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諦めないことの素晴らしさ

オリンピックではドラマが沢山生まれます。

日本の男子フィギアの羽生選手の金メダル、そして、ジャンプの葛西選手の銀メダル、、、。日本人としては本当に嬉しい!

そして、昨日今日で、スウェーデンが距離スキーリレーで男女アベック金メダルを獲得。

今日は男子。先発の選手がスタート1分でスキーが外れるアクシデントで30秒ほど遅れを取ったにもかかわらず先頭を奪い第2走者へ。常にリードを保ったままの優勝だったので、最後に国旗を受け取ってゴールに入ってくるところで感動。

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しかし、昨日の距離スキー女子は、感動のレベルが違いました。

第三走者はトップでの出発でしたが、3位で最終走者へ。1位との差30秒近く。女子は20kmのレースで、各走者5kmですから、金メダルへ届くには少々無理があるかと感じられました。スウェーデンの最終走者は、この日までに2つの銀メダルを取った、Charlotte Kalla。

驚異的な追い上げで、ゴール直前で追いつき、、、(この時点では、フィンランド、ドイツ、そしてスウェーデンの順)

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最後のカーブでは、先行する2選手のインサイドに入り、一気にトップに躍り出ます。

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そのままゴールイン!

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30秒もの差があっても諦めない強い精神力と、そして、それを支える体力と。

思わず、涙が込み上げました。躍り上がって喜ぶ私を、不思議そうにみつめる双子。そして、私が拍手するのを見て、一緒に双子も拍手。

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imageスウェーデン国王・王妃と共に。

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Charlotteとシルビア王妃。

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Charollteの強さには脱帽です。

今流に表現するなら、「勇気を貰った」というところでしょうけれど、そんなに単純なものではありません。アドレナリンが出て、心が震えて、涙が流れる、、、。こんな体験は滅多にできるものではない、、、。26歳の彼女の勇姿に奮い立たされた私でした。

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やっとのことで昇進

つい最近まで、経済的事情により、昇進を止めていたカロリンスカ大学病院。

本来ならば、随分前に昇進しているはずだったのですが、ようやく昇進したのは先秋のこと。今日、新しいネームプレートを受け取りました。

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上が今までのもの。下が新しいもの。

スウェーデンでは日本と異なり、アカデミックなタイトルと臨床のタイトルが分かれています。

アカデミックなタイトルは、教授(professor)と、日本で言えば准教授に当たるdocentの2種類。臨床のタイトルは、指導医のようなöverläkareが最も上の位で、その下にspecialistläkare(専門医)、ST läkare(専修医)、 AT läkare(研修医)などの順に続きます。大学病院では、överläkareとspecialistläkareの間にbiträdande överläkareというタイトルがありますが、今回はそのタイトルを頂きました。

ヒエラルキーのないスウェーデン社会といいながら、このようにタイトルが明記されたネームプレートを着けているのは、非常に奇妙ですが、私の経験では、実はヒエラルキーのある社会という印象です。他の病棟で診察したり、外来を担当しているときなど、コメディカルや患者さんがネームプレートをチェックする視線を感じることが多々あります。タイトルから経験値を推測しているのだと思いますが、specialistläkareのタイトルを得たときに、随分仕事がしやすくなったと感じました。

昇進が決まったら、次は給料の交渉です。私は給料を管理する部門の担当者に連絡し、科の全ての医師の給料リストを手に入れました。これは同僚の助言があってのことです。驚くべきことに、リストは簡単に入手できます。スウェーデンでは全ての人間の所得は公的な情報として誰でも知ることができます。Skattverketに連絡して、「xxさんの所得を教えて欲しい。」と言えば、教えてもらえます。

今回の目標は、biträdande överläkareの中で最も高い給与を得ることでした。実力的に考えても、経験からも、高望みとは思えませんでしたが、スウェーデンでの経験が少ないことや、移民であること、女性であることはマイナスになると予想されました。第一回目の交渉では、「No」と言われましたが、結局、biträdande överläkareで最も高い給与を得ている医師が、年度の給与交渉で賃上げとなる同額で折り合いました。つまり、私の希望はほぼ叶えられたことになり、とても嬉しく思いました。私にとっては、収入が増えることよりも、正当に評価されることが重要だったのです。

 

 

