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ご無沙汰しています

早いもので、新しい年となって数週間が経ちました。

年末は、おそらく肺炎で、1週間病欠し、結局2週間ほど床に伏していました。

症状があまり良くならないので、病院に行って胸部レントゲン写真撮影と、血液検査をしようと思ったくらいでした。

40代の知人も、風邪から肺炎となり、呼吸器管理となったようで、高齢者でなくても、命に関わるような肺炎に罹患する人が多くなっているような気がします。私の場合、初期は無理をして働いて重症化してしまいました。日本では38度くらいの発熱なら、解熱剤を飲んで働いていましたし、風邪で欠勤するなんて考えられませんでした。まさに「医者の不養生」です。

これからぼちぼち、年末年始のことも綴ってゆこうと思っております。

遅ればせながら、今年もよろしくお願いいたします。

悲しくも美しい夫婦愛

スウェーデンでは、終末期に入った患者さんは、大学病院からは退院していただき、ホスピスや在宅医療での治療となります。

「この人とは、もう二度と会えないだろうな」と思いながら、患者さんとさよならをするのは、辛いものです。

今年、恥もなく涙をこぼした患者さんの話題といえば、間違いなく、「悲しくも美しい夫婦愛」を見せてくれた彼。

彼は膀胱癌を患った70代の男性。数年前から、他の癌の治療や、心・血管系の疾患での大きな治療を繰り返してきました。運の悪いことに、膀胱癌も発見時から非常に進行した状態。抗癌化学療法を施行してから、膀胱全摘となりました。今回は、消化管と尿路の瘻孔形成の症状で入院。入院時の検査で多発性の肝転移が。通常であれば、それほど高齢でもないこのような患者さんに対しては、腎機能更なる抗癌化学療法が行われるのですが、手術前に既に抗癌化学療法が行われているにもかかわらずの再発ということで、再発癌には化学療法が無効であろうと推測されます。こんな場合、日本では他に治療法がないこともあって、無効であっても化学療法が施行され、患者さんは結局、退院もできないまま亡くなることも多いのですが、スウェーデンでは非情なまでに意思決定がはっきりしています。日本で泌尿器科癌に抗癌剤治療をするのは泌尿器科医ですが、スウェーデンでは腫瘍専門医。しかも、泌尿器科腫瘍の専門家です。この患者さんのケースも、治療カンファレンスで話し合いがなされ、いとも簡単に「無治療」という決断が下されました。また、消化管との瘻孔も、腹膜炎症状もなく、限局性ということで、現疾患が無治療であれば、こちらも無治療という外科の決断。これも、日本ではありえないことです。

以前の記事でも述べましたが、彼のようにまだ元気であっても、予後が非常に悪く、保存的治療以外の方法がない場合は、比較的早い時期から、「治療制限」についての決断をすることが奨励されています。泌尿器科のように、当直医がおらずオンコールのみの場合は、急変時に処置をするのは、急変時に対応する医療チーム(Mobila intensivvårdsgruppen、通称MIGチーム)ですが、治療制限の決定がなされている場合、その内容により診察もせず無処置とすることも可能になります。MIGチームは、小さな荷台に医療機器や薬剤を積んで、通常、緊急コールがあってから数分以内に到着し処置を行う特別な医師・看護師チームで、日中であってもときどきお世話になることがあります。

治療の制限の決定がなされると、コンピュータ上にある書式に記入します。

例えば、こんな感じです。これは、新たな治療行為開始の制限。

MIGチームの要請、集中治療室への入室、心肺蘇生、ペースメーカー、挿管を伴う呼吸管理、挿管を伴わない呼吸管理、透析、手術、放射線治療、輸血、酸素吸入、昇圧剤、抗生剤、抗癌剤、栄養、輸液がチェックリストに挙げられており、施行しないと決断されたものにチェックをするようになっています。

続いて、一度開始された治療を中止する場合のチェックリストもあります。

Beslut har tagits efter samrådmed(この決断は以下の人間の同意により下された):

