スウェーデンでは、終末期に入った患者さんは、大学病院からは退院していただき、ホスピスや在宅医療での治療となります。
「この人とは、もう二度と会えないだろうな」と思いながら、患者さんとさよならをするのは、辛いものです。
今年、恥もなく涙をこぼした患者さんの話題といえば、間違いなく、「悲しくも美しい夫婦愛」を見せてくれた彼。
彼は膀胱癌を患った70代の男性。数年前から、他の癌の治療や、心・血管系の疾患での大きな治療を繰り返してきました。運の悪いことに、膀胱癌も発見時から非常に進行した状態。抗癌化学療法を施行してから、膀胱全摘となりました。今回は、消化管と尿路の瘻孔形成の症状で入院。入院時の検査で多発性の肝転移が。通常であれば、それほど高齢でもないこのような患者さんに対しては、腎機能更なる抗癌化学療法が行われるのですが、手術前に既に抗癌化学療法が行われているにもかかわらずの再発ということで、再発癌には化学療法が無効であろうと推測されます。こんな場合、日本では他に治療法がないこともあって、無効であっても化学療法が施行され、患者さんは結局、退院もできないまま亡くなることも多いのですが、スウェーデンでは非情なまでに意思決定がはっきりしています。日本で泌尿器科癌に抗癌剤治療をするのは泌尿器科医ですが、スウェーデンでは腫瘍専門医。しかも、泌尿器科腫瘍の専門家です。この患者さんのケースも、治療カンファレンスで話し合いがなされ、いとも簡単に「無治療」という決断が下されました。また、消化管との瘻孔も、腹膜炎症状もなく、限局性ということで、現疾患が無治療であれば、こちらも無治療という外科の決断。これも、日本ではありえないことです。
以前の記事でも述べましたが、彼のようにまだ元気であっても、予後が非常に悪く、保存的治療以外の方法がない場合は、比較的早い時期から、「治療制限」についての決断をすることが奨励されています。泌尿器科のように、当直医がおらずオンコールのみの場合は、急変時に処置をするのは、急変時に対応する医療チーム(Mobila intensivvårdsgruppen、通称MIGチーム)ですが、治療制限の決定がなされている場合、その内容により診察もせず無処置とすることも可能になります。MIGチームは、小さな荷台に医療機器や薬剤を積んで、通常、緊急コールがあってから数分以内に到着し処置を行う特別な医師・看護師チームで、日中であってもときどきお世話になることがあります。
治療の制限の決定がなされると、コンピュータ上にある書式に記入します。
例えば、こんな感じです。これは、新たな治療行為開始の制限。
MIGチームの要請、集中治療室への入室、心肺蘇生、ペースメーカー、挿管を伴う呼吸管理、挿管を伴わない呼吸管理、透析、手術、放射線治療、輸血、酸素吸入、昇圧剤、抗生剤、抗癌剤、栄養、輸液がチェックリストに挙げられており、施行しないと決断されたものにチェックをするようになっています。
続いて、一度開始された治療を中止する場合のチェックリストもあります。
Beslut har tagits efter samrådmed(この決断は以下の人間の同意により下された):
Patienten(患者)、Närstående(患者家族)、Ansvarig läkare på hemklinik(該当科の担当医)、Ansvarig läkare på intensivvårdsläkare(集中治療室の担当医)
とあるように、この決断を下すのは、患者さんや家族の同意がなくとも可能。これも日本では考えられません。
彼に残された時間は、おそらく長くて数ヶ月。彼は、現実を全て理解し、受け入れていました。私が、「治療制限」についての話をしたときも、動揺を見せずに、静かに言いました。
「私に残された時間が短いことはわかっている。不必要な治療は勿論受けたくない。」
続けて、ホスピスなどへの転院の話をすると、
「私は家に帰りたい。私には、癌を患った妻がいる。彼女は長いこと闘病生活をしていて、私が家で彼女の面倒をみてきたから、早く帰らないと。」
スウェーデンでの在宅医療は非常に進んでいて、ASIH(avancerad sjukvård i hemme、高度在宅医療)という24時間体制のシステムが、居住区毎にあります。中には、必要に応じて入院できるベッドを持っているところも。医師、看護師ばかりでなく、理学療養士、社会福祉士、栄養士なども働いています。中心静脈栄養の管理は勿論、手術創や褥創の管理もしてくれます。カルテも、大学病院と共有する電子カルテを使っているところもあり、大学病院の担当医とコミュニケーションを取る場合も便利です。
肝転移によると考えられる腹水貯留も始まり、呼吸も苦しそうになってきた彼には、ホスピス転院が適当と考えられましたが、彼の妻の面倒を家でみるという意思は固く、ASIHにお世話になることにしました。
彼が言います。
「どうしてもこの週末までに退院させてください。」
週末まであまり日がなく、ASIHの審査や準備を考えると、かなり厳しい日程なのですが、どういう理由か、絶対に退院すると言います。
普段から、彼の人柄、そして、真摯に死と、自分の運命と向き合う姿に感銘を受けていた私達医療チームは何とか全ての手続きが間に合って、彼の希望が叶うように頑張りましたが、結局、ASIHは、週明けからということになりました。しかし、退院はその前の週末で、週末は夫婦二人で乗り切るということになりました。腹水、呼吸困難の彼がどうやって病床の妻を面倒みるのか、、、。
退院当日、看護師さんが涙目で私のところへやってきました。
「彼、病院のお花屋さんで、花束を買ってきて欲しいのですって。先生、何故だかわかる?今日、奥さんとの50回目の結婚記念日なんですって。」
そして、
「Vilken fin människor han är!」(なんて美しい人間なんでしょう!)
と彼女はつぶやきました。
それに対して、私は思わず、
「50回目の、そして最後の結婚記念日」
とつぶやいて、二人で涙をこぼしました。
「先生、彼は奥さんと最後のクリスマスを過ごしたいって言っていたけど、大丈夫かしら。}
「多分、それまではもたないと思う。」
というような会話をしたと思います。
私は、彼に最後のさよならが言いたかったけれど、他の仕事があって、それは叶いませんでした。
彼は、花束を手に車椅子で退院していったそうです。
数週間後、同じ看護師さんがやってきました。
「先生、知ってる?彼、亡くなったって。でも、結婚記念日が祝えて良かったね。」
そんなに早いとは、思っていませんでした。カルテをチェックしたら、退院してから、およそ1週間後の死でした。手続きのために入院を延長させなくて良かった、と思いました。
それから程なくして、彼の妻も亡くなったと聞きました。
私はそのとき思いました。
「彼らは天国で再び出会って、クリスマスを一緒に祝うに違いない。」
平均より少し短い人生だったけれど、それだけ想い合える相手とめぐり合い、50年を共にできて、幸せだったに違いありません。今、思い出しても、涙がこぼれる、「悲しくも美しい夫婦愛」の話です。
クリスマスは、スウェーデン人にとって、家族にとって、特別な日。
God Jul、Merry Christmas!!!
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