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Disable adapted garden! 車椅子でもすいすい!

かなりの勾配があったサマーハウスの土地でしたが、土盛りをしたりすることにより傾斜の部分を少なくして芝生を植えました。しかし、芝生の上って、結構、車椅子を操作するには力がいるのですよね。

 

ということで、芝生の中に石で道を作りました。家の周りには同じく石を張り詰めました。

車椅子だけでなく、杖が必要な義母も楽に歩くことができます。

2−3センチメートルの段差でも、体が不自由な人には大きな障壁となります。日本でも一軒家などで、見栄えが良いから階段をつけることも多いですが、健康なときには理解できないと思います。私も、身障者の家族となって初めて、わずかなことが障害となり、行動範囲が狭まってしまうのだということを理解できるようになりました。ドアの開閉の向き。トイレの便器の設置の向き、出入り口の間口の1センチメートルの差の持つ意味。手すりの意味や位置、、、、。

 

アパート探しをした時でも、エレベーターがある建物でも、その手前に1段でも段差があればダメなので、その場で諦めたことも数しれず。

 

現在健康な人でも、突然不自由な身にならない保証はありません。健康な時から考えておく必要があるし、社会全体でももう少し意識が高まるといいなあと思います。

65歳以上の国会議員はなんと2%以下!

与野党勢力が拮抗し勝敗が付かなかった先日の総選挙。とりあえず、現職の総理大臣は辞任する流れになってきたようですが。

スウェーデンの国会議員は349人。その中で65歳以上の議員は2%以下、たったの6人という、日本人にとってはショッキングなニュース。18歳から29歳までの若い議員は25名。それぞれの世代から満遍なく選ばれるべきだが、若い議員は経験が少ないので、65歳以上の高齢の議員が増えるべきだという、最高齢85歳の女性議員の意見が載っていた記事でした。

遅きに失す?

とうとう、というより、やっと、カロリンスカ大学病院の院長が辞表を出しました(ニュース)。オランダ人のMelvin Samson氏です。

巨額の予算をボストンコンサルティングに払い、多くの医師が退職し、スキャンダルには事欠くことのなかった、新病院プロジェクト。この度、以前の同僚であるオランダ人を雇用し高額な給料を払っていたということがニュースになりましたが、それがトドメとなったようです。

遅きに失した感はあります。病棟とオペ室の引越しを1ヶ月先に控え、ホッとしたというか複雑な気持ちです。

寒いー!

今日はぐっと冷え込んで、朝出かけるときの外気温は4度。通勤途中のお城が綺麗でした。

 

病院の教会

スウェーデンの病院には教会があります。

カロリンスカ大学病院の新病棟にある教会は一度見た方が良いと言われていたため、見学に行ってきました。

教会とは言っても、どんな宗教にも対応できるようになっています。

スウェーデンの教会のシンボルであるガラスのオブジェ。Faith(信仰)、hope(希望)、love(愛)を表現しているのだそうです。また、3つのロウソクは、患者、家族、そしてスタッフを表しているとか。

瞑想ができる部屋もあります。

祈りの前に体を浄める習慣のある宗教の人用の浄めのできる部屋。

入り口のところには、木のオブジェがおいてあり、訪問者がそれぞれの想いを葉の形の紙に書いて木に掛けたり、祈りのノートに綴ることができるようになっています。

この時、子供を失った母親のメッセージが目につきました。子供を失っても生きて行ける力が欲しいと書いてありました。どこの誰かはわからないけれど、辛い想いを共有することで癒されることもあると思います。

日本の病院には霊安室がありますが、霊安室は、病院で亡くなられた方を一時的に安置し、医療従事者と家族とが焼香をする場となっています。

スウェーデンの病院にはそのような場所はありません。この教会は生きている人のためのものなのです。病院の教会ですから、それは、患者さん自身であったり、患者さんの家族であったりします。予後の厳しい病気の告知を受けたり、事故など突然の受傷という状況にも対応するため、24時間の対応がなされています。結婚式が行われることもあるそうです。

スウェーデンという国では、人間のバックグラウンドにかかわらず、平等に対応しようという姿勢があちこちにみられます。誰でもいつでも訪れることができる病院の教会。ここで救われる人は少なくないのではないでしょうか。

. . . → Read More: 病院の教会

笑う門には福来たる

我が家の子供達は、なかなかのユーモアの持ち主です。それに、陽気。1人でもゲラゲラ笑っています。

今日は金曜日。私はオンコールですが、その横で子供達が何かを始めました。

ジャーン!マスカットの目!

勿論、娘もやりたいに決まってます。

実は、これはパパが始めたのです。それ見て笑い転げた子供達。そして、パパの真似をして大喜びで、写真撮影をおねだり。

笑う門には福来たる。 笑えば免疫力がアップするという研究もどこかにありました。 私も、辛いからこそ笑わなければ!