Patienten(患者)、Närstående(患者家族)、Ansvarig läkare på hemklinik(該当科の担当医)、Ansvarig läkare på intensivvårdsläkare(集中治療室の担当医)

とあるように、この決断を下すのは、患者さんや家族の同意がなくとも可能。これも日本では考えられません。


彼に残された時間は、おそらく長くて数ヶ月。彼は、現実を全て理解し、受け入れていました。私が、「治療制限」についての話をしたときも、動揺を見せずに、静かに言いました。

「私に残された時間が短いことはわかっている。不必要な治療は勿論受けたくない。」

続けて、ホスピスなどへの転院の話をすると、

「私は家に帰りたい。私には、癌を患った妻がいる。彼女は長いこと闘病生活をしていて、私が家で彼女の面倒をみてきたから、早く帰らないと。」

スウェーデンでの在宅医療は非常に進んでいて、ASIH(avancerad sjukvård i hemme、高度在宅医療)という24時間体制のシステムが、居住区毎にあります。中には、必要に応じて入院できるベッドを持っているところも。医師、看護師ばかりでなく、理学療養士、社会福祉士、栄養士なども働いています。中心静脈栄養の管理は勿論、手術創や褥創の管理もしてくれます。カルテも、大学病院と共有する電子カルテを使っているところもあり、大学病院の担当医とコミュニケーションを取る場合も便利です。

肝転移によると考えられる腹水貯留も始まり、呼吸も苦しそうになってきた彼には、ホスピス転院が適当と考えられましたが、彼の妻の面倒を家でみるという意思は固く、ASIHにお世話になることにしました。

彼が言います。

「どうしてもこの週末までに退院させてください。」

週末まであまり日がなく、ASIHの審査や準備を考えると、かなり厳しい日程なのですが、どういう理由か、絶対に退院すると言います。

普段から、彼の人柄、そして、真摯に死と、自分の運命と向き合う姿に感銘を受けていた私達医療チームは何とか全ての手続きが間に合って、彼の希望が叶うように頑張りましたが、結局、ASIHは、週明けからということになりました。しかし、退院はその前の週末で、週末は夫婦二人で乗り切るということになりました。腹水、呼吸困難の彼がどうやって病床の妻を面倒みるのか、、、。

退院当日、看護師さんが涙目で私のところへやってきました。

「彼、病院のお花屋さんで、花束を買ってきて欲しいのですって。先生、何故だかわかる?今日、奥さんとの50回目の結婚記念日なんですって。」

そして、

「Vilken fin människor han är!」(なんて美しい人間なんでしょう!)

と彼女はつぶやきました。

それに対して、私は思わず、

「50回目の、そして最後の結婚記念日」

とつぶやいて、二人で涙をこぼしました。

「先生、彼は奥さんと最後のクリスマスを過ごしたいって言っていたけど、大丈夫かしら。}

「多分、それまではもたないと思う。」

というような会話をしたと思います。

私は、彼に最後のさよならが言いたかったけれど、他の仕事があって、それは叶いませんでした。

彼は、花束を手に車椅子で退院していったそうです。

数週間後、同じ看護師さんがやってきました。

「先生、知ってる?彼、亡くなったって。でも、結婚記念日が祝えて良かったね。」

そんなに早いとは、思っていませんでした。カルテをチェックしたら、退院してから、およそ1週間後の死でした。手続きのために入院を延長させなくて良かった、と思いました。

それから程なくして、彼の妻も亡くなったと聞きました。

私はそのとき思いました。

「彼らは天国で再び出会って、クリスマスを一緒に祝うに違いない。」

平均より少し短い人生だったけれど、それだけ想い合える相手とめぐり合い、50年を共にできて、幸せだったに違いありません。今、思い出しても、涙がこぼれる、「悲しくも美しい夫婦愛」の話です。

クリスマスは、スウェーデン人にとって、家族にとって、特別な日。

God Jul、Merry Christmas!!!

