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珍しい手術

先週は、80代女性の膀胱全摘の執刀をして、更に滅多にない手術もありました。

カロリンスカの関連施設で、ストックホルム脊損センターというのがあります。脊損患者さんの症状といえば、やはり、運動神経や感覚神経の麻痺ですが、長期的にみて患者さんのQOLに大きく関わってくるのが、排尿や排便機能です。そこで、泌尿器科の一部門として、「神経泌尿器科」というのがあり、同室の女医さんD先生はその分野を専門としています。脊損患者さんだけでなく、多発性硬化症(MS)や先天性の二分脊椎なども、排尿機能に障害が出ます。

排尿できなければ尿閉となりますが、蓄尿障害があると、尿失禁となる場合があります。両者が共存する場合もあります。過活動性膀胱といって、排尿筋の緊張が常に高くなる状況では、尿失禁となり、患者さんにとっては尿閉以上に辛い状態ともいえます。排尿筋の緊張を取るために、ボトックスの膀胱への注射も行います。日本ではまだ治療として認可されていませんが、スウェーデンでは外来での治療が可能です。ボトックスを用いても膀胱容量が増加しなくなると、次は手術です。通常、小腸を用いて膀胱を拡大する手術が行われます。健常人は4-500mlくらいの膀胱容量がありますが、手術が必要な患者さんは100mlもないこともしばしばです。

今回の患者さんは、車椅子の女性で、自排尿もできないため、最低、自己導尿が必要なのですが、車椅子に座りながらの導尿は厳しいため、導尿用のルートを腹部に設けることが希望でした。このような手術に望む際、計画通りに手術ができないことを想定して、第2、第3のプランを用意しておくことが大事です。D先生は膀胱の手術のような大きな手術には慣れていないため、私が手伝うことに。我々のプランは、第1が、虫垂(盲腸)を遊離して、虫垂の先端を切断し膀胱へ縫い合わせ、虫垂の大腸側を臍につないで、臍から導尿をするもの。しかし、解剖学的に虫垂が肝臓近くに位置していて、難しいと判断し、第2のプランへ。それが、Monti法。

2cmほどの小腸を2つ採取し、それを長軸方向で切断。2つの小腸片を縫い合わせ、最後に短軸方向に縫い合わせて管状にするというものです。(イラストは、加藤晴朗先生のイラストレイティッド泌尿器科手術より)

 

この管を膀胱と臍に縫合します。膀胱へ縫合する際には、膀胱に粘膜下トンネルを作って、尿失禁が起こらないようにします。

これとは別に小腸を約20cmほど採取して、これも長軸方向へ開き、U字に合わせて縫い合わせます。膀胱を貝のように切開し、小腸で作った新膀胱を帽子状に被せて縫合します。

 

手術の際、患者さんが太っているかどうかは大きな問題となります。脂肪が多いといいことはありません。今回の患者さんもかなり高いBMIで、非常に難しい手術でした。休みなしで9時間近く。

 

こういった手術は、患者さんの「機能」を向上させるもの。癌の手術とは全く異なった厳しさがあります。

「機能」が改善しなければ、手術をする意味がないのです。しかも、その「機能」は、患者さん自身が評価できてしまう、、、。癌の手術では、「癌を完全に切除する努力」をして、閉創してしまえばそれまで。再発したとしても、それが不完全な手術によるものだったのか、癌が進行していたためなのか、患者さんにはわかりませんから。

 

今回、機能が向上したかどうかの評価は、少し先になりますが、是非、患者さんが喜んでくれる結果となってくれることを祈るばかりです。

カロリンスカ研究所の外部審査員による評価

カロリンスカにおける2013年から2020年までの戦略のために、内外からの一流研究者から選抜された、外部審査員によるカロリンスカにおける研究レベルの評価が行われ、最近、内部資料が発表されました。ERA2010(External Research assessment)と呼ばれるこのプロジェクトの報告書は69ページに渡り、カロリンスカ研究所の評価と批評をしています。調査を受けたPIの数は502名。事前の書類審査と共に、審査員による面接も行われ、O(outstanding)、E(excellent)、VG(very good)、G(good)、I(insufficient)、P(poor)の6段階評価を受けます。

カロリンスカは地理的にも、病院を中心にいくつかの部門に分かれています。

 

カロリンスカ研究所といっても、ラボ、研究者のレベルは、上と下では、雲泥の差があります。以前も書いたことがありますが(記事)、病院(臨床)と研究所(基礎)を比べると、研究所の方がずっと優れています。今回のERA2010のレポートの冒頭にも、カロリンスカ、ソルナキャンパスの基礎部門が最もレベルが高く、40%以上がOまたはEの評価であり、IまたはPの評価は10%未満。ソルナキャンパスの臨床部門と、Danderyd病院では、OまたはEは21-35%で、IまたはPは7-27%と増加。Huddingeキャンパスは、ソルナキャンパスの臨床部門と、Danderyd病院に近い評価だということです。