話は変わって、最近の双子。夜はそれぞれの柵付き子供ベッドで寝ているのですが、お休みのときに、投げキッスをしてくれるようになりました。「おやすみ。」と言うのが辛くなります。しかし、ワイルド度も日々増しています。疲れ切って職場から帰宅しても、マシーンガンのように日々のルチーンをこなし、やんちゃな双子に対して切れることのないよう、悟りを開こうとしています。今までで最大のピンチ、というより、最も辛い日々のような気がします、、、。

 

「開けない夜はない。」

ことを信じて、、、。

最近のお迎え

保育園には朝の7時半前に送り届けます。Fionaちゃんという子が7時から来ていて、う「わたし」と「ぼく」はだいたい2番手。Fionaちゃんのお気に入りが「ぼく」で、いつも彼女は、「Elias!!!」と叫んで、隣に座れと言います。朝早くやってくる子供たちは、先生たちと一緒に朝食を食べるため、机を囲んで座るためです。好みのパンを自分で選び、バターやチーズを載せ、ミルクなどを貰います。我が家の双子は、しっかりと家で朝食を食べてから出かけるのに、保育園に来て2度目の朝食をちゃかり食べています。食欲恐るべし!保育園が大好きだとみえ、最近は、家での朝食、着替えが済むと、自分のオーバーオールや帽子、靴などを持ってやってきます。送り届けてからバイバイするときも、二人ともしっかり手を振ってバイバイをしてくれ、泣くこともないため、大変助かっております。

お迎えは4時前後になることが多いのですが、最後の子供になることもしばしば。子供たちのお迎えは、一日で最も素敵な瞬間でもあります。ママやパパの姿を見つけるなり、喜びの雄叫びをあげながら走ってきます。

この日は、ランチのあとのお昼寝が終わり、おやつを食べたあと、園庭で遊んでいるところにお迎えにきました。双子にとっては初めての零下10度に近い気温。因みに、零下10度より下がる場合は外遊びはさせないのだとか。

 

「ぼく」は寒さのためか、鼻を垂らしながら、私の顔を見るなり泣き出し、だっこをせがんできました。

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「わたし」は隅っこの砂場で一人ホッケーをしている男の子の見学中。私がやってきたのを見て、私を知っている同じクラスの男の子が「わたし」にママが来たことを伝えようとしています。

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二人を双子用バギーに乗せ、家路へ。

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ママは手術でお迎えになかなか来られないのですが、頑張ってます。ママが指導している専修医(ST läkare)の女医さんと。

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外科医にとって「筆を折る」こととは

「筆を折る」

外科医ならば、「メスを置く」とでも言えましょうか。物書きに(望まなければ)定年はないけれど、外科医には必ず「メスを置く」、つまり、手術をやめなければならない時がやってきます。しかし、定年よりずっと以前に、「メスを置く」ことを考えるときが、正常な精神を持つ外科医であれば必ず何回かはあるものだと思います。

 

世の中でメスの切れる名医と称される外科医であっても、トレーニングの過程、そして、新しい術式や、難しい症例を扱うことになれば、所謂、「屍を踏み越える」ことによって、技術を更に磨くというステップを避けて通ることはできません。ましてや、凡人ならなおさらのこと。

 

女性の外科医は何故少ないのか。男女平等が進んでいるスウェーデンでも然り。男社会で勝ち抜いてゆくことがタフであることは、折々述べている通りですが、それ以外の要因として、女性の感受性の強さも原因の一つとしてあるような気がしています。手術がうまくいかなかったとき、それにより自分を責める傾向は、女性外科医に強い印象があります。そして、その失敗をひきずってしまうことにより、手術をすることが怖くなってしまう、、、。

 

同僚を見回して、手術が上手な教授より若手の(教授は50代前半!)中に、手術が上手な先生がいます。勿論、男性です。彼がロボット前立腺手術を始めたときに、何と、両側の尿管を縛ってしまうということが起きました。私だったら、少なくとも数ヶ月は手術はできないでしょう。しかし、彼はその後も平然と手術を続けていました。カロリンスカ大学の泌尿器科では、世界でもいち早くロボットによる膀胱全摘を始め、中でも、膀胱摘出後の尿路変向をロボットで行う(つまり、体外ではなく体内で行う)術式を取る施設は、世界でも稀有です。今週は、そんな訳で、泌尿器科癌の治療においては、「泣く子もだまる」ニューヨークのメモリアルスローンケタリング病院から手術の見学にやってきました。連日、3つの手術室で、3台のロボットによる、膀胱全摘、前立腺全摘が行われているのを見て、驚いているようでした。現在では、膀胱全摘の部分は1時間弱で終了するようになり、総手術時間は、回腸導管で3時間、自排尿型新膀胱でも4時間強と、開腹術に劣らぬようになりました。出血は殆どしませんし、患者さんも1週間以内に退院するようになり、手術後の疼痛も激減しました。しかし、5年ほど前に私が初めてこの手術を見たときには、手術の上手な教授でも10時間近くかかり、しかもその患者さんは術後に脳梗塞を起こした上、尿管の吻合部狭窄、腎不全と合併症を起こし、現在も腎瘻を挿入したままです。その後、患者さんは教授を訴えましたが、特に外科医側のミスが認められた訳でもなく、必然的に教授はその後その患者さんを診察することもありませんでした。文字通り、その患者さんは手術の進歩のための踏み台となった訳です。