「そんなにもあなたは娘を待っていた」

日本と異なり、大学病院は急性期医療専門。終末期は殆ど扱うことがないため、患者さんの死を看取ることはあまりありません。

それでも、今年は数件の死亡診断書を書きました。

最近亡くなった患者さんは、70代の男性。局所進行性膀胱癌。かなりの悪性で、内視鏡的に切除しても切除しても数週間で再発腫瘍は巨大になります。幸い、遠隔転移がなかったため、膀胱全摘を勧めました。もともとヘビースモーカーで、慢性閉塞性肺疾患が強く疑われましたが、無治療で放置。腫瘍からの出血と、腫瘍により排尿が困難なことから、入院が長引きます。病院での臥床が長くなると、それに伴って呼吸症状が悪化します。

普段から、心を閉ざして言葉少なく、コミュニケーションが難しい患者さんでしたが、徐々に話をするようになりました。どうやら、娘が遠い島に住んでいるよう。患者さんの住所を見ると、ストックホルムでも端の、移民の多い街で一人住まい。経済的にも困窮しているらしく、しきりに、アパートの家賃などの心配をしている。そして、手術を含め、治療を受けたくないと言うのです。

「お嬢さんに連絡して病状を話してもいい?」と訊ねます。

彼は無言で首を横に振ります。

その後、看護師さんから、彼が翻意したという報告を受け、再度病室を訪問し、お嬢さんへの連絡に合意。

お嬢さんは、ストックホルムより南にある島に住んでいます。電話で話すと、とても感じの良い人でした。治療を受けなければ、予後は厳しいことを説明すると、お嬢さんからも話をするという。島からストックホルムまで最低半日必要だが、近々訪ねたいとのこと。父娘はどういった事情かわかりませんが、数年音信不通だったと。

その後、患者さんは腎後性腎不全(下部尿路、この場合は、膀胱癌の進行により、両尿管が閉塞し尿が流れないため、腎機能障害を起こした)となり、片方の腎瘻(腎臓へ直接管を挿入し、尿を管から排泄させる)増設となりましたが、腎瘻を自分で引き抜いてしまい、結果として、重篤な敗血症と腎不全に陥り、病状は急激に進みました。既に、「治療制限に関する書類」が作成されていたため、高額治療は一切しません。意識不明、下顎呼吸となり、今にもはかなくなりそうなある朝、危篤であることをお嬢さんへ連絡しました。そうすると、明日の朝発つとのこと。それでは到着が夕方です。間に合わないな、と思いながら、「急変したら連絡します」と言って、電話を切りました。

複雑な事情がありそうな高齢の独居老人。可能性があるのに、かたくなに治療を拒否する彼。スウェーデンでは、「死に目に会う」ことは重要ではありませんが、それは普段から交流があるからのこと。長い間娘と音信不通だった彼の、まだ息のある間にお嬢さんが来て欲しいと、私も看護師さんも願いました。腎瘻が無いため、せめてもと尿道カテーテルを入れると腫瘍塊と尿が。出来る限り洗浄して、輸液や利尿剤を調節します。舌根が落ちているために、挿管は高度治療となるためできませんが、鼻腔カニューレを。

次の朝、祈るような気持ちで病室を覗くと、若干呼吸状態が改善しているではないですか!もう少しだから頑張って欲しい。

結局、お嬢さんは15時半頃到着し、意思疎通は出来ないけれど、久し振りの面会を奇跡的に果たしました。お嬢さんとの会話でも、家庭の複雑な事情が感じ取れましたが、私にとっては、あの状況から24時間以上持ちこたえたことが信じられませんでした。