これからスウェーデンに留学を考えている方もいらっしゃると思いますが、このようにカロリンスカといっても、研究のレベルはラボによってぴんきり。PhDの内容もぴんきりですので、留学先を決めるときには入念な情報収集をしないと、ひどいラボに当たることも、、、。


今回のERA2010で、各部門に所属するPIがどのような評価を受けたのか、、、。

これを見ると、どの部門のレベルが高いのか、良くわかります。

この各部門とは、、、。

これを見てみると、表の上の方の、カロリンスカ、ソルナの基礎部門の評価が、他に比べて非常に高いことが一目瞭然です。Huddingeではもう少しOutstandingなラボが多いかと思っていましたが、少なくて驚きました。HuddingeのNVSに至っては、27人のPIのうち、10人がI以下。報告書によると、P評価のPIは研究をする価値がないとまで酷評されています。私の臨床部門の所属はMMK(Molecular Medicine and Surgery)ですが、最近ようやく再開した研究は、MBB(Medical Biochemistry and Biophysics)でやっています。ここは、カロリンスカの中でもトップクラス。24人のPIのうち、15人がOあるいはE評価で、IあるいはP評価は一人もいません。そんな事情で、近年では、MMKとMBBの双方の学位審査に出席したことがありますが、やはりレベルに差があるのは否めません。

優秀なPIはより多くの研究費を得ます。得た研究費のうち30%はオーバーヘッドとして各部門が徴収されますので、優秀なPIがいる部門は経済的に潤っている訳です。それによってさらに優秀な人材が集まるという、正のスパイラルが存在します。

カロリンスカのPhDコースについて、この報告書は痛烈に批判しています。例えば、PhDコースに入学する学生の審査がないこと。2000年くらいまでは、少なくとも、TOEFLの最低ラインがあったのですが、現在はそれもありません。私が以前にいたラボでも、英語さえままならない中国人学生がいました。語学だけでなく、その他の能力にしても、感心できたものではありませんでしたが、そのラボのボスは(政治力により)潤沢な資金を持っていたため、簡単に手に入る労働力として、レベルの低いPhD学生でも簡単に受け入れていました。しかも、そういう学生は、ボスのいいなりです。

現在では留学先の選択には潤沢な情報収集が可能となっています。将来を左右する大きな選択となる可能性もありますので、十分な情報収集をお勧めいたします。大学の名前だけに惑わされてはいけません。

働いたー!

昨日は朝から一日、手術日。

専修医の先生の前立ちなどだったので、非常に疲れます。自分で手術する方がずっと楽だけれど、これも仕事。

複数の手術も順調に進み、今日はいい感じだと思っていたら、外科からの助っ人のお願いの電話が入りました。腹部疾患を扱っていると、こういうことはたまにあります。日瑞変わらず頻度として多いのは、「産婦人科が尿管を損傷した。」という連絡ですが、外科でも、「直腸癌が膀胱に浸潤して一部膀胱を切除したい。」や、「尿管も一部切除するので、膀胱へ新吻合したい。」といった感じ。逆に、泌尿器科からも、「膀胱癌が直腸に浸潤しているので、骨盤内臓器全摘にしたい。」とか、「腸管損傷があるので、人工肛門をお願いしたい。」とか、「腸骨血管の合併切除をしたいので、人工血管を。」といった、合同手術を依頼することもあります。

今回は、直腸癌の膀胱浸潤で、結局、膀胱も前立腺も摘出することになり、泌尿器科に回腸導管作成の依頼でした。膀胱癌チームは私以外不在で、私が呼ばれました。正直、スウェーデンに来て他科の先生と手術をするのは初めてで、いやはや緊張しました。顔見知りの看護師さんだと、「あれちょうだい。」といえば欲しいものが出てきたりしますが、外科の看護師さん相手ではそうはいきません。しかも、知らない人達とスウェーデン語でコミュニケーションを取りながら手術もする、という技はスウェーデンで勤務して3年になっても、まだまだ難しいといわざるをえません。

緊張して手術室に入ってゆくと、助手の先生が、「会ったことあるよね。」と。良く見れば、最近学位審査を受けた私の大学院生のオポーネントではないですか。知っている先生がいることで少し緊張はほぐれましたが、それでも沢山のアドレナリンとステロイドが体内に出ているのを感じます。