手術の失敗、というより、手術で合併症を起こした件につき、それぞれの外科医と膝をつめて話した訳ではありませんし、彼らが心を痛め、それを克服した上で続けていることを否定しませんが、男女を比べると、男性の方がタフであるように思います。

私にも、苦い経験はいくつかあります。例えば、20年ほど前に膀胱全摘をしたおばあちゃんがいました。彼女は、大腸癌で結腸半切など、いくつかの腹部手術を受けていました。手術は特に問題なく行われましたが、腸の癒着を剥離し切れていなかった横隔膜下に浸出液がたまり、感染、イレウス、腎不全となり、ドレーンを利用した腹膜透析までしました。しかし、ある日、膣断端から便の排出を認め、つまり、腸管吻合不全となってしまいました。その後、多臓器不全となり、最後はストーマから大出血して、救命することができませんでした。術後1週間以内のことで、所謂、「術死」となります。指導医のもとでの手術でしたが、執刀医であることに代わりはなく、深く深く傷付き、落ち込みました。術死の経験はその一件だけですが、苦い経験をする折々に、「筆を折る」ことを考えました。待機手術で合併症が起こった場合、外科医がメスを入れることにより病状が悪化することが有り得ますし、下手な手術をして癌の治癒が期待できなくなったり、機能を損傷してしまうことも少なくありません。人間の体にメスを入れるということは、それだけ責任が重いということです。

スウェーデンでも、数年前に同じように合併症で手術数日後に亡くなった患者さんがいましたが、執刀医は休暇中で、出勤してくることはありませんでした。日本ではそういう訳にはいきませんが、スウェーデンでは患者さんの急変時でも、主治医に休暇中の出勤義務はありません。大きな手術になればなるほど、起こりうる合併症にも大きなものが増えます。長い手術の肉体的負担に加え、合併症を乗り越えていかなければ、外科医としての腕が上がらないという精神的負担の双方を抱えるには、男性の方が有利なのでしょうか。スウェーデンにおける最大かつ最先端の大学病院の泌尿器科でさえ、膀胱全摘や前立腺全摘をする女性外科医が、私以外にはいないことは、とても不思議に思えるのですが、やはり、女性には荷が重いのでしょうか。

 

私がロボット前立腺全摘の術者を30件くらいこなしたところで、自分としては、かなりいけていると勘違いしていましたが、その後、難しい症例にあたって、その自信は見事に砕け散りました。500例ほど経験のある年上の先生と話をしたら、彼も30件ほど手術した時期に、同じような経験をしたそうです。その後も上がったり下がったりしながら、上達していったとのこと。前立腺全摘の際は、ミリメートル単位での切除範囲の決断が必要になります。切除し過ぎれば神経を損傷することになり、切除範囲が少な過ぎれば、癌が残る危険性があります。しかも、人間の前立腺は十人十色で、形も大きさも性状も人それぞれなので、十分な症例数をこなさなければエキスパートとはいえません。

 

体力、精神力の続く限り、「筆を折る」ことなく、外科医道を邁進したいと思っていますが、1歳半の双子を抱え、オンコールでも働いているので100%以上働いていることになり、正直に言えば、かなりきついと感じています。人は皆、口を揃えて、「もう少し勤務を減らした方が良い。」とアドバイスしてくれます。今後のライフスタイルについては、考慮の余地がありそうです、、、。

1歳半おめでとう!

1歳の誕生日を迎えた昨年の7月。Drottningholm城で撮影。

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あれから半年経った2014年1月3日、双子はめでたく1歳半になりました。「ぼく」はこの日、何故か突然、「Nej(No)」を連発し始め、もう赤ちゃんではないのだなあと感じさせられました。

この写真より随分大きくなった双子。1週間ぐらい前から、「わたし」も「ぼく」(エリアス)のことを、「りあ(す)」と呼ぶようになりました。二人で遊ぶ姿を見るのは、まさに双子育児の醍醐味といえます。双子育児は倍以上の苦労といいます。確かに、何をするのでも、一人余分にいるだけで難しい。しかし、喜びも大きいことを、しみじみと感じる毎日です。

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Gott Nytt År! A Happy New Year!