「今夜は父の傍にいます。」と言って別れたのも束の間、17時に呼吸が止まりました。救命はしないため、しばらくしてから、病室を訪れました。

「お父さん、あなたが来るのを待ってたんですね。」

お嬢さんは涙を見せながらにっこりとしてくれました。

ノーベル賞授賞式

毎年12月10日、アルフレッド・ノーベルの命日に行われる、ノーベル賞授賞式。以前、コンサートホールで行われる授賞式と、市庁舎で行われる晩餐会とどちらも出席したことがありますが、今年は、授賞式だけ参加してきました。式が16時半から始まるため、16時15分までに着席。当日、しっかりと勤務のあった私は、15時半頃仕事を終わらせて、そのまま職場から会場へ。

コンサートホール前の市場には、いつものように、各国の国旗などを付けた黒塗りのハイヤーがずらりと駐車しています。

セキュリテイーは、流石スウェーデン、ここでも甘々。ご招待していたロンドンの大学の教授と私は同行しましたが、招待状(先日のものではなく、後日、バーコードが付いたものが送られてきました)と、運転免許証だけ。荷物検査はなし。

家族など関係者や、各国大使などが、ステージ正面の1階に座ります。私は、2階席から高みの見物。日本人2名の受賞だけあって、着物姿の邦人の姿もちらほら。

お向かいの席には、社会民主党の女性党首、モナ・サリーンの姿も。モナの向かって右は、左党党首夫妻。

一応、「式の間は撮影禁止」ということだったのですが、ノーベル審査委員のコメントのとき以外は、撮影可のようでした。

次々と審査委員および関係者が着席します。メインステージの上方には、オーケストラが。

ステージの中央には、ノーベルの像。

いよいよ、王族の入場。婚約破棄後ニューヨーク滞在中のマンデレーン王女以外のご出席。新婚のダニエル王子にとっては、初めてとなるノーベル賞行事。ビクトリアがダニエルを気遣うかのように。

各賞毎の説明がノーベル賞審査委員代表よりスウェーデン語でなされ、国王からメダルを授与されます。

化学賞のお二方も上方から。私の席はステージに向かって左手だったために、お顔を写すことができませんでした。

日本人としては、何よりも化学賞が嬉しいものでしたが、感動的だったのは、やはり医学・生理学賞。

先の記事にもしたように、IVFの父であるエドワード博士に授与されましたが、健康上の理由でパートナーでやはり研究者の妻が代理で出席。倫理上の問題で、バチカンを始めとして批判もあった今年のノーベル賞ですが、ノーベル賞審査委員も胸を張る選択。審査委員会自体も、「倫理上の問題が解決した訳ではない」としており、常に倫理問題がこれからもついてまわる治療ではありますが、既に400万を越える子供が誕生し、最初のIVFによる女性は、自身、出産もしています。インタビューでも、「IVFがなかったら、私ばかりではなく、私の子供も存在しなかった。」と言っていました。不妊治療だけでなく、IVFがなかったら、例えば、ES細胞の医学への応用もなかったでしょう。生殖細胞に対する人的操作は問題で、体細胞に対する人的操作は問題でないという考えも理解できません。しかし、このようなグレーゾーンに近い医療に関しては、倫理問題を常に考えなければならないのも確かです。

私の理解者でもあり、友人でもある、ストックホルム脊損センターを設立したClaes Hultlingが、後の晩餐会のインタビューに答えていました。彼は麻酔科医だった1984年にダイビングの事故で脊損を負いました。数週間後に結婚式を控えていました。彼のパートナーは、同級生。8年に渡る治療の結果、脊損患者を父親に持つ、世界最初のIVFによる子供である、現在18歳になる長男が誕生したのです。こちらに、彼が、カロリンスカ研究所200周年に寄せて書いた記事があります。男性の脊損患者はIVF以外に挙児の可能性はありませんが、これまでに、200人もの脊損患者を父親に持つ子供がスウェーデンで誕生しているようです。患者自身である彼がテレビカメラの前で今年のノーベル生理・医学賞について語るのを見ると、やはり、良い賞だったと思わずにはいられませんでした。

最後にこっそり。

職場から駆けつけたので、おめかしはできませんでしたが、正装が決まりなので、一応ロングドレスを着ました。

授賞式のあとです。ロングドレスはうつっていません!