日本と違って、スウェーデンでは、「医療の経済効率」を上げるために、手術時間は短くしなければなりません。それも、ストレスの一つとなります。まずは、導管とする回腸を確保、回腸の縫合。このような定型の手技こそは、高速で一気に仕上げなければなりません。左の尿管はかなり短い。左右の尿管を吻合するのに、少し張力がかかるのが気になりましたが、少し尿管を剥離してから吻合、小腸を切断し導管とし、口側に尿管を吻合。この吻合は、ペースが落ちても慎重に。どうしても余分な張力がかかり、生理食塩水でリークテストをするとやはり少し漏れるため、そこを補強。出来上がりはまずまずでしたが、あとから考えると、尿管を別々に吻合した方が良かったかなーなどと、くよくよ考えます。

スウェーデンでの仕事のスタイルとして、意思決定を非常に素早くしなければならないことがあります。そして、一度決めたら大きな間違いがないかぎり突き進む。例えば、スウェーデンでは経費や時間節約のために、外部や内部からの、依頼表のない他科への相談というものが、頻繁に行われます。その場合、少ない情報と限られた会話の中で、意思決定をしなければならないことになります。これまで修行して、大分慣れてきましたが、結構なストレスになります。

外科からの初依頼手術は何とかうまくいきました。しかし、このタイプの「機能」が重要となる手術では、術後の評価で成功の可否が決まります。回腸導管においては、尿が漏れずに、吻合部の狭窄がなく、腎機能が保たれ、感染のないこと。これらが明らかとなるのは、もう少しあとのことです。そして、合併症の責任は、この手の中に。外科医というのは、このような十字架をいくつも背負って生きていかなければなりません。

 

手術のあと、お世話になっている鍼の先生に鍼を打ってもらって帰宅後あえなく沈没。

夏休み明けの手術

長い夏休み期間を終えて、職場も大分通常勤務に近くなってきました。

夏休み期間は、私は殆ど勤務していましたが、この時期は医師は6-7人くらいしかいません。病棟は約半分に閉鎖し、手術件数や外来も大幅に削減されます。

今週から、病棟のベッド数もほぼ通常通りにもどり、大きな手術が並列で行われるようになりました。

今日は、禁制型膀胱を、非禁制型の回腸導管へ作り変える手術。腹部の手術を何回もしていて、更に、放射線治療もしている患者さんなので、一日がかりの大手術です。怖いもの知らずの専修医くんが、「開腹をやらせてください。」と頼んできました。若い先生の指導も仕事のうちなのですが、正直、やらせたくないときもあります。悩んだ末、やらせることにしましたが、「空」自信だけで実力不足、結局、数分でメスを取り上げることになりました。

予想通り、もの凄い癒着で、いやはや大変な手術でした。約7時間。助手をやってくれた年下の先生も、途中でふらふらしていました。日本と違って、手術中にランチ休憩を入れることもできるし、休憩せずとも、マスク脇からストローで給水することができます。今日は休みなしの給水のみで。

こういう定型外の手術は大変だけれど、結構、楽しいものでもあります。決まった手術だけをしていても、外科医としての実力は伸びる訳ではありません。予想外の状況に対応するためには、定型外の手術を経験することが大切なのです。

 

長い手術では、手術中は疲労を感じませんが、終わってしばらくすると、どっと疲労が押し寄せます。今日はもう沈没。明日もオペ日だから、早くお休みすることにします。

日米医学医療交流セミナー

ブログを読んで下さっている方の中には、医学生や研修医、留学前の医師がいらっしゃり、ときどき個人的に質問を受けることがあります。そんなこともあって、こちらでセミナーの宣伝をさせていただきます。

日米医学医療交流財団主催で、日米医学医療交流セミナー 「海外留学(大学院修士・博士課課程)にチャレンジしよう! -米国それとも欧州?-」が、来る2011年10月1日に東京で開催されます。

私も講師として招かれており、私の海外での経験をお話しする予定です。若くして教授に就任している同級生たちの話もあります。ご興味がおありの方は、是非、お越しください。

インフォメーションはこちらから。

最悪かつ最高の経験、スウェーデンにおけるヒエラルキー

泌尿器科の患者さんではないが、ある癌が腹腔内に再発し、尿管を圧迫したため水腎症を来たし、その腎臓を救うために、腎瘻(腎臓へ直接カテーテルを挿入する)を入れた患者さんがいた。その患者さんが、最近、腹腔内大出血を起こし、血管造影による塞栓術を行った。

 

腹腔内の巨大血腫によりカテーテルが偏移したのか、カテーテル内の尿の流れが悪くなり、CTでは、カテーテルの先が腎盂外にあるということだった。そんな場合、カテーテルを操作して正しい位置(腎盂内)に戻すことは難しいと最初の判断がなされ、膀胱からWJカテーテル(留置用の尿管ステント)を挿入しようということになり、私にご指名となったのだが、大量出血後の血小板減少に対応するために輸血などをしている間に、腎瘻から尿が流れるようになった。そのため、腎瘻造影をして、可能であれば腎瘻の位置をガイドワイヤーを使って腎盂へ戻す試みをする価値があるのではないかと考え、放射線科へ依頼した。その結果を待って、修正が不可能であれば、緊急にステントを入れる予定にしていた。

