Visits

Online: 1
Today: 574
Week: 1294
Overall: 5440893

Flag counter

free counters

セント・ペテルスブルグ初日

期待にたがわず、セント・ペテルスブルグは美しい街でした。

ソビエト連邦時代に、レニングラードと呼ばれ、連邦崩壊を受けて1991年にロシア帝国時代のセント・ペテルスブルグという名称にもどりました。丁度20年前のことです。

ロシアといえば、大国であるだけでなく、既に先進国というイメージでロシアに入ったのは間違いでした。都市人口500万人以上を抱えるセント・ペテルスブルグの空港は、、、15年ほど前の古い那覇空港よりひどかった、、、。トイレは数えるほどしかなく、あちらこちらに長い列。イミグレーションでさえ英語が通じない。タクシーのぼったくりはひどすぎる。空港のタクシー受付窓口のお姉さんとぐるになっています。窓口では、市内まで「900ルーブル」と表記があるのに、運転手は2000ルーブル近い値段をふっかけてきます。窓口で、「900ルーブル」とチケットに書いてもらわなければ、相手の言い値を払わなければなりません。しかも、もの凄い運転。10メートルでも前に余裕があれば、思いっきりアクセルを踏み、思いっきりブレーキを掛ける。ウインカーを出さずに車線変更。凄すぎます、、、。しかし、ロシア人、何て愛想がないんでしょう。殆どの人が、眉間に皺を寄せて、怒った顔、悲しい顔、あるいは、無表情で歩いています。スウェーデンでは日本に比べてサービスがなっていないと、腹が立つことが多いですが、ロシアではスウェーデンのサービスが素晴らしく感じるほどです。

 

最初から愚痴になってしまいましたが、セント・ペテルスブルグは、流石、「世界一美しい街」と呼ばれるだけのことはあります。美しい街の様子はおいおい。

ここでも日本食はブームのようです。スウェーデンでは、「寿司と炒め物(wok)」など、寿司が中華やタイ料理と組み合わされることが多いですが、ロシアではこんな感じ。

お寿司とピザ!?!?!?

しかしかくいう私も、英語が通じないことに恐れをなして、ネフスキー大通りに面した日本食もどきのチェーン店へ。メニューに写真があるという理由のみでの選択。

お寿司のメニューは非常に多くて、しかも、「ロシア版」お寿司といった感じのプレゼンテーション。

「創作寿司」もここまでくると、、、。

きゅうりで軍艦を作るアイデアはスウェーデンで使えそう!

うな丼発見!

「もつ」のやきとりなんかもあります。

味は、奇妙な感じでしたが、サービスのお兄さんは愛想も良かったし、腹ごなしにはなったのでよしとします。

 

あれから半年、あれから10年

光陰矢の如し。

この9月11日は、日本人にとっても、人類にとっても節目の日。

あれから半年。日本を震撼させた「東日本大震災」。今もって避難している方は8万人以上、死者は1万5781人、行方不明者は4086人という。先日母から送られてきた、Youtubeの画像を見る。未だに生傷に塩をすり込まれるような心の痛みを覚える。

新しく発足した内閣も、閣僚の失言で早くもけちが付く。失言で大臣が失脚するのは何とも日本らしいが、政治家としての実力があれば、それが優先されても良いのではとも思うが、口を開く前に少し考えれば、それが失言であると理解することは容易なはず。口で身を滅ぼす人は多い。今はとにかく、復興への道を邁進しなければならないときだ。

 

そして、あれから10年。

3000人近くの人が犠牲となった、「アメリカ同時多発テロ事件」。自民党の石原幹事長が、「西洋文明、キリスト教支配に対するイスラム圏の反逆、そして歴史の必然として起こった出来事ではないか」と発言して、批判されているようだが、日本を離れて、イスラム圏の文化や思想、人間と接することが多い生活をしていると、それはごく当たり前の感想と思える。テロは決して許されるものではないが、「テロが何故起こるのか。」ということに、殊に先進国は想いを馳せなければならないと思う。

 

 

そして、スウェーデンでは、もう一つの「あれから」。

時の外相、アンナ・リンドがNKデパートで刺殺されてから8年。あのとき、2回目のポスドクをしていた私は丁度ストックホルムにいた。彼女が生きていたら、今頃、首相になっていたかもしれない。丁度彼女は、ユーロ導入の旗頭としてキャンペーンをしていたが、彼女の死によっても、国民の意思は、「ユーロにNO」であった。現在のユーロの混迷を考えると、あのときスウェーデンがユーロを導入しなかったことは、スウェーデンにとって吉と出たようだ。