Advent

クリスマス4週間前の日曜日である、今年は11月28日がファーストアドベント。
窓の外はこんな感じ。

スパイスの入った甘いワイン、Glögg(グレッグ)の季節です。

数年前にストックホルムからアメリカへお引越しなさった、Rさんから頂いたOrreforsのHotto Cup cut starという名前のグラスで。グレッグでも、エスプレッソでも、そして、前菜用にも使える素敵なグラスです。

グラスの底に星がデザインされています。このグレッグはダイダイから作られたもの。これに、干しぶどうとアーモンドを入れます。

丁度、Rさんのことを考えていたら、奇しくも、アメリカからクリスマスカードが届いていました。いつも、ありがとう!

転勤族だったことを良いことに、私は季節のご挨拶を怠けてしまっています。各方面の方々、無沙汰をお許しくださいませ。

医師をやめようと思ったあのときを思い出しました

研修医を終了して、専門医となるための研修を大学病院でしていたころのことです。

腎臓癌術後で肺転移をきたした患者さん、O氏の担当になりました。

私が医学部学生だった頃の父と全く同じような病状でした。父は病院で免疫療法を受けるとともに、様々な民間療法を試みました。腎臓癌の肺転移は着実に進行し、病理組織学的にも気管支鏡による生検で、腎臓癌の転移であることが確認されていました。

胸部単純レントゲン写真上ですら確認できる複数の転移巣が。

傾眠傾向となり、病院にも見放された父を家へ連れて帰りましたが、ある時点から元気を取り戻し始めました。

そしてしばらくして、驚くことに、CT検査でも、肺の転移は一つも見られなくなりました。こんな経験があって、私は泌尿器科を専門とすることにしたのです。

何が効を奏したのか、、ただただ奇蹟というしかありませんが、試した民間療法の中で、感触の良いものがありました。

話を戻しますが、父に病状の似た患者さんO氏は、勿論、病状が改善するはずもなく、予後が絶望的であるのは明らかでした。患者さんおよび患者さんの妻と毎日接するうちに、父が試した民間療法のことを伝えたいという思いが育ってきました。しかし、大学病院に勤務する医師として、医師チームの方針(無治療)から外れた行動はしてはいけないという認識を、当然持っていました。何日も悩んだあげく、「担当医」としての立場でなく、「一個人として、一癌患者の家族としての経験」であることを念を押し、了承を得たた上、父の闘病歴を話し、参考としたプライベートクリニックで行われている治療法の本を紹介しました。

O氏の妻は早速そのクリニックに連絡を取り、診察の運びとなったその直前、新たな臓器への転移のため、容態が急変し、クリニック受診は不可能な状態になりました。そして、私が医師をやめようと思ったことが起こったのです。

O氏の妻は、「医師チームのメンバーである○○先生が勧めた治療であるから、この大学病院の勧めであると理解した。治療を受けたいので、救急車で送迎してください。」と要求してきました。私がその場で涙をこぼしそうになっても、彼女は冷ややかに同じことを繰り返し、さらに、私を非難する言葉まで飛び出しました。

主治医だった上級医の先生に詳細を説明し、「私は医師を辞めます。」と泣きながら言ったことを覚えています。

「医師を長年やっていれば、いろいろ辛いことがあるよ」と、長い時間をかけて優しく説かれ、結局、思いとどまったのですが、これは本当に痛い経験でした。プロ意識が足りなかったのは明らかなことですが、その時以来、患者さんやその家族を心から信用することをやめました。プロとしては、意識的に「冷めた」考え方をしなければいけないのだということを学んだのです。

しかし、医者になるまでに培った性格や考え方というものは、なかなか簡単には変えられるものではありません。今でも、診療には、かなり気持ちを入れる方だと自覚しています。医師としては熱い方が良いという哲学もあります。

幸い、その失敗以来、大きな失敗はせずにきました。スウェーデンで働き始めても、とにかく、患者さん第一でやってきました。患者さんや家族が望めば、とことん時間を割いて話すようにしています。