 

放射線依頼表は、コンピューター上で作成、送付されるが、緊急事態のため、勤務時間外であったが、私に直接結果を知らせてもらえるように、個人の携帯番号を記入しておいた。電話がかかってきたので出ると、

「あなたねー、何で、こんな検査を依頼するの!?」

と怒りに震えた声が聞こえた。

あまりのことにすぐに返答できずにいると、

「CTでカテーテルは腎盂の外にあるのは確実だってわかってるでしょ!それ以上、何をしたい訳!?」

少し正気を取り戻した私は、

「カテーテルから尿が出ているので、造影をしてもらって、可能であればカテーテルの位置を修正して欲しい。」

と伝えたところ、

「CTで腎盂の外にあるんだから、無駄でしょ!」

と怒鳴られたが、食い下がり、

「しかし、CTでも、カテーテルが完全に腎臓の外にあるとは言えないと思う。」

と言ったら、さらに相手の怒りが増幅したらしく、

「私はあなたより、ずっと経験があるんだ!外だといったら外だ!」

というので、

「とにかく、造影をしてください。」

と言ったら、

「血腫に造影剤を注入しろというのか!」

「尿が出ているということは、腎盂が写ってくるかもしれないから。」

「造影剤を注入して、腎臓の外だということがわかれば満足か!?」

「満足です!」

というと、彼は、何も言わずにがちゃんと電話を切った。

 

「Fy Fan!!! Vilken otrevlig läkare!!!」(Shit!!! 何て厭な医者!)

と同僚にこぼした。

同僚は私に、överläkare(指導医)のポジションを得たかどうか訪ねた。残念ながら、私はまだ専門医である。

スウェーデンでは、良く、ヒエラルキーがないと言われるが、これは全くの嘘である。

表面上は、いかにも、ヒエラルキーを嫌っているように振舞っているが、実際は、はっきりとしたヒエラルキーがある。医師の中では、

AT läkare(研修医、厳密には、医師免許を持っていない)

ST läkare(専修医)

Specialistläkare(専門医)

Biträdande överläkare(Böl、代替指導医)

Överläkare(Öl、指導医)

という階級があり、胸に着けるバッチにも、名前とともに、はっきりタイトルを表示する。

ATは日本で言う研修医に相当し、18ヶ月の研修を行う。STは5年程度の研修であるが、その後審査により、専門医となる。日本と同様であるが、専門医となったとしても、実際は独り立ちが出来るレベルではない。Bölになるには、カロリンスカでは、最低専門医として3年は勤務しなければならない。Ölになるためには、学位がなくてはいけない。

 

この階級の他に、アカデミックな階級として、

Docent(准教授)

Professor(教授)

というタイトルがある。臨床科では、教授の枠が1つか2つくらいしかないので、臨床医としては、「Docent、Öl」というタイトルが得られれば、大成功といったところか。

 

ヒエラルキーが強力だと言われる日本では、タイトルに関わらず、「医師」と表示する医療機関が多いと思うが、スウェーデンでははっきりとタイトルを表示する。このことからも、スウェーデンにヒエラルキーがないというのは嘘であるということが明らかである。実際、患者さんはこのバッチを確認する人が多いし、他科の医師や看護師も、このバッチをみて、タイトルによって態度を変えることは、日常茶飯事である。私も、ただの医師から専門医になったときには、対応の違いに驚いたものだった。(名前も外見も移民で、女性で、スウェーデン語もnativeではない訳だから、患者さんが不安になるのは理解できる、、、。)

 

脱線が長くなったが、同僚が私にÖl(Böl)のタイトルがあるかどうか訪ねたのは、こんな背景があるからである。彼は最近Bölになったのだが、それ以降、厭な対応をされることが少なくなったとか。

「でも、スウェーデンではヒエラルキーは汚いものって考えられているでしょ?」

「それはそうなんだけど、ヒエラルキーはあるよ。」

 

少なくとも、私が知る限り、スウェーデンでは、ヒエラルキーは悪だと、表面上言いながら、実際は明らかなヒエラルキーが存在し、都合の良いところでは、ヒエラルキーは無いという。例えば、ヒエラルキーの頂点に立つ人が責任回避をするために「ヒエラルキーは無い」ことを利用するようなことがある。この点は、日本の方がまだましであると思っている。

 

