先日、職場の専修医である女医さんの、学位審査がありました。
スウェーデンにきてから、所謂、MDの学位審査というものを見たことがありませんでしたが、同じカロリンスカ内でも、MDの学位審査と、nonMDの学位審査では、いろいろと違うのだという印象を受けました。日本でも、MDとnonMDでは違いがあるし、そもそも、大学毎に違うという感覚を持っています。
彼女の学位審査の話をする前に、このあたりのことを少し書いてみたいと思います。
カロリンスカ大学Solna(所謂、本院のようなもの)では、研究所キャンパスと病院キャンパスは、Solnavägenという道で2つに分かれています。基本的には、医学部の学部教育と基礎研究は、研究所キャンパスがメインで行われてます。MDが学位を目指す際には、病院キャンパスで研究を臨床と平行してすることが多いようです。勿論、例外もありますが、MDとnonMDの学位論文の内容を比較すると、どうしても、MDの方が若干レベルが低いという印象です。MDにとっては臨床も同時に行わなければならず、その条件を考えれば当然で、これは、日本でも同じ傾向があると思います。
日本で問題なのは、大学毎で出される学位の質に差があることだと思っています。私が主に経験があるのは、MDが学位を取得する場合です。所定の授業単位の取得などについては、明らかな規定があるとしても、学位取得で最も重要である論文に関する基準は、施設によって天と地の差があります。私の母校では、私が在職当時は、学位論文の基準設定は、担当科の教授に任されていました。論文のレベルは、以前にも書いたことがありますが、インパクト・ファクターによって決まりますが、中には、インパクト・ファクターのない低いレベルの学術雑誌もあります。例えば、「日本○○科学会誌」のような雑誌は、そもそも日本語で書かれたnon-internationalな雑誌ですが、私が知る限りでも、母校の学位論文にも、残念ながらそのようなものが含まれているのが事実です。とある三流私立医大の場合は、講師以上のスタッフが、「雇われて」、学位論文を代筆することもあると聞いて、びっくり仰天したこともあります。つまり、学位を「買う」訳ですから。それほどひどくなくとも、「○○医科大学雑誌」というような、大学が出している学術雑誌で、勿論日本語、学外のレビューもないような雑誌に発表された論文でも、学位を出している大学は多くあります。「博士号、PhD」という学位は、学位の中で最高のものです。日本が海外に対する競争力を保つためには、「博士号、PhD」の価値を落としてはいけないと思います。開業したり、マスコミに売るために、「医学博士」があると箔が付くとか、現在の「医学博士」は国際的には殆ど価値のないものになってしまっていると感じます。
ヨーロッパでは、このような問題に既にEUレベルで取り組んでいます。1999年6月にボローニャ宣言(Bologna Declaration)が採択され、当時EU加入国であった15カ国を大きく上回る29カ国(オーストリア、 ベルギー、ブルガリア、チェコ共和国、 デンマーク、エストニア、フィンランド、 フランス、 ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、 アイスランド、 アイルランド、イタリア、 ラトヴィア、 リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、 オランダ、 ノルウェー、 ポーランド、 ポルトガル、 ルーマニア、 スロヴァキア共和国、スロヴェニア、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリス)が署名しました。
ボローニャ宣言の目的は、
1)ヨーロッパにおける雇用可能性と移動性を本質的に高め、ヨーロッパの高等教育の競争力を強化するために、 2010年までの10年間でまとまったヨーロッパの高等教育圏を作る。
2)理解しやすく比較可能な学位の枠組みを作る。
3)大学のレベルで、 基本的に学部と大学院という二段階式のシステム(two cycle system) を採用する。
4)ヨーロッパ単位互換制度(European Credit Transfer System) を促進し、教育の一部を他国で受けられるようにするために単位制度を確立することで学生の移動を促進する。
5)比較可能な基準や方法を開発することによって、 ヨーロッパという次元で質の保証を行なう。
6)ヨーロッパ圏の中で学生と教員の自由な移動を向上させることにより、「ヨーロッパの高等教育の競争力」をつける。
ボローニャ宣言を採択したスウェーデンでは当然、PhDの基準は、ボローニャ宣言に従ったものとなっています。
カロリンスカでの学位審査の条件は、簡単には、
1)4年間、2)規定の授業単位の取得、3)ハーフタイムセミナー
を満たした上、学位論文は、Internationalで、peer reviewのある学術誌へ発表され、筆頭著者である論文が最低1枚、という条件です。実際には、筆頭著者である論文が1枚では審査を通過しないのが常で(CellやNature、Scienceなどの超一流雑誌であれば例外)、共同著者である論文、投稿前の論文などが必要で、それら複数の論文をまとめて、一冊の学位論文を書き上げるのが一般的です。
学位審査の準備が整ったら、最後は審査になりますが、当該研究の分野に通じる研究者を、opponentとして一人招き、審査が行われます。基礎研究の場合、学生が優秀であればあるほど、優秀なopponentを選ぶ傾向があります。カロリンスカ内の研究者の場合、opponentをしても謝金が出ないため、駆け出しの研究者で、opponentとしての経験が必要、という人以外は、あまりoponentを引き受けたがらないのが事実。また、イギリスと異なり、この学位審査で不合格とすることは、ほとんどないため、優秀でない学生であればあるほど、そのレベルにあった質問をしてくれるopponentを選ばなければなりません。学位論文の論文リストをみても、学生が優秀であるかどうか判断できますが、論文のレベルは運、不運も関係します。しかし、opponentが著名な海外の研究者であれば、その学生が優秀であるということが、明らかにわかるのです。
審査はたいてい、opponentが当該分野のサマリーしたあと、学生が45分程度の発表をし、その後2時間程度の質疑応答があります。opponentとの質疑応答が終わると、審査委員会のメンバーによる質疑応答があり、場合により、聴衆からの質問を受け付けて終了。初めて、学位審査を見学した際には、日本との違いに驚いたものでした。
ヨーロッパでは、複数の国が協力して、国際的競争力を高めるために、互換性のあり質の高い高等教育をめざしています。対する、日本では、同じ国の中でも、基準がばらばらです。これでは、日本の学位の国際的評価を落とすことになってしまいます。
日本の研究者が海外へ出ていく場合、日本のローカルルールがネックとなる場合があります。その一つが、特に、医学部、殊に臨床科から出される学術論文における、著者の扱いです。
筆頭著者を決めるのは、日本でも海外でも差はないと思いますが、日本のローカルルールは、第2著者と最終著者です。最終著者には、たいてい、研究には関わっていない、教授がなります。実際に、最終著者にあたる指導者は、第2著者となることが多い。しかし、海外で戦う場合、第2著者がいくつあっても、あまり強みにはなりません。教授がフェアーである場合はそれでも、corresponding authorをもらえれば、この研究は自分のアイデアであるということを示すことができますが、そういう場合は幸運な方です。
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