しかし、スウェーデンでも、あの苦い経験が蘇るようなことがありました。

少し前のことです。化学療法が無効なタイプの膀胱癌の患者さん。しかも多発性の肝転移あり。もはやお手上げです。約束もなく現れる家族との度重なる面談。その度に1時間以上の話になります。それでも辛抱強く対応していたら、そもそも治療が何もできないことが非難の対象となってしまいました。看護師さんも、「もう、やってられない!」と怒り心頭。私が優しく対応したことで、家族を増長させてしまったかもしれないと反省するとともに、もう20年近くも前の事件を思い出しました。

O氏はほどなく亡くなりましたが、私は今でも、彼の名前や顔を覚えています。彼の妻は、どんな思いで、虚構の発言をしたのでしょうか。追い詰められていたゆえのことに違いないと今では理解していますが、思い出すといろいろな意味で胸が痛くなります。

果たして、自分が、そして自分の家族が再び絶望的な病状となったら、どんな行動をするのだろうか。最後まで筋の通った生き方をしたいものだと思います。患者さんの中には、残された時間が殆どなくなったときでも、切なくなるほど気高い生き方をしている人がいます。この次は、そんな患者さんのお話をしたいと思います。

パパラッチしてきます!

毎日忙しくて、ブログを書く余裕がありません。気が付けば、日が短くなるのもあと一ヶ月ほどとなりました。来週は早くも、ファースト・アドベントを迎えます。温かいグレッグが楽しみ!

アルフレッド・ノーベルの命日、12月10日には、ノーベル賞授賞式が行われます。今年、日本人2人が化学賞を受賞しているのは、日本人にとってはとても嬉しいこと。

授賞式は、ストックホルム市内のコンサートホールで行われます。

今年は、平和賞の問題で、ノルウェーに話題をさらわれがちな、ご本家スウェーデン。運良く、授賞式に出席できることになったので、パパラッチしてくるつもりです。

当日は一応正装とのこと。入場には、この招待状と身分証明書が必要。

生理学・医学賞のIVFの父は、健康上の理由により欠席とのこと。講演を楽しみにしていたのですが、残念です。

基礎実験実習指導

カロリンスカには、医学部だけではなくBiomedicineという学科がある。

今日は、この学科の一年生に、基礎実験に用いるテクニックの一つである、UV(紫外線)とinfrared(赤外線)を用いたspectrophotometer(分光測色法)で物質を同定する方法を指導する教官として配属。器械の操作自体は、蛋白濃度やDNA濃度を計測したりする目的で、以前私も使っていたので、難しいことではない。しかし、「何を計測しているのか」という原理になると、突然遠い昔に学んだ、化学や物理の世界になって、しかもそれがスウェーデン語で、「励起光により分子の低いエネルギー状態の電子軌道から高いエネルギー状態になる際に吸収される光、、、。」などということを説明する訳で、、、。

ピペットの使い方を知らない学生さんも多く、まさに、実験における「はじめの一歩」。2-3人が1グループとなって、合計150人。グループ毎に3つの物質を与えられ、それが何であるかを同定する作業。

「この物質、黄色いよね。どうして黄色く見えるの?」

それぞれのグループにこんな質問をしてみる。

「電球の白い光りがこの物質にあたると、黄色の補色にあたる青が吸収されるため黄色く見える。」と正解できるグループはなかなかない。

「将来、何になりたいの?」

こう聞いてみると、驚くことに3割程度が、医師になりたいという。スウェーデンでも医学部に入学するためには、かなり頑張らないといけない。日本と違って、「浪人」というシステムはない。医学部に直接入学できなかった人たちは、他の道のりで医学部へ入学しようとする。そのうちの一つが、この、Biomedicineを経由する方法だ。Biomedicineへ入学するのは比較的簡単だ。そして、ここで学ぶ科目は、医学部で学ぶ科目と重複するため、医学部に編入した場合はその科目が免除されるシステムになっており、結果として殆どロスをしないことになる。