この日の最悪な経験には、実は続きがある。

その後、私は別件で携帯で通話をしていた。その通話を終えると、一件の留守番メッセージが。

それは、例の医者からだった。

「私は、放射線科のxxです。先ほどの失礼な会話をお許しください。全く必要がなく、無分別でした。患者さんの腎瘻の位置を修正できました。本当にごめんなさい。」

いやはや、驚いた。そして、とても嬉しくなった。まず、患者さんにとっては、侵襲の少ない方法で、腎臓を救うことができて良かった。そして、スウェーデンのヒエラルキーの中で、平の専門医、移民、女性という三重苦の中で、厭な経験もしてきたが、今回のこの医者が、素直に自分の非を認めて、謝罪してくれた、ということで、やはり、「性善説」を信じ続けてゆこうという気持ちにさせてくれた。彼の態度は、ひどいものであったが、非を認めて謝罪するということは、非常に痛みを伴うことであり、決して易しいものではない。それを潔くした彼のことは評価するべきである。彼は、個人の携帯から電話をしてきたため、すぐに、メッセージを送った。

「Tack för ditt meddelande. Jag blev ledsen efter vårt samtal men jag blev jätteglad med ditt meddelande. Dessutom var det jättebra för patienten. Bra jobbat! Tack igen och trevlig kväll!」(メッセージありがとうございます。あの通話で、悲しくなったけれど、あなたのメッセージでとても嬉しくなりました。そして、患者さんにとってはとても良かった。ありがとう、そして、良い晩を。)

 

最悪の経験だと思ったことが、素敵な結末となって、とても嬉しかった。

 

職場でのmidsommarlunch(夏至祭ランチ)

スウェーデンにおける夏至祭のお休みは、6月第4週の週末。今年は、実際の夏至の1週間後でした。

夏至祭のお休みまでは、病院も通常通りですが、夏至祭のお休み以降は、診療業務が大幅に縮小されます。

私の病棟でも、半分が閉鎖されることになっています。医師も看護師も全ての人が、最低4週間の休暇を取るからです。

そのお休みの前の週、通常勤務しているSolna院から出ているバスで、Huddinge院へ向かいました。私は膀胱癌を中心として診療をしていますが、表在性膀胱癌の治療には、弱毒結核菌BCGを定期的に膀胱へ注入する治療を行っており、該当患者さんはかなり多数います。これまでは、Solna院、Huddinge院、それぞれが別々に治療をしていましたが、その治療にあたる看護師さんが定年退職することもあって、今後は、Huddinge院で一括して行うことになりました。新しい診療形態となる前に、BCGの医師側責任者となっている私は、Huddingeでの会議に参加しなければならなかったのです。

 

バスに揺られること、およそ30分でHuddingeに到着。それから数時間の会議に出席し、そのあと、病棟での夏至祭のランチに招かれました。

 

Huddinge院では、Solna院よりも、国際色豊かです。看護師や医師が、それぞれ料理を持ち寄ります。

お決まりのニシンなどに加えて、中東のお料理や、ハンガリーのグラッシュなど、食べきれない量のお料理があり、全く知らない人たちの間に入って、ぎこちないながらも、楽しく美味しいランチを楽しみました。

日本の国際的競争力、レベルの低い「医学博士」

先日、職場の専修医である女医さんの、学位審査がありました。

スウェーデンにきてから、所謂、MDの学位審査というものを見たことがありませんでしたが、同じカロリンスカ内でも、MDの学位審査と、nonMDの学位審査では、いろいろと違うのだという印象を受けました。日本でも、MDとnonMDでは違いがあるし、そもそも、大学毎に違うという感覚を持っています。

 

彼女の学位審査の話をする前に、このあたりのことを少し書いてみたいと思います。

 

カロリンスカ大学Solna(所謂、本院のようなもの)では、研究所キャンパスと病院キャンパスは、Solnavägenという道で2つに分かれています。基本的には、医学部の学部教育と基礎研究は、研究所キャンパスがメインで行われてます。MDが学位を目指す際には、病院キャンパスで研究を臨床と平行してすることが多いようです。勿論、例外もありますが、MDとnonMDの学位論文の内容を比較すると、どうしても、MDの方が若干レベルが低いという印象です。MDにとっては臨床も同時に行わなければならず、その条件を考えれば当然で、これは、日本でも同じ傾向があると思います。

