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街の風景

最近、春を思わせるような日差しが嬉しいストックホルムですが、まだまだ雪が残り、湖は凍っています。

ある通勤帰りの景色。ここは川!?

橋から下を覗いてみると、、。

氷の上に何かが落ちています。

何と、椅子が2脚。

スウェーデンでは、ときどき、こんな理解に苦しむ光景を目にすることがあります。

スウェーデン流の洒落か?スウェーデンの駄洒落は本当に「駄」なんです。そこが少し可愛いと感じることもあるのですが、、。

スウェーデンデザインのセラミック、Mikaela Willers

アンテイーク以外の洋食器は、どちらかというとモダンなものが好きな私ですが、スウェーデンの女性デザイナーのMikaela Willersの陶器のほっこりした感じには惹かれるものがあります。

先日、NKデパートの食器売り場に足を運んだら、彼女の作品がディスプレイされていました。

私のお気に入りは、28cmの白い大皿。

周囲のバラのモチーフがとても素敵です。深いスープ皿もいい感じです。

品のあるグレーも捨てがたい。

緑色の22cmプレートを使ってRörstrandのお皿と重ねてのディスプレイ。

頭の中で妄想が膨らみます。しかし、全てのお皿は300クローネを越えるのです。

見るだけで我慢。

Mの学位審査

2月4日はMの学位審査でした。

Mのバックグラウンドは、生物学。約5年前にカロリンスカのPhD studentとして登録しました。カロリンスカのシステムでは、30ポイントの授業(フルタイムでおよそ半年分に当たります)を受講し、試験に合格することが義務付けられています。また、日本と異なり、学生は給料を貰いながら研究するため、給料を払える能力のある指導教官を見つけ、合意に至らなければなりません。以前は、場合によっては10年近く学位取得までにかかることがあったのですが、現在では、原則4年程度という規定となっています。中間点で、ハーフタイムという中間審査がありますが、これ以降は、指導教官は学生の社会保障費を国に支払わなければならないため、30%以上の余分な人件費がかかることとなるため、ハーフタイムは中間点というより、少し遅れて行われることが多いようです。学位審査を受ける条件は、正式には、1999年に出されたBologna declarationに準じており、論文数については規定がありません。しかし、カロリンスカでは実務上は、出版された論文があって、しかも、当該学生が筆頭筆者であるものが最低1件あること、その他に1件の論文かマニュスクリプトがあることが、暗黙上の条件となっているようです。しかし、実際には、例えば、最も権威のある雑誌、「Cell」にshared first author(筆頭著者だが、筆頭著者が複数いる場合)の論文が1編という場合でも、論文数が少ないなどの理由で学位審査委員会で揉めることもあります。

Mの場合、

Proc Natl Acad Sci USAと、EMBO Jというトップジャーナルに論文があり、Proc Natl Acad Sci USAではshared first authorとなっているため、審査の条件は十分にクリアーしています。

そして、学位審査用に彼女が書いた冊子がこちら。

Introduction、Aims、Results and discussion、General conclusions、Acknowledgemens、Referencesで56ページ、これに、各論文が続いて、一冊の本となります。