家族の笑顔に救われています。

片付けをしたら、、、。

子供達の洋服の整理をしていたら、こんなものが出てきました。

生まれた時から、一つずつオムツがサイズアップする度に取っておいたオムツたち。

生まれた時は未熟児サイズ、最後はパンツタイプで、夜だけ4歳頃まではかせていました。トイレトレーニングは全くしませんでした。朝、オムツが濡れていることもなく、いつの間にかオムツを嫌がってパンツに変えましたが、それ以来、オネショも娘が2、3回くらいしたくらいでしょうか。親子ともにストレスとは無縁でしたので、ストレスを溜めながらトイレトレーニングをしている親たちに、「トイレトレーニングはしなくて良い!」と伝えたいくらいです(サンプル数2でそんなことを言うのもおこがましいのですが)。

一番小さい、未熟児用のオムツpremature。最初はこれでも大きかったんです。

小さく小さく生まれてきた我が子達。この小さなオムツ、胸が一杯になって、なかなか捨てられそうにありません。

職場での確執の背景

膠着状態の職場です。

そもそも、テーマ骨盤癌という全く新しい部門に統合される前の職場は、30年近くに渡り、1人のスター教授が実権を握っていました。スウェーデンでは、教授がボスを兼任することもありますが、必ずしもそうであるとも限りません。初期は教授がボスを兼任していましたが、ボスというポジションは会議などの臨床や研究とは無関係の雑用が多いため、自分の大学院生だった女性医師にボスのポジションを丸投げしました。そうすることにより、雑用から解放され、しかも、自分の意思のままに動くボスを据えることにより、科をコントロールすることができました。そして、ロボット手術という新しい分野を開拓することにより、世界的なスター外科医となった訳ですが、彼は女性を育てようとはしませんでした。完全に自分の意のままに動く男性ばかりをロボット手術チームに集めたのです。

 

女性医師は、そういう事情で、科の中では花形の前立腺癌や膀胱癌というサブスペシャリテイーに入ってくることができませんでした。私がその中に入ることができたのは、日本で既にトレーニングを受け、独り立ちした外科医であったからと、教授と研究上でコラボレーションをしていたというバックグラウンドがあったからです。

 

カロリンスカ大学病院の中でも、外科部門(婦人科と乳腺は除く)は女性は迫害されており、その中でも脳神経外科と泌尿器科は特に悪名が高い部門です。泌尿器科の男尊女卑の長い歴史の中で、女性医師は花形部門ではない神経因性膀胱、尿失禁などの良性疾患を担当せざるをえませんでした。そして、長きに渡り、独裁者に反抗しようという強者もいなかったのです。

 

私もその流れの中で、2008年にスウェーデンの医師免許を取得してから5年近く、300例以上の前立腺癌や膀胱癌のロボット手術の助手をしました。当初は、50例助手をすれば、コンソールに座っても良いと言われていました。50例、100例、200例、いつになってもコンソールに座らせてもらえませんでした。同時に、後からやってきた男性医師が次々と私を追い越して行きました。科のミーテイングで泣いて訴えたこともあります。それでも、多く助手をすればするほど、コンソールに座り始めてからのラーニングカーブは急峻であろうと信じてひたすら助手として耐えました。2011年に双子を妊娠し、肺塞栓、肺炎疑いで入院したり、手術室で失神したりしたこともありながら、2012年初夏に31週で破水する前日まで助手を務め続け、また、勤務が終わって手術室が空になってから、(当時はロボットのシミュレーターがなかったため)自分で手術用の箱を作り、ロボットのアームに器具をつけて、運針の練習をしたりしました。

 

未熟児で生まれた双子は母乳を吸う力が弱く、私自身の母乳の出が悪かったため、どうしても経管栄養が主体となっていました。そのうち、経管栄養を双子が嫌がり始めたとき、胃管を抜去するなら母乳育児を諦めなければならない状況に追い込まれました。苦渋の選択で胃管を抜去する決断をし、そして育児休暇を3ヶ月で切り上げて手術に復帰しました。そして2013年に念願の術者となることができ、早々に一人前の術者となりました。

 

喜びも束の間、さらに辛い道のりが続くことになります。もともと、膀胱癌をサブスペシャリテイーとしていたため、次の目標は、ロボットによる膀胱全摘と完全胎腔内尿路変向のトレーニングをすることでした。年間約120例程度の症例がありますが、当初は、術者が三人おり、1人あたり30−40例の年間症例を確保したいからという理由で術者となることを拒否されました。その後、イギリスからフェローがやってきましたが、そのフェローが教授の手足となって働くため、教授のお気に入りとなりました。しかし、彼は臨床医としては全く役に立たないどころか、医療ミスばかり冒す危険な輩でした。それでも、教授は彼をコンソールに座らせたため、私も執刀したいと懇願しました。勿論、無駄でした。教授の下で最もシニアな外科医がいますが、彼に相談したところ、「自分の妻は外科医だが、お前よりずっと不遇な思いをしている。お前は自分の境遇に満足すべきだ。」と言ってきました。彼はイスラム教徒です。当時はそのことを気にも止めなかったし、イスラム教徒のことを全く理解できていませんでした。

 