日本で問題なのは、大学毎で出される学位の質に差があることだと思っています。私が主に経験があるのは、MDが学位を取得する場合です。所定の授業単位の取得などについては、明らかな規定があるとしても、学位取得で最も重要である論文に関する基準は、施設によって天と地の差があります。私の母校では、私が在職当時は、学位論文の基準設定は、担当科の教授に任されていました。論文のレベルは、以前にも書いたことがありますが、インパクト・ファクターによって決まりますが、中には、インパクト・ファクターのない低いレベルの学術雑誌もあります。例えば、「日本○○科学会誌」のような雑誌は、そもそも日本語で書かれたnon-internationalな雑誌ですが、私が知る限りでも、母校の学位論文にも、残念ながらそのようなものが含まれているのが事実です。とある三流私立医大の場合は、講師以上のスタッフが、「雇われて」、学位論文を代筆することもあると聞いて、びっくり仰天したこともあります。つまり、学位を「買う」訳ですから。それほどひどくなくとも、「○○医科大学雑誌」というような、大学が出している学術雑誌で、勿論日本語、学外のレビューもないような雑誌に発表された論文でも、学位を出している大学は多くあります。「博士号、PhD」という学位は、学位の中で最高のものです。日本が海外に対する競争力を保つためには、「博士号、PhD」の価値を落としてはいけないと思います。開業したり、マスコミに売るために、「医学博士」があると箔が付くとか、現在の「医学博士」は国際的には殆ど価値のないものになってしまっていると感じます。

ヨーロッパでは、このような問題に既にEUレベルで取り組んでいます。1999年6月にボローニャ宣言(Bologna Declaration)が採択され、当時EU加入国であった15カ国を大きく上回る29カ国(オーストリア、 ベルギー、ブルガリア、チェコ共和国、 デンマーク、エストニア、フィンランド、 フランス、 ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、 アイスランド、 アイルランド、イタリア、 ラトヴィア、 リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、 オランダ、 ノルウェー、 ポーランド、 ポルトガル、 ルーマニア、 スロヴァキア共和国、スロヴェニア、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリス)が署名しました。

ボローニャ宣言の目的は、

1)ヨーロッパにおける雇用可能性と移動性を本質的に高め、ヨーロッパの高等教育の競争力を強化するために、 2010年までの10年間でまとまったヨーロッパの高等教育圏を作る。

2)理解しやすく比較可能な学位の枠組みを作る。

3)大学のレベルで、 基本的に学部と大学院という二段階式のシステム(two cycle system) を採用する。

4)ヨーロッパ単位互換制度(European Credit Transfer System) を促進し、教育の一部を他国で受けられるようにするために単位制度を確立することで学生の移動を促進する。

5)比較可能な基準や方法を開発することによって、 ヨーロッパという次元で質の保証を行なう。

6)ヨーロッパ圏の中で学生と教員の自由な移動を向上させることにより、「ヨーロッパの高等教育の競争力」をつける。

 

ボローニャ宣言を採択したスウェーデンでは当然、PhDの基準は、ボローニャ宣言に従ったものとなっています。

カロリンスカでの学位審査の条件は、簡単には、

1)4年間、2)規定の授業単位の取得、3)ハーフタイムセミナー

を満たした上、学位論文は、Internationalで、peer reviewのある学術誌へ発表され、筆頭著者である論文が最低1枚、という条件です。実際には、筆頭著者である論文が1枚では審査を通過しないのが常で(CellやNature、Scienceなどの超一流雑誌であれば例外)、共同著者である論文、投稿前の論文などが必要で、それら複数の論文をまとめて、一冊の学位論文を書き上げるのが一般的です。

学位審査の準備が整ったら、最後は審査になりますが、当該研究の分野に通じる研究者を、opponentとして一人招き、審査が行われます。基礎研究の場合、学生が優秀であればあるほど、優秀なopponentを選ぶ傾向があります。カロリンスカ内の研究者の場合、opponentをしても謝金が出ないため、駆け出しの研究者で、opponentとしての経験が必要、という人以外は、あまりoponentを引き受けたがらないのが事実。また、イギリスと異なり、この学位審査で不合格とすることは、ほとんどないため、優秀でない学生であればあるほど、そのレベルにあった質問をしてくれるopponentを選ばなければなりません。学位論文の論文リストをみても、学生が優秀であるかどうか判断できますが、論文のレベルは運、不運も関係します。しかし、opponentが著名な海外の研究者であれば、その学生が優秀であるということが、明らかにわかるのです。

 

審査はたいてい、opponentが当該分野のサマリーしたあと、学生が45分程度の発表をし、その後2時間程度の質疑応答があります。opponentとの質疑応答が終わると、審査委員会のメンバーによる質疑応答があり、場合により、聴衆からの質問を受け付けて終了。初めて、学位審査を見学した際には、日本との違いに驚いたものでした。

 

ヨーロッパでは、複数の国が協力して、国際的競争力を高めるために、互換性のあり質の高い高等教育をめざしています。対する、日本では、同じ国の中でも、基準がばらばらです。これでは、日本の学位の国際的評価を落とすことになってしまいます。