とにかく、気が遠くなるほどの仕事量です。

それに対して、日本の医学博士はピンキリ。ある私立医大では、卒業生の殆どが開業医となります(もともと、開業医の子弟が入学するのですが)。開業医をするのに、研究生活の経験が必要だとは思いませんが、開業医として、「学位証明書」を診察室に飾ることは、大事であるようです。そんな大学はたいてい、「東大系列」などといって、一流大学の系列となっていることが少なくなく、教授、講師陣が外からやってくることが多い。そんな場合、講師陣が学位の下請けをして、数百万円の謝礼を受けるということも行われることがあるようです。もともと、授業料だけで5000万円近く、寄付金をあわせると6年間で1億円近くのお金をかけて医師となるのですから、数百万円で学位が取れるなら安いものなのでしょうけれど、そんな学位と、PhDが同列にされることは、納得がいきません。私の母校は当時は学費も安くて、普通のサラリーマン家庭の子弟が沢山いました。母校の前教授は、「学位は足の裏についた米粒みたいなものだ。取っても食えないが、取らないと気分が悪い。」などとのたまわっていましたが、実際は米粒を取るように簡単なものではありませんでした。私が学位を取ったときには、臨床が一区切りする夜の7時ごろから実験を始め、オールナイトになることもしばしばあり、結構大変でした。臨床家としても、研究に携わり、研究者としての視点や考え方を学ぶことは大事だと思いますが、タイトルを取るためだけなら無意味。とはいえ、教授になるためには学位取得は当たり前であり、カロリンスカでも、上級指導医(överläkare)となるためには、学位がなければいけません。とても優秀な外科医で研究者でもあるスイス人の同僚は、スイスではドイツ方式で、学位というシステムがないため(博士号を取るためには、マスターからやりなおさなければならないらしい)、överläkareになることができず、最近、母国へ帰る決意をしたということもありました。どこでも、ヒエラルキーの上を目指すのは、大変な訳です。

話をMの学位審査に戻します。

9時半より、まず、opponentの講演が15分くらいあります。続いて、Mが30分ほどの発表。そして、2時間近くに渡る質疑応答。前半はopponentが全ての論文の図表について細かく質問。後半は審査委員からの質問。

前の記事で、「BUT」を言わないように、と勇気を出して注意しましたが、なんと、Mは一回も「BUT」を口にしませんでした。練習のときより格段に良い発表でした。嬉しかった。

その後、別室で、審査委員とopponent、そして、指導教官、私は副指導教官として、判定会議に出席しました。勿論、文句なしの合格。

Mとラボの仲間達は、ラボの一室で軽食を食べながら結果発表を待ちます。そこへ我々が登場。審査委員長からの発表が。

そして、合格が告げられると、シャンパンを開けて乾杯です。

そして、同じ日の夜、場所を移して祝賀パーテイー。およそ70人が集まりました。

トーストマスターは同じラボのイタリア人のPhD studentと、Mの学生時代の友人。

本人や指導教官は勿論のこと、友人や家族のスピーチもあり、盛り上がりました。

中でも圧巻だったのが、同じラボのメンバーのスピーチ。

左から、アルゼンチン人、フランス人、中国人、イタリア人。

良い仲間を持つのは、幸せなことですね。

最後に20分にも及ぶ、恒例の映画上映。これも同僚による作成。本人は泣きそうになっていました。

研究者はこれからが本番です。頑張ってほしい。

スウェーデンブランド、Nygårdsanna

クリスマスにダーラナを訪れた際に、ダーラナ発のスウェーデンブランド、Nygårdsannaがクリスマスの時期に、ダーラナにあるアトリエで行うセールに行ってきました。

今期ものが半額以下になるとあって、零下20度を超える寒さの片田舎でも、かなりの賑わいです。

ダークグリーンやワインカラーなどの、渋みのある色合い(スウェーデン語で、smutsig färg:汚い色ではなく、くすんだ色と訳すようです)が素敵なニットやドレスたち。値札を見ると、とてもステキなお値段で、「この値札から半額?」と誤解してしまったほどです。

しかし、折角来たのだからと思い、気を取り直して物色を始めると、このニットに一目惚れ。

ジャケットタイプで、何よりも品質の良さと渋い色合い、そして、アシンメトリーな柄に抵抗できずにお買い上げ。何と、1200クローネ。これで半額以下なんて、定価はどれだけ高いのでしょう、、、。

同じスウェーデンブランドのOdd Mollyよりずっと大人っぽいデザインが揃っています。また、旗艦店のみの販売で、ストックホルムにも1件しかありません。私がお店で買うことはないだろうけれど、手に入れたニットの定価をチェックしてみたいな、、、。