「どうして医者になりたいの?」と聞いてみた。

「お金の心配をしたくない。」「経済的に自立したい。」

どちらも、育ちはスウェーデンだが、両親は移民と思われる10代の女学生さん。

逆に、「医者になって良かったことは?」と質問され、

「多くの職業では、仕事をすることで「敵」が生まれるが、医者はそうではない。全ての人が、同じ目的を目指すことができること」「移民医師として、医学には国境がないこと」

をあげた。

何となく、スウェーデンでも、経済的安定のために医師を目指す人が多くなっているように感じた。

女学生さんの一人は、スウェーデン国内ではなく、ハンガリーの医学部に進むという。ハンガリーの医学部の方が入学しやすいけれど、スウェーデンよりずっと勉強させられるらしい。

と思えば、研究者となることを夢見ている、アフリカからの移民青年。研究者の道は険しいけれど、頑張って夢を追いかけてほしいと思いながら。

生真面目なスウェーデンの青年。教師になりたいのだとか。しかし、教科書が一字一句理解できないのが苦しいらしい。

「大枠を理解することがまず大事。細かいことにこだわっていると、先に進めなくなるよ。」と話すが、かなり煮詰まってしまっている。でも、私もどちらかといえば、そんな性格だったから、理解できる。

先日、友人と言語について話していて、面白いことに気付いた。日本語は漢字を筆頭として、一文字に含まれる意味が大きく、アルファベットの言語に比べて、速く多くの情報を得ることができる。これは、記号と同じこと。

たとえば、この身障者マーク。これだけで、身障者用の駐車場、エレベーター、トイレなど、一目瞭然だ。これを、文字で書いたら、情報を得るためにより時間が必要となる。

脱線してしまったが、日本人が日本語で書かれた教科書を用いて得る、単位時間あたりの知識は、もしかしたら、多言語に比べたら多いのではないかな、と、そんなことを考えてしまった。

普段、病院では10代の学生さんを相手にすることはないが、たまにはこんな授業を担当するのもいいものだ。

お気に入りのトレーニング

スウェーデンでは最大手のSATSというスポーツクラブのメンバーになっていて(そういえば、スポーツクラブのレポートのリクエストがあったのに、すっかり放ってしまっています。)、一週間に1-2回は通うようにしています。最近は仕事が終わるとすっかり暗くて寒いため、さぼりがちですが、、、。

マシーンなどのトレーニングは、すぐにくじけてしまいそうで、もっぱらグループトレーニングが中心。

その中でも、特にお気に入りのトレーニングが、SATS Power Step。ステップを使ったコンディショントレーニングと、ウエイトを使った筋トレが交互に繰り返される55分のトレーニングです。トレーニングは勿論のこと、のりの良い音楽で気持ちもパワーアップ。

SATSのオリジナルの編集で、トレーニング用のCDが作られているのですが、今日はその曲目をYouTubeでご紹介。

まずはウォーミングアップの2曲。

Take it off (KeSha)

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=RpFMuBHxGWs[/youtube]

Straight through my heart (Backstreet Boys)

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=DEos8F_pchY[/youtube]

最初のコンデイショントレーニング。

Do it again (Cassie Davis)

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=S2sjiai-bNw[/youtube]

ベンチプレスはこれ。

Give it up to me (Shakira feat. Lil Wayne & Timbaland)

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=Ix6Je7q5aGg[/youtube]

コンディショントレーニングの2曲目。以前、ボクシング系のトレーニングにも使われていました。

Burn it to the ground (Nickelback)

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=r53s1pK7sso[/youtube

大腿、臀部の筋トレ。

Funhouse (P!nk)

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=Jdjtqu3XK4U[/youtube]

コンディショントレーニングの3曲目。

Game over (Basic Element)

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=46_RpIOnBi0[/youtube]