 

今日、9月11日は複数の「あれから」に想いを馳せる日。

人間は、人間が犯した過ちから学なければならない。

 

命の洗濯 in Санкт-Петербург

所用を兼ねての旅なので、完全な「命の洗濯」という訳にはいきませんが、出かけてまいります。

全くの未知の文化との出会いにわくわくします。

 

Зимний дворецの入口にて。

働いたー!

昨日は朝から一日、手術日。

専修医の先生の前立ちなどだったので、非常に疲れます。自分で手術する方がずっと楽だけれど、これも仕事。

複数の手術も順調に進み、今日はいい感じだと思っていたら、外科からの助っ人のお願いの電話が入りました。腹部疾患を扱っていると、こういうことはたまにあります。日瑞変わらず頻度として多いのは、「産婦人科が尿管を損傷した。」という連絡ですが、外科でも、「直腸癌が膀胱に浸潤して一部膀胱を切除したい。」や、「尿管も一部切除するので、膀胱へ新吻合したい。」といった感じ。逆に、泌尿器科からも、「膀胱癌が直腸に浸潤しているので、骨盤内臓器全摘にしたい。」とか、「腸管損傷があるので、人工肛門をお願いしたい。」とか、「腸骨血管の合併切除をしたいので、人工血管を。」といった、合同手術を依頼することもあります。

今回は、直腸癌の膀胱浸潤で、結局、膀胱も前立腺も摘出することになり、泌尿器科に回腸導管作成の依頼でした。膀胱癌チームは私以外不在で、私が呼ばれました。正直、スウェーデンに来て他科の先生と手術をするのは初めてで、いやはや緊張しました。顔見知りの看護師さんだと、「あれちょうだい。」といえば欲しいものが出てきたりしますが、外科の看護師さん相手ではそうはいきません。しかも、知らない人達とスウェーデン語でコミュニケーションを取りながら手術もする、という技はスウェーデンで勤務して3年になっても、まだまだ難しいといわざるをえません。

緊張して手術室に入ってゆくと、助手の先生が、「会ったことあるよね。」と。良く見れば、最近学位審査を受けた私の大学院生のオポーネントではないですか。知っている先生がいることで少し緊張はほぐれましたが、それでも沢山のアドレナリンとステロイドが体内に出ているのを感じます。

日本と違って、スウェーデンでは、「医療の経済効率」を上げるために、手術時間は短くしなければなりません。それも、ストレスの一つとなります。まずは、導管とする回腸を確保、回腸の縫合。このような定型の手技こそは、高速で一気に仕上げなければなりません。左の尿管はかなり短い。左右の尿管を吻合するのに、少し張力がかかるのが気になりましたが、少し尿管を剥離してから吻合、小腸を切断し導管とし、口側に尿管を吻合。この吻合は、ペースが落ちても慎重に。どうしても余分な張力がかかり、生理食塩水でリークテストをするとやはり少し漏れるため、そこを補強。出来上がりはまずまずでしたが、あとから考えると、尿管を別々に吻合した方が良かったかなーなどと、くよくよ考えます。

スウェーデンでの仕事のスタイルとして、意思決定を非常に素早くしなければならないことがあります。そして、一度決めたら大きな間違いがないかぎり突き進む。例えば、スウェーデンでは経費や時間節約のために、外部や内部からの、依頼表のない他科への相談というものが、頻繁に行われます。その場合、少ない情報と限られた会話の中で、意思決定をしなければならないことになります。これまで修行して、大分慣れてきましたが、結構なストレスになります。

外科からの初依頼手術は何とかうまくいきました。しかし、このタイプの「機能」が重要となる手術では、術後の評価で成功の可否が決まります。回腸導管においては、尿が漏れずに、吻合部の狭窄がなく、腎機能が保たれ、感染のないこと。これらが明らかとなるのは、もう少しあとのことです。そして、合併症の責任は、この手の中に。外科医というのは、このような十字架をいくつも背負って生きていかなければなりません。

 

手術のあと、お世話になっている鍼の先生に鍼を打ってもらって帰宅後あえなく沈没。

ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団 & Nina Persson

DN Sommarkonsert 2011というコンサートが、8月14日にユールゴーデンのVasa博物館の隣、Sjöhistoriska museetで行われました。

 

先日の記事でも触れた、CardigansのNina Perssonが、 夫のNathan LarsonとNiclas Friskとで結成したA Campのアルバム、Coloniaに収録されている、Love Has Left The Roomを、オーケストラの伴奏で歌いましたが、クラシックとポップスの融合が素晴らしかった!