あけましておめでとうございます。

年末年始と、スウェーデンのカレンダー通りに休んで(働いて)おります。

年末は27日は勤務、28日、29日とオンコール、30日勤務で、年始は2日から通常勤務しております。オンコールの際の下の先生は、何と医学部最終学年の学生さん。とはいっても、そこらの駆け出しの医者よりも優秀なのです。おそらく、イスラム圏からの移民の第2世代だと思われますが、スウェーデン人に比べると、気合いが入っています。優秀でかつ緻密、慎重。文句のつけようがありません。それでも、学生さんですから、休日の回診には同席しますが、既に即戦力となっています。

この間、再び「わたし」が緊急入院することになってしまいました。とても元気なのですが、明らかに気道の閉塞音があって、聴診するとバリバリと音がするので、救急外来へ連れていったところ、そのまま入院。私はこのとき、手術中だったのですが、パパから電話が掛かってきて、オペ室の看護師さんに、「オペが終わったら連絡する」という伝言があったために、そのまま手術を継続しておりましたが、入院する羽目になったとは。手術のあと、とりあえず片付けなければならない仕事を片付け、小児病棟へ。大晦日は少しご馳走を作ってお祝いを、と考えていましたが、夢と消えました。そして、また美味しくないご飯を無理やり食べ、小さなベッドで添い寝をすることに。

前の記事でhejhejhej先生にコメントを頂いて、日本ではステロイドのパルスをしないとのことで少々心配になった私ですが、今回も入院時にBetapred(ベタメタゾン)を3 mg内服しました。体重kgあたり0,25 mg程度、通常は3-4 mgの内服をするようです。前回は3日連続で内服しましたが、今回は1回で済みました。入院後24時間程度は酸素吸入を余儀なくされましたが、早目に受診したこともあって、前回より短期の入院となり、助かりました。胸部レントゲンで多少陰影があったものの、CRPが全く上昇していないため、肺炎は否定的で抗生剤の投与はありません。

前回のウイルス検査では、RSではなく、コロナとパラインフルエンザが陽性でした。今回の検査では、コロナの同型が陽性。日本ではウイルス検査は必須とのことですが、スウェーデンでは、その季節の疫学調査としての意味でしかないという説明がありました。

とんだ年末年始となりましたが、手術初めの2日のロボット前立腺全摘は、非常に美しい手術となりました。手前味噌で恐縮ですが、、、。

子供の病気は見ているだけでも辛いものです。双子には、2014年は少したくましく育って欲しい、、、これが母の年始の願いです、、、。

「わたし」の緊急入院

カロリンスカ大学病院勤務では、時間外勤務の対価が給付されます。とはいえ、通常のオーバータイムでしたら、フレックスで消費するか、休暇として使 わなければなりません。給与として給付を受けることはできず、40時間以上のオーバータイムに関しては、消費しなければ定期的に失うことになります。オン コールや、手術時間の延長による時間外勤務では、原則として休暇として消費するように指導されています。

そんな訳で、私は2週間に一日程度の割合で余分に1日休暇を取るようにしており、双子を保育園に送り届けてから、おひとりさまの贅沢な時間を楽しみたいとたくらんでおりますが、そうは問屋が卸さないのが現状です。

スウェーデンでは、毎年12月13日にルシア祭をお祝いします。双子が生まれるまでは、この日に職場では、何故か朝遅く出勤したり、早退したりする同僚が沢山いることを、少し不思議に思いながらも、深く考えずにいました。しかし、双子が保育園に通うようになって、ようやくその理由が理解できました。双子の通う保育園では、この日の午後2時半から、子供たちが思い思いの服装に身を包み(サンタさんだったり、白いドレスだったり、ジンジャークッキーの装束だったり、、)、サンタルシアなどの歌を歌い、行進や踊りがあります。この日のために、子供たちは随分前から練習を繰り返して準備するのです。双子が属している、一番年少さんのクラスでは、先生の話によると、「わたし」は一番歌が好きで、大喜びして踊るのだとか。私も、職場を早退して、保育園でルシア祭を見学するのを楽しみにしていました。