背筋の筋トレ。

Blow me away (Breaking Benjamin)

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=pTjnhS96Nyo[/youtube]

コンディショントレーニングのラスト2曲目。激しくサイドラウンジが繰り返されて、真面目に動くとかなりきつい。

Twisted (everyday hurts) (Skunk Anansie)

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=5AWEVv0Q27w[/youtube]

ウエイトを減らして、上腕、肩の筋トレ。

Teeth (Lady Gaga)

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=vk5vRoc0_nk[/youtube]

最後のコンディショントレーニング。ここで最後の力を振り絞って頑張ります。この曲、大好きで元気が出ます。

Never, never (again) (Princessa Avenue)

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=JIZYtjRV7Jw[/youtube]

クールダウン。ゴールは近い!

On the beach (Sonic Palms)

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=azMG60VS4c0&ob=av2e[/youtube]

最後の筋トレ。何といっても気になるおなか。6パックを目指せ!なんちゃって、、、。

Dance 2night (Madonna feat. Justin Timberlake)

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=hQRD7QPaYbs[/youtube]

ストレッチ。乳酸が産生された筋肉が伸びるのが感じられて気持ちよい。

What hurts the most (Rascal Flatts)

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=Yj6MjMpbneM[/youtube]

今日はやっと金曜日。今週も沢山手術をして、外来も日直もあって、病棟は重症が沢山で、、、。きつい一週間でした。

きつい一週間の終わりを、きついトレーニングで締めくくり。汗をたっぷりかいて、筋肉の疲労を感じて、心地よく眠れそうです。

「王様になりたくなかったスウェーデンの王様」

”Carl XVI Gustaf – Den motvillige monarken” 「カール16世グスタフ、王様になりたくなかった王様」

という名の暴露本が明日発売されます。

著者は、Thomas Sjöbergを含め複数。何年がかりで複数の独立した証人からの証言などをもとにしたものだとのこと。

含まれるエピソードの中には、「1996年のアトランタオリンピックの際にストリップクラブを訪れた。」、「全裸パーテイーに出席した。」、果てには、「王様の浮気の事実」まであるようです。イギリスと異なって、スウェーデンでは、王室に対するゴシップはつつましやかだという印象でしたが、この内容は凄そうです。

日本では、皇室のゴシップはご法度というような不文律があるように思います。2006年に出版された、オーストラリアのジャーナリストによる皇室についての所謂、暴露本ともいえる、「プリンセス・マサコ 」の邦訳本が、講談社から出版される予定だったところが中止。他出版社から後日、「完訳」が出版された際、大手新聞社などが広告不掲載の処置を取りましたが、その経緯をつづった「『プリンセス・マサコ』の真実」の著者、野田峯雄氏は、「宮内庁や外務省の圧力」が広告不掲載の背後にあった」としました。

私は原本だけ以前読んだことがありますが、雅子さまが宮内庁の犠牲者だということだけではなく、雅子さまのハーバードの成績や、雅子さまの不倫相手(!?)の話まで出てきて、非常に驚いた記憶があります。しかし、それ以上にショックだったのは、この現代社会でも陰で圧力を掛けて出版禁止にすることがあるのだということでした。

スウェーデンでは、昨日、暴露本の著者の一人が、(本の出版がきっかけで)勤務先のラジオ局を首になったというニュースが流れ、議論を呼んでいます。

国王は現在、狩猟に出掛けており、明日、「狩猟」に関する記者会見が予定されていますが、この場で暴露本に関する質問が出るとも、国王がコメントするともされています(記事)。

イギリスでは故ダイアナ妃に関する暴露本がどれだけ出ているのか、私は知りませんが、イギリスのメデイアはちょっと行き過ぎかなと思います。スウェーデン国王に関する暴露本1冊くらい、たいしたことはないのかもしれません。チャンスがあったら読んでみるつもりですが、明日の記者会見に好奇心です。

しかし、「王様になりたくなかった王様」なんて、タイトルからして挑戦的ですね。


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