Ninaは子宮癌を患い、長年の不妊治療の末、2010年9月、長男を出産しました。ママになってもとても素敵なNina。

 

動画をこちらから。

The fastest man on no legs

韓国で行われている、世界陸上。

男子ハンマー投げでは、室伏選手が金メダルを取りました。

こちらで大きな話題となったのは、南アフリカの足のないスプリンター、Oscar Pistoriusの活躍です。

Oscarは、1986年に両足の腓骨欠損を持って生まれました。生後11ヶ月で両下腿切断。彼は、義足で歩き始めます。6歳でレスリングを始め、9歳で車の運転を。運動に生きがいを感じていたOscarは、ラグビーによる負傷のリハビリの一環として、2004年に陸上を始めます。

同2004年に行われたアテネでのパラリンピックでは、100Mは銅メダル、200Mは金メダルを獲得。その後、400Mで北京オリンピック出場を目指します。2007年に、IAAF(国際陸上連盟)は、「Oscarは義足により、彼と同じ速さで走る健常アスリートと比べて、25%少ないエネルギーで走ることができる。スタートは遅いが、ずっと重い足を持つ他のアスリートが後半で乳酸蓄積による影響を受けるとき、軽くて柔軟性のあるカーボンファイバー製の義足により有利になる。」などの識者の報告により、「通常のアスリートが使うことのない、バネや車輪などを用いた装具の使用禁止」を規約に入れました。その後、Oscarは弁護士を雇い、アメリカの研究者2人とコンタクトを取って、独自の実験を行い、「義足が有利にならない。」という検証を行ったうえ、CAS(スポーツ仲裁裁判所)に提訴しました。CASはOscarの提訴を認めましたが、五輪参加標準記録を突破するか、南アフリカの4x400Mリレーのメンバーに入れば、北京オリンピックへ出場可能というIAAFの規定をどちらも満たすことができず、Oscarは北京オリンピック不出場に終わり、2012年のロンドンオリンピックを目指すことになります。また、2008年の北京パラリンピックでは、100M、200M、400Mで金メダルを獲得しました。

 

今回、世界陸上では健常者と戦った訳ですが、準決勝で敗退しました。しかし、彼が健常者と同じレースで競うことに対する賞賛と批判の声が上がっています。

 

MIT(マサチューセッツ工科大学)のHugh Herrは、Oscarの支持者でもあるのですが、「In future people will be running faster in the Paralympics than in the Olympics … regular old arms and legs will seem dull.」と、The Sunday Timesに語ったそうです。

 

考えさせられてしまいます。身体障害者が障害を持ちながらも、健常者と競うことは素晴らしいことです。しかし、競技は公平でなければなりません。人工である義足や義手、関節などが、技術の進歩により、人間の本来の臓器より優れる可能性があるとすれば、両者が同じ競技で競うことは公平ではありません。

Oscarの活躍は、このように、同じような障害を持つ人間に大きな希望を与えるものでしょう。しかし、それを手放しで喜べないという議論にも頷けます。何だか、切ないです。

夏の夜のコンサート

少し前の夏の夜のことですが、友人がコンサートをするというので行ってきました。

彼は作曲とギターの演奏が天才的なNiclas。最近では、Peter Jöbackの人気アルバム、「Stockholm i natt」の作曲や、CardigansのNina Perssonとともにに、A Campとして活動していましたが、初めてのソロアルバム、「China Town」を4月18日にリリース。

 

この日は、アルバムリリース後に3回ほど企画された屋外コンサートに「招待」されました。

Södermalmの高架下のTrädgård(お庭)という名の季節限定屋外レストランが会場です。コンサートは20時半からでした。7月上旬のため、その時間でも昼間のように明るい。何だか、見ただけでうきうきするようなエントランスです。

お酒を始めとして、簡単な食事が食べられるようになっています。

そして、本日のライブは、、、。

Niclas Frisk!