ルシア祭が数日後に迫ったある日、私はおひとりさまの休日を楽しむ予定にしておりました。しかし、数日前から風邪気味だった「わたし」が、喘息気味の呼吸を始めました。仕方がないので休日を返上して、自宅で「わたし」の面倒を見ることになりました。通常、我が家では、自宅でも仕事ができてスケジュールもフレキシブルな研究者のパパが、病児看護(VAB)の休暇を取ることになっているのですが、その週はパパの大学院生の学位審査の日に当たっていました。彼女はとても優秀な学生で、オポーネントには、その道の大家であるケンブリッジ大学の教授を招いていたため、どうしてもVABをすることが出来ず、私は2件手術を予定していたのですが、やむなく私が欠勤することになりました。

その日の朝、吸入治療でもあまり症状にに改善がみられないため、聴診してみると、予想以上にヒューヒューバリバリ聞こえました。これは救急外来受診かとも思いましたが、まずは近所の診療所へ連れてゆくことに。呼吸困難ということで、すぐに先生に診察をしてもらい、(何故か)アドレナリンの吸入を。それで多少は呼吸状態が改善しましたが、先生には救急受診を勧められました。「ぼく」が同様の症状で入院したときには、吸入とステロイドのパルスで劇的に改善したため、ステロイドの内服をさせてその日は自宅で看護したい旨を伝えると、「あなたが素人だったらお勧めしないけど、、、」と、午後にもう一度吸入治療のため受診することを条件に合意を得ました。

双子の片割れが入院するとなると、母親である私が付き添う必要があり、さらに元気な双子はパパと家で過ごさなければなりません。子供を預かることのできる親戚などがいない我が家にとっては、できることならば自宅看護がベストなのです。

翌日はルシア祭。この朝も「わたし」の状態は改善していませんでした。ご機嫌は常に良いのですが、予備能の少ない子供です。一気に生命にかかわる状態になる危険性があります。朝一番に吸入と診察の予約が入っていたので、再び診療所へ。そして、再び先生に救急受診を勧められます。私も覚悟をしていましたので、紹介状を書いてもらってすぐに「わたし」とタクシーに飛び乗り、カロリンスカのAstrid Lindgren子供病院へ。

救急外来では、何度も酸素飽和度のチェックをしましたが、80%ギリギリです。酸素マスクをして、ようやく94%程度に。

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この日もステロイドのパルスの内服をしました。CRPも低く、肺炎の疑いはありませんでしたが、酸素飽和度が低いので、当初はICUへ入院してCPAPをする予定になっていました。しかし、とりあえず救急病棟へ入院して、3時間おきの吸入で様子をみることになりました。「ぼく」は保育園のルシア祭のあと病院にやってきました。写真はルシア祭の1コマです。ビデオからのクリップですが、他の子供たちが両親の姿を見て泣き出すのを尻目に、一番前へ出てきてのしのし歩いていました。

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お友達のYさんは、こんな救急時に何故か登場してくれる心強い助っ人ですが、今回も病院で「ぼく」の面倒をみてくれました。一緒に食べたのがマクドナルドというのが申し訳なかったですが、、、。

夜中に、酸素飽和度が70%前半まで下がったので、それまで一時外していた酸素マスクのかわりに、鼻かニューレを付けました。嫌がって泣く「わたし」。テープを貼られた泣き顔が痛々しい。

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翌日の朝食。いつもは沢山食べてくれるはずの、オートミール。食も進まず。

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お友達からいただいた、音の出る日本の童謡の本。やっと笑顔が。

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1日、2日と入院期間が長くなります。「わたし」のベッドで添い寝する母は、常にうたたね状態。更に3時間おきの吸入と、疲れ果てて夢かうつつか状態。

しかも、毎日の朝食はこれ。

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乾いたパンとハム。ジュースに紅茶。ランチと夕食は出ないので、自分でどうにかするしかありません。

「わたし」には、ミートボールや、なんと、スウェーデン風パンケーキなどが。スウェーデンらしい非健康的な病院食。

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週末にかかっていたので、「ぼく」もお見舞いに。病室は遊び場と化します。

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この病棟では、子供は病室の外へは出てはいけないことになっていますが、興味津々の二人。二人いれば勇気も2倍。内ドアを簡単に開けて、廊下へ通じるドアへ向かう、、、。

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お遊びに疲れて、「わたし」のベッドで仲良く眠る「ぼく」と「わたし」。

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数日後、外泊許可が出ました。家で過ごして問題がなければ、そのまま退院になります。家に帰る前に、病院のお兄さんが歌を歌いにやってきてくれました。お土産は風船。

