さなければならない。ときには、患者さん自身が、家族には秘密にしてほしいという要望を出すこともある。その要望に医療従事者は答えなければならない。日本だと、患者さんの家族に訴えられたりすることを避けるためにも、家族への説明にも多くの時間を割かなければならない。インフォームド・コンセントは日本では書類作成の上、署名するなどしなければならないが、スウェーデンではそんな手続きはなく、まだまだおおらかである。

スウェーデンの文化と日本の文化を双方体験してみて、もともと「癌を告知しないこと」には消極的な考えを持っていた私は、ますます、その思いを強くした。人生はその人のものである。人生に大きな影響を及ぼす事象について、家族であっても他人が情報操作することは許されないと思う。自分が持っている時間が長いのか短いのかを知り、自分の人生の台本を手直ししなければならない。

そして、人間とは意外に強いものである。出身、年齢、性別、学歴、職業など様々な患者さんにスウェーデンで会ってきたが、非常に厳しい現実をそれぞれが受け入れて、生きようとしている。スウェーデンでは、高度治療を必要としない末期の患者さんを大学病院に入院させることは少ないため、死の瞬間に立ち会うことはあまりないが、大学病院での治療を終えて(中止して)、在宅やホスピスに送り出すまでの管理をすることは多い。その中には、「引導を渡す」ことが当然含まれているが、早い時期に十分な告知をしているため、死期の近い人に、短い余命を告げることは回避できる。患者さんは、その過程の中で事実と向かい合い、受け入れてゆく。

手術前に行われる、初めての「癌告知」は、かなり楽である。何故なら、治療により治癒する可能性があるから。日本での「癌告知」は、日本の文化を鑑みるて非常に気を使うものであるが、スウェーデンでは、単刀直入に、「あなたは癌です」と言える。手術後の再発や転移の場合は、スウェーデンにおいても緊張する。最近、癌の再発を来たした複数の患者さんに話をする機会があったが、患者単独と話をするのか、家族と一緒に話をするのか(家族だけに話をするという日本式なやり方は、患者さんが重態であるとか、意思疎通能力がないとかという特別な状況でなければ行われない)によっても、場の雰囲気は異なってくる。ある患者さんは、尿管と新膀胱の吻合狭窄を手術する予定で開腹したら、腹膜播種がみられたため、そのまま閉腹したのだが、患者さんはベッドに横たわり私の顔を見ていたが、その傍で患者さんの手を握りながら話を聞いていた奥さんは、こらえきれず泣き出した。患者さんが奥さんの背中をさすり慰めていたが、スウェーデンではこのようなカップルにしばしば遭遇する。強いと言われるスウェーデン人女性、逆に、おとなしいスウェーデン人男性だが、なぜか、余命宣告のような場ではスウェーデン人男性は強いような気がする。

日本とは違うスウェーデンの医療現場の文化といえども、私の診療のスタイルは日本に近い。辛い状況に置かれた患者さんや家族に対しては、どうしてもドライにはなれないからである。でも、先日こんなことがあった。膀胱癌の患者さんだけを集めた外来を膀胱癌チーム4人で担当。予約制ではなく到着順に診察するため、患者さんは主治医でない医師の診察を受ける確率が高い。外来の看護師さんが私のところにきて、「先生と会った患者さん夫婦が、『Äntligen fick vi en läkare som vi kan prata.(ついにちゃんと話を聞いてくれる先生に会った。)』と話しながら帰っていったわよ。素敵な賛辞だと思わない?」日本流はスウェーデン人にも評判は良いと感じている。

膀胱癌の再発を告知した、入院中の男性。イラク人の彼は片言のスウェーデン語を話す。両側腎瘻と新膀胱へのカテーテル、併せて3本のカテーテルが挿入されている。込み入った話は通訳同席あるいは、家族が通訳となって話すため、彼の感情を理解することは難しい。腎機能の回復を待って、抗癌剤の投与ができればという状況。専修医の手術指導のため手術室へ向かうとき、彼が病棟の廊下を懸命に歩いているのに会った。「Hej!」と言って通り過ぎた。約2時間後、手術が終わって病棟へ戻ると、未だに廊下を彼が往復している。「Vad duktig du är! Jättebra!(良く頑張ってるね。とっても良いことよ。)」と声を掛けると、「Jag vill bli stark.(強くならなくっちゃ。)」と言ってはにかんでいた。父が末期癌を宣告されたとき、毎日、病院の屋上で何キロも歩くトレーニングをしていたことを思い出した。父に起きた奇跡が、彼にも起こるといいなと思った。父は告知をされて、全てを知っていたし、知っていたからこそ頑張ったのだと思う。

 

Staubの鍋

この5年間、ルクレーゼのココット・ロンド22cmとココット・オーバル27cmを愛用してきました。どちらも色はアーモンド。

ココット・ロンドは、一度、タルトタタンを作ったときに焦がしてしまって、ホーローが一部剥げた状態でした。

次に買うなら、同じフランス産の「Staub」と決めていましたが、週末市内へ出掛けたら、何とStaubの実演販売をしているところに遭遇。しかも、セールのお値段。

ルクレーゼよりも重めの蓋の裏には、丸い突起がついていて、このため、水蒸気が集められて滴下するようになっています。つまり、旨みが逃げないようになっているのです。蓋をしたままオーブンへ投入も可能。あらゆる熱源に対応可。見るからにルクレーゼより丈夫そうな表面。

平松シェフもお勧めとのこと。

 

衝動買いではないにしても、予定していなかった大物の買い物を決意。ココット・ロンドの代わりということで、丸いピコ・ココットの24cmを。Staubの方が同じサイズでも容量は小さめです。ルクレーゼの24cmであれば4.2Lのところが、Staubは3.8L。

 

ここまではすぐに決まりましたが、色選びは難しい。深い緑色が美しいBasilか黒かで迷いましたが、結局、、、、。

プロっぽい黒に。

内側には丸い突起が。

Staubで初めて作ったのは、beef bourguignon。

調理時間は2時間くらいなのに、とろけるようなお肉に仕上がりました。

ココット・オーバルの後釜もStaubかな?

次は、オーバルのグレナディンレッドがいいな。


Warning: mysql_query() [function.mysql-query]: No such file or directory in /var/www/drpion.se/public_html/alltidleende/wp-content/plugins/quickstats/quickstats.php on line 345

Warning: mysql_query() [function.mysql-query]: A link to the server could not be established in /var/www/drpion.se/public_html/alltidleende/wp-content/plugins/quickstats/quickstats.php on line 345

Warning: mysql_query() [function.mysql-query]: No such file or directory in /var/www/drpion.se/public_html/alltidleende/wp-content/plugins/quickstats/quickstats.php on line 346

Warning: mysql_query() [function.mysql-query]: A link to the server could not be established in /var/www/drpion.se/public_html/alltidleende/wp-content/plugins/quickstats/quickstats.php on line 346

Warning: mysql_fetch_row() expects parameter 1 to be resource, boolean given in /var/www/drpion.se/public_html/alltidleende/wp-content/plugins/quickstats/quickstats.php on line 346