 

日本の研究者が海外へ出ていく場合、日本のローカルルールがネックとなる場合があります。その一つが、特に、医学部、殊に臨床科から出される学術論文における、著者の扱いです。

筆頭著者を決めるのは、日本でも海外でも差はないと思いますが、日本のローカルルールは、第2著者と最終著者です。最終著者には、たいてい、研究には関わっていない、教授がなります。実際に、最終著者にあたる指導者は、第2著者となることが多い。しかし、海外で戦う場合、第2著者がいくつあっても、あまり強みにはなりません。教授がフェアーである場合はそれでも、corresponding authorをもらえれば、この研究は自分のアイデアであるということを示すことができますが、そういう場合は幸運な方です。

 

いずれにしても、日本の、殊にMDにおける学位や研究に関するシステムは、国際的競争力を考える上で、欠陥の多いシステムだと思いますが、何とかならないものでしょうか。学位論文が日本語では、海外の学生を呼んでくることもできません。

 

ボローニャ宣言ですが、イギリスは署名をしているにもかかわらず、ケンブリッジ大学とオックスフォード大学は、ボローニャ宣言に従うつもりはないそうです。もともと、超名門は、それで戦えるという自信があるのでしょう。

 

以上、ぼやきでしたが、次回、同僚女医さんの学位審査について書きたいと思います。

前立腺癌の勉強会

先月のことであるが、ある製薬会社主催の前立腺癌の勉強会に参加した。

勉強会といっても、さまざまな形態のものがあるが、今回は、ちょっといいレストランの一室で、お食事をしなかがら、という贅沢なもの。

そのレストランはここ。

ストックホルマーなら、たいてい知っている、美しい景観でも知られる、「Gondolen」。

前菜はホワイトアスパラ。

メインは、Röding(イワナ)。

そしてデザートは、ルバーブロール?とアイスクリーム。中華料理屋さんで良くある、フライドバナナではないけれど、これは自分でも応用できそう。

今日の講師は、ヨテボリのサールグレンスカ病院の泌尿器科の教授。

臨床の話だけかと思ったら、最新の基礎研究の話まであり、非常に感銘を受けた。

スウェーデンは、日本よりもずっと小さな国であるにもかかわらず、世界で数多く引用されるような臨床治験が多くなされている。どの病院で、どの疾患を治療するのか、国全体の戦略が中央でコントロールされていること、また、個人番号により、全ての国民の情報が管理されていることなどから、大規模かつ優れたデータ収集が可能となっている。泌尿器科領域では、例えば、ストックホルムでは、膀胱癌で膀胱全摘が必要な患者さんは、全て、カロリンスカ大学病院に集められることになっている。それに反抗して、膀胱全摘を他の病院で行えば、その治療にかかるコストは、国によって負担されず、病院持ちという、経済的制裁が行われる。このようなシステムによって、殊に、数少ない疾患については、特定病院に集められることにより、その疾患についての経験豊富な医師およびパラメデイカルが治療を担当することになる。したがって、質の高い医療を提供することができるようになるのだ。日本はといえば、各病院がばらばらに患者さんを抱え込むため、経験の少ない医師が治療にあたることも珍しくないし、治療法もばらばらで、データ収集も難しい。

 

スウェーデンでは新薬もいち早く導入されるが、今回は、進行性前立腺癌に対する新薬、abiraterone(アビラテロン)の話もあった。前立腺癌の治療法としては、外科的療法、放射線療法以外に、ホルモン療法がある。これは、前立腺癌細胞が、テストステロンの刺激下に増殖するという性質を利用したものである。前立腺癌が去勢術(除睾術)、あるいは、女性ホルモン投与により縮小することは、1941年にHuggingsらが発見し、彼は1966年にノーベル賞を受賞している。テストステロンは、その殆どが精巣から、一部副腎から生成される。私が研修を始めたころは、ホルモン治療といえば、女性ホルモン治療か、去勢術ばかりであったが、最近では、GnRHアナログがそれにとってかわっている。ホルモン治療を始めると、早晩、癌は治療に抵抗性となるが、つい最近までは、その癌を、「ホルモン抵抗性」と呼んでいたが、現在では、「去勢抵抗性」と呼ぶようになっている。このような癌には、癌細胞自身がテストステロンを産生するものも多く、したがって、autocrineのテストステロンで増殖しているものがあるため、「ホルモン抵抗性」と呼ぶのは正しくないと考えられるからである。このような癌には、抗癌剤である、Taxotelが有効であるが、癌はこの治療にも抵抗性となる。このような癌に有効であると考えられているのが、abirateroneである。これは、アンドロゲン合成酵素であるCYP17を特異的に抑制することで、アンドロゲン生成を抑制する。スウェーデンでは、Taxotel投与は腫瘍専門医が行っているため、abirateroneの投与もおそらく泌尿器科医が行うことはないであろうが、もうすぐabirateroneの使用が始まるようで、少しでも多くの患者さんが救われることが期待される。