彼の本名は、「Niklas」なのですが、このスペルはスウェーデン式です。海外でも通用するように、業務用には、「Niclas」を使っています。スウェーデンの名前では、kだったりcだったりということが良くあります。「Erik」、「Eric」などはその代表例です。

 

「Chinatown」というだけあって、装飾も中国風。

Niclasのギターは最高です!

毎回、ゲストを招くのですが、今回は、Peter Jöbackの「Stockholm i natt」で、これも天才的な作詞をしたAndreas Mattsson。

因みに、最終回はNina Perssonでした。

こういうライブは初めてでしたが、とても良かった。友人のライブだったということでも、興奮しました。

アパートの住人同士のパーテイー

スウェーデンの集合住宅では、建物毎にその集合住宅の管理を行う組合が存在します。組合の役員には、住人のうち希望者が就任します。そして、その中でボスが選任されるのですが、そのボスが私のお隣さん。熟年離婚後、熟年結婚して、現在定年したばかりで、熱々のシニアライフを楽しんでいるカップルです。旦那様は弁護士でもあり、スウェーデンの凶悪犯を収容する刑務所のボスや、ハーグ、ボスニアなどで勤務してきた、「泣く子も黙りそう」な大男。奥様は、やはり、刑務所や、地方自治体でボスを歴任してきて、お二人の出会いは、「刑務所」での会議だったとか。

彼がこのアパートのボスに就任してから、非常に物事が円滑に進むようになってきました。彼のお人柄、そして、知識、経験によるものでしょう。集合住宅ですから、いろいろなトラブルが起こることがあります。車庫でドアに傷がついたとか、音がうるさいとか、、、。最近では、最上階のアパートの住人が、建て増しの申請をストックホルム市にして認可されたため、組合に申請してきましたが、他の住民に影響がある「建て増し」だったため、却下。このアパートの全ての住宅に、それぞれ洗濯機と乾燥機が装備されているのですが、それでも、建物には共用の洗濯室があります。そして、電気代を節約したい人は、そこを使っていますが、洗濯室のコストが馬鹿にならないため、使用量を課すという案が長年出ていたらしいのですが、勿論、反対する人間がいるため決議できないでいました。そこへ、「法」のスペシャリストがボスとして登場し、近日中に使用量を課すということでまとまるようです。

スウェーデンでは、集合住宅の隣人といえども、挨拶程度の付き合いしかしない場合が多いのですが、このカップルとは、ときどき食事を一緒にしたり、彼らが旅行に出るときには(1年に1ヶ月ほどの船旅に行くのです!何とも優雅でうらやましい!)、鍵を預かって植物に水をあげたりしています。

また、同じ階段の住人に、やはり組合の役員をやっているゲイのカップルがいます。彼らが今度日本へ行くというので、一度食事をしたのですが、「ゲイとは良い男友達になれる」ということが理解できたような気がします。高学歴、勿論、良い職に付いていて、しかも、ナイスガイ!余談ですが、軽くシャンパンを開けてから、レストランへ繰り出したのですが、そのときに、玄関ホールに、真紅の巨大なバラの花束があり(長さ1メートル)、それを褒めたら、たまたま、片方の彼の誕生日が前日で、花束を買い、夕食には何と、「てんぷら」を揚げたとか。

同じアパートの住人同士で仲良くなると、何だか、余計に我が家に帰ってくるとほっこりするような気がしますが、この週末、組合のボスであるお隣さんが、組合のメンバーを招待してパーテイーを。私は役員ではありませんが、ご相伴に預かりました。

ゲストは、到着と同時に「飲み」はじめ、「泣く子も黙る」大男は、台所で忙しく働きます。

テラスには植物がいっぱい!

私のアパートと似たような間取りですが、家具が違うと全く印象が異なります。個人的には赤いソファーが好き。

古いものも素敵。1790年代のもの。また、写真に撮り忘れましたが、大きなMora時計もありました。

素敵なオイルランプと、壁には、ミレスゴーデンの彫刻のレプリカ。

そしてこの時期のパーテイーといったら、「ざりがに」です。

これ以外にも、沢山のお料理がありました。

最初は、ワインやビールですが、ざりがに、ニシンには、スウェーデンのウオッカ(アクアビット)が欠かせません。

今日のアクアビットはこれ!O.P. Andersson!比較的癖がなくて、飲みやすい!