新病院になるにあたって、各部門が再編成され、膀胱癌グループのボスは腫瘍科のドクター、さらにその上のボスは婦人科のドクターという構成になりました。教授は、イギリス人のフェローを雇用することを画策していたのですが、度重なる医療ミスもあり、数年間のバトルの末、雇用に漕ぎ着けることができませんでした。怒り狂った教授は、今後は膀胱癌の手術はしないと宣言。そこから執行部と教授プラス私以外の膀胱癌外科医チームの確執が始まりました。時期を前後して、教授はアメリカの有名病院にヘッドハンテイングされたため、アメリカで75%働くということになりました。結局、膀胱全摘を行う術者は2名しかいないため、執行部は新しい術者が必要だという判断をします。順序としても、スキルとしても私が術者になるのが当然なのですが、そうは問屋が卸しませんでした。私よりも10年下の医者、しかも、経験値では20年は差がある男性の医者に、2名の術者はこっそりと教え始めたのです。そこで、会議が招集されました。会議では、ボス2人とメンバーで話し合いがされたのですが、全く埒があきませんでした。ボスが、「どうして彼女を入れないのか」と聞いても、納得のいく答えは得られません。しかし、このゴタゴタの中から、何が問題なのかが少しずつ明らかになってきたのでした。

 

「男性陣が、競争相手となるような女性を排除しようとする」行動は、スウェーデンだけでは無く、日本でも見られました。排除の対象は、「競争相手となる女性」であり、研修医やまだ駆け出しの専門医程度の女性医師は脅威とはならないため、排除の対象にはなりません。また、男性が徒党を組むやり方も、国を問わないと思います。スウェーデンでの新しい発見は、一部のイスラム教圏出身者の脊髄に染み付いた「男尊女卑」という価値観です。頭や体を隠す衣服が社会的問題になっているのは、ヨーロッパの国では新しいことではありませんが、それを、「宗教の自由は保障されるべきだ。」と言う大義名分で正当化しようとしているけれど、実は男尊女卑の実行に他なりません。コーランでは、「女性は男性の性欲を煽ってはいけない」とか、「夫以外には体を見せてはいけない」という理由で、頭や体を隠さなければならないということになっているようですが、それは完全なる男性女卑です。実際、しっかりとした職業を持ち、自立したイスラム教圏出身の女性で、ヒジャブやニカブなどを身に纏っている人をほとんど見たことはありません。くだんの男性医師には息子がいるのですが、「息子はスウェーデン人女性とは絶対に結婚させない。(イスラム教の女性と結婚させる。)」と明言しています。医師という職業を持つ人間でさえ、スウェーデンに適応していると見せかけて、内面は全く適応していないのです。勿論、そうでないイスラム教圏出身者もいます。結婚相手に非イスラム教信者を選んでいる人も沢山いますし、そういう人は思想的、文化的に適応している人たちであると考えられます。

 

スウェーデンで移民問題が無視できないほど大きくなり、移民のトラブルに疲れた人たちが今回の総選挙で極右政党、スウェーデン民主党に投票し、スウェーデン民主党は大きく支持率を伸ばしました。移民の多くがイスラム教圏出身であり、いつか取り上げますが、父親が娘を殺すなどの事件はまず、イスラム教の家族で起こります。職場では膀胱癌チームの男性医師3名以外はボスと私の味方なので、医師、コメデイカルなど様々な人が自身の見解を話してくれます。複数の人が、イスラム教における男尊女卑が原因だと分析するのは、私にとっては非常に大きな驚きでした。日本における、「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に」に象徴されるような古典的な男尊女卑は可愛いものです。イスラムの文化が絡む男尊女卑は、ものすごく根が深く恐ろしい。そんな恐ろしい男尊女卑が渦巻く職場の確執に巻き込まれてしまった自分の運命を呪うしかないのでしょうか。

スウェーデンスタイル、プラスマイナス

通勤途中で見つけたポスター。

「We love dogs. BUT pick up after your dogs, thanks』

という意味です。

つまり、犬は大好きよ。だけど、糞は拾っていってね。と。

日本では、

のような表現になると思います。

ネガテイブなことを言う時に、ポジテイブなことから始めるスタイルは、典型的なスウェーデン式だと私は感じています。ボスと話をするときでも、ポジテイブ、ネガテイブ、そしてポジテイブで締めるということが多いですね。

ネガテイブなことを言わなければいけない時でも、随分全体としての印象が変わってきます。私がスウェーデンで学んだことの一つでもあります。

プラス、マイナス、プラスのサンドイッチ方式。

 

夏の思い出1

観測史上最も暑かった夏。室内28度、室外(テラス)ほぼ40度。基本、空調なしの国としては辛かった。

 

野生のサクランボ、自分で植えたサクランボ、豊作!

Farfar(父方の祖父)が白樺の木に板を渡して作ってくれたブランコ。

白樺の木を支えとして作成中の小屋。スウェーデン語でもkojaと言います。同じくfarfar作。

私のこよなく愛する芍薬の花。

外にいるときはiPadから離れて欲しいのだけど、、、。

mormor(母方の祖母)とmorfar(母方の祖父)が日本から遊びに来てくれて、一緒にトランポリンで跳ねました。

近くの海水浴場で。喉元過ぎれば熱さを忘れるとは良く言ったもの。あの暑さが懐かしい。

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