 

勉強会では、前立腺癌の骨転移に使われる、ゾメタやアレディアといったビスホスホネート製剤についても議論があった。日本ではかなり簡単に投与されるこの薬、かなり高額。4週間に1回の投与が必要で、一回あたり、スウェーデンでは3000クローネ前後かかる。したがって、骨転移が発見されても、症状がなければ、まず投与されることはない。また、重篤な合併症として、顎骨壊死というのがあるが、泌尿器科医の専門外であるからこそ、注意をしなければならないということだった。私が日本で働いていた頃は、投与前の歯のチェックなんて、行われていなかったなあ、、、。

 

美味しい食事だけでなく、最新情報を短時間でサマリーしてもらい、充実したひとときであった。

医学研究成果のメデイアによる誇張報道

数日前のこと。出勤前にニュースを聴いていたら、「脊損患者に対する福音」と、最新のLancetに発表された論文の紹介をして、「脊損患者が歩けるようになる!」というような、嘘のような解説をしていました。

 

2011年5月20日付でLancetに発表されたのは、こちらの論文。

 

症例は、自動車事故による頚椎7番から胸椎1番の不完全脱臼による下半身麻痺となった、23歳の男性。2006年の受傷後、26ヶ月以上に渡る170回の運動訓練ののち、2009年に電気刺激装置を腰椎1番から仙椎1番のレベルの硬膜上に、手術的に設置した。この装置による硬膜外刺激により、重りによるバランスに対する補助のみで、4分から25分立てるようになった。また、歩行様の足の動きを認めた。

 

というような報告なのですが、これが、メデイアにかかるとこうなります。

一番ひどかったのが、大衆紙、Aftonbladet。

実は、オリジナルの記事には、「Mirakel- Han börjar att gå」(奇蹟だ。彼は歩き始めた)というタイトルが付いていました。

どこかの新聞ではないけれど、あまりにひどいタイトルだったので、あとで書き換えたようです。うーん、最初のバージョンを保存していなかったことが悔やまれます。

しかし、改定バージョンでも、「下半身麻痺の患者が、治療のあと歩いた。」となっています。

 

DNではこんな感じ。

「下半身麻痺の患者が、再び歩くことを学んだ。」

少しトーンダウンしています。

そして、SvD。

「下半身麻痺の患者が治療のあと一歩を踏み出した。」

この表現が最も事実に近い印象です。

 

その夜のSVT(スウェーデン国営放送)のニュースでは、神経科学の研究者や、医師などにインタビューをしていましたが、その中で、スタジオでインタビューを受けたのが、私のmentorでもある、Claess Hultlingでした。以前にも記事にしましたが、彼は30歳のとき、麻酔科研修中で、2週間後に結婚式を控えた日に、ダイビングで脊髄損傷を受傷します。その後、Spinalisといって、ストックホルム近郊中の脊髄損傷患者を集めて治療を行う、脊損センターを開設します。

そして、世界初の、脊損患者のIVFによる挙児に成功。

 

彼の解説は、自身が脊損患者であるからこその、重みのあるものでした。

「この研究は、脊損患者の多くを救えるものではない。この患者さんでは、解剖学的に脊髄は保たれており、自分のような完全脊損ではない。しかも、歩くということからは程遠い。」

 

また、この発言が特に重く響きました。

「脊損患者に、過剰の期待を抱かせることは好ましくない。自分を含めて、脊損患者にできることは、いろいろとある。にもかかわらず、過度の期待を持たせて、他にできることをせず、前に進めなくすることは、逆に人生の質を落とすことになる。」

 

これは、脊損患者さんの治療に留まらず、他の疾患にも通じることだと思います。末期癌の患者さんに、可能性はゼロではないといって、殆ど望みのない抗癌剤の投与をすることも多い日本の医療。希望を与えすぎて現実を直視しないことには、大きな落とし穴があると考えなければなりません。

 

脊損患者さんのQOLを上げるためには、運動機能の回復ではなく、排泄機能のコントロールや、疼痛コントロールなどの方が重要なのが現状です。

 

因みに、Lancetの題材となった患者さん本人のインタビューや治療風景はこちら。

それでも、研究における、こうした小さなステップが、新しい治療につながる可能性があるという夢をみることは、患者さんにとっても、そして研究に携わる人間にとっても、素晴らしいことだと思っています。研究者のはしくれである私にとっても。だからこそ、メデイアは、誇張するのではなく、真実を等身大に報道して欲しいと思います。


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