師匠の引退

医師として、研究者として、師匠と呼べる人はあまりいませんが、スウェーデンで、医師として初めの一歩を踏み出すのを手伝ってくれた大先輩が、少し早めの定年退職を選択しました。通常65歳、場合によっては67歳まで勤務が可能ですが、彼は65歳まで数年残しての退職になります。

医師免許取得までの6ヶ月の臨床実習の間の指導者でした。彼のスコンスカ(南スウェーデンの訛りの強いスウェーデン語)は、スウェーデン語初心者の私には非常に難しく、彼がしびれを切らして英語に切り替えたときは、悔し涙を流しました。

毎日、ランチには10クローネのサンドイッチを一緒に買って食べました。おそらく、彼の最後の開腹手術となった、腎摘術で助手を務めましたが、私のつたないスウェーデン語による意思疎通不足で、手術中に怒鳴られたのも、今となっては良い思い出です。術者としては、助手が理解しているのかどうか理解できないのは、大変なストレスだっただろうと想像します。

1月14日、彼の最後の勤務日。私は休暇を頂いておりましたが、師匠の30年を振り返っての記念講演があったので、出勤しました。人生にはいくつものドラマがあります。人生のドラマには心を動かされます。

最後のスライドは、、。

同時に定年退職する奥様の写真。

彼が「lammkött(ラム肉、スウェーデンのスラングで、歳下の(男性)のパートナーのこと)」だったなんて、知らなかった。

E先生、有難うございます!お元気で!

厳寒のダーラナ

昨年のクリスマスには、ダーラナへ招かれていたので、行ってきました。

その時期、スウェーデン中で大雪。ストックホルムから車で北上したのですが、大変な道のりでした。

大型の除雪車が2台ペアで走行しています。

除雪車の前部がこんな感じになっています。

除雪車の後方につこうものなら、前方の視界が数メートルとなり、おそろしい限り。

そんな道を抜け、シリア湖が一望できる高台へ。夏のシリア湖も美しいのですが、冬の方が美しいと思いました。

言葉にできない静寂な美しさです。零下30度。

冬も泊まれるサマーハウスに宿泊。何とも幻想的。満天の星。

暖房に加え、暖炉で部屋をあたためます。薪の燃える音とともに、何とも平和な時間が流れます。

翌日、窓からは一面の雪景色。

生憎、雪混じりの曇り空ですが、お散歩へ。気温は零下27度。サマーハウスの向こうに見える湖も一面雪で覆われています。

窓辺にクリスマスの照明を飾っている、可愛らしいお家。

雪の結晶。自然って何と美しいのでしょう!

大自然の中にいると、心が癒されます。

厳寒のダーラナでのつかの間のクリスマス休日でした。

悲しくも美しい夫婦愛

スウェーデンでは、終末期に入った患者さんは、大学病院からは退院していただき、ホスピスや在宅医療での治療となります。

「この人とは、もう二度と会えないだろうな」と思いながら、患者さんとさよならをするのは、辛いものです。

今年、恥もなく涙をこぼした患者さんの話題といえば、間違いなく、「悲しくも美しい夫婦愛」を見せてくれた彼。

彼は膀胱癌を患った70代の男性。数年前から、他の癌の治療や、心・血管系の疾患での大きな治療を繰り返してきました。運の悪いことに、膀胱癌も発見時から非常に進行した状態。抗癌化学療法を施行してから、膀胱全摘となりました。今回は、消化管と尿路の瘻孔形成の症状で入院。入院時の検査で多発性の肝転移が。通常であれば、それほど高齢でもないこのような患者さんに対しては、腎機能更なる抗癌化学療法が行われるのですが、手術前に既に抗癌化学療法が行われているにもかかわらずの再発ということで、再発癌には化学療法が無効であろうと推測されます。こんな場合、日本では他に治療法がないこともあって、無効であっても化学療法が施行され、患者さんは結局、退院もできないまま亡くなることも多いのですが、スウェーデンでは非情なまでに意思決定がはっきりしています。日本で泌尿器科癌に抗癌剤治療をするのは泌尿器科医ですが、スウェーデンでは腫瘍専門医。しかも、泌尿器科腫瘍の専門家です。この患者さんのケースも、治療カンファレンスで話し合いがなされ、いとも簡単に「無治療」という決断が下されました。また、消化管との瘻孔も、腹膜炎症状もなく、限局性ということで、現疾患が無治療であれば、こちらも無治療という外科の決断。これも、日本ではありえないことです。