アクアビットには、snapsvisa(アクアビットの歌)を持ち回りで歌うのがスウェーデンの習慣。そのうちの有名な一曲

歌っては、アクアビットをすすります。

そして、夜は楽しく更けてゆき、、、。金曜日の晩で飲まず食わずに職場から掛けつけた私は、すっかり酔っ払い。お隣さんということで、帰るのも心配しなくて良いし、、、。

 

しかし、これが5年ぶりくらいの大失敗となりました。アクアビットは40%のアルコール。通常は小さなグラスで飲むのですが、この日のグラスは大きかった。更に、水が用意されていなくて、誰も水を飲んでいなかった。40%のアルコールなんて、最近、飲んだことがなかったので、すっかり油断。という条件が加わって、良い気分で眠りについたものの、その後2日に渡って二日酔い。折角の週末が台無しでした、、、。深く反省。

Visning:住宅の内覧会

スウェーデン、殊にストックホルムでは、長期的にみると住宅の値段は右肩上がりです。賃貸住宅に住むには、申し込みをしてから20年近く待たされるほど、供給が少ないため、私も仕方なくアパートを購入しました。勿論、ローン付きですが、ローンがあれば高い所得税の一部が還付されるため、悪いことばかりではありません。

これまで1度買い替えをしているので、売主には1度、買主には2度なっています。最初の物件は新築物件だったため、値段は固定だったのですが、通常は販売開始価格が決まっていて、オークション形式が取られます。この販売価格も、売主の希望価格より低く設定してあることもあり、値段によっては売主が売却拒否をすることもあります。オークション形式に不安があったこともあり、初めの物件は新築にしましたが、自分でリノベーションがしたくないという理由もありましたし、問題が生じた場合には、建築主の保証が付いているということも魅力でした。

売る際には、いくつか不動産業者へコンタクトを取り、仲介の条件などを比較します。室内からなるべくものを少なくして、場合によってはスタイリングを専門家に依頼することも。天気の良い日に、写真を撮って、内覧会の日時を決めて、広告を出します。内覧会は通常、日曜日に30分から1時間と、月曜日か火曜日に30分ほど。興味のある人が見にきますが、オークションに参加したければその場で不動産業者へ名前と電話を残します。内覧が終わった次の日から、不動産業者が次々に電話をして、オークションとなります。

私の住んでいるアパートは、市内で交通の便の良いところで、かつ閑静な環境。建物の一番上で、中庭、西向きのテラス付きのアパートということで、かなりの競争率でした。始めから、上限を決めてオークションに入りましたが、最後に2組が残り、一騎打ちとなりました。お互いに2万クローネずつ上げていったのですが、最初に私の上限値に到達したのは私。そこで、相手は5000クローネしか上げなかったのです。そのことで、相手も上限値に到達したのだと判断し、こちらは同じように2万クローネ上の値段をつけました。そうしたら、あっさり相手はギブアップ。あれから随分不動産の値段が上がったので、あのとき買えていなかったらこのアパートには住めませんでした。

大変気に入っているアパートですが、築10年と比較的新しいので、天井が低いのと、暖炉がありません。最近、同じ建物に入っているアパートで、角部屋のため天井が高く、暖炉がある物件が売りに出たので、見てきました。

このアパートは、何といっても、40平米あるテラスが売り物。市庁舎、ハンマルビーのスキー場など、ストックホルムが一望できます。

そのテラスに面する天井の高いリビング。

そして、、、。

そして、暖炉!

しかし、このテラスは東向きなんです。スウェーデンでは何と言っても、西向きが人気。長い夏の夜、テラスで夕食。これにつきます。

アパートの組合のボスをやっているお隣さんも、見に来ていたので、売却価格を教えてもらおう、、、。因みに、144平米で開始価格は790万クローネとのことでした。

カロリンスカにおける男女比いろいろ

大学病院で働いていると、所謂、「ポリクリ(病院実習)」の医学生の指導にも当たることになります。各グループ、5-6人程度でローテーションしてきますが、毎回、女子医学生が多いことに驚かされます。

 