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酸素チューブも外してもらって、すっきり。

2013-12-16 10.57.40B今回の病棟はこちら。救急外来のお隣。

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「鳥の道」と呼ばれる廊下を通って。

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スウェーデンの病院では、あちらこちらにアートが飾られていて、病院らしくありません。これは大人も楽しめます。

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幸い、自宅療養で「わたし」は快方へ向かい、そのまま退院となりました。看病疲れの母はその後体調を崩して、欠勤することになってしまいましたが。

「ゆいあ」ちゃん。

今年の秋は美しい秋でした。これは少し前の写真。近所の公園の夕暮れ時。

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保育園で覚えた「Imse Vimse Spindel」を歌うと、双子はにっこにこ。

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歌が終わると二人共、ぱちぱち拍手します。

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最近、「ぼく」が「わたし」の名前を呼び始めました。

Juliaはスウェーデン語読みをすると、「ゆりあ」となります。Lが発音できない「ぼく」は、「ゆいあ、ゆいあ」と言いながらトコトコと歩き回ります。あまりの可愛さに胸がきゅんとなります。

クリスマス休暇になります

明日はクリスマスイブです。スウェーデンでは最も大切な休暇に入ります。今日は前日の月曜日ということで、既に先週末から、多くの人が休みを取り始めています。病棟のベッドも半数以下になっています。

双子にとっては2回目のクリスマス。とはいえ、クリスマスを祝ってもまだ理解できないので、今年はクリスマスツリーも飾りません。飾っても双子に破壊されるだけですから、、、。という訳で、今日も私は通常勤務。双子は保育園送りです。何と、今日登園した子供たちはたったの5人。そして、先生は4人。何と贅沢な、、、。

今日は外来担当でしたが、私がロボット手術を担当した患者さんが数人、手術後の初めての受診日でした。最大の合併症である尿失禁もない上に、病理の結果やPSA値も文句の付けようがなく、申し分ありません。

「先生が手術してくれたんでしょ。看護師さんが一番いい先生だって言ってたよ。何て幸運なんだ!ありがとう!」

と大きなバイキング男達に思い切りハグされました。誰がそんな口からデマカセを言ったのかしら、と思いましたが、喜んでくれているのでよしとしましょう。

「一番素敵なクリスマスプレゼントだ!メリークリスマス!」

と言いながら、診察室を出ていく患者さんたち。医者冥利につきます。私にとっても素敵なクリスマスプレゼントになりました。

明日から3日間は休日。27日は通常勤務。そして28日から30日までオンコール。オンコール明けの30日は通常勤務で、膀胱全摘があります。大晦日と元日はお休みで、2日から通常勤務になります。

実は、先週、先々週と、「わたし」が緊急入院し、大変でした。入院生活については後日。そんなこともあって、クリスマスをお祝いするエネルギーが残っていない私です。

 

ともあれ、

メリークリスマス!

世界で最もハイコストな病院

私の勤務しているカロリンスカ大学病院(ソルナ院)の敷地では、2016年に開院予定の新病院の建設が進んでいます。

この新病院建設は、SKANSKAが行っていますが、この事業の入札に関しては、いろいろと取り沙汰されたことも。総額は520億スウェーデンクローナに上るそうです。

マッキンゼーが、ヨーロッパ及びアメリカで最近建設された病院の、1平方メートル当たりのコストを比較したレポートによると、、、。2013-12-20 18.11.44b

 

新カロリンスカ病院は一平方メートル当たり4万6千クローネと、最も高額だということです。

現在、800床ですが、新病院では、730床と、170床も少なくなります。そして全室個室。現在でもベッドは全く足りていないので、医師からはこの新病院への批判の声が大きいのですが、何しろ、政治家が決めたこと。

既に旧病院周辺は、数年前の景色が思い出せないほど様変わり。新病院完成時には、このような感じに。

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Solnavägenの反対側のカロリンスカ研究所ともスカイウォークで連結されます。

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救急疾患に重きを置くようになるとのことで、屋上にはヘリポートが。

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前述のように、病室は全室個室。これで、院内感染も減らすことができるとか。

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放射線治療室はこのように。まるで美術館?

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手術室は何と36部屋になるようですが、ベッド数が減ってどのように運営されるのか懸念されます。

首を切られることのない雇用契約の私は、このままいけば新病院で働くことになります。楽しみといえば楽しみです。

写真はDNから拝借しました。記事はこちら

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最後の2枚はカロリンスカ大学病院のHPより。


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