以前の記事でも述べましたが、彼のようにまだ元気であっても、予後が非常に悪く、保存的治療以外の方法がない場合は、比較的早い時期から、「治療制限」についての決断をすることが奨励されています。泌尿器科のように、当直医がおらずオンコールのみの場合は、急変時に処置をするのは、急変時に対応する医療チーム(Mobila intensivvårdsgruppen、通称MIGチーム)ですが、治療制限の決定がなされている場合、その内容により診察もせず無処置とすることも可能になります。MIGチームは、小さな荷台に医療機器や薬剤を積んで、通常、緊急コールがあってから数分以内に到着し処置を行う特別な医師・看護師チームで、日中であってもときどきお世話になることがあります。

治療の制限の決定がなされると、コンピュータ上にある書式に記入します。

例えば、こんな感じです。これは、新たな治療行為開始の制限。

MIGチームの要請、集中治療室への入室、心肺蘇生、ペースメーカー、挿管を伴う呼吸管理、挿管を伴わない呼吸管理、透析、手術、放射線治療、輸血、酸素吸入、昇圧剤、抗生剤、抗癌剤、栄養、輸液がチェックリストに挙げられており、施行しないと決断されたものにチェックをするようになっています。

続いて、一度開始された治療を中止する場合のチェックリストもあります。

Beslut har tagits efter samrådmed(この決断は以下の人間の同意により下された):

Patienten(患者)、Närstående(患者家族)、Ansvarig läkare på hemklinik(該当科の担当医)、Ansvarig läkare på intensivvårdsläkare(集中治療室の担当医)

とあるように、この決断を下すのは、患者さんや家族の同意がなくとも可能。これも日本では考えられません。


彼に残された時間は、おそらく長くて数ヶ月。彼は、現実を全て理解し、受け入れていました。私が、「治療制限」についての話をしたときも、動揺を見せずに、静かに言いました。

「私に残された時間が短いことはわかっている。不必要な治療は勿論受けたくない。」

続けて、ホスピスなどへの転院の話をすると、

「私は家に帰りたい。私には、癌を患った妻がいる。彼女は長いこと闘病生活をしていて、私が家で彼女の面倒をみてきたから、早く帰らないと。」

スウェーデンでの在宅医療は非常に進んでいて、ASIH(avancerad sjukvård i hemme、高度在宅医療)という24時間体制のシステムが、居住区毎にあります。中には、必要に応じて入院できるベッドを持っているところも。医師、看護師ばかりでなく、理学療養士、社会福祉士、栄養士なども働いています。中心静脈栄養の管理は勿論、手術創や褥創の管理もしてくれます。カルテも、大学病院と共有する電子カルテを使っているところもあり、大学病院の担当医とコミュニケーションを取る場合も便利です。

肝転移によると考えられる腹水貯留も始まり、呼吸も苦しそうになってきた彼には、ホスピス転院が適当と考えられましたが、彼の妻の面倒を家でみるという意思は固く、ASIHにお世話になることにしました。