次の表は、2010年における、カロリンスカ医科大学の各学部における新入学生の男女比です。

「läkar-」が医学部ですが、何と、男子学生は40%強。女性が多い訳です。

カロリンスカにおける学位取得者は次の通り。

学位取得者も、毎年女性優位です。

それでは、女性教授についてはどうでしょうか。

331名の教授のうち、80人が女性。24%にあたります。そして、新任女性教授の数をみると、女性教授を増やそうとする努力がみられます。2010年では、40人の新任教授のうち、15人が女性。

 


その結果、女性教授の比率は年々増加中。

待遇面でも、女性は男性にひけを取りません。

 

Professor preklinとは、基礎研究部門の教授。男性の平均月給は58461千クローネに対し、女性は58165千クローネ。Professor klinとは、臨床部門の教授。男性の平均月給は52345千クローネに対して、女性は53875千クローネ。但し、臨床部門の教授の給料は、教授職としての給料で、これに、医師としての給料が上乗せされますので、この額の倍近い給料となっていると思われます。男女比とは関係ありませんが、日本の場合は、臨床部門の教授は、基礎部門の教授のデューティーである「教育、研究」に加えて、「臨床」がデューティーとして上乗せされますが、それでも、同じ給料です。母校の慶應大学の医学部の教授陣は、明らかに他学部の教授より勤務内容や時間が厳しいのに、同じ給料であることに不満を持っている人が多かったので、カロリンスカの臨床教授は恵まれた待遇を受けていると思います。

 

このように、男性優位の日本に比べると、カロリンスカにおける女性の扱いは天国のようなものです。

カロリンスカにかかわらず、他の分野ではどうでしょうか。次の図は、公的部門(国家公務員、offentig sektor)と私的部門(privat sektor)別の部門長(chef)の分布を示しています。

私的部門では男性が75%と圧倒的優位ですが、公的部門では、国家レベル(Stat)でこそ男性優位であるものの、その他では逆転しています。日本では考えられないことです。

女性の社会進出のためには、女性支援のシステムが必須ですが、最後に、育児休暇取得の男女比を示します。

1974年には、100%、女性が育児休暇を取得していましたが、年々男性の育児休暇取得が増加。2009年には、男性が22%の育児休暇を取得するまでになっています。私の職場では、ちょっとしたベビーブームなのですが、パパとなった男性医師の全てが、20%程度の育児休暇を取っていますし、子供が病気になったときにも病児介護のための欠勤をしています。この表を見る限り、日本はスウェーデンに30年ぐらい遅れていますし、未だに専業主婦が珍しくないことを考えると、これからもスウェーデンに追いつくとはとても思えません。女性も自立するという意識改革が必要なのですが、将来どうなることでしょうか。(追記:この表の解説も不十分で誤解を生みそうなので追記します。スウェーデンでは育児休暇を18ヶ月取得することができます。これは、両親の間で自由に配分することができますが、父親も1ヶ月は最低取ることを奨励するために、父親が育児休暇を取らない場合は、17か月分の手当てしかでないようになっています。この表の数字は、育児休暇をどのように夫婦間で配分したかであり、育児休暇を取得した男性の割合ではありません。育児休暇を取得する男性の割合に関しては手元にありませんが、ほとんどの男性が幾分かの育児休暇を取っているという印象です。育児手当は高所得者であっても上限がありますので、男性が高所得者である場合は、1ヶ月の育児手当の給付がなくても男性が働いた方が経済的には有利であるため、男性が育児休暇を取得しない、ということはあると思います。)


Warning: mysql_query() [function.mysql-query]: No such file or directory in /var/www/drpion.se/public_html/alltidleende/wp-content/plugins/quickstats/quickstats.php on line 345

Warning: mysql_query() [function.mysql-query]: A link to the server could not be established in /var/www/drpion.se/public_html/alltidleende/wp-content/plugins/quickstats/quickstats.php on line 345

Warning: mysql_query() [function.mysql-query]: No such file or directory in /var/www/drpion.se/public_html/alltidleende/wp-content/plugins/quickstats/quickstats.php on line 346

Warning: mysql_query() [function.mysql-query]: A link to the server could not be established in /var/www/drpion.se/public_html/alltidleende/wp-content/plugins/quickstats/quickstats.php on line 346

Warning: mysql_fetch_row() expects parameter 1 to be resource, boolean given in /var/www/drpion.se/public_html/alltidleende/wp-content/plugins/quickstats/quickstats.php on line 346