彼が言います。

「どうしてもこの週末までに退院させてください。」

週末まであまり日がなく、ASIHの審査や準備を考えると、かなり厳しい日程なのですが、どういう理由か、絶対に退院すると言います。

普段から、彼の人柄、そして、真摯に死と、自分の運命と向き合う姿に感銘を受けていた私達医療チームは何とか全ての手続きが間に合って、彼の希望が叶うように頑張りましたが、結局、ASIHは、週明けからということになりました。しかし、退院はその前の週末で、週末は夫婦二人で乗り切るということになりました。腹水、呼吸困難の彼がどうやって病床の妻を面倒みるのか、、、。

退院当日、看護師さんが涙目で私のところへやってきました。

「彼、病院のお花屋さんで、花束を買ってきて欲しいのですって。先生、何故だかわかる?今日、奥さんとの50回目の結婚記念日なんですって。」

そして、

「Vilken fin människor han är!」(なんて美しい人間なんでしょう!)

と彼女はつぶやきました。

それに対して、私は思わず、

「50回目の、そして最後の結婚記念日」

とつぶやいて、二人で涙をこぼしました。

「先生、彼は奥さんと最後のクリスマスを過ごしたいって言っていたけど、大丈夫かしら。}

「多分、それまではもたないと思う。」

というような会話をしたと思います。

私は、彼に最後のさよならが言いたかったけれど、他の仕事があって、それは叶いませんでした。

彼は、花束を手に車椅子で退院していったそうです。

数週間後、同じ看護師さんがやってきました。

「先生、知ってる?彼、亡くなったって。でも、結婚記念日が祝えて良かったね。」

そんなに早いとは、思っていませんでした。カルテをチェックしたら、退院してから、およそ1週間後の死でした。手続きのために入院を延長させなくて良かった、と思いました。

それから程なくして、彼の妻も亡くなったと聞きました。

私はそのとき思いました。

「彼らは天国で再び出会って、クリスマスを一緒に祝うに違いない。」

平均より少し短い人生だったけれど、それだけ想い合える相手とめぐり合い、50年を共にできて、幸せだったに違いありません。今、思い出しても、涙がこぼれる、「悲しくも美しい夫婦愛」の話です。

クリスマスは、スウェーデン人にとって、家族にとって、特別な日。

God Jul、Merry Christmas!!!

ノーベル賞授賞式

毎年12月10日、アルフレッド・ノーベルの命日に行われる、ノーベル賞授賞式。以前、コンサートホールで行われる授賞式と、市庁舎で行われる晩餐会とどちらも出席したことがありますが、今年は、授賞式だけ参加してきました。式が16時半から始まるため、16時15分までに着席。当日、しっかりと勤務のあった私は、15時半頃仕事を終わらせて、そのまま職場から会場へ。

コンサートホール前の市場には、いつものように、各国の国旗などを付けた黒塗りのハイヤーがずらりと駐車しています。

セキュリテイーは、流石スウェーデン、ここでも甘々。ご招待していたロンドンの大学の教授と私は同行しましたが、招待状(先日のものではなく、後日、バーコードが付いたものが送られてきました)と、運転免許証だけ。荷物検査はなし。

家族など関係者や、各国大使などが、ステージ正面の1階に座ります。私は、2階席から高みの見物。日本人2名の受賞だけあって、着物姿の邦人の姿もちらほら。

お向かいの席には、社会民主党の女性党首、モナ・サリーンの姿も。モナの向かって右は、左党党首夫妻。

一応、「式の間は撮影禁止」ということだったのですが、ノーベル審査委員のコメントのとき以外は、撮影可のようでした。

次々と審査委員および関係者が着席します。メインステージの上方には、オーケストラが。

ステージの中央には、ノーベルの像。

いよいよ、王族の入場。婚約破棄後ニューヨーク滞在中のマンデレーン王女以外のご出席。新婚のダニエル王子にとっては、初めてとなるノーベル賞行事。ビクトリアがダニエルを気遣うかのように。

各賞毎の説明がノーベル賞審査委員代表よりスウェーデン語でなされ、国王からメダルを授与されます。

化学賞のお二方も上方から。私の席はステージに向かって左手だったために、お顔を写すことができませんでした。

日本人としては、何よりも化学賞が嬉しいものでしたが、感動的だったのは、やはり医学・生理学賞。

先の記事にもしたように、IVFの父であるエドワード博士に授与されましたが、健康上の理由でパートナーでやはり研究者の妻が代理で出席。倫理上の問題で、バチカンを始めとして批判もあった今年のノーベル賞ですが、ノーベル賞審査委員も胸を張る選択。審査委員会自体も、「倫理上の問題が解決した訳ではない」としており、常に倫理問題がこれからもついてまわる治療ではありますが、既に400万を越える子供が誕生し、最初のIVFによる女性は、自身、出産もしています。インタビューでも、「IVFがなかったら、私ばかりではなく、私の子供も存在しなかった。」と言っていました。不妊治療だけでなく、IVFがなかったら、例えば、ES細胞の医学への応用もなかったでしょう。生殖細胞に対する人的操作は問題で、体細胞に対する人的操作は問題でないという考えも理解できません。しかし、このようなグレーゾーンに近い医療に関しては、倫理問題を常に考えなければならないのも確かです。

私の理解者でもあり、友人でもある、ストックホルム脊損センターを設立したClaes Hultlingが、後の晩餐会のインタビューに答えていました。彼は麻酔科医だった1984年にダイビングの事故で脊損を負いました。数週間後に結婚式を控えていました。彼のパートナーは、同級生。8年に渡る治療の結果、脊損患者を父親に持つ、世界最初のIVFによる子供である、現在18歳になる長男が誕生したのです。こちらに、彼が、カロリンスカ研究所200周年に寄せて書いた記事があります。男性の脊損患者はIVF以外に挙児の可能性はありませんが、これまでに、200人もの脊損患者を父親に持つ子供がスウェーデンで誕生しているようです。患者自身である彼がテレビカメラの前で今年のノーベル生理・医学賞について語るのを見ると、やはり、良い賞だったと思わずにはいられませんでした。

最後にこっそり。

職場から駆けつけたので、おめかしはできませんでしたが、正装が決まりなので、一応ロングドレスを着ました。

授賞式のあとです。ロングドレスはうつっていません!

Advent

クリスマス4週間前の日曜日である、今年は11月28日がファーストアドベント。
窓の外はこんな感じ。

スパイスの入った甘いワイン、Glögg(グレッグ)の季節です。

数年前にストックホルムからアメリカへお引越しなさった、Rさんから頂いたOrreforsのHotto Cup cut starという名前のグラスで。グレッグでも、エスプレッソでも、そして、前菜用にも使える素敵なグラスです。

グラスの底に星がデザインされています。このグレッグはダイダイから作られたもの。これに、干しぶどうとアーモンドを入れます。

丁度、Rさんのことを考えていたら、奇しくも、アメリカからクリスマスカードが届いていました。いつも、ありがとう!

転勤族だったことを良いことに、私は季節のご挨拶を怠けてしまっています。各方面の方々、無沙汰をお許しくださいませ。

パパラッチしてきます!

毎日忙しくて、ブログを書く余裕がありません。気が付けば、日が短くなるのもあと一ヶ月ほどとなりました。来週は早くも、ファースト・アドベントを迎えます。温かいグレッグが楽しみ!

アルフレッド・ノーベルの命日、12月10日には、ノーベル賞授賞式が行われます。今年、日本人2人が化学賞を受賞しているのは、日本人にとってはとても嬉しいこと。

授賞式は、ストックホルム市内のコンサートホールで行われます。

今年は、平和賞の問題で、ノルウェーに話題をさらわれがちな、ご本家スウェーデン。運良く、授賞式に出席できることになったので、パパラッチしてくるつもりです。

当日は一応正装とのこと。入場には、この招待状と身分証明書が必要。

生理学・医学賞のIVFの父は、健康上の理由により欠席とのこと。講演を楽しみにしていたのですが